第7章

次の世界へ




「それで? あの金髪の娘っ子はおまえさんの何よ?」

 今、俺の目の前で、傭兵団銀の弾丸の団長、ブレビスさんが仏頂面で俺を見つめている。

 いや、ブレビスさんは俺をずっと見ているわけではなく、愛用の拳銃を分解整備している手元を見つつ、時折俺へと視線を向けるのだ。

 そう。

 今、俺たち──俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんは、ブレビスさんたちがいる近未来世界へと訪れていた。

 俺たちがこの「小世界」を訪れた理由、それはもちろんミレーニアさんの装備を購入するためだ。

 俺と香住ちゃんが異世界へ行く時に必ず着る、《銀の弾丸》のジャケットとツナギをミレーニアさんも欲しがったのだ。物凄く。

 ミレーニアさんいわく、「シゲキ様とカスミだけ同じ服を着るなんて……わたくしも同じ服が着たいです!」だそうだ。

 まあ、どのみちミレーニアさんの装備は必要になるわけだし、俺たちはこうして近未来世界を訪れたのである。

 ちなみにそのミレーニアさんは、俺たちがこの《銀の弾丸》のオフィスビルに顔を出した途端、セレナさんに拉致されてビルの奥へと連行された。香住ちゃんも一緒に。

 その件に関して、団長にして父親であるブレビスさんはこう答えていた。

「ここは傭兵団だけあってか、若い女のメンバーがいねえからな。セレナにしてみれば、カスミやあのミレーニアって娘は、妹のように思えてつい構いたくなるんじゃねえか?」

 そういや、初めて香住ちゃんを連れて来た時も、セレナさんは妙に嬉しそうだったよね。

 《銀の弾丸》にも女性メンバーはいるそうだが、セレナさんよりも年上の人ばかりなのだとか。

 おそらく兄弟姉妹で一番下の子供が、自分よりも年下の親戚の子を思わず可愛がりたくなるのと同じような心境なのだろう。

 俺は兄弟で一番年上だから、イマイチその辺の感覚は分からないけどね。

 でも、弟や妹が可愛いのはよく理解できる。今じゃ弟は生意気なだけだけど、あれでも小さなころは可愛かったのだ。

 あ、妹は今でも可愛く思えますですよ?

「恋愛や結婚に関する考え方は、民族や宗教、風習などによって様々なモンだから、俺がとやかく言うことじゃないだろうが、それでも女を悲しませるような真似だけはするんじゃねえぞ、《サムライ・マスター》?」

「ですから、ミレーニアさんはあくまでも友人ですって」

「ま、他ならぬおまえさんが言うんだ、実際にそうなんだろうよ」

 いや、ブレビスさん。そう言いつつも俺の言うこと信じてないでしょ?

 ブレビスさんは、整備し終えた拳銃を構える。もちろん、銃口は俺には向いていない。こういうところはさすが歴戦の傭兵だ。

 ブレビスさん愛用の拳銃は、いわゆるリボルバーって奴だった。この近未来世界でも、リボルバーってまだ使われているんだね。

「ん? リボルバーが珍しいか? 確かにコイツを使っている奴は多くはないが、それでも俺のようなリボルバー・フリークは確かに存在するんだぜ?」

 オートマチック拳銃に比べると故障が少なく、構造も簡単で整備がしやすいなど信頼性の高いリボルバーは、この世界でもそれなりに愛好者がいるそうだ。

 どんなに高性能な銃であっても、いざって時に弾丸が撃てないようじゃ意味がないから、性能よりも信頼性を優先する傭兵や兵士は多いらしい。

 でも、今ブレビスさんが手にしているリボルバー、ちょっと形が変だ。

 普通、リボルバーって奴は弾倉の一番上に来る弾丸を撃ち出すものだが、ブレビスさんが持っているリボルバーは弾倉の下の弾丸を撃ち出すみたいだ。そのため、銃口も下側にある。

 しかも、普通のリボルバーは横に弾倉を振り出すが、これは何と横から上へと振り出すのだ。

 何でも、かつてのイタリアに存在した銃器メーカーの流れをくむ拳銃で、昔から少なからず愛好家がいるリボルバーなのだそうな。

 これは自分の「小世界」へ帰ってから調べたことなのだが、俺たちの時代にもそんな変則的なリボルバーが確かに存在した。ブレビスさんが言ったようにイタリアの某メーカーの製品で、近未来を舞台にした某有名なアニメにも、この銃をモデルにしたものが登場しているらしい。

 一口にリボルバーと言っても、いろいろあるんだね。ちょっと勉強になったぞ。



 そうそう、ミレーニアさんについてだけど。

 この近未来世界へ来る前に、アルファロ王国へも行って来たのだ。

 そして、そこでミレーニアさんのお父さんである、当代の国王様とご対面。

 国王様、すっげえ厳つい顔で、しかも禿頭なものだから王様っていうより山賊の親分って感じの人だった。美形兄妹であるクゥトスさんやミレーニアさんとは、全然似ていない。

 きっと、クゥトスさんやミレーニアさんは、お母さんである王妃様に似たのだろう。うん。なお、王妃様とはいまだにお会いしておりませんです、はい。

 で、山賊の親分……じゃなかった、国王様と王太子であるクゥトスさんに、突然消えたミレーニアさんのことを説明した。

 やはりビアンテからある程度のことは聞かされていたようで、それほど驚いてはいなかった。いや、驚いてはいたが、その理由がまた何とも。

「まさか、こんなに早く我が娘が実家に戻されるとは……」

「ミレーニアは、シゲキ殿や他の神々の怒りに触れるようなことをしでかしたのでは……?」

 いや、心配するところはそこですか? 別にミレーニアさんを出戻りにさせたとか、何か俺たちを怒らせたとかはありませんから。そもそも、俺たちは神様じゃないし。

 どうやら国王様とクゥトスさん、すっかりミレーニアさんが俺に嫁いだとばかり思いこんでいたらしい。

 しかも、早速とばかりに貴族や国民、近隣諸国に対し、ミレーニアさんは神々の許へ嫁いだと発表してしまったのだとか。

 いや、いくらなんでも公式発表が早すぎでしょ! ミレーニアさんを再びアルファロ王国へ連れて来るまで一週間以上が経過しているけど、たったそれだけで正式発表を終えているとか、早いなんてものじゃないぞ。

 しかし、一体どれだけミレーニアさんが俺……というか、神々の許へ嫁いだことが嬉しかったのやら。

 ちなみに、再びアルファロ王国を訪れるのに数日かかってしまったのは、聖剣を休ませるという理由の他に、バイトのシフトに変更が出たからだ。

 パートのおばちゃんの一人が、親戚に不幸があったとかで急遽来られなくなってしまい、そのヘルプに俺が駆り出されたってわけだ。そのため、アルファロ王国を訪れるのが予定よりもちょっと遅くなってしまったのである。

 それはともかく、すでにミレーニアさんは神々の許へ嫁いだと発表されてしまった。そこへのこのことそのミレーニアさんが舞い戻ったとなれば、不名誉なことをあれこれと陰日向に言われるに決まっている。

 貴族の社会って奴は、そういうことにとても敏感らしいから。

 つまり、しばらくアルファロ王国にミレーニアさんの居場所はないのだ。

 国王様とクゥトスさんから、せめてもうしばらくミレーニアさんを預かってくれと頭を下げてまで頼まれた俺たちは、ミレーニアさんを連れて再び自分たちの「小世界」へと帰って来たのだった。

 国王や王太子なんて立場の人に頭を下げられたら、断るに断れないし。

 なお、ミレーニアさん本人はとても嬉しそうだった。対して、ビアンテはとても悔しそうだった。うん、俺たちが話していた席に、実はビアンテも同席していたのである。

「姫様が羨ましい……できれば、私も師匠の世界へ赴き、毎日師匠に稽古をつけていただきたいのに……」

 と、涙を流して悔しがっていたビアンテ。ホント、こいつは変わったよね。最初に出会った時とは別人だね。



 そんなわけで、しばらく日本で暮らすことになったミレーニアさん。

 店長が言っていたように、彼女の戸籍などは用意してくれるらしい。その対価として、ミレーニアさんは店長の店──つまり、俺と香住ちゃんが働くコンビニで無給のバイトをすることに。

 ロイヤルなミレーニアさんにコンビニのバイトが務まるのか、と店長に聞けば、そこは俺と香住ちゃんがしっかりとフォローするようにとのこと。

 まあ、バイト仲間になる以上、フォローをすることはやぶさかではない。いや、後輩の面倒を見るのは先輩として当然だし。

 しかし、戸籍などを作る対価として、コンビニのバイトって釣り合うのかな?

 生活などの面は今後も店長が面倒を見るようだし、店長がそれでいいなら俺たちがあれこれ言うことではないだろう。

 ちなみに、ミレーニアさんの表向きの立場は、イギリスから来た店長の遠縁の留学生ってことにするらしい。店長は日英のクォーターだから、イギリスにも何らかの伝手があるのだと思う。

 留学生という立場を取る以上、いずれはどこかの高校に編入することも考えていると、店長は言っていた。

 大丈夫だろうか、ミレーニアさんを高校に編入させても。言葉の方は聖剣の不思議パワーで大丈夫だからコミュニケーションの方は問題ないだろうけど、日本語の読み書きはできないんだよね。

 そこは、まだまだ勉強中の留学生ということで押し通すのかな? 外国人が日本語の読み書きができなくても、勉強中ということにすれば疑問に思う人もいないだろうし。

 それに、ミレーニアさんは王族だけあって基本的な計算はできるみたいだ。数字の概念もこっちと変わりないみたいだし、こちらの数字そのものさえ覚えてしまえば、そっち方面でもそれほど困ることもないだろう。

 まだまだ日本に不慣れな留学生。いやー、実に便利な言葉だね!



 そんなわけで、しばらくはミレーニアさんが店長の家に居候することになったわけだ。

 そうなると、当然ミレーニアさんも俺たちの異世界行に同行したいと言い出して。

 俺としても彼女の同行を断る理由がなく──強引に駄目だと突っ張るのもアレだし──、結局今後はミレーニアさんも一緒に異世界を巡ることになった次第。

 香住ちゃんはちょっぴり不満そうだった。でも、異世界へ行く仲間が増えること自体は歓迎しているみたい。

 何だかんだ言いつつも、香住ちゃんとミレーニアさんって仲いいんだよね。二人で買い物とかも行っているみたいだし。

 そうなると、ミレーニアさんの安全面を考えないといけなくなる。

 武装面については店長に何か考えがあるらしいので、そちらは店長にお任せ。そうなると俺が考えるべきは防具だろう。

 防具と言って最初に思い至るのは、俺たちが異世界へ行く時にいつも着る防具。つまり、《銀の弾丸》のジャケットとツナギである。

 ミレーニアさん自身もこのジャケットとツナギを欲しがっていたことだし、ここは一度近未来世界を訪れてそれらを入手しよう、と俺たち三人はこの「小世界」へとやって来たのである。










~~ 作者より ~~

 Mテバ・リボルバーのエアガン、一目惚れして買っちゃった(笑)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る