こっちも進化
見渡す限り樹木しか見えない、深い森の中。
そこに今、俺たち──聖剣チームの三人──はいた。
もちろんここはエルフたちが暮らす森林世界。これからそのエルフたちに会いに行くわけだ。
「すごく深い森ですね、ここは……我がアルファロ王国にもこれほどの森はありません」
初めてこの「小世界」を訪れたミレーニアさんは、興味津々といった感じで周りを見回している。おそらくだけど、この「小世界」は全て森林に覆われているだろうから、これ以上に深い森なんてまずないだろう。
さて、それよりも、だ。
「茂樹さん、エルフたちの集落って、どっちにあるんですか?」
それなんだよ、香住ちゃん。
俺もこの「小世界」へは数回しか訪れたことはない。しかも、ここはどっちを向いても樹、樹、樹。
ぶっちゃけ、どっちに行けばエルフの集落があるのか、皆目見当がつかないのだ。うん。
以前は適当に歩いていたら、地中からボンさんが現れてくれたんだっけな。
今回もまた、ボンさんが現れてくれないだろうか?
そんなことを考えながら、俺たちは適当に森の中を歩いてみることにした。
他に方法もないしね。
ん?
ふと、頭上に何かの気配を感じた。もちろん、それを感じたのは俺だけではなく、香住ちゃんもミレーニアさんも俺と同じだったようで、揃って頭上を仰ぎ見る。
上に見えるのは、生い茂った樹々の枝と葉。その隙間から垣間見える木漏れ日が優しい。この世界の太陽は、俺たちの世界のものより光が優しいのかもしれないね。
と、今はそんなことを考えている場合じゃない。
聖剣が無反応なので、敵対的なものではないのだろう。だけど、これまでこの森林世界で出会った知的種族は、全て地上で暮らす人たちばかりだった。中には地中で暮らすボンさんのような人もいたけど、樹々の上を移動するような人たちはいなかったのだ。
もちろんこの森には知的種族以外にも普通の動物なども暮らしているので、樹上生活を営む動物がいても不思議じゃない。
もしかすると、この世界特有の生物だろうか? だったら、どんな生き物か見てみたいな。
以前に来た時も珍しい生き物をいろいろと見ることができたから、今回も何か不思議な生物を見ることができるかもしれないぞ。
そう! 前回思いついたことで、忘れちゃいけないことがある!
それは水着だ! エルフの集落近くには、大きくて綺麗な塩湖があったからね。時間があれば、あそこで泳ごうかと考えている。
しかも、今回は香住ちゃんだけではなくミレーニアさんも一緒なのだ。
詳しくは聞いていないが、彼女も水着は持参してきたらしい。うんうん、ちょっと楽しみだ。
あ、いや、あのね? ただ単に健全な青少年として、同年代の美人の水着姿は普通に楽しみだろ? もちろん、香住ちゃんの水着姿だって楽しみだぞ。以前に一度見ているとはいえ、それはそれこれはこれである。いいものは何度見てもいいものなのだよ。
いやまあ、今は頭上に注意だ。水着云々は後で考えればいいのだ。そう、それでいいのだ。
改めて意識を上に向ける。んー……何も見えないけど、何かがいる気はするんだよなぁ。
と、その時だった。
「おお、何か見知った気配がするかと思えば、やはりシゲキ殿とカスミ先生であられたか!」
こ、この独特な言葉遣い……あ、あれ? どうして、この人が頭上から現れるの? いつもなら地中から現れるのに?
そう。
突如頭上から現れたのは、マンドラゴラのボンさんなのだった。
突然樹上から降って……いや、飛び降りて来たボンさん。
どうしてボンさんが樹の上から? ボンさんって、普段は地中で暮らしているんじゃないの?
思わず首を傾げていると、背後から小さな悲鳴が聞こえた。
そちらへと視線を向ければ、そこには両目を見開いたミレーニアさん。
あ、しまった。
ミレーニアさんにこの「小世界」のエルフについては説明したけど、他の種族については説明していなかったっけ。
彼女からしてみれば、動く根っ子といった姿のボンさんは、奇妙な生き物にしか見えないのだろう。
「大丈夫だよ、ミレーニアさん。この人はボンさん。こっちの世界での友人なんだ」
「シゲキ様のご友人……なのですか?」
半信半疑といった様子で、俺とボンさんを何度も見比べるミレーニアさん。
でも、アルファロ王国ならボンさんのような種族だって住んでいそうだけど、ミレーニアさんは本物の王女様だし、危険な魔物に触れる機会なんてなかったに違いない。
邪竜王に攫われたのは、あれはまあ、ノーカンに含めてもいいことだろうし。
「これは大変失礼致しました、ボン様。わたくし、シゲキ様とカスミの友人でミレーニア・タント・アルファロと申します。以後、よしなに」
気を取り直し、ボンさんに挨拶するミレーニアさん。もしも彼女がドレス姿であれば、きっと見事なカーテシーを披露してくれただろうな。ちょっと見てみたかった気がする。
「おお、これはご丁寧に。貴殿もシゲキ殿とカスミ先生のご友人であられたか。
「はい、喜んで」
ボンさんが差し出した小さな手──に当たる部分──を、ミレーニアさんが微笑みながら握る。うんうん、二人とも仲良くなれたっぽいね。
「ところで、ボンさん。どうしてあなたが樹の上から? いつもなら地面の中から現れるじゃないですか」
「某、丁度修練の最中であってな。修練中に見知った気配を感じたので、ここまで確かめに来た次第でござる」
えっと……修練って、以前に香住ちゃんが教えた剣道のことだろうな。だから剣道の練習をしていたってのは理解できるけど、どうしてそれで樹の上に?
疑問を感じつつ香住ちゃんへ視線を向けてみれば、彼女もやっぱり首を傾げていた。そりゃそうだよね。普通は樹の上で剣道の練習なんてやらないだろう。
それとも、ただ単に移動しやすいから枝から枝へと飛び移ってここまで来たとか?
思わず顔を見合わせ、互いに首を傾げることしかできない俺と香住ちゃん。ミレーニアさんは、どこかきらきらした目でボンさんを見ていた。
しかも小声で「よ、よく見たらかなり可愛いです……」とか言っている。まあ、ボンさんって小さくて挙動も小動物的でどこか可愛いんだよね。ミレーニアさんの気持ちも分からなくはない。
「しかし、ここでカスミ先生と出会えたのは僥倖であるな。カスミ先生! 某の今日までの修練の結果、とくとご照覧あれ!」
なるほど、練習の成果を師匠である香住ちゃんに見てもらいたいのか。
ボンさんは俺がプレゼントしたナイフをすらりと抜き放つと、それを構えて樹上へ向けてジャンプした。
え? はい?
どうして、剣道の練習成果を見せるのにジャンプするの?
呆気に取られる俺をよそに、ボンさんは樹々の幹を蹴ってどんどん上昇していく。
そして、一際強くとある樹を蹴ると、その衝撃で何枚もの葉がひらひらと舞い散った。
その舞い落ちる葉を目掛けて、ボンさんが上空から迫る。
しゅしゅしゅん、という空気を切り裂く音が何度もしたかと思うと、舞い落ちる葉の全てが二つ、四つ、八つと斬り分けられていった。
そして、しゅたん、とばかりにカッコいいポーズを決めて着地するボンさん。しかも、着地の際に一切足元の枯葉は舞い上がらなかった。
そんな彼の背後を、無数に分断された木の葉がゆっくりと落ちて来た。
え、えっと………………………………………………………………………………?
俺だけじゃなく、香住ちゃんもあまりの衝撃に言葉も出ないようだ。
ただ、ミレーニアさんだけは先ほど以上に目を輝かせて「可愛いです! 可愛いです!」と何度も叫んでいたけど。
「如何であろうか、カスミ先生! 先生の教えを自分なりに解釈、工夫をして今日まで欠かさず修行致した! 少しでもカスミ先生に近づけたでござろうか?」
な、なんということでしょう。
侍だとばかり思っていたマンドラゴラのボンさんは、なぜか独自の修行を積むことで忍者へと謎進化を果たしていたようだ。
……………………どうしたら、剣道の練習から忍者へと至れるの?
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