再び下水道へ
ブレビスさんの甥っ子であるセルシオくん。
彼は11歳という年齢ながら、変異体の研究においては世界的な権威と認識されている天才生物学者らしかった。
そのセルシオくんに、俺は地下で〈ビッグフット〉と戦った時の様子を語っていく。
あの時のことはよく覚えている。なんせ、聖剣の分身が初めて登場した時のことだからね。
それに、あの時の〈ビッグフット〉との戦闘は、資料として撮影もしていたのだ。なので、その時の映像も見ながら、俺はセルシオくんに解説していく。
時々、香住ちゃんにも話を聞きながらね。彼女もあの時変異体と直接戦ったから、彼女の意見は無視できない。
ただ、俺と香住ちゃんが一緒にセルシオくんと話していると、ミレーニアさんがちょっと詰まらなさそうだった。ミレーニアさんはあの戦闘に参加していないから仕方ないけど。
そんなちょっぴり不貞腐れなミレーニアさんを、セレナさんが微笑ましいものを見る目で見つつ、彼女に何やら話しかけていた。セレナさんは面倒見がいい、本当に良きお姉さんって感じだよね。
「しかし、どうして〈ビッグフット〉が地下にいたんだろう? 〈ビッグフット〉はゴリラの変異体だけあって、基本的に昼行性なんだよね。そのためか、野生の〈ビッグフット〉も穴倉なんかに潜る習性はないんだよ」
セルシオくんの話によると、ゴリラって動物は昼行性であり、夜はその日その日で仮の寝床を作り、そこで休むらしいんだ。で、そんなゴリラの変異体である〈ビッグフット〉も同じ習性を持つとのこと。
で、ゴリラは樹上に木の枝などを使って寝床を作る。洞窟などの穴倉を寝床にすることはかなり珍しい。その点もまた、〈ビッグフット〉も同様なんだって。
だからセルシオくんは、地下に〈ビッグフット〉がいたことが疑問のようだった。
「ゴリラや〈ビッグフット〉は好奇心から洞窟などに入り込むことは時々あるらしいけど、そこに定住することはないんだ。だから、どこかから〈ビッグフット〉が下水道に迷い込む可能性は考えられるけど、そこを根城にして何度も地上と行き来するとは僕には思えないんだよねぇ」
そもそも、この辺りに〈ビッグフット〉は生息していないはずだし、とセルシオくんは続けた。
「いくら〈ビッグフット〉がゴリラの変異体とはいえ、全く同じ習性ってわけでもないんだろ? だったら、人の味を覚えた〈ビッグフット〉が、下水道を上手く利用して人間を狩っていた……ってことは考えられねえのか?」
というブレビスさんの質問に、セルシオくんは腕を組んで考え込む。
「伯父さんの言うことは、十分考えられるかな? 変異体は本来の生物とは全く違う生物だから変異体と呼ばれているんだよ。元となった生物と似たような習性は持っている場合が多いけど、当然違う習性を持っている可能性もある。それに、ゴリラは元々知能が高いから、〈ビッグフット〉が何らかの『学習』をした可能性だってありえる。何にしろ、その辺りのことをこれから研究するために、伯父さんたちに話を聞きに来たってわけさ」
俺たちの話を聞いたセルシオくんが、空中に指を躍らせ始める。
おそらく、SF系のアニメやコミックによく登場する仮想コンソールとかそういったものを操作しているのだろう。俺からは何も見えないけど。
きっと彼は、俺たちから聞いた話をデータとして纏めているのだと思う。
俺や香住ちゃんは、何となくだけどセルシオくんのしていることが分かる。ブレビスさんとセレナさんはこの世界の住人なので、当然理解しているだろう。
だけど、ファンタジー世界出身のミレーニアさんは、セルシオくんが何をしているのか全く理解できていないようだ。
首を傾げつつ、何もない空中で指を躍らせているセルシオくんを、不思議そうに眺めていた。
これ、後でミレーニアさんに説明するとして、どうやって説明したものかな? 俺自身もよく分かっていないものを他人に理解できるように説明するのって、すげー難しいんだよなぁ。
〈ビッグフット〉との戦いを一通りセルシオくんに説明し終わる。
と、やおら席から立ち上がるセルシオくん。ひょっとしてトイレにでも行くのかなと思ったけど、彼は不思議そうな顔で俺たちを見ていた。
「どうしたの、シゲキ兄さん。早く行こうよ」
へ? 行く? 行くってどこへ?
思わず、ブレビスさんへと視線を向ける俺。そんな俺に、ブレビスさんは苦笑するばかり。
「あー、悪いな、シゲキ。おまえさんにはまだ説明していなかったわ」
そう言いつつ、話を続けるブレビスさん。
「セルシオの奴、〈ビッグフット〉が潜んでいた下水道に行ってみたいそうでなぁ。悪いけど、おまえさんたちで案内してやってくれないか?」
「地下の下水道に行けば、〈ビッグフット〉の何らかの痕跡が見つかると思うんだよね。で、その痕跡から何か推測できることもあると思うんだ」
なるほど。ブレビスさんの言っていた仕事ってのはこれのことか。
つまりは子守り……と言っちゃうと、セルシオくんに失礼か。彼は年齢的には子供だけど、その立場は立派な大人と呼べるものだからね。
「さすがにもう〈ビッグフット〉はいねえと思うが、〈ブラムストーカー〉はまだいるかもしれねぇ。くれぐれも油断するんじゃねえぞ」
あ、そうか。あの下水道、〈ビッグフット〉だけじゃなく、蚊の変異体である〈ブラムストーカー〉とも遭遇したっけ。
これはブレビスさんの言う通り、油断は禁物だな。
「よう、シデキ! またおまえと一緒だな!」
陽気にそう声をかけてきたのは、もちろんマークだ。
こいつとは何かと縁があるなぁ。こっちに来ると、必ずマークと一緒になるし。ひょっとすると、年が近いってことでブレビスさんが気を配ってくれているのかもしれない。
「と・こ・ろ・で、だ」
マークが俺の首に腕を回し、そのまま俺を香住ちゃんとミレーニアさんから引き離す。
「おいおいおいおい、誰だよ、あの金髪の美人は? あの娘もおまえのカノジョか?」
マークがそう言いつつ、ちらちらとミレーニアさんを見る。
いや、それは違うぞ、マーク。ミレーニアさんはあくまでも友人であり、俺の彼女は香住ちゃんだから。
俺がそうマークに説明すると、奴の顔がぱーっと輝いた。
「そうか! あの金髪の美人はおまえのカノジョじゃないんだな? ってことは、俺にもチャンスがあるってことだよな?」
マークの言うチャンスって、やっぱり「そういう」チャンスなんだろうな。
「いやぁ、さすがの俺も《サムライ・マスター》のカノジョに手を出すわけにはいかないだろ? シデキを敵に回して真っ二つにされるほど俺は無謀じゃねえしな!」
ぐっと親指を突き立てて見せるマーク。
要するにマークがミレーニアさんを口説くつもりってことだろ? うーん、果たして上手く行くかなぁ?
おっと、そんなことよりも任務の準備をしないといけないんじゃないか? ほら、セレナさんが厳しい顔でじっと俺たちを見ているぞ。
そう、今回の下水道の探索、隊長は再びセレナさんだ。なお、マーク以外にも下水道に潜る《銀の弾丸》のメンバーは数人いるが、そのほとんどが前回と同じ顔触れだった。
前回、実際に下水道に潜った面子は〈ビッグフット〉との交戦経験があるため、万が一再び〈ビッグフット〉と遭遇した際、的確に動けるだろうとブレビスさんが判断したから。
おそらく〈ビッグフット〉はもういないと思われるが、それも絶対とは言えない。万が一を考えるのは当然のことだろう。
そのため、地下に潜る《銀の弾丸》のメンバーは、武装を前回と少し変更していた。
前回は9mm口径のサブマシンガンをメインアームとしていたが、9mmでは〈ビッグフット〉に対して威力不足だったこともあり、今回は.45口径のサブマシンガンをチョイスしている。
9mmに比べると弾丸が大きい分反動も大きく命中率が下がり、装弾数も少なくなる.45口径だが、威力は9mmよりも高い。その威力を見込んで.45口径の拳銃やサブマシンガンを愛用する傭兵も多いのだとか。
なお、今回は地上のバックアップ部隊はなし。今回の主な目的は、あくまでも下水道を探索して〈ビッグフット〉が生活していた痕跡を探すことだからね。
もちろん、主役はセルシオくんであり、俺たちは案内役兼護衛の脇役である。
「おそらく、前回のような危険はないとは思うけど、絶対に油断しないように。いいわね?」
隊長であるセレナさんが、俺たちを見回しながら告げ、その言葉に頷く俺たちと《銀の弾丸》のメンバーたち。当然、セルシオくんもセレナさんの指示には従うって約束してくれた。
俺もセレナさんの言葉には大いに賛成だ。それに、香住ちゃんとミレーニアさんだけには、こっそりと伝えておいたこともある。
そう。
前回遭遇した〈ビッグフット〉だけど、あれには例の「害虫」が憑いていた。もしかすると、今回もまた「害虫」が何かちょっかいをかけてくるかもしれない。
油断は禁物。
店長から護符のペンダントをもらって──ミレーニアさんも俺たちと同じ物を店長からもらっている──いるけど、油断はできないからね。
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