閑話 アルファロ王国の人々




「何っ!? その話はまことかっ!?」

 騎士──ビアンテの報告を聞いた現アルファロ王国国王、フリード・タント・アルファロは、その厳つい顔を喜色で染めた。

「ミレーニアが、御使様と共に消えたと? それはつまり、ミレーニアは御使様と一緒に神々の国へ行ったということであろうや?」

 がっしりした身体に禿頭、顔つきも極めて厳ついため、国王というよりは山賊の親玉と言ったほうが誰もが納得するに違いない。

 そのフリード国王が喜色満面でずいっと近づくその姿は、王国最強と名高いビアンテが思わず仰け反りかけるほどだった。

 だが、そこは最強騎士。精神力を総動員させて、跪いた姿勢を維持する。

「は、はい、陛下。姫様は私の目の前で、シゲキ師匠と奥方様と共に消えました。間違いなく、師匠方とご一緒に神々の国に向かわれたのだと思われます」

「そうか……うむうむ、そうか! でかしたぞ、ミレーニアよ!」

 ぱん、と膝を打ったフリード国王は、隣に座っている息子へと目を向けた。

「クゥトスよ! 直ちに国中に……いや、近隣諸国にも伝えるのだ! 我が娘ミレーニアは、神々の下へ嫁いだとな!」

「承知しました、父上。直ちに手配致しましょう」

 そう答えた王太子であるクゥトスも、嬉しそうに微笑んでいる。父であり国王であるフリードと同じ表情なのだが、こちらは見た目が絵に描いたような貴公子なので、きらきらと眩しいほどの光を振りまいていた。

 同じ血を引く父子でありながら、この差は一体……? と、思わず不敬なことを考えてしまうビアンテ。

 それはともかく、ミレーニア姫が御使と共に消えたことは、アルファロ王国の者にとってはこれ以上にない福音なのである。

 かつて、この王国を築き上げた偉大なる建国王、ガムス・タント・アルファロ。彼がその偉業を成し遂げた際にも、神々の御使の助力があったことはこの国の者であれば子供でも知っていることだ。

 以来、この国では御使は極めて神聖なものとして扱われている。他ならぬ建国王がこう言い残したからだ。

「いつかこの国に苦難が訪れた時、再び御使が降臨し、我々を救ってくれるだろう」

 と。

 そして、アルファロ王国の建国から二百年後、実際にこの国に脅威が訪れた。

 邪竜王ヒュンダルルムが王都に襲来し、第二王女であるミレーニア姫を連れ去ったのだ。

 しかし、邪竜王に連れ去れたミレーニア姫は、無事に王都に帰還した。

 表向きは王国最強騎士であるビアンテ・レパードが邪竜王を打ち倒してミレーニア姫を救い出したとされているが、実際は再び降臨された御使が邪竜王を倒し、連れ去られたミレーニア姫を救い出していたのである。

 当時は実際に御使を見たのがミレーニア姫とビアンテの二人だけであり、御使が現れたという確固たる証がなかったということから、ビアンテが邪竜王を倒してミレーニア姫を救い出したと発表したのだ。

 それからしばらくして、邪竜王を倒したという人物が再びこの国に現れた。そしてその人物──と連れの女性は、雷光と雷鳴を操って見せたのだ。

 雷とは、神々の意思の表れであり、多くの場合は神々の怒りの鉄槌だとアルファロ王国では信じられている。その雷に属する雷光と雷鳴を操ることができるということは、その人物たちが天界の属する者である証拠となるであろう。

 この時、その人物たち──シゲキという名の男性とカスミという名の女性──は、王国上層部では正式に神々の一柱、もしくはその御使であると認められたのである。



「しかし……御使様たちは、誠に素晴らしき剣の使い手であったな。ビアンテが師と仰ぐシゲキ様はともかく、その奥方のカスミ様までビアンテと互角以上に戦うとは……儂がもう少し若ければ、ビアンテと共に一手合わせていただいたのだが……」

「まったく、まだそんなことをおっしゃるのですか、父上は。あの時……御使様たちとビアンテの手合わせを見学した時も、年甲斐もなく興奮して手合わせの場に乱入しようなどとして……私とミレーニアで止めなければ、下手をすれば御使様たちのご不興を買っていたかもしれぬのですよ?」

「う、うむ……だが、あれほど見事な剣捌きを見せられればどうしても……な? ビアンテなら分かってくれるだろう?」

「はい、国王陛下のお気持ち、このビアンテにはよく分かります! シゲキ師匠の太刀筋は優麗であり、それでいて力強くもあり速くもあり……あれこそが剣神の太刀筋というものでありましょう。ああ、そう言えば、その師匠なのですが……」

 ビアンテはふと思い出したことを、国王と王太子に告げる。それは今回降臨した御使が取った、とある行動のことであった。

「な、何……? 御使様が建国王陛下の姿絵をじっと見つめておられたと?」

「はい、陛下。師匠はとても真剣な表情で、飾られている建国王陛下の姿絵をご覧になられておりました。その時の師匠は、どこか懐かしさを感じておられたようにも私には感じられました」

 アルファロ王国を興した偉大なる人物、建国王ガムス・タント・アルファロ。そして、その姿絵を懐かしそうに見ていたという御使。

 その二つの事実を結び付けた時、フリード国王とクゥトスの頭に一つの考えが浮かび上がった。

「も、もしや御使様……シゲキ様こそが、建国王陛下と共に魔獣王を倒した御使様であらせられるのか……?」

「建国王陛下の元に御使様が降臨されたのが二百年前。神の御使ともなれば、二百年ぐらいは生きておられても不思議ではありますまい。これは父上の考えが的を射ているやもしれませんな」

「うむ……もしもこの考えが正しいのであれば、シゲキ様こそが我が王国を建国から二百年の間、天上より見守って下さった守護神なのやもしれぬ。そのシゲキ様の元へとミレーニアが嫁いだとなれば……」

「これは……父上ではありませんが、この慶事を国内外に広めない手はありません。この事実は、我が王家と我が国を支える柱の一つとなりましょうからな」

 アルファロ王国の建国に深く関わり、それから今までずっとこの王国を見守ってきたと思しき御使。それがもしも事実であれば、あの御使こそがこの国の守護神と言っても過言ではないだろう。

 その守護神の下へ王女が嫁いだ。そうなれば、王家──タント家の威信と威光は更に高まるだろう。

 王家とはいえ、決して盤石ではない。その土台を固める材料は多いに越したことはないのだ。

 同時に、王国を守護せし御使の下へミレーニア姫が嫁いだという事実は、国外にも大きな影響を与えるだろう。

 二百年前には魔獣王を、そして今代では邪竜王を打倒せしめた御使。その御使と王家が深い関係にあることをしらしめれば、王国と王家に害意を向けようとする者は少なくなるに違いない。

 加えて、民たちの王家に対する信頼や支持も増すことだろう。これほどの効果が見込めることを、国王や王太子といった立場の者が放っておけるわけがないのだった。




 それから数日。

 ミレーニア姫が御使の下に嫁いだという公式発表がなされた。

 これにより、アルファロ王国は神々より一層多くの加護が与えられ、今後更に発展するだろうと噂されるようになる。

 元より大国であったアルファロ王国、それが更に発展すれば、名実共にこの地域の盟主となることは間違いあるまい。

 アルファロ王国の民たちは、自国がより一層豊かになることを願い、同時に御使の下へと嫁いだミレーニア姫の幸せを願う。

 そしてフリード国王とクゥトス王太子は、狙い通りにことが運んだことに大変満足していた。

 だが、彼らのはすぐ曇ることになる。

 なぜなら、御使の下へと嫁いだはずのミレーニア姫が、十日も経たぬうちにアルファロ王国へと舞い戻って来たからだ。

 しかし、既にミレーニア姫は御使の下へ嫁いだと発表している。してしまっていた。

 一体どうしたらいいのかと、二人はその頭を思いっきり悩ませることになるのだった。



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