三人でおでかけ



 何ともまあ。

 ミレーニアさんは、俺が思っていたよりも遥かに強いだったみたいだ。

 俺だったら振られた翌日に、振った当人に面と向かって宣戦布告なんてできないよ。

「いやいや、若いってのはいいねぇ」

 と、店長は俺たちを見てにやにやしているし。そして、もう一人の当事者とでもいうべき香住ちゃんは、苦笑を浮かべて俺を見ている。

 一体、昨夜の内に何があったのだろう? おそらく、ミレーニアさんと香住ちゃんの間で、何らかの話があったと思われるだが……。

「私としても、みすみす茂樹さんを譲る気はありませんよ? でも、挑まれるのであれば、受けて立つまでです」

 と、香住ちゃんもまた、男前な発言をなさってくれました。さすが剣道少女。

 何とも、恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な気持ちである。

 まあ、俺としても二人の女性と上手く付き合うなんて器用なことができる自信は全くないので、ミレーニアさんには早く俺に見切りをつけて欲しい。ミレーニアさんには申しわけないが、やはり俺にとっても一番はもう決まっているのだ。

 とか大きなことを言いながら、数か月後に香住ちゃんに振られたりする可能性はなくもないので、嫌われないように誠意をもって彼女には接していきたいと思う。

 恋心なんて、どこでどう変わるか分からない──と、トクミツも言っていたことだし。

「それより、そろそろ出かけたらどうかな? 水野くんはそのためにここまで来たわけだしね」

 そうだった。

 今日はこれから、ミレーニアさんにこの町を案内するために、彼女を迎えに来たのだった。

 しかし、大っぴらにミレーニアさんを連れ歩いても大丈夫だろうか? もしもお巡りさんに職務質問とかされたらどうしよう?

 まあ、特に怪しげな行動を取らなければ、そうそう職務質問なんてされないだろうけど。

 その点を店長に聞けば、彼女は自信満々な様子だった。

「何かあれば、私の名前を出せばいい。ミレーニアくんの身元保証は私が全責任を負うから」

 うん、さすが店長。思わず惚れそうなぐらい男前です店長。

 しかし、異世界人の身元をどうするつもりなんだろうか? 魔術師としての立場やコネで何とかしてくれるのか。それとも、実家の力を利用するつもりなのか。

 何にしろ、店長が全面的にバックアップしてくれるのなら、ミレーニアさんの身元に関しては安心していいだろう。

 ぶっちゃけ、具体的にどうするのか知りたい気持ちもあるが、きっと知らない方がいいのだろうな。



 さて、そんなわけで。

 俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんは、三人で町へ繰り出したわけだが。

「ここが……シゲキ様たちが暮らす世界なのですね……」

 周囲に溢れる初めて見る物に、ミレーニアさんは目を輝かせっぱなしだ。

 昨日、俺の部屋から店長の家へ移動した時は、既に周囲が薄暗かったから、今ほど周りの景色は見えなかっただろうし。

 それでも、結構あれこれと珍しそうに駈け寄っていたけどさ。

 もしかして、ミレーニアさん的にはあれでも控えていた方だったり?

 そう思わせるぐらい、今日のミレーニアさんは生き生きとしている。

 「あ、あれは……昨日シゲキ様から聞いた『ジドウシャ』ですね? それがあんなにたくさん……」

 通りを行き交う多数の自動車を、ミレーニアさんが興味津々に眺める。

 昨日の夕方、俺の部屋から店長の家まで移動する際にも、彼女には自動車のことはある程度説明したのだが、どうもミレーニアさん、この「馬がいなくても動く馬車」にすごく興味を引かれたっぽい。

「あのジドウシャを、我が国でも再現できないものでしょうか? 我が国にもジドウシャがあれば、いろいろなところで活躍できそうなのですが……」

「いや、さすがにそれは難しいと思うなぁ」

 我が国が世界に誇る工業製品の一つである自動車は、長年積み上げてきた研究成果と、精密な技術の塊と言えるだろう。なんせ、無数とも言ってもいいほど──実際には2~3万個の部品が使われているそうだ──の各種部品を数百以上のメーカーや工場で作り、それを一つに合わせるのだ。これって、改めて考えるととてもすごいことだと俺は思う。

 その自動車をいきなり作るのは、さすがに無理ってものだろう。

 世界で最初に自動車が作られたのは、1769年のフランスでのことらしい。最初の自動車は今のようなガソリンを燃料にして走るものではなく、蒸気で動くものだったという。ちなみに、ガソリン車が登場するのが1885年頃とのことだから、蒸気自動車が登場してから100年以上経ってからのことになる。

 たとえ初期の蒸気自動車であっても、さすがに今のアルファロ王国で再現するのは難しいだろう。

 あ、そうそう。アルファロ王国……というか、アルファロ王国が存在する「小世界」って、実は魔法がない世界らしいんだ。そのことを昨日、ミレーニアさんから聞いて初めて知ったよ。てっきりあの世界は「剣と魔法の世界」だとばかり思っていたのに。

 ドラゴンがいて、グリフォンがいて、過去には更に恐ろしい魔獣もいたそうなのに、魔法は存在しない。

 一体、あの世界の人たちって、どうやってその恐ろしい魔獣とやらを倒したのだろうか? 実際、過去に魔獣を倒してアルファロ王国を打ち立てた人がいるわけだし、あの世界の人たちは、魔法がなくても強大な魔獣を倒しているのは間違いないわけで。

 そう考えると、あの「小世界」の人々ってマジすげえな。

 あの世界でもいつかは蒸気機関が発明され、産業革命が起こるかもしれないので、それまで待つしかないだろうね。

 なお、この世界で第一次産業革命が起きたのが18世紀半ばから19世紀にかけてなので、アルファロ王国で実際に産業革命が起こるのは……うん、結構難しいかもしれない。もちろん、そんなことはミレーニアさんには言わないけど。

 ひょっとして、こちらの世界の知識や技術を吸収したミレーニアさんが、あちらの「小世界」における産業革命の基点になったりして。

 いやいや、さすがにそれはないよね……ないよね?



 その後も、俺と香住ちゃんははしゃぐミレーニアさんの後を追いかけるように、町の中を歩いていく。

「……すごく楽しそうですね、ミレーニア」

「うん、そうだね……って、あれ?」

 香住ちゃん、今、ミレーニアさんのことを呼び捨てにしたよね?

 思わず香住ちゃんの顔を見つめれば、彼女はちょっぴり舌を出して肩を竦めた。

「実は夕べ……茂樹さんが帰ってから、私とミレーニアであれこれと話し合って……まあ、その顛末は省略しますけど、その中でお互いに名前を呼び合おうって決めたんです」

 い、いや、その省略したところがすげー気になるけど……ま、まあ、香住ちゃんとミレーニアさんが仲良くなったのなら、それでいいか。

 …………仲良くなったんだよね? ね?

「シゲキ様! カスミ! あれは何ですか?」

 少し先で、ミレーニアさんが俺たちを呼ぶ。うん、確かに香住ちゃんのことを名前で呼んでいるね。

 俺と香住ちゃんは、早歩きでミレーニアさんの所まで行く。そこで彼女が指差していたのは、線路の上を走る電車だった。

「あれもジドウシャの仲間なのですか? ジドウシャに比べるとかなり長いのですが、あれもまた乗り物なのでしょうか?」

「まあ……大雑把に言えば、電車も自動車の仲間といえば仲間……かなぁ? 名前に『車』ってつくぐらいだし」

「でも、鉄道マニアの人とかなら、自動車と電車は別物だって言いそうですよね」

「確かにそう言いそうだ」

 そう言って笑い合う俺たちを、ミレーニアさんが不貞腐れた顔で見つめている。

「むー、シゲキ様とカスミ、仲が良すぎです!」

「当たり前でしょ? 私たち、正真正銘のこ、恋人同士なんだし」

 「恋人同士」と言った時に、香住ちゃんが僅かに頬を染める。うん、彼女のこういうところ、すっげぇ可愛いと思います。

「やっぱり、カスミは強敵ですね……でも、わたくしも負けてはいませんから!」

 ぱたぱたと俺に駈け寄ったミレーニアさんは、俺の手を取るとそのまま俺を引っ張って走り出す。

「王国内では、王女であるわたくしが走るなどもってのほかですが……ここなら構いませんよね?」

 なるほどね。お姫様は普段からお淑やかにしていないといけないわけだ。でも、ここでは彼女にそんなことを強要する者などいないから、羽を伸ばしているんだな。

 それに、今のミレーニアさんの服装も、普段のドレスと違って動きやすいだろうし。それにほら、今日はコルセットも着けてないしね。

「そういや、その服はどうしたの? 店長の服……ってわけじゃないよね?」

「その服、昨日茂樹さんが帰ってから店長と買いに行きました」

 と、俺の質問に答えてくれたのは香住ちゃんだった。一緒に走る俺たちに追走しながら説明してくれる。走りながら説明するって体力あるね。さすがは香住ちゃんだ。もっとも、走っているとは言っても小走り程度だけど。

「店長が車を出してくれて、店長の知り合いが経営しているブティックまで行ったんですよ」

 そうだったのか。昨日、俺が帰ってから本当にあれこれとあったみたいだ。

 夕べ行ったブティックでも、ミレーニアさんは大はしゃぎだったらしい。まあ、無理もないと思う。

 彼女からしたら、初めて見るデザインの衣装ばかりだっただろう。素材だって、きっとこちらの世界の方が優れているに違いないし。

 なお、今ミレーニアさんが着ている服のコーディネートは香住ちゃんだそうだ。

 今着ている服以外にも、着替えやらなんやらを相当買い込んだらしい。

「でも、最後に会計する時……意識が飛びそうになりましたよ」

「え、えっと……それって……?」

 既に走るのを止めて普通に歩いていた俺が、すげー高かったの? と尋ねれば、香住ちゃんは黙って頷いた。

 い、一体、一晩でいくらぐらい使ったんだ、店長は……。これ、俺も少しはお金出さないとダメなんじゃないだろうか?

「ああ、ミレーニアの服の代金に関しては、店長は気にしなくていいって言っていました。実際、カードでぱぱっと何でもない様子で払っていましたし……」

 ああ、そういや店長って実はかなりのお金持ちだったっけ。社長令嬢だし、あんなマンションに住んでいるぐらいだしさ。

 でも、さすがにちょっと気がひけるから、アルファロ王国から持って来た宝石をいくつか店長に渡しておこう。

 うん?

 あれ?

 もしかして……店長にお願いすれば、アルファロ王国にある邪竜王の財宝、こっちで換金できるんじゃね? だとしたら、俺も店長のようなお金持ちの仲間入り?

 うわ、ちょっと胸がどきどきしてきたぞ。後で実際に店長に相談してみようか?

「どうかしましたか、茂樹さん?」

「シゲキ様? どうかなさいました?」

 突然考え込み始めた俺を見て、香住ちゃんとミレーニアさんが心配そうに覗き込んでくる。

 うん、大丈夫。別に大それたことは考えていないから。

 ひょっとすると大金持ちになれるかもなんて、まるで考えていませんよ? ええ、考えていませんとも。

 だって、そうでも思わなきゃ、絶対に挙動不審になるから。

 一応、邪竜王の財宝に関して店長に相談はしてみるつもりだが、仮に色よい返事をもらえたとしても、それを実行はしない方がいい気もする。

 だって俺、所詮はどこまで行っても庶民なんだよね。そんな俺が突然大金を手にしたら、絶対碌なことにならない自信がある。

 ほら、宝くじで大金が当たったことで、生活がおかしくなっちゃった人の話って聞いたことあるよね? きっと、俺もそんなふうになるに違いないから。

 邪竜王の財宝は、別の「小世界」での活動資金と考えておいた方がいいだろう。

 とりあえず、今は邪竜王の財宝のことは一旦忘れて、香住ちゃんとミレーニアさん、二人の美少女と一緒にいることを楽しもう。うん。

 そっちの方が、俺にとっては邪竜王の財宝より、よほど価値があることに違いないからね。



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