光剣
突然、足元が爆ぜる。
だが、俺の体はそれよりも僅かに早く、何もない宙を駆けていた。いつもの空中に見えない足場を作り出し、そこを走っているのである。
ここは下水道内だが、天井はそれなりに高いし、幅にも余裕がある。なんせ、俺たちの目の前にいる黒いイモムシたちは、それなりの大きさがある。そんなのが三体蠢くことができるのだから、ここの広さは推して知るべし。
アメリカ、いろいろと規模が半端ないね。
とはいえ、ここが下水道内なのは間違いない。いくらそれなりに広いとはいえ、下水が流れる部分が大多数を占めている。イモムシどもは下水もなにも関係ないのかも知れないが、俺たちはやはり下水に足を踏み入れたくはない。
当然、俺たちが動ける空間には限りがあるわけで。そうなると、立ち回りに制限が課せられることになる。
そんな中で、たらたらと戦いを続けるのはちょっと嫌だな。なら、ここは一気にカタをつけるべきだろう。
そうだよな、
心の中で聖剣にそう尋ねれば、それに応えるかのように、僅かに聖剣が震えた。
宙を駆ける俺に、一番大きなイモムシが頭──らしき箇所──を向ける。
そして、連続して起こる爆発。
その爆風に晒されて姿勢を崩しながらも、俺は宙を駆け続ける。
こいつらには見えない障壁があるため、正面から斬り込んでも意味がない。何とか奴らの裏をかかなくては。
まあ、その辺りのことは聖剣先生がやってくれるだろうけどな。
今回、聖剣が使えるカードは三枚。俺、香住ちゃん、そしてミレーニアさんだ。
この三枚のカードを聖剣先生がどう使うかが、いわゆる「勝利の鍵」になるのだろう。
だが、今回は敵も三体いる。前回のようにそうそう上手くはいかないだろう。
って、よく考えてみたら、前回も俺と香住ちゃんに対してイモムシも二体いなかったっけ? ってことは、この状況も聖剣にとってはピンチでもなんでもない?
そう考えた瞬間、俺の心の中にちょっと余裕が生まれた。自分で言うのも何だけど、現金なものだよね。
で、その余裕を生かして、俺は周囲の様子を確かめてみる。
まずは香住ちゃん。
彼女はイモムシの一体に肉薄し、素早い動きで何度も攻撃を繰り出していた。
その危なげない動きは、剣道という下地があってこそなのだと思う。そこに聖剣のサポートが加わって、まさに今の香住ちゃんは一騎当千の剣士だ。
だが、その香住ちゃんでもイモムシの防御は崩せない。
彼女が剣を閃かせる度に、イモムシの間近で光が弾ける。あれは例の見えない障壁が香住ちゃんの斬撃を受け止めることで生じる光なのだろう。
本来ならそれほど眩しい光ではない。陽光の下なら見えないぐらいの僅かな光。だが、暗視ゴーグルを装備している今の俺には、カメラのフラッシュ並みの光量で見えている。直視しないように気をつけないと。
稲妻のごとき速度で繰り出される香住ちゃんの剣。彼女が斬撃を繰り出す度、眩しい閃光が迸る。
その猛攻に、さすがのイモムシも防戦一方のようだ。あの見えない爆撃を繰り出す余裕もないように見える。
とにかく、香住ちゃんの方は大丈夫そうだ。仮にピンチに陥っても、聖剣が何とかしてくれるだろう。例えば、俺を囮や盾にするとかしてね。
ひとまず香住ちゃんは心配ないと判断した俺は、次にミレーニアさんへと目を向ける。
そこには、香住ちゃんと同様に鋭い太刀筋で聖剣を振るミレーニアさんの姿が。
とはいえ、剣閃の鋭さは香住ちゃんほどではない。こう言うとミレーニアさんには失礼かもしれないが、どことなくへっぴり腰で剣を振っている……いや、振らされているように思えるのだ。
近くで爆発が起こる度、そして、聖剣の刃がイモムシの障壁と激突する度に、「きゃあ」とか「ひゃあ」とか可愛い悲鳴を上げている。そういや、香住ちゃんはあんな声を出したことなかったな。
たとえ僅かでも修練を積み上げているかいないかが、そこに表れているのだろう。後は気持ちの問題もあるかもしれない。
既に聖剣と共に何度も戦った経験のある香住ちゃんと、今回初めて聖剣に操られるミレーニアさん。当然、そこには差があるわけだ。
ってことはあれか? 俺が初めて聖剣に操られた時も、傍から見れば今のミレーニアさんみたいにどこか及び腰だったってこと?
うん、その時の俺を誰も見ていなくて良かった。本当に良かった。
ミレーニアさんには悪いけど、ついそんなことを思ってしまったよ。
現状、戦況は互角と言ったところか。
イモムシが繰り出す爆撃を、俺たちは何とか回避している。そして、こちらの攻撃も全て障壁に阻まれている。
お互い、決定打に欠けているわけだ。
こういう時こそ、連携で相手の防御を崩すのがセオリーだよね。もちろん、そんなことは聖剣だって分かっていると思う。
今は一対一の状況が三か所できているわけだが、これを上手く崩して一対多に持ち込めば勝機も見えてくるのではないだろうか。
──なんてことは誰でも考え付くことのようで、実際に聖剣も俺たちを的確に動かし、何とかそんな状況に持ち込みたいようだ。
バスケのディフェンスを崩すかのごとく、俺たちは対峙する相手を巧みにスイッチする。だが、敵もそれにしっかりと対処してくる。
何度相手をスイッチしても、イモムシは俺たちの動きに惑わされることなく、的確に障壁を展開する。時には、別の個体を守るべく障壁を展開することさえあった。
そして、俺たちの僅かな隙をついて、爆撃を繰り出してくるのだ。
どうやら、こいつらも連携ってものをするらしい。
そんな攻防を何度も繰り返した結果、遂に戦況に変化が生じる。正確には、聖剣先生が焦れたのかもしれない。
それまで個別にイモムシと刃を交えていた香住ちゃんとミレーニアさんが、突然大きく後退したのだ。
そして、それまで下水道内を縦横無尽に駆け回っていた俺も、彼女たちの前へと移動する。同時に、俺は聖剣を構える。もちろん、正しくは「聖剣が俺を使って構えさせた」だけど。
それはともかく、構えた聖剣の刀身に光が宿る。最初こそ僅かな輝きだったそれは、すぐに閃光のごとき激しいものとなった。
装備している暗視ゴーグルが、聖剣が発する光の激しさに自動的にダウンする。これは暗視ゴーグル装着時に突然閃光を浴びて、増幅されすぎた光で目を潰すアクシデントを防ぐための機能だ。
暗闇が支配していた地下下水道を、清浄なまでの白光が照らし出す。
その光に浮かぶのは、巨大な黒いイモムシたち。連中は聖剣の光を浴びることが苦痛であるかのように、その巨体をしきりに蠕動させていた。
それよりも、この聖剣の光ってあれか? ガムスたちの世界で遭遇した、超巨大な化けキノコである魔獣王を三分割した時のあの光なのか?
ここであんな超威力の攻撃を繰り出したら、下水道そのものが崩れるんじゃ……? そもそも、これまでイモムシの爆撃でさえ崩壊の危険があっただろうに。
俺の心配を察したのか、手の中の聖剣がぶるりと震えた。
大丈夫、任せろ! まるで聖剣がそう言っているように思えて、俺は覚悟を決めた。
聖剣が俺や香住ちゃん、そしてミレーニアさんを危険に巻き込むようなことは絶対にしない。俺は
その覚悟が伝わったのか、もう一度震える聖剣。
そして。
そして、聖剣が繰り出したのは斬撃ではなく刺突だった。
まるでレーザービームのように、聖剣の刀身から光が撃ち出される。これまで何度も見てきた放電とは全く違う、ひたすら直進する白光だ。
撃ち出された白光が、イモムシの障壁とぶつかる。ほんの一瞬だけ障壁は光を受け止めたものの、白光は障壁を貫いた。
もちろん、障壁は透明なので直接見えたわけじゃない。ただ、聖剣を通してそんなイメージが確かに伝わってきたんだ。
障壁を貫いた白光は更に伸び、三体のイモムシを全て飲み込む。
光の中で苦し気に体を捩るイモムシたち。その影のごとき黒い体は、端から崩れるようにして光の中へと消えていった。
俺には随分と長く感じられた、聖剣の光の砲撃。だが、実際の時間は五秒にも満たなかったと思う。
再び暗闇が支配するエリアとなった下水道内。ぶん、という小さな音と共に暗視ゴーグルが再起動した。
その暗視ゴーグル越しに下水道内を見てみれば、取り立てて破壊された様子はないようだ。
あ、いや、イモムシが放った爆撃の跡は、しっかりと残っている。だけど、下水道が崩壊するほどのダメージはないっぽい。
ふう、とりあえず、イモムシの……いや、「害虫」の襲撃は退けられたようだ。
安堵から大きく息を吐き、背後を振り返る。
そして、俺はようやく思い出した。
そう。
ここにいるのは、俺たちだけじゃなかったんだよね。
香住ちゃんとミレーニアさんの更に後ろで。
呆然と立ち尽くしているのは、セレナさんとセルシオくんを始めとした《銀の弾丸》のメンバーたち。
彼らは唖然とした様子で──暗視ゴーグルと防毒マスクで表情は分からないけど──、俺を見ていた。
………………………………………………………………さて。
セレナさんたちに何と言って、このことを説明したらいいと思う?
~~~ 作者より ~~~
来週はGW(明け)休み!
次回の更新は5月20日となります。
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