クラスチェンジ



「いや、まあ、よ? 他ならぬおまえさんに、こんなことぁ言いたかねぇが……」

 呆れた顔のブレビスさんが、俺たち──俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんを順に見回し、最後にもう一度俺を見ながら言葉を続けた。

「…………おまえさん、頭、大丈夫か? ヤバイ薬をキメていたりはしていねえよな?」

 ですよねー。

 誰だってこんな話を聞かされたら、普通は相手の正気を疑うよね。

 俺はブレビスさんに、これまで自分が体験してきたことを全て説明した。

 俺が手に入れた不思議な聖剣に、数々の「小世界」。そして、その「小世界」を蝕むあの「害虫」ども。

 そして最も重要だと思われる、店長が言っていた絆に関してもしっかりとブレビスさんに説明したのだ。

 で、それを全て聞いたブレビスさんの一言が、先ほどの言葉だったってわけだ。

 「しっかしよ? 異世界だの世界を破滅に導く害虫だのなんて話、はいそうですかと信じられるわけがないだろう?」

 うん、それは俺もよく分かる。俺自身、当事者じゃなかったら絶対信じないし。

 もしかして、これでブレビスさんが俺を見る目が変わっちゃったかも知れないなぁ。ブレビスさんや《銀の弾丸》のメンバーたちとはいい関係が築けていたと思っていただけに、彼らとの縁が切れるのはちょっと残念だ。

 とはいえ、あんなことを目の当たりにされた以上、話さないわけにはいかないし。

 俺はブレビスさんから目を離し、他の面子へと視線を向ける。

 今、俺たちがいるのは《銀の弾丸》のオフィスビルの一室。ここは依頼者クライアントと話をするための部屋らしく、防音設備も整っているのだとか。

 依頼者の中には、他人に聞かれたくないような仕事を持ってくる人もいるそうだから、こういう設備はどうしても必要になるらしい。

 で、その部屋の中にいるのは俺たち聖剣チームの三人に、ブレビスさんとセレナさん、そして、セルシオくん。

 セレナさんはとても心配そうに俺たちを見ている。何となく、「可哀そうな人」を見ているような目だ。気のせいかもしれないけど。

 で、セルシオくんはと言えば、好奇心で目をきらきらさせていた。こういうところは、歳相応の少年らしい反応だと思う。

「だがまあ…………なんだ?」

 座っている椅子にぎしりと背中を預け、ブレビスさんがひょいと肩を竦めた。

「俺はおまえさんが嘘を言っているとは思っていねえよ。そもそも、何らかの目的があって嘘を言っているなら、もっと納得しやすい嘘を言うものだろう?」

 にやり、と。

 とても男くさい笑みを浮かべるブレビスさん。

 そういや、彼の目には温度を視覚化できる装置がインストールされているって前に言っていたっけ。それで体温の変化を見ることで、相手が嘘を言っているかどうか分かるとも言っていた。

「それに、おまえさんたちはもう、俺たち《銀の弾丸》の仲間ファミリーだと思っている。仲間の言葉を疑うほど、俺は耄碌しちゃいねえってもんだ」

 おお、カッコイイぞ、ブレビスさん! ブレビスさんのようなカッコイイ中年に憧れる今日この頃。いつかは俺も彼のような大人の男になりたいものである。

 それはともかく、俺の話を信じてくれたようで本当にほっとしたよ。



「──要するに、おまえさんたちの言う『害虫』とやらと、いずれドンパチが始まりそうってことか?」

 俺の話を聞いたブレビスさんがそう纏めた。確かに、いつかはあの「害虫」たちとは決着をつける時がくると思う。それがいつかは分からないけど。

「話は分かった! もしも俺たち《銀の弾丸》の力が必要な時はいつでも言ってくれ。これまでに二度も娘の命を救ってくれたおまえさんだ。その借りは返さねえとな!」

 ぶっとい親指を突き立てつつ、にやりと不敵に笑うブレビスさん。本当、こういう仕草がよく似合うね。まさに歴戦の傭兵って感じだ。

 でも、ブレビスさんたちの助力は本当に心強い。果たして、銃器類があの「害虫」どもに効果があるのか、という疑問は置いておこう。

 その辺りは店長が何か考えてくれるだろう。きっと。多分。

「私も父さんの意見に賛成ね。私にとって、シゲキもカスミも、そしてもちろんミレーニアも、もう弟妹きょうだいみたいなものだからね。姉として、弟妹たちの面倒はきっちりみないと」

 ぱちり、とウィンクを飛ばしながらそう言ってくれたセレナさん。この人もブレビスさん同様に面倒見のいい人だなぁ。

「しかし、死体を残すこともなく、きれいさっぱりと消える謎の存在……か。そんなゲームに登場するエネミーのようなモノが実在するとはね……」

 と、呆れているのか感心しているのか、どっちかよく分からない風のセルシオくん。その言葉は生物学者としてのものなのだろう。

 生物学者としては、死体を残さず消滅するようなモノは、「生物」としてのカテゴリーに含まれないのかもしれない。いや、含みたくない、のかな?

「できればサンプルを捕らえて研究したいぐらいだ。でも、それはシゲキ兄さんたちでも難しいんでしょ?」

 あの「害虫」どもは一つの「小世界」に囚われない存在らしいから、仮に何とか捕まえられたとしても、どこかに閉じ込めておくことはできないだろう。

 俺の聖剣同様……かどうかは不明だけど、あいつらも異世界転移ぐらい使えるだろうし。

「でも、僕としてもシゲキ兄さんたちに少しでも協力したいからね、できる範囲で何か調べてみるよ。まあ、何も出てこない可能性がかなり高そうだけどさ」

 だろうねぇ。あいつらの存在はごく限られた人たちしか知らないっぽいからね。たとえば、店長たちのような「歴史の影」に属する人たちとか。

 でも、今日出会ったばかりのセルシオくんが、どうしてそこまで協力してくれるのかな?

「え? そりゃあもちろん、僕も兄さんたちと一緒に異世界へ行ってみたいからに決まっているからさ! で、異世界の生物をいろいろと研究してみたいんだ」

 なるほど。そういう目的があるわけね。

 確かに、彼にグルググとかエルフとか紹介したら大喜びしそうだ。あ、でも、エルフはまずいな。セルシオくん、まだ11歳だし。11歳の少年を全裸エルフに会わせるのはちょっとためらっちゃうよね。

 でも、さすがに彼を異世界へ連れては行けないよね。年齢のこともあるけど、今は設定の同行者の欄が埋まっているから。

 将来的にこの欄が増えたら、彼の「聖剣チーム」への加入を考えてもいいかも。

 どっちにしろ、それはまだまだ先のことだけどね。



 ブレビスさんにいざという時の協力を取り付けた俺は、一人で部屋を出た。

 香住ちゃんとミレーニアさんは、まだ部屋に残ってセレナさんとあれこれ話している。ガールズトークに付き合えるだけのスキルは俺にはないので、悪いけど場を外させてもらったのだ。

 ブレビスさんとセルシオくんも俺と同じ考えのようで、気づけば部屋の中にいなかった。さすが歴戦の傭兵と天才少年、やることが素早い。

 いや、ただ単にセレナさんのやることに慣れているだけかもしれないけど。

 とにかく、部屋を出た俺は階下に降りる。今までいた部屋はビルの二階にあったからね。

 このビル、全部で四階建てなのだが、四階はブレビスさんとセレナさん親子のプライベートスペース、三階は当直担当の《銀の弾丸》メンバーたちが使う仮眠室や、一部このビルに住んでいるメンバーの個室などがある。

 二階は先ほど俺たちがいた応接室や、仕事前に打ち合わせをするブリーフィングルーム、各種分析機材などが置いてある解析室などがある。

 で、一階はというと、メンバーが自由に使える談話室や娯楽室などがある。ここでは団員たちが好き好きに過ごしていた。

 もちろん、このビルにいない《銀の弾丸》のメンバーもいる。家庭を持ち、家族と一緒に暮らしている人たちもいるからね。

 俺が談話室に足を踏み入れると、そこにいた数人のメンバーが目を向けてきた。

 あ、そう言えば、マークたちにはまだ俺のことを話していなかったな。今回はあいつの前で宙を駆けたりビームみたいな光の刃を撃ったりしたし、ごまかしようがない。

 こうなったら、マークにも正直に俺たちのことを話した方がいいのかも。

 娯楽室の中を見回せば、あ、マークがいた。

 マークも俺に気づいたようで、笑顔で手を振っている。

「よう、シデキ! 団長との話は終わったのか?」

 特に変わった様子もなく、これまでと同じような感じで接してくるマーク。

「しっかし、いつもおまえには驚かされるよな! まさかおまえが、ただの《サムライ・マスター》じゃなかったとはな!」

 マークはいつものように、親し気に俺の方に腕を回してくる。

 だけど、ただの《サムライ・マスター》じゃないって、どゆこと?

「マークから聞いたぜ、《ニンジャ・マスター》?」

「おまえ、実は《サムライ・マスター》じゃなくて、《ニンジャ・マスター》だったんだって? 驚いたぜ!」

 マーク同様に、何人ものメンバーが声をかけてくる。その中には、俺たちと一緒に下水道に潜った面々もいる。

「あんな風に壁や天井を走るなんて、ニンジャ以外に考えられないだろ? ああ、分かっているって! ニンジャは正体を隠すものだって聞くからな! 安心しろ、おまえが《ニンジャ・マスター》だってことは、団員だけの秘密さ!」

 マークがにやりといい笑顔を浮かべてそう言った。

 どうやら、俺が聖剣の力で宙を走ったのを、壁や天井を走ったのだと思ったらしい。

 しかし、アメリカ人の忍者に対する認識って、やっぱりそういうものなの? それとも、《銀の弾丸》のメンバーの感覚が異常なのか?

 そもそも、壁や天井を走る忍者って、どこのゲームの忍者なのかと問いたい。

 まあ、とにかく、聖剣のことを説明する必要はなさそうだ。



 そんなわけで。

 どうやら俺は、知らぬ間に《サムライ・マスター》から《ニンジャ・マスター》へとクラスチェンジを果たしていたのだった。


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