再び襲い来る悪魔



 それは、再び現れた。

 すっかり忘れていたのに、その存在を思い出させるかのごとく。

 最近では俺も鍛えられてきたのか、こいつと遭遇することはなくなったというのに。

 こういうものって、忘れた頃にひょっこり現れるものではあるけどさ。

 しかし、まさか再びこの悪魔と出会うことになるとは……

 え? 悪魔って何のことかって?

 そりゃあもちろん、筋肉痛ですよ。

 動こうにも動けないほど、全身を苛むあの痛さと辛さ。酷い時にはそれこそベッドから起き上がることさえ辛いんだ。

 俺が初めて別の「小世界」へと転移し、邪竜王を名乗る巨大なドラゴンと戦った翌日、俺は筋肉痛の厳しさを文字通り身をもって知った。

 その筋肉痛が、再び襲い掛かってきたのだ。

 でも、まあ、ね?

 今回、筋肉痛に苦しんでいるのは俺じゃなくて。

「……く、苦しいです……た、助けてください、シゲキ様……」

 と、ベッドの上で弱々しい声で懇願する一人の少女。

 そう。

 今回筋肉痛で起き上がれないのは、俺ではなくミレーニアさんなのであった。



 近未来世界から帰還してから三日後。俺は香住ちゃんを伴って店長の家を訪ねていた。

「ううう……な、何なのですか、この体中の痛みは……」

 その店長宅のとある一室。ここはミレーニアさんの部屋として決められた場所であり、その部屋のベッドの上でミレーニアさんはとても辛そうに呻いていた。

「し、神官を……怪我や病気に詳しい神官を呼んでくださいませ、シゲキ様……」

 ああ、やっぱりアルファロ王国でも、怪我や病気の治療は神官の役目なのか。アルファロ王国があるあの「小世界」には、魔法は存在していないらしい。ということは、あの世界での神官の立ち位置は、こっちでいうところの医者なのだろう。

 でもまあ、治癒魔法がある世界ならともかく、筋肉痛は医術医学では治しようがないと思うけど。湿布などを貼るぐらいしか治療法はないのではなかろうか。もちろん、俺は医者でも医学者でもないから、ひょっとしたら筋肉痛の効果的な治療薬とかがあるかもしれないけど。

 あ。

 薬で思い出した! 俺たちにはエルフのエリクサーがあるじゃないか! あれなら筋肉痛も治せそうだぞ。

 一度自分の部屋に帰ってエリクサーを持って来ようとした時。一緒にミレーニアさんを見舞いに来た香住ちゃんが、持っていたバッグからペットボトルを取り出した。

「ミレーニアが筋肉痛だって聞いたので、一応持って来ておきました」

 おお、さすがは香住ちゃん! 俺、そこまで気が回らなかったよ。

 そういや、最近はあのエルフの「小世界」へ行っていないな。そろそろ行って、エリクサーを補充しないと。今後はミレーニアさんの分も必要になるしね。

 よし、次はエルフたちの森林世界へ行ってみるか。

 ベッドの上で身を起こし、コップに注がれたエリクサーを飲むミレーニアさんを眺めながら、俺はそんなことを考えていた。



「ふぅ……ようやく痛みが和らぎました……」

 店長の家のリビング、ソファに座ったミレーニアさんが大きく息を吐き出した。

 どうやらエリクサーは筋肉痛にも効果があったらしい。俺が初めて筋肉痛になった時は、まだエリクサーは手元になかったからなぁ。

「あの全身を苛む痛み……あれは一体何だったのでしょう?」

 ミレーニアさんは筋肉痛をご存じではないようだ。それに正真正銘のプリンセスである彼女は、これまで運動らしい運動はしていなかったのだろう。

 そのミレーニアさんが突然聖剣を振り回して「害虫」と戦ったのだ。俺以上の筋肉痛に襲われても不思議じゃない。

「ははは、これからは、ミレーニアくんも少しは体を鍛えた方がいいかもしれないね」

 そう言うのは、もちろん我らが店長である。

 今、俺たちは店長の家で、先日体験した近未来世界でのことを報告しているのだ。

 今日俺たちがここへ来たのはミレーニアさんのお見舞いだけじゃなく、店長に報告することも目的の一つなんだよね。

「そうか……あいつらに遭遇したか……これは偶然か? それとも待ち伏せでもしていたのか?」

 俺の報告を聞いた店長は、腕を組みぶつぶつ言いながら何やら考え込み出した。

「それにあいつらが連携らしいことしたとは……随分と『進んだ』ものだね」

 「進んだ」? それってどういうこと?

「あいつら……あの『害虫』たちも進化するんだよ」

 疑問を顔に出していたのだろう俺に、店長が説明してくれた。

 あいつら──世界を食らう「害虫」たちは、活性状態によって姿を変えるらしい。店長たちは、それを進化と呼ぶそうだ。

 確かに、俺が最初に遭遇したのは黒い影のようなモノだった。それが次は実体を持ったイモムシに似た姿になり、今回はそれが巨大化したな。

 ってことは何か? 次は蝶か蛾にでもなるってのか? あ、その前に蛹かも。

「あいつらが一体いつ、どこで、どうやって発生するのかは、私にも分からない。だが、その姿を変えるにつれ、力も増していくのは間違いないらしい」

 確かに、進化すると強くなるのはお約束だよね。でも、敵が進化して強くなるのは勘弁して欲しいところ。

「水野くんたちの話によれば、更に連中は連携もしてきた。これは姿だけじゃなく、精神ココロの方も一段『進んだ』と判断すべきだろうね」

「つまり、敵がどんどん強くなっているってことですよね? これって早めに何とかした方がいいんじゃないですか?」

 そう尋ねたのは香住ちゃんだ。確かに彼女の言う通り、早めにこちらからも手を打つべきじゃないだろうか。

 とはいえ、あいつらがどこにいるのか分からないしなぁ。もしかしたら、どこかの「小世界」に巣があったりしてね。

 以前、店長は言った。「害虫」の発生には数百年単位の波があるって。そして今が、その波の真っただ中ということなのだろう。

 この波さえ乗り切れば、少なくとも俺が生きている間に再び波が来ることはないってことか。

 だけど、これまでのことから推測するに、その波はまだまだ始まったばかり。だから、あの「害虫」どもも進化の途中なのだ。きっと。

「今、知り合いを頼って、全世界規模で連中に関する情報を集めてもらっている。あいつらは当然この『小世界』にも手を伸ばしているだろうからね」

 うん、店長の言うことは分かる。以前、俺の家族が連中に憑依されたしね。



「しかし……本当に驚きました。シゲキ様とカスミから聞かされてはいましたが、本当に体が勝手に動くのですね」

 頬に手を当てたミレーニアさんの視線が、俺の手元にある聖剣に向けられた。

 彼女には聖剣のことは一通り話してある。これから一緒に異世界へ行くとなると、彼女も聖剣の影響を受けるわけだから、説明しないわけにはいかない。

 でも、聖剣のこと、ビアンテには内緒にね?

 何か、なりゆきであいつのこと、騙しているみたいになっちゃっているからね。今更、あいつに本当のことは言うに言えないんだ。

 ミレーニアさんいわく、今のあいつなら本当のことを知っても決して怒ったりはしないらしいけど。

 いつか、俺の口から本当のことをビアンテに伝える日が来ると思う。それまで、もう少しだけ秘密にさせてもらおう。

 その前に、まずあの「害虫」の問題を解決しなきゃね。

 そのためにも、以前に店長に言われたように、「小世界」で知り合った人たちとの絆を固めないといけないだろう。

 それも含めて、今後もいろいろな「小世界」へ行かないとね。

 先ほども決めたように、次に行くのはエルフたちのいる森林世界だ。

 そこでエリクサーを補充しよう。それに、以前あの世界を訪れた時、香住ちゃんがエルフたちに剣道を指導したので、その成果を見るという目的もあるし。

 俺は香住ちゃんとミレーニアさんに、そのことを伝えた。

「確かに、あれからあのエルフさんたちがどれほど上達したのか、私も気になりますね」

 剣道を教えた本人である香住ちゃんにしてみれば、当然気になるだろうね。

「わたくし、その『えるふ』とやらは存じませんが、ちょっと興味ありますね。シゲキ様の知り合いであれば、わたくしもお会いしたいです」

 うーん、初めてあの世界のエルフを見て、驚かないといいけど。なんせ、あそこのエルフたちは全裸だからなぁ。お姫様として育ったミレーニアさんに、驚くなというのが無理だろうな、きっと。

 前もって、エルフのことはしっかりとミレーニアさんに説明しておこう。うん。

 何にしろ、次の目的地は決まった。

 夏休みもそろそろ終わりだし、異世界へは行けるうちに行っておこう。

 さあ、次は森林世界だ!



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