世界の「基点」
この世界には、世界を世界として定着させるためのポイントのようなものがあると、店長は言う。
そのポイントを店長は「基点」と呼んでいるらしい。今までのように樹木を例とするならば、「葉」である「小世界」と「幹」である「大世界」を繋ぐ点、すなわち、「葉」と「幹」の末端である「枝」が繋がっている茎の部分に該当するとのこと。
その「基点」は人間とは限らない。「小世界」ごとによってそれぞれ違い、動物だったり植物だったり鉱物だったりする。時には、大陸一つが「基点」となっている「小世界」もあるらしい。
そして……そして、俺がその「基点」だと店長は言うのだ。
「し、茂樹さんがその『基点』とやらってことは、もしかして、茂樹さんは普通の人間じゃないんですか……?」
恐る恐るといった感じで香住ちゃんが問う。ひょ、ひょっとして、俺には秘められた不思議パワーがあったりしちゃったりするのか? うひょひょ。
っと、浮かれている場合じゃない。しっかりと店長の話を聞かないと。なんせ、聖剣だけじゃなく俺自身にも直接関わってくる話っぽいし。
「安心したまえ、香住くん。水野くんはごく普通の人間だよ。実は人間を超越した存在だったり、秘められた不思議パワーがあったりはしないからね。とはいえ、多少の霊的な差は存在する。分かり易くゲームで例えるならば、他のプレイヤーたちよりもMPが高いと言ったところかな? それに、我々が暮らすこの『小世界』の『基点』は、水野くんの他にもいくつか存在するし」
え、えー? そうなの? 俺だけが特別ってわけじゃなく、その程度の差しかないの? ちょっと残念だな。
「だが、水野くんが世界の存在に直接関わっているのは間違いない。そのことは覚えておいてくれたまえ」
更には、「基点」という奴は受け継がれるものらしい。例えば俺が何らかの理由である日いきなり死んだとしても、俺が持つ「基点」はこの世界の誰かが、もしくは何かが受け継ぐ。そして、その受け継ぎ方はまったくのランダムであって、規則性はないそうだ。
そうやって、世界はこれまで維持され続けてきた、と店長は言う。
まあ、「基点」とやらは俺以外にも存在しているってことだから、仮に俺が突然死んで「基点」が消えたとしても、特別問題はなさそうだけど。
そして、俺がその「基点」だから店長は俺と聖剣を引き合わせたそうだが、それにも理由があるらしい。
「世界の『基点』である水野くんは、常人よりは高めの霊圧を有する。その高めの霊圧が聖剣……世界の『若木』の教育に有効なのさ。常人より高い君の霊圧が、まだ幼い「世界」にはちょうどいい刺激になるんだよね。また、水野くんの高い霊圧が、『若木』が成長するための糧にもなるし」
それってつまり、アスリートが高所トレーニングなどを行うのと同じようなものかな? 肉体に何らかの負荷をかけることで、トレーニングをより効果的にするみたいな?
それに、俺の傍にいることで聖剣が常に「腹一杯」の状態でいられるってことでもあるのか。それなら確かに、俺と聖剣を引き合わせた意味も理解できるね。うん。
なんてことを一人で考えていたら、店長が俺のことをじっと見つめていることに気づいた。あれ? 店長、何かすごく真面目な表情なんですけど?
「どうやら、『害虫』どもも君が『基点』であることに気づいたみたいだ。聖剣を持っていない水野くんが、連中に襲われたのはそのせいだろう」
え? え? ってことはなに? これから、店長が言うところの「害虫」に俺も日常的に狙われるってこと?
「一応、この町全体に連中の侵入を防ぐ結界的なものは張り巡らせてある。だけど、さすがに水野くんの実家がある町までは、それも及んでいないんだ。だから、念のためにちょっと君の様子を見に行ったら……」
俺が連中に襲われていた、と。いや、お陰で助かりました、店長。ナイスタイミングでした、店長。
さすがの店長も、この「小世界」への「害虫」の侵入を完全に防ぐのは無理らしい。辛うじて、俺たちが暮らしているこの町にだけ連中の侵入を阻害する結界的なものを張っているが、それが限界だそうだ。
「でも、どうして『害虫』が聖剣を持っていなかった茂樹さんを狙ったんですか? 今まで『害虫』は、聖剣を狙っていたはずです。それなのに……その『世界の基点』というのは、『害虫』にとっても重要なものなんですか?」
「ああ、香住くんの言う通りだ。『基点』は受け継がれるものだ、と先ほども説明したね? だが、それにも例外が存在する。その例外こそが、あの『害虫』どもなのさ」
「害虫」の目的は、世界を「枯れさせる」ことで新たな自分たちの「世界」を生み出すことにある。なら、世界を世界として定着させている要である「基点」を破壊することは、「害虫」にとっても都合がいい。
そう、破壊だ。連中は本来受け継がれるはずの「基点」を破壊することができる。「害虫」によって破壊された「基点」は、他の誰かに受け継がれることはない。
枝から切り離された葉がすぐに枯れてしまうように、全ての「基点」を破壊されてしまった「小世界」もまた、遠からず滅亡する。
そして、「害虫」が望む世界が誕生するための土壌になるってわけだ。
店長から聖剣にまつわる話を聞いた俺と香住ちゃんは、思わず互いに顔を見合わせる。
思ったよりもかなりヘビーな話だったな。更には俺までがこの世界の存在に深く関わっていたとは……正直、びっくりしすぎて何を言ったらいいか分からないレベルだ。
「でも……今後、茂樹さんが『害虫』に襲われる可能性はゼロじゃないわけですよね? でも、日ごろから聖剣を持ち歩くわけにもいかないし……」
心配そうな顔で香住ちゃんが呟いた。
確かに、彼女の言う通りだと思う。この町だけは店長が張った結界があるから大丈夫とのことだが、その結界だって万能ではないかもしれない。
これから毎日、「害虫」を恐れてびくびくしながら暮らすってのは、さすがに嫌すぎるぞ。
「私が一緒の時は、少しは茂樹さんを守るための力になれるとは思いますけど、いつも一緒にいるのは無理ですからね……」
う、うん、さすがは香住ちゃんだ。近隣の高校から、剣道の要注意選手としてマークされ始めただけはある。
実際、俺よりも香住ちゃんの方が断然強いから、頼りになるよね。ちょっと男として情けないけどさ。
かと言って、聖剣を常に携帯するのも無理がある。あれをいつも持ち歩けば、そのうちにお巡りさんのご厄介になるだろう。
確か、日本刀とかはすぐに取り出せないような袋に入れておけば、持ち歩いていても大丈夫だったっけ? うろ覚えな知識だけど、どこかでそんな話を聞いたような気がする。
俺の聖剣は一応外見的には刃のついていない模造刀だし、それらしい袋を作って入れておけば、持ち歩いても大丈夫かな? 本物の刃物じゃないから、銃刀法には引っかからない……と思うけど、素人知識じゃどこまで当てになるか分からないし。
じゃあ、四六時中香住ちゃんと一緒にいるか? それはそれで心躍るものがあるが、実際にそんなことは不可能だろう。俺たちにだって、それぞれの生活ってものがあるからね。
では、どうするか。
腕を組んで必死に頭を働かせるが、いいアイデアは全然浮かんではこない。
それは香住ちゃんも同様なようで、彼女もまた、必死に何やら考え込んでいるようだ。
そして、そんな俺たちを微笑ましそうに見ている店長。
あれ? も、もしかして、店長には何かいいアイデアがあるのか? 店長は「魔術師の末裔」なんてトンデモな存在だし、実際に魔法とか使えるし、俺たちには思いもしないような案があるのかもしれないぞ。
そういや、俺ってこの世界の「基点」らしくて、他の人よりもMPが多いって店長も言っていたよね? それってもしかしたら、店長に弟子入りしたら俺にも魔法が使えるようになるかもしれないってことじゃね?
うわ、この件が落ち着いたら、店長に相談してみようか。俺も魔法とか使ってみたい! 店長が使った《瞬間転移》とかすげー憧れる!
思わず店長を見ると、その店長は苦笑を浮かべていた。もしかして、また考えていることが顔に出ていた?
「残念だけど、『基点』であることと魔法が使えることは全く別問題なんだよ。こう言っては悪いけど、水野くんに魔法の才能はなさそうだ。もっとも、この『小世界』で魔法の才能を有する者はほとんどいないけどね」
「茂樹さんって、いろいろとすぐ顔に出ますよねー」
と、香住ちゃんがくすくすと笑う。
俺って、そんなにすぐ顔に出ちゃっている? うーん、今後は少し考えた方がいいかもしれないぞ。
しかし、魔法が使えないのは残念だな。折角他の人よりMPが多いらしいのに。無駄にMPがあるだけなのか、俺って。
でも、俺のMPで聖剣の腹が膨れるのであれば、無駄ではないのかも。でも、それって聖剣が俺のMPを吸収しているってことだよね。
聖剣先生、電気以外にもエネルギーを必要としていたんだ。電気は異世界への転移や放電に必要で、俺のMPは聖剣が成長するために必要って感じかな?
それとも、以前にちょこっと考えたように、電気をMPのような不思議パワーに変換しているのかもしれないけど。
そうやって聖剣のことを考察していたら、いつの間にか店長がいなくなっていた。どうやら、俺が考え事をしている間にリビングの外へと出たらしい。
「茂樹さん、何やら真剣に考え込んでいましたよね。やっぱり、店長が言う『害虫』のことを考えていたんですか?」
「あ、ああ、違うよ。ちょっと聖剣のことをね……ほら、今日はいろいろと衝撃的なことばかり聞かされたからさ」
「確かに、店長の話は驚くことばかりでしたねぇ。それに、茂樹さんの聖剣が『世界の卵』……でしたっけ? そんなスケールの大きなものだとは、思いもしませんでしたよ」
確かに店長の話は、いまだに信じられない話のオンパレードだったよね。
それでも、店長が俺たちに嘘を吐くとは思えないし、嘘を吐く必要もないはずだ。ってことは、店長の話は全部真実ってことになる。あの、「害虫」と呼ばれる連中のことも含めて。
「何らかの方法で、『害虫』を根絶やしにすることは……」
「それは無理だね。連中を根絶やしにすることができるのであれば、とっくにどこかの誰かがそうしているだろう」
誰に尋ねるわけでもなかった俺の呟きに、リビングに戻ってきた店長が応えた。
今、店長が言った「どこかの誰か」とは、様々な異世界……「小世界」に住む、店長のような人智を超えた存在たちのことだろうね。
そんな人たちでも「害虫」は根絶やしにはできないってことか。
「『害虫』を根絶やしにすることは不可能だが、連中にも発生の波のようなものがある。だから、一つの波を乗り越えればしばらくは『害虫』を気にする必要もないだろう。連中の発生スパンは、数百年単位らしいからね」
そう言いながら、店長は俺と香住ちゃんの前のテーブルに、一つずつペンダントを置いた。
え? これ、一体何ですか、店長?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます