調整終了とお姫様の今後
「では、改めて話をしようか。まずは、水野くんの聖剣についてからかな」
そう言い置いた店長は、立ち上がってリビングから出ていく。
はて? これから話をするというのに、どこへ行くのだろう?
「おそらくですけど、聖剣を取りに別の部屋に行ったのだと思いますよ」
香住ちゃんがそう説明してくれた。
そりゃそうか。ここは店長の家だけど、俺の下宿先のような狭い部屋じゃない。このリビング以外にも部屋があって当然だよね。このマンションはどう見たって単身者用ではなくファミリー向けだし。
ちなみに、昨夜香住ちゃんたちが泊まったのも、客室らしき場所だったそうだ。
いやいや、客室がある家ってどんなだよ。絶対、一般家庭じゃありえないからね。
ここ、1フロアをぶち抜きで使っているだけあって、広さが半端じゃない。なお、このマンションは6LDKだとか。
6LDK……もちろん意味は分かるが、具体的な広さが実感できない。そもそも、一人暮らしである店長にこれだけ広い家が必要なのだろうか? 掃除をするのだって大変だろうに……って、掃除なんて業者に頼んでいるのかもしれない。
金持ちの考えることって、庶民には理解できないよね。
それはさておき、店長は俺の聖剣を取りに行ったのだろう。ってことは、そこっていわゆるところの「魔術師の工房」ってヤツだろうか?
うわ、それは是非見てみたい! やっぱり、不思議な鉱石とか怪しげな素材とかがあったりするのだろうか?
実に興味を引かれるが、おそらくその部屋には入れてはもらえないだろう。何となくだけど、「魔術師の工房」っていうと秘密の塊というイメージだし。
いくら店長と親しいとはいえ、そうほいほいと見せてもらえるものではないと思う。
そんなことを考えている間に、店長がリビングに戻って来た。その手には、柔らかそうで光沢のある布に包まれた細長いものが。
間違いなく、俺の聖剣だろう。
「お待たせ、水野くん。君の聖剣の調整は終わったよ」
そう言って、店長は布を剥がして聖剣を露わにした。
うん、特に以前と変わった点は見受けられない。だけど、どことなく光沢が増しているような気もしなくはない。
それとも、そんな気がするのは店長の家の照明が我が家よりも明るいからかも。
ここのシーリングライト、俺の部屋に比べるとかなり明るいんだよね。やっぱり、学生用の安アパートの古い蛍光灯とはモノが違うのだろう。
店長から聖剣を受け取り、そのまま鞘から引き抜いてみる。
明るいLED──明るい照明と言えば、俺はLEDぐらいしか知らない──の光を受けて、聖剣の刀身がきらりと輝く。
うん、よく分からないけど、以前よりも調子がいいみたいだ。何となく、そんな気がするんだよね。
聖剣も、俺の下に戻ったことでどことなく嬉しそうだ。いや、嬉しく思ってくれているといいな、という俺の願望がそう思わせるのかも。
「とりあえず、メンテナンスだけは終わらせたが、聖剣……『世界の卵』はもう数日休ませた方がいいだろうね」
「分かりました。次に異世界へ行くのは週末にします」
俺の返答に、店長が満足そうに微笑む。
「うん、君ならば今まで通り彼と上手くやっていけるだろう」
店長は聖剣を「彼」と呼ぶけど、それはあくまでも便宜的なものらしい。
剣に……というか、「世界」に性別なんてないだろうからね。
でも、これまでの聖剣との付き合いから、俺もこの相棒のことは「彼女」と呼ぶより「彼」と呼ぶ方がしっくりくると思う。
「調整した結果だけど、能力的なことはこれまでと変化はない。ただ、設定で『同行者』の欄を一つ追加しておいたよ」
と、にやにやしながら店長が続けた。
店長、分かっていてわざとやっているでしょ? そんなに俺たちの関係を複雑にしたいんですか?
でも、最低でも一度はミレーニアさんをアルファロ王国へ送って行く必要があるだろうから、その時に同行者欄が二つあることは何気にありがたい。
同行者欄が一つしかない場合、俺とミレーニアさんだけでアルファロ王国へ行かなければならなくなるからね。
そうなったら……香住ちゃんがいない状態でミレーニアさんの「ホーム」なんぞに行ったら、既成事実をでっち上げられかねない。ミレーニアさんだけではなく、お兄さんのクゥトスさんとかも、進んで既成事実のでっち上げに加担しそうだ。
クゥトスさんとか二人のお父さんである国王様とか、何とか俺にミレーニアさんを嫁がせようと画策しているらしいし、それぐらいのことはしそうだよね。
もちろん、そうなっても香住ちゃんは俺のことを信じてくれるだろうけど、それでも不安要素は少ないに越したことはないのだ。
そうなると、同行者欄が二つになったのはやっぱり正解だと思う。さすが店長だね。
「さて、次はミレーニアくんのことだが……」
とりあえず、聖剣については一段落ってことで。他にもいろいろと店長に聞きたいことはあるけど、まずは次に移ろう。
「ミレーニアくんの希望としては、今後どうしたいのかな?」
「わたくしとしては、もうしばらくこちらの世界に居たいと思います。シゲキ様のお傍にいたいのは当然として、こちらには我が祖国にないものがたくさんあります。それらを少しでも学び、祖国の発展に役立てたいのです」
そうなんですか……俺のことは当然なんですか。
ミレーニアさんほどの美少女にそこまで言ってもらえるのは、確かに嬉しい。確かに嬉しいけど……素直に喜べないんだよなぁ。
「もちろん、こちらの世界の技術や知識が簡単に身につくとは思っていません。それでも、学べるものはあると思うのです」
なるほど。自分の国を発展させるために、こちらの世界の知識や技術を学ぼうってことか。
もちろん、彼女自身が言うように、一人の人間が学べる知識や技術なんてごく僅かだろうし、その僅かな知識や技術を学ぶのにどれだけの時間が必要になるか分からない。間違いなく、それは極めて厳しい道になると思う。
でも、本当にミレーニアさんがこちらの世界の知識や技術を僅かなりともアルファロ王国へと持ち帰ることができたら、本当に彼女を基点とした産業革命が起こり得るかもしれないぞ。
アルファロ王国的な考えだと、「神々の国で知識を得た王女が、この国の発展の礎となった」ってところかな。
「それはつまり、ミレーニアくんはこちらの世界に滞在したいということかな?」
「はい。それが叶うのであれば」
真剣な顔でミレーニアさんを見つめる店長。そして、そんな店長の視線を真っ向から受け止めて身じろぎもしないミレーニアさん。
な、なんか、俺と香住ちゃんのこと、二人とも忘れていないよね?
「うん、分かった。君がこちらの世界で暮らす上で必要になるもの……戸籍などは私が伝手で用意しよう。もちろん、見返りはもらうけどね」
い、いや、あのですね、店長? 伝手で戸籍とかどうにかなるものなんですか? それに、見返りとしてミレーニアさんに何を求めるつもりなんですか?
店長が悪人でないことはよく知っているが、それでも何とかく不安になってきたぞ。
「こう見えても私とて、ご先祖様ほどではないにしろ魔術師を名乗る者の端くれだからね。私個人にもいろいろと伝手はあるんだよ」
ま、魔術師って一体何をしているのだろう? ちょっと気になる……いや、凄く気になるけど、これもまた聞かない方がいいんだろうなぁ。
「社会の影に属することだからあまり詳しいことは言えないけど、魔術師としての私は世界中の『偉い人』たちともあれこれとビジネス的な繋がりがあってね……ん?」
店長が話していると、彼女のポケットから軽快な音楽が流れだした。どうやら、スマホの着信のようだ。
「ごめん、ちょっと失礼するよ」
そう言った店長が、スマホを取り出しつつリビングから出ていく。
「ああ、
リビングから出ていく直前、スマホの向こうに向かって語りかける店長の声が聞こえた。それを聞いた時、俺と香住ちゃんは思わず顔を見合わせてしまった。
だってさ?
「し、茂樹さん……い、今、店長が言っていた人って……」
「い、いやー、まさか……いくらなんでも、そんなことは……」
店長がスマホに向かって告げた名前、現職の総理大臣と同じだったんだけど……偶然の一致だよね? そうだよね?
「いや、ごめん、ごめん。話の途中だったけど、どこまで話したかな?」
通話を終えた店長が、にこやかな笑顔を浮かべながら戻って来た。
一体、誰と何を話していたのか凄く気になるが、店長が何も言わない以上、追及しない方がいいのだろう。きっと。
「ええと……そうそう、ミレーニアくんの戸籍などの身元周りについては、すぐに準備させる。もちろん、法に抵触するようなことはしないから安心していいよ。まあ、それなりにグレーな行為ではあるけどね」
と、店長は唇の前に人差し指を当てながら言う。うん、分かります。他言無用ですね。
でも、さすがに明日明後日に準備できるものではなく、最低でも一週間ぐらいは必要らしい。逆に、一週間で戸籍とか用意できると聞いて、俺はびっくりしたけどさ。
「でも、一度はミレーニアさんをアルファロ王国へ連れて行った方が良くないですか? 少なくとも家族ぐらいにはどこに彼女がいるのかぐらいは説明しておかないと」
「そうだねぇ。まあ、その発想がミレーニアくんの国にも通用するかはともかくとして、無事であることぐらいは伝えた方がいいだろうね」
ミレーニアさんの家族からしてみれば、突然彼女が消えうせたわけだし、全く説明しないわけにも行かないだろう。
でも、あの時はビアンテも一緒だったから、彼の口からある程度の説明はされていると思う。
それでも黙って消えたまま、というわけにもいかない。
聖剣も俺の手に戻ってきたことだし、明日……はバイトだから、次に空いている日の午前中にでも早速アルファロ王国へ行ってみようか。
「香住ちゃんも一緒に行ってくれるかい?」
「はい、もちろん私も行きます」
「あら、カスミは無理に一緒に来なくてもよろしいのですよ?」
「絶対一緒に行くわ! そうでないと、ミレーニアが向こうの人たちにどんなことを言うのか分かったものじゃないし」
な、何か、二人の間で火花が飛び散っているのが幻視できるような気がする。
何となくちらりと店長の方を見れば、またもや店長はにやにやとしていた。
まあ、他人の恋路なんて、傍から見れば楽しいものでしかないだろうなぁ。
「しかし、水野くんに一気にモテ期が来たねぇ。もっとも、この後でどんな反動が来るのか分からないけどね?」
やっぱり、店長は俺たちのことが楽しくて仕方がないようだった。
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