害虫




「この世界を『樹』に例えるならば、連中は『害虫』と言うべき存在だ」

 と、店長は言った。

 「樹」に「害虫」か。字面からすると、確かに天敵って感じだよね。

 この「大世界」が「樹」であり、俺たちが実際に住んでいる「小世界」が「葉」であり、店長の言うところの連中が「害虫」であるならば。

 おそらく、「害虫」は「葉」を食い荒らす存在なのだろう。

 実際、俺と香住ちゃんは見ている。ペンギン騎士がいた海洋世界で、連中と思しき「イモムシ」が浜辺を食っているところを。そして、連中が食った場所は、まるで何もないかのような黒い溝があるだけだった。

 店長が言うように連中が「害虫」ならば、あれは砂を食っていたのではなく、世界そのものを食っていたのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は店長の話の続きを聞く。

「樹木にも寿命はある。葉が枯れて枝や幹が朽ち、やがて樹木全体が命を終える。そして、落ちた葉や朽ちた枝を養分にして、新たな命が芽吹く。それは自然の摂理であり、世界全体もまた、その摂理には逆らえない」

 え、えっと……つまり?

 店長が言っているのは、いつか世界にも終わりが来るってことだよね?

 世界中のいろいろな宗教には終末思想というものがあるけど、それはあながち間違っていないということだろうか?

 終末思想ってのは、あれだよね。いつか世界に終わりが来た時、その宗教の信者は神の世界へと導かれたり、新たな世界に転生したりするってやつだ。

 もちろん、宗教によっていろいろ思想は異なるのだろうが、ざっくり言うとそういうことになると思う。

 中にはどこぞの宗教のように、「既に神による終末は始まっている」という思想もあるらしい。

「神々の世界へと導かれたり、新たな世界へ転生したりするかはともかく、世界そのものにも寿命があるのは事実だよ。もっとも、今、私たちがいるこの『大世界』や『小世界』が寿命を迎えるのは、少なくとも数万年以上は先のことだから、今すぐ世界に終末が訪れるってわけじゃないから安心していいよ」

 お、おぅ、店長には俺の考えは筒抜けですか。そういや、この前ファミレスで話した時、俺は分かり易いって言われたっけ。

 図星を突かれた俺は、余程変な顔をしていたのだろう。隣に座る香住ちゃんが、俺の顔を見てくすくすと笑っている。

 うん、香住ちゃんが笑ってくれたのなら、それでよしとしよう。それでいいのだ、俺は。

「とはいえ、それはあくまでも『世界』が天寿を全うすれば、の話だけどね」

 と、いつになく真面目な表情の店長は更に言葉を続ける。

「例えば、人間。人間の中には天寿を全うする者もいる。だけど、少なくない人たちが天寿を全うすることなく亡くなっているよね?」

 もちろん、店長の言うことは理解できる。事故や病気で天寿を全うすることなく命を落とす者は数限りなくいる。そしてそれは、この「世界」そのものも決して例外ではないのだと店長は言う。

「その世界の寿命を縮める要因こそが、私が『害虫』と呼ぶ連中なんだよ。連中は本物の害虫のように、『葉』や『枝』を食い荒らし、やがては世界の本体たる『幹』をも枯れさせてしまうからね」

 な、なるほど。だから、店長はあの黒い影を「害虫」と呼ぶわけだ。

「先程枯れた葉や朽ちた枝は、新たな命を芽吹かせる養分だと言ったよね? それは連中にも当てはまる。連中が枯らせてしまったモノからもまた、新たな命が芽吹く。だが、それは我々には全く想像も理解もできない、連中にとっての常識に基づいた『異なる世界』が誕生するんだ」

 そしてそれこそが、連中の目的である、と店長は告げた。

 俺たちが住む世界を破壊し、そしてそれを糧に自分たちにとって都合がいい世界を創り出す。それがどんな世界なのか、俺には想像もできないけど。いや、俺だけじゃない。きっと店長だって、あの「害虫」が作り出す世界を想像することはできないだろう。

 それぐらい、俺たちとあの「害虫」はかけ離れた存在なのだから。



 店長の説明を聞いて、俺と香住ちゃんはこの世界の概要と「害虫」と呼ばれる連中の関係を理解した。

 だけど……だけどよ? 俺の聖剣が、それにどう関わってくるんだ?

 店長が言うには、俺の聖剣は「世界の卵」らしい。そして、「害虫」たちは俺の聖剣を狙っている。

 「害虫」が世界という「樹」を食い荒らすのが目的なら、連中が俺の聖剣を狙う理由は……。

 例えば、肉食獣が獲物である草食動物を襲う時、まず狙うのは年老いて逃げる能力の低い個体か、傷ついている個体、そして、肉体的な能力がまだまだ未発達な子供だという。

 それはおそらく、弱った個体を狙って狩りを成功さようという、本能の成せるわざなのだろう。肉食獣だって、草食動物を襲う時は命がけなのだ。獲物に反撃されて傷を負うことだってあるし、狩りが失敗したことで栄養を得られずに命を落とすことだってある。

 であるならば、あの「害虫」も同じなのではないだろうか。

 俺の聖剣は「世界の卵」らしい。それは、聖剣がまだまだ未成熟な子供って意味なのだと思う。実際、店長は俺の聖剣はまだまだ成長すると言っていたし。

 だから、「害虫」は聖剣を狙うのではないか? 生き残るための本能に導かれて。もちろん、連中に本能なんてものがあればの話だけど。

 ってことはなに? 俺の聖剣は、あの中に世界そのものを内包しているとか、そういうことなの?

「うん、大体水野くんが考えている通りだよ」

 おおぅ、また思考を読まれた! もしかして店長、魔術とかで俺の頭の中を読んでいませんよね? ねえ?

 それとも、店長は魔術師であると同時に超能力者でもあるのか? 何だか、俺の中で店長がどんどん得体の知れない存在になっていくんですけど。

 そんなやり取りを交わす俺と店長を、香住ちゃんがぽかんとした表情で見ている。

「あ、あの……私にはよく意味が分からないんですけど……?」

「まあまあ、今から二人にも分かりやすく説明するから、少し待ってくれないかな?」

 店長はソファから立ち上がると、お茶のお代わりを淹れるためにキッチンへと向かった。



 店長が改めて淹れてくれた冷たいお茶に口をつけながら、俺と香住ちゃんは引き続き店長の話に耳を傾ける。

「水野くんの聖剣のことを、私は『世界の卵』と呼んだよね? そして、それは事実だ。とはいえ、さすがにあの剣の中に世界が一つ内包されている、なんてことはないよ。あの聖剣は、とある『幼い世界』に繋がった端末のようなものなんだ」

 え、えっと? せ、世界の端末? お、幼い世界? ま、また新しい言葉が出てきたぞ?

 俺と香住ちゃんは、互いに顔を見合わせる。今の俺たちが浮かべている表情は困惑だ。つまり、店長の話がよく理解できない。そんな俺たちに、店長は続けて説明してくれる。

「世界」にも寿命がある、と店長は先ほども言った。そして、「世界」とは生まれ変わるものでもあるらしい。

 いや、生まれ変わりは正しくはないかも。どっちかっていうと、世代交代と言う方が正しいだろう。

 今、俺たちが暮らしている「大世界」以外にも、いくつも「大世界」があるそうだ。それこそ、「林」や「森」のように。

 そうなると、当然寿命を迎える「大世界」も出てくる。もしも「大世界」が寿命を迎えたら、そこに繋がる「小世界」やそこで暮らす者たちはどうなるのか?

 世界が寿命を迎えるのだから、それに巻き込まれて一緒に死滅……とは、ならないそうだ。

 「老木」が朽ちて倒れる時、「若木」がその跡を引き継ぐらしい。

 つまり、世界の世代交代が行われるそうなんだ。どのような形で「老木」から「若木」へと「小世界」やそこに住まう者たちが引き継がれるのかは、店長にも分からないそうだけど。

 だが、引き継ぎは確かに行われる。「大世界」に連なる者たちが気づくことはないが、確かに引き継ぎは行われるのだそうだ。

「つまり、水野くんが所有する聖剣は、来るべき引き継ぎの時を待つ『若木』というわけさ。もっとも、まだまだ『卵』と呼べるほどに幼く、成長過程の真っただ中だけどね」

 な、なるほど。何となくだけど、分かったような気がするぞ。でも、それならどうして「卵」なんだ? 樹木に例えるなら、「種」の方がしっくりこないか? まあ、あくまでも概念的な表現だろうから、「卵」だろうが「種」だろうが、同じなのだと思う。

「でも、どうして店長の言う『世界の卵』……その端末が、剣の形をしているんですか? 幼い世界に繋がっている端末なら、剣である必要はありませんよね?」

 ちょっと首を傾げながら香住ちゃんが問う。確かに、彼女の言う通り世界の端末が剣である必要はないよね?

 その問いに、店長はひょいと肩を竦めながら答える。

「それはもちろん、水野くんの趣味に合わせたんだよ」

 へ……へ?

 お、俺の趣味に? た、確かに俺は刀剣類が大好きだけど……で、でも、どうして俺の趣味に合わせる必要があったんだ?

 疑問を乗せた視線を店長へと向ければ、彼女は優しく微笑んでいた。

「もう気づいているかもしれないが、世界には意思のようなものがある。もちろん、君が持つ聖剣……それに繋がっている『若木』にもね。そして、子供とは大人を見て学習するものだ。子供が親の背中を見て成長するように、『若木』もまた他の『小世界』や『大世界』を見て成長の糧とするんだよ」

 う、うん、店長の言わんとすることは理解できる。確かに、大人が子供に与える影響は大きいよね。それは分かるけど、そこに俺の趣味がどう関わってくるんだ?

 またもや俺の考えを読んだのか、それとも俺が分かり易く疑問を顔に出していたのか。

 そこは不明だけど、店長はそれまでの優しい微笑みを消して、極めて真面目な顔をしながら更に続けた。

「私が『若木』へと繋がる端末を剣の形にした理由、それは水野くんと聖剣を自然な形で出会わせ、結びつけるためさ」

 え? えええええええ?

 そ、そういや店長、俺が聖剣を手に入れたネットオークションにも、こっそりと関与していたとか言っていたよね?

 でも、どうしてそこまでして、俺と聖剣を引き合わせる必要があったんだ?

「私は君を選んだんだよ。君を聖剣の……世界の『若木』の、いわば『教育係』にね」

 え? きょ、教育係? どうして俺が?

「私が水野くんを聖剣の『教育係』に選んだ理由は、君がこの『小世界』とそれが繋がる『大世界』の接点とも言うべき、『基点』の一人だからさ」

 は、はい? い、今、店長が何を言っているのか全く理解できないよ?



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