新たな依頼



「はーい、お待たせー」

 にこやかな表情と弾んだ声と共に、セレナさんが戻って来た。

 彼女はミレーニアさんの両肩に手を置き、その姿を俺とブレビスさんへと見せつける。

 おおぅ。

 いいじゃない! いいじゃない!

 これまで、ミレーニアさんはスカートを着用することが多かった。アルファロ王国にいた時はドレス姿だったし、俺たちの世界へ来てからもスカート姿しか見たことがない。

 だけど、今日の彼女はパンツ・スタイルだ。

 《銀の弾丸》の制服とも言える、青銀のツナギとジャケットに身を包んだミレーニアさんは、いつもより活動的な雰囲気を纏っていた。

 長い髪も動く時に邪魔にならないように、綺麗に結い上げられている。いわゆるところのポニーテイル、それもサイドポニーというやつだ。

 うん、こういう活動的なミレーニアさんも、いつもと違って新鮮でいいね!

 右腰には香住ちゃんと同じ型のSMG──サブマシンガン。対して、左腰には細身の剣。いわゆる、レイピアって奴だね。

 このレイピア、店長がどこからともなく手に入れて来たのだ。しかも、香住ちゃんの剣と同じように俺の聖剣がコピーされるらしい。

 つまり、俺や香住ちゃんと同等の「剣士」が、新たに誕生したってわけだ。

 店長が言っていたミレーニアさんの武装とやらは、これのことだったんだな。

 早い話が、聖剣先生がミレーニアさんも守ってくれるってわけであり、俺としてもかなり安心して彼女を異世界へと連れて行けるというものである。

 なんて偉そうなことを言っているけど、俺自身も聖剣に護られているんだけどね。そこはまあそれということで、ひとつ。

「どうでしょうか、シゲキ様?」

「似合っていますか?」

 俺の目の前に来て、くるりと一回転する香住ちゃんとミレーニアさん。うん、今日は香住ちゃんもセレナさんにミレーニアさんと同じ髪型にしてもらったんだね。

 ただし、ミレーニアさんが右側でサイドポニーにしているのに対し、香住ちゃんは左側を結っている。さすがセレナさん、仕事が細かい。

 衣服と髪型が一緒の美少女が目の前ではにかむ姿は、それはもう眼福ものですよ!

「うん、二人ともすごく似合っているね! しかも、可愛い! 思わず写真を撮りたくなるね!」

 親指を突き立てながら、二人を褒める。もちろん、お世辞ではなく本心からの言葉ですとも。

 そして、二人を褒める俺をにまにました顔で見ているブレビスさん。

 何か言いたいことがあったら、はっきり言ってくれませんかね?

 そしてセレナさんはと言えば、俺たちを微笑ましげに見つめている。きっと今の彼女は、弟や妹たちが仲良くしているところを見守る姉の心境なのだろう。

「しかし、シゲキはいいところに来てくれたよな」

 しばらく俺たちのやり取りを見ていたブレビスさんが、突然そんなことを言い出した。

 ひょっとして、何かまた仕事がブッキングでもしたのだろうか?

「実は、一つ仕事が舞い込んでな。できたら、おまえさんに協力して欲しいんだよ」

 頼めるか? と続けたブレビスさん。

 もちろん、俺にできることであれば協力しますとも。でも、まずはどんな仕事なのかを聞いてからじゃないと。

 もしも香住ちゃんやミレーニアさんに危険が及ぶような仕事であれば、いくらブレビスさんの頼みでも頷くことはできないからね。



「この前の変異体……〈ビッグフット〉を覚えているか?」

 先ほどまでのにまにま顔はどこへやら。至極真面目な表情でブレビスさんが問う。

 もちろん、〈ビッグフット〉を忘れるわけがない。下水道で俺と香住ちゃんが戦った変異体だ。

 そういや、あの時初めて香住ちゃんが聖剣のコピーを使ったんだっけな。

 もしかして、またあの〈ビッグフット〉が出たとか? それでその退治を俺たちにやって欲しいとか?

 でも、あの変異体は北米大陸の西側に生息していて、このネオデルフィア・シティが存在する北米大陸東部にはいないんじゃなかったっけ?

「おまえさんたちが倒した〈ビッグフット〉の遺骸は、研究のために依頼者クライアント……とある生物学者に届けられるはずだったんだ」

 ? ってことは、実際には依頼者に遺骸は届けられていないってこと?

「いや、届けることは届けたんだよ。ただし……〈ビッグフット〉のミイラをな」

 み、ミイラっ!? ミイラってどういうことだ?

 あの変異体の遺骸は、確か冷凍コンテナで保存するとか言っていたはずだ。そして、それを依頼者に届けると。

 ただ、俺と香住ちゃんは変異体の遺骸を冷凍コンテナに収納する前に、元の「小世界」へ帰ってしまったから、実際にコンテナに収められたところは見ていない。だけど、ブレビスさんたちが遺骸の扱いを疎かにしたとは思えない。

 と言うことは、何か異常事態があったってことだろうけど……まさか、あいつらが何か関係しているのか? 店長が「蟲」とか「害虫」とか呼んでいたあいつらが?

 あの変異体に、「害虫」が何らかの影響を及ぼしていたのは間違いない。あいつらが何かした結果、変異体の遺骸がミイラ化したのか?

 え、それ怖い。

 俺の家族も「害虫」たちに操られたことがあるんだぞ? ってことは、俺の家族も下手をしたらミイラ化していたかもしれないってことだろ?

 変異体がミイラ化して俺の家族がミイラ化しなかった理由は分からないけど、それは結果に過ぎないだけかもしれない。

 ひょっとすると、店長がお袋や弟妹を助けてくれたのかもしれないな。今度、店長にその辺りを詳しく聞いてみよう。

 今はブレビスさんの話を聞かないとな。



 ブレビスさんから聞かされたのは、やはりミイラ化した変異体関係のものだった。

 変異体の遺骸を受け取るはずだった生物学者さんがミイラ化した遺骸を解析したところ、変異体のミイラは遺骸に急激な変化が起きて生じたものらしい。

 どうやってそんなことが分かるのか、専門家でもない俺には全く知りようがないが、解析した結果その事実が明らかになったそうだ。

 ミイラと言えばやはりエジプトのものを誰もが思い浮かべるだろうが、古代のエジプトで作られたミイラは、約70日もかけて作られたらしい。

 だけど今回の件は、遺骸に何らかの急激な変化が生じてミイラ化したのではないか、というのが、解析した生物学者さんの意見なんだって。

 言い方は変かもしれないけど、遺骸をフリーズドライにしたらこういうミイラができるんじゃないか、とその学者さんは零したらしい。

 で、その学者さんが、いたくこの変異体に興味を示したらしい。そして、この変異体と直接戦った俺や香住ちゃんに話が聞きたいと言い出したそうだ。

 でもほら、俺たちは常にこの「小世界」にいるわけじゃないから、ブレビスさんも返答に困っていたらしいんだ。だけど、そこへひょこりと俺たちが現れた。

「本当にいいタイミングで現れてくれたな、《サムライ・マスター》? まさに神の采配って奴だ」

 つまり、俺たちにその依頼者である生物学者さんに会って欲しいってことだよね。

 まあ、その学者さんに会うのは構わない。でも、話を聞かれても俺たちにも分からないことだらけだよ?

「それでもいいのさ。あいつもおまえさんから直接話を聞けば、ちったぁ満足するだろうしな」

 どうやら、その専門家さんはブレビスさんと個人的な知り合いっぽいな。話を聞くに、そんな感じを受ける。

「まあ……なんだ? ちょっとばかし変わったヤツだが、悪いヤツじゃねえから安心してくれや」

 うわ、そんな言い方されると、不安で仕方ないんだが……。

 俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんの三人で、思わず顔を見合わせちゃったよ。



 《銀の弾丸》の拠点であるビルで待つことしばらく。

 大体、時間にして正午過ぎ頃、その専門家さんは現れた。

「やあ、ブレビス伯父さん! 久しぶりだね!」

 にこやかに挨拶しながら俺たちの前に現れたのは、大体10歳ぐらいの少年だった。

 そう、少年だったんだよ。

 思わずブレビスさんの方を見れば、彼は苦笑を浮かべつつ肩を竦めていた。

「実はこいつは俺の甥……まあ、セレナからすると従姉弟ってわけだな」

 へえ、そうなんだ……って、問題はそこじゃないよねっ!?

「やあ、お兄さんたち。僕の名前はセルシオ。僕の母親がブレビス伯父さんの妹なんだ」

 ブレビスさん、妹さんがいたんだ。そりゃあ、ブレビスさんにだって血縁者はいるだろう。

 言われてみれば、セルシオくんはブレビスさん……いや、セレナさんによく似ているな。確かな血縁を感じさせるほどに。

 ……だから、問題はそこじゃないんだってば。

「まあ、こいつ……セルシオはいわゆる天才ってやつでな。11歳という年齢で変異体に関する研究では第一人者とまで呼ばれているんだ」

 へ、へえ……、それっていわゆる飛び級ってやつかな? アメリカでは飛び級があるってよく聞くし。

「それで、お兄さんがあの〈ビッグフット〉と直接剣を交えたっていう《サムライ・マスター》だね? 伯父さんから話は聞いているよ!」

 うわ、セルシオくんってば、目がきらきらしているぞ。

 これって、やっぱりセルシオくんも男の子だから、剣とかサムライとかに興味があるってことかな?

「変異体……それもゴリラの変異体である〈ビッグフット〉と剣で戦った人間は、おそらくお兄さんぐらいだからね。詳しい話を聞いてみたかったんだよ」

 ああ、彼の興味はそっちなのね。

 この子、いわゆる「研究オタク」みたいだぞ。



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