世界樹世界、その詳細




 あれから……店長が魔術師の末裔であり、俺の聖剣に深く関わっていると判明してから、数日が経過した。

 今のところ、店長から何らかの話が出ることはない。これまで通り、バイト中に業務に関する話をするぐらいだ。

 だけど。

「ああ、水野くんに香住くん。明日の午後、時間はあるかい?」

 金曜日の夜のバイトが終わった時、店長からそう尋ねられて俺の心臓がどくんと大きく鼓動した。

 とうとう来たか。

 思わず香住ちゃんへと振り向けば、彼女もどこか覚悟を決めたような表情をしている。

「うん、君たちに『あの話』をしようと思ってね。できれば、時間を空けてくれるとありがたい」

「お、俺は大丈夫です」

「は、はい、私も同じです」

 二人揃って頷く。と、店長も満足そうに頷いた。

「では、後で住所をメールで送るから、明日の午後二時ぐらいにその場所に来てくれたまえ」



 そして、翌日。

 俺と香住ちゃんは、二人一緒に店長からメールで送られてきた場所を目指して歩いていた。

 ちなみに、香住ちゃんの右手は、ごく自然に俺の左手の肘を通っていたりする。いわゆるところの、「腕を組む」という奴だ。

 最近、俺たちも二人で歩く時は、ごく自然にこうして腕を組むようになった。これもまた、進歩の一つだよね。

 さて、そうやって二人で歩くことしばらく。俺たちは目的地に到着した。

「て、店長から送られてきた住所……………………本当にここで合っていますよね……?」

 目の前にそびえ立つ建築物──高層マンションを見上げながら、香住ちゃんが呟いた。

 かく言う俺もまた、ぽかんとした表情でマンションを見上げているのだが。

 目の前のマンションは、ざっと見ても三十階ぐらいありそうだ。そして、敷地内の駐車場に駐められている車は、どれも高級車ばかり。国産の車もあれば外国の車もある。そして、どの車も誰もが一度は聞いたことがあるような、有名な車ばかりだ。

 この建築物、俺が今住んでいる町でも一、二を争う高層建築物である。駅からやや離れた所にありながらも、その存在感は半端ない。

 もちろん、俺も今日まで何度も目にしてきた。ってか、駅を利用する時は、嫌でも目に入るし。

 正直言えば今日まで俺は、この建物がマンションとは思わなかった。どこかの商社のビルだとばかり思っていたんだ。この建物に近づく機会もなかったしね。

 だけど、建物の前まで来ればよく分かる。ここが商用のビルではなく、人が住む居住用の建物だということが。

 しかし、店長がここに呼んだってことは……。

「……店長、きっとここに住んでいるんですよね?」

「うん、俺もそう思うよ」

 そうだよな。この高層マンションの一室に、店長は住んでいるってことだよね。

 はぁ、さすがは大企業の社長令嬢。

 そうなんだよ。店長っていい所のお嬢様なんだよ。

 あの人の普段を見ていると、とてもそうは思えないけどさ。

 フランクだし、よく笑うし、笑う時は大きな口開けるし。

 さて、そんなことはどうでもいい。

 俺と香住ちゃんは一度顔を見合わせると、改めて店長が住んでいるであろうマンションへ向けて歩き出した。



「やあ、よく来てくれたね。ささ、遠慮なく上がってくれたまえ」

 そう言って俺たちを部屋へと招き入れてくれた店長。

 だが、俺と香住ちゃんは唖然とするばかりで足が動かない。

 だって……だってだよ?

 店長が住んでいたのは、この高層マンションの最上階だった。なんでもこのマンションは25階建てであり、21階から上は特別仕様の部屋になっているらしい。

 21階以上はどこが特別なのか? それは、フロア一つが一部屋になっているところだ。

 そして、その内装もまた特別だった。

 エレベーターホールがそのまま玄関だったり、そこから扉を一つ潜ると俺の実家が丸ごと入りそうなほど広いリビングがあったり、窓からは俺たちが住んでいる町が一望できたりと、何もかもが特別──スペシャルだった。

 しかし、何と言うかこう、俺の常識を打ち壊しに来ているとしか思えないよね。

 でも、エレベーターホールと玄関が一体化しているのって、セキュリティ的にはどうなのだろう? 侵入者とか不審者とか、入り放題なんじゃないだろうか?

 そんな馬鹿なことを考えながら、俺は店長の背中を追って広々としたリビングに案内された。

 ちなみに、セキュリティの方は万全だった。当然と言えば当然だけど。

 これは後から店長に説明してもらったのだが、20階まではごく普通のエレベーターなのだが、それ以上の21階へ上がろうとすると、特別なカードキーを用いない限り望む階のボタンが押せないようになっているらしい。

 そのため、22階に住んでいる人が、間違って23階に入っちゃうこともないのだとか。

 お客さんが来た場合は、部屋の中からエレベーターを遠隔操作するとのこと。確かに俺たちがエレベーターに乗った時、階層を指示するボタンに触れる前に、エレベーターが上昇し始めたからね。

 今更だけど、どうしてこんなとんでもない金持ちが、コンビニの店長なんてやっているのだろうか? それとも、コンビニの店長の他に何か副業でもあるのだろうか?

 ほら、店長って魔術師の末裔らしいし、そっちを活かした商売をこっそりやっているのかもしれないよね。

「暑い中、よく来てくれたね、二人とも」

と微笑む店長は、リビングの中央に設置されたソファを俺たちに勧めてくれた。

 う、うわ、何これ? 何このソファ? むっちゃ座り心地がいいんですけど!

 ふわんというかぷりんというか、何とも絶妙な弾力で体重を支えてくれる。間違いなく、このソファだけで何百万円もするとみた! って、俺の適当な推測だけどさ。

 俺たちによく冷えたアイスティーを淹れてくれた後、店長もまた俺たちの対面のソファに腰を落ち着けた。

「さて、何から話したものか……やはり、まずはこの世界や異世界がどのように成り立っているのかから、説明すべきかな?」

 と、店長は柔らかく微笑みながらそう言った。



 「世界」とは一本の樹だと思うと理解しやすい、と店長は言う。

 幹を中心に方々に枝が伸び、その先に幾つもの葉をつける。

 その葉の一つひとつこそが「世界」であり、店長は便宜上、その「葉」を「小世界」と呼んでいるそうだ。そして、「小世界」が幾つも集まった「樹」こそが、世界全体である「大世界」ということらしい。

 俺たちが住んでいるこの世界もまた、「大世界」に属する「小世界」──つまり、「樹」に茂る「葉」の一枚というわけだ。

 もちろん、世界の姿が本当に「樹」というわけではないだろう。あくまでも、俺たちが理解しやすい概念である「樹」に当てはめているだけだ。

「そして、近くにある『葉』は、比較的行き来しやすい。君たちが聖剣を用いてこれまで訪れた『葉』は、私たちが住む『葉』の近くに存在する。ああ、この場合の『距離』も物理的なものではなく、あくまでも概念的なものでしかないからね?」

 店長の言う通り、「小世界」間の距離なんて測りようがないから、物理的なもののわけがないよな。

でも、これまで俺たちが訪れた異世界……「小世界」同士が、比較的「近く」に存在するということは理解できた。

 店長の更なる説明によれば、俺の聖剣はまだまだ力が弱く、「近く」の「小世界」までしか転移できないとのこと。

 今後聖剣が成長すれば、より「遠く」の「小世界」まで行けるようになり、更には時間さえ飛び越えられるようにもなるらしい。

 俺の聖剣、まだまだ成長途中だったんだ。あれだけ不思議パワーを秘めているというのに、更に成長の余地があるんだね。さすがは俺の聖剣。きっと大器晩成タイプなのだろう。うん。

 しかも時間さえ飛び越えられるって……さすがは俺の聖剣、半端ないな。

 あ、その聖剣だが、今日は俺の部屋でお留守番だ。いくらタオルで厳重に梱包するとはいえ、あまり持ち歩くべきじゃないだろうし。

「さて、『世界』に関しておおまかに解説したが、理解してもらえたかな?」

 店長の問いかけに、俺と香住ちゃんは揃って頷く。店長の説明が実に理解しやすかったので、俺たちもすんなりと受け入れることができた。

「では、次だ。次は……やはり、『連中』のことを説明するべきだろうね」

 店長の言う「連中」とは、おそらくあの黒い影たちのことだろう。

 俺の聖剣とは敵対しているらしいあの影たち。これまで何度も遭遇し、そして戦ってきたが、あの影たちに関しては今も分からないことだらけだ。

 俺は姿勢を改めると、店長の説明に耳を傾けた。



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