考察とまとめ



 「世界の卵」。

 それは、いつか代替わりするどこかの世界の幼な子こうけいしゃ。それが俺の聖剣の本当の姿だと店長は言った。

 店長が俺と聖剣を引き合わせたのは、俺がこの世界を固定するための「基点」というちょっと特殊な存在であることと、その俺と一緒にあちこちの「小世界」を巡り、実際に様々な世界を体験することで、聖剣が新たな世界として成長する糧とするため。

 つまり、俺と聖剣の異世界行は、人間で言えば情操教育のようなものではなかろうか。

 聖剣はあくまでも「幼い世界」の情報収集用の「端末」であり、本体ではない。聖剣を通じてどこかに存在する、「幼い世界」にいろいろな体験をさせるためのものなのだとか。

 俺の趣味に合わせて剣の形を取っているだけで、別に剣である必要もないらしい。

 聖剣──「世界の端末」を剣の形にして、あれこれと細かな調整をしていたのは、店長自身。俺の趣味であると同時に、異世界へ行った時の俺の身を守る目的もあったみたいだ。そして、時々バージョンアップする聖剣の能力も、やっぱり店長の仕業だった。

 俺の身を守るためなら、いわゆるバリア的なものを展開してもいいんじゃないかと思わなくもないが、俺的にはやっぱり剣の方がいいな。俺のその辺りの趣味趣向を鑑みて、店長は「世界の端末」を剣の形にしたのだろうね。

 しかし、店長はどのような理由で、聖剣の本体である「世界の若木」と知り合ったのか。その辺りも、やっぱり店長のご先祖様が関わっているのかもしれないね。

 それとも、世界の存続とか世代交代とかに関わっている人間は、店長以外にも何人かいるのかもしれないけど。



 俺は今、下宿先で自分のベッドに仰向けに寝転がり、目の前に剣を構えて店長から教えられたことを自分なりに整理していた。

 はっきり言って、衝撃的な話ばかりだったな。聖剣が「世界の端末」だったり、俺自身が普通の人間とはちょっと違ったり。

 そして、聖剣を……いや、世界そのものを「枯れ」させようと企む、「害虫」の存在。

 その「害虫」は、世界を固定する「基点」である俺自身も、標的としていることも教えられた。

 その「害虫」に関しては、店長も手を打ってくれていた。

 俺は片手を聖剣の柄から離し、指先で首元に触れる。そこには、店長からもらったペンダントがある。

 このペンダント、俺の存在を「害虫」たちからぼかしてくれる効果があるらしい。

 とはいえ、完全に俺の存在を消してしまうわけではなく、あくまでも「分かりづらく」する程度でしかないが、それでも「害虫」たちの目をいくらか逸らすことはできると店長は言っていたっけ。

 ところで、あいつらって目があるのか? 以前一度だけ見た黒いイモムシに、目らしきものはなかったようだけど?

 まあ、あの「害虫」は俺たちとは根本的に存在そのものが違うらしいから、俺たちのような視力があるかどうかさえ疑わしいが。

 ちなみに、これと同じペンダントを、香住ちゃんももらった。俺と一緒にいることが多く、聖剣の分体を操ることもあるため、「害虫」が彼女に目をつけても不思議じゃないとの理由からだ。そこで店長は、香住ちゃんにも俺と同じペンダントを用意してくれたのだ。

 本当、店長には頭が下がるばかりだね。

 その店長いわく、これからも俺は……いや、俺たちは聖剣と一緒に異世界へ行って欲しいそうだ。聖剣せかいの成長を促すためにも、今後もどんどんといろいろな世界へ行ってくれと言われた。

 今はまだ聖剣が「幼い」ため、比較的「近場」の異世界へしかいけないらしいが、今後聖剣が成長すれば、もっと「遠く」の異世界へ行けるようになるし、更に更に成長すれば、時間さえ超えられるそうだし。

 これからどんな世界へ行けるのか、ちょっと楽しみではあるな。これまで行った異世界だって、様々な特徴あるおもしろい異世界ばかりだった。今後も更に不思議な世界へ行けるかと思うと、わくわくした気持ちになってくる。

「なあ、あいぼう。今後行けるようになる異世界って、どんな世界なんだろうな?」

 聖剣を目の前に構えて、そう問いかけてみる。でも、相変わらず聖剣からの返答はない。店長が言うには、この聖剣には自我があり、言葉を話すこともできるらしい。

 実際、この前行ったペンギン騎士のいる海洋世界で、俺は聖剣のものと思しき声を聞いている。でも、俺の問いかけに聖剣が答えてくれることはない。

どうやら俺の聖剣は、相当な恥ずかしがり屋らしい。店長がそう言っていたから間違いないだろう。

 俺が構えた聖剣の刀身が、シーリングライトの光を受けてきらりと光る。でも、それだけで聖剣が何らかのリアクションを起こすような気配はない。

「しかし、おまえって人間で言えば子供だったんだな。そう思うと、これからは俺がしっかりと守ってやらなくちゃって思えるよなー」

 実際はいつも俺が聖剣に守られてばかりだけどね。それは言わない約束ですよ。



「そう言えば……」

 今日の別れ際に、店長が言っていた言葉を俺は思い出した。

 これまで俺たちが行った異世界……いや、もう俺も店長と同じように「小世界」と呼ぼうか。その「小世界」で出会った人たちとの絆がいつか俺の力になる、と店長は言ったんだ。

 俺たちがこれまで訪れた「小世界」と言えば、ミレーニアさんたちがいるファンタジー世界、セレナさんたちの近未来世界、瑞樹たちのもう一つの日本、エルフたちの森林世界、グルググたちの地底世界、そして、変なペンギンたちがいる海洋世界の合計六つ。

 あ、いや、ついこの前俺一人で行った、ガムスたちのいた世界もあったな。だから合計で七つか。

 確かに、俺たちは様々な「小世界」でたくさんの人たちと出会った。中にはあのペンギン騎士のようにいけ好かない奴もいたけど、あれもまた出会いには違いない。

 いけ好かないと言えば、出会った当初のビアンテも相当だったよな。でも、次に会った時は別人のようにいい奴になっていたっけ。

 それらの人たちとの絆が、俺の力になる……ねぇ。正直、よく分からないけど、店長がそう言うのだから間違いないだろう。

 もちろんその理由や詳細を聞いたけど、詳しいことは教えてくれなかったんだ。何でも、その時が来ればおのずと分かるらしい。

 どうして教えてくれなかったのか、気になると言えば気になるけど、ここは店長を信じよう。きっと今はまだ言えない理由があるのだと思う。

 だから、当面の俺たちの目的は、今まで行った「小世界」を再び訪れることになるだろうね。そして、これまでに出会った人たちと、改めて親交を深めてみよう。

 まあ、例のペンギン騎士だけは親交を深めることは不可能だろうけどさ。でも、前に出会ったアルとイノとはもう一度会いたいな。

 まずはどの「小世界」に行くか……そこは香住ちゃんと要相談だな。この前、勝手に「小世界」へは行かないって約束したばかりだしね。

 でも、俺的にはミレーニアさんたちのいる、アルファロ王国へ行ってみたいな。なんせあの世界は、俺が初めて訪れた「小世界」だし。

あ、近未来世界へ行って、何か新装備を購入するってのもいいかもしれないぞ。でも、近未来世界で装備を買うには先立つものが必要だし、やはりまずはアルファロ王国へ行って、預けてある邪竜王の財宝の一部を引き取ってこよう。そうすれば、近未来世界で買い物ができるし。

 よし、俺の一存では決められないけど、とりあえず次の行先候補として、アルファロ王国を挙げておこう。後は、香住ちゃんと相談して決めればいいよね。



 その日の夜、俺は夢を見た。

 どこまでも広がる草原とまるで夜明け直前のような薄暗い空。

 ここが一体どこなのか、全く理解できない。だけど、恐怖を感じることはなかった。

 あてもなく、俺は草原を歩き出す。特に目的もなく、ただ思いついた方へと足を進める。

 俺は、これが夢であることに気づいていた。いわゆるところの、明晰夢って奴だ。

 どうせ夢なのだから、と俺は気楽に草原を歩く。

 草原には足元に丈の短い草がまばらに生えている程度で、風が吹くこともない。

ここを草原と呼ぶにはちょっと相応しくないかもしれない。だけど、ここは俺の夢の中なんだ。ここを荒野と呼ぼうが草原と呼ぼうが、そんなことは俺の勝手だろう。

 そうして歩いていると、前方に何やら光が見えてきた。

 青白くぼんやりと輝く光。決して眩しくはないが、それでも俺の目と注意を引き付けた。

 光に引き寄せられる虫のように、俺はそちらに歩いていく。

 しばらく歩くと、その光の源が見えてくる。

 それは、一本の木だった。木とは言っても、決して大きなものではない。背丈は俺の腰ぐらいまでしかない、小さな若木だ。

 木の印象としては、クヌギかコナラみたいかな? 枝ぶりも葉の形もよく似ていると思う。

 その若木が、全身から仄かな燐光を放っているのだ。その青白い燐光が、この薄暗い世界を淡く照らしていた。

 風もないのに、若木の梢がゆらゆらと揺れる。

 それはまるで、俺に挨拶をしているようだった。

 ああ、そうか。

 この若木はきっと────



 翌朝目が覚めた俺は、昨夜見た夢の内容なんかまるで覚えていなかった。

 うん、見た夢を忘れるなんて、よくあることだよね。何となく、夢を見たことだけは覚えているのに。

 だけど……だけど、何か重要なことを夢で知らされたような……そんな気がしなくもなかった。

 さて、覚えていない夢のことよりも、これからのことを考えよう。

 俺はスマホを手にすると、昨日考えたことを相談するため、香住ちゃんへとメールを送った。

 そんな俺の傍らでは、ベッドに立てかけてある聖剣が、窓から差し込む朝日を浴びてきらきらと輝いていた。その光景を見た俺は、どことなく聖剣の機嫌が良さそうに思えた。



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