世界と聖剣の秘密
「あれは、『世界の卵』なのさ」
と、店長は確かにそう言った。
え、えっと……せ、世界の卵? あ、あれ? その言葉……どこかで聞いたことがあるぞ?
う、う~ん……どこだっけか……?
あ!
そ、そうだよ! いつだったか、あの黒い霧のような連中が言っていたんだ! 俺の聖剣のことを、「セカイノタマゴ」とかって。
あの時はどういう意味かまるで分からなかったけど、今なら…………い、今なら……うん、やっぱり、今でも全然意味分かんない。どゆこと?
「君もこれまでにいろいろな世界でいろいろな経験を積んできて、もう理解しているだろう? 世界は一つじゃない。いくつもの『小さな世界』が寄り集まって、一つの『大きな世界』を作り上げているんだ。ボクはこの世界の成り立ちを、樹木のようなものだと思っているよ」
じゅ、樹木? も、もしかして、店長が言っているのは、いわゆるところの「世界樹」とやらのことだろうか?
世界樹ってのは、世界各地の神話や伝承などに登場するものだ。世界は一本の巨大な樹によって支えられ、地上と天界、そして冥界までもがその巨大な樹によって繋がっているという考えらしい。
もちろん、各地に伝わる神話・伝承によって差異はあるだろうが、大体そんな考えで間違いないと思う。
で、でもどういうことだ? その世界樹と俺の聖剣に、どんな関係があるというのだろう?
そう思いながら店長を見ていると、彼女は苦笑を浮かべていた。
「本当に君は分かりやすいねぇ」
え? どういう意味? 俺、そんなにいつも考えていることが顔に出ている?
もしそうなら、いろいろと気をつけないと。ほら、俺だってあれこれ考えることはあるんだよ? 特に年齢的にそういう時期でもあるから、香住ちゃんと一緒の時は……分かるよね?
「聖剣に関して、君の質問に答えることは簡単だ。だが、今は止めておこう」
「え? ど、どうしてですか……?」
「今の聖剣の関係者は、君だけじゃないだろう?」
あ! そ、そうか!
俺だけじゃなく、香住ちゃんだってもう聖剣の関係者だ。ここで俺だけが店長から聖剣の秘密を聞くのではなく、香住ちゃんも一緒に聞いた方がいいに決まっている。
「確か君は、明日には下宿に戻る予定だったね?」
「は、はい、そうですが……」
店長には、バイトのシフトの関係で俺の帰省予定は伝えてある。だから、俺がいつ頃下宿に戻るのか知っているのだ。
「ではそれ以降で、君と香住くんの都合の合う日を知らせてくれないか。その時に、世界と聖剣に関する話をしよう」
俺の聖剣……これまで謎だらけだった聖剣に関することを、まさか店長から聞かされることになるとは、思ってもいなかったな。
う、うわぁ……い、今から緊張してきちゃったぞ。
そして、俺の帰省はあっという間に終わった。今、俺は下宿先に戻るために電車に乗っている最中である。
あの日、黒い霧に取り憑かれていた俺の家族たちは、俺が店長と別れて自宅に戻るとまだ寝ていたが、その後は何の問題もなく目を覚ました。
母親も弟も妹も、俺を襲った記憶はないみたいだ。どうして自分たちが三人揃ってリビングで寝ていたのか、それだけが不思議らしいが。
まあ、そこは適当に誤魔化して……というか、俺が散歩から帰ったら三人ともリビングで寝ていたので起こした、ということにしておいた。だから、俺にも三人揃って寝ていた理由は分からないってことになったんだ。
もちろん、三人ともすんなりと納得したわけではなかったけど、特に家の中が荒らされたり、何かが盗まれていたりはしていなかったので、母親たちは首を傾げつつもそれで納得してくれたみたいだ。
ちなみに、母親が投げた包丁が壁に刺さった跡などは、いつの間にか店長が修復してくれていた。
さすがは魔術師の末裔。どうやって直したのか、ちょっと見てみたかったな。きっと、魔術を使って直したと思うから。本物の魔術、見てみたかったな。
それに店長が言うには、あの黒い霧が憑依して俺の家族を操っていたらしいのだが、その憑依を引きはがした方法もまた、店長のご先祖様が残した手記に記されていたそうだ。
何でも、とある異世界に存在する魔術で、憑依したモノを引き剥がす効果のある《魔祓い》という魔術とのこと。あの、家族に襲われた時にびかーって光ったのが、その魔術だったのだろう。
で、店長はその魔術を、例の鎖の武器と一緒に独自で再現したという。
いや、再現したと店長は笑いながら言っていたけど、そう簡単なことではなかっただろう。だけど、結果的に再現に成功させた店長って、実はとっても凄い魔術師なんじゃなかろうか。
何となく、これから店長を見る目が変わりそうだ。
「まさか店長が、この聖剣と関わりがあったなんて……びっくりですね」
と、香住ちゃんは俺の手の中にある聖剣を見つめながら呟いた。今、聖剣はタオルの梱包から解かれて、その姿を露わにしている。
下宿先のある町に着いた俺は、その足で森下家へ。そこで香住ちゃんのご家族に軽く挨拶した後、彼女の部屋で聖剣に関することを話し合っていた。
店長が聖剣の関係者だったことは、昨夜の内に香住ちゃんに電話で伝えてある。さすがに彼女も店長のことには驚いたようだ。
「それで、店長は聖剣の調整をしていたってことですけど、具体的にはどんなことをしていたんですか?」
「その辺りは、俺もまだ詳しいことはまだ聞いていないんだ。きっと、次の機会にでも話してくれるんじゃないかな?」
うん、そうなんだ。
店長からは、彼女が具体的にどう聖剣と関わっていたのか、全く聞いていないのだ。おそらく、香住ちゃんと一緒に店長から話を聞く時に教えてくれると思うけど。
俺は香住ちゃんから手の中の聖剣へと視線を移す。
なあ、
心の中でそう問いかけてみるも、相変わらず聖剣は何も言いません。今日も聖剣は照れ屋さんのようです。ええ。
「それに……店長のご先祖様のことも驚きましたよ。まさか、魔術師なんて存在が実在するなんて」
「まあねぇ。確かに、俺もそれにはびっくりしたよ。異世界や時間を自在に行き来する魔術師。全く、漫画か小説の主人公かって言いたいね」
「ホントですねぇ」
俺と香住ちゃんは、互いに顔を見ながらくすりと笑う。
どうやら彼女も、魔術師の存在自体は疑ってはいないみたいだ。香住ちゃんもまた、聖剣の不思議さを実感しているからだろうね。
「それから……世界樹がどうこうという話もあったんですよね?」
「世界樹というか、店長が言うにはこの世界は巨大な樹のようなもの、ってことらしいけど……正直、俺にはよく分からないんだ」
まあ、そのことも、次の機会に説明してもらえるだろう。
俺は再び、視線を手の中の聖剣に落とす。
ようやく、おまえのことがあれこれと分かりそうだな。でも、できればおまえ自身のことは、店長からじゃなくおまえから直接聞きたかったよ。
ちょっぴり残念な思いを込めながらそう考えたら、手の中の聖剣がわずかに震えた気がした。
その後は、聖剣や店長のことを話題にしつつ、香住ちゃんとまったりとした時間を過ごすことができた。
最近の彼女は、ちょっと甘えん坊というか、スキンシップを好む傾向があるみたいだ。
何気なく、俺との距離を詰めて体同士をちょっぴり触れさせたり、気づくと俺の太ももに手を乗せていたり。
確実に、以前よりも二人の距離は格段に近くなっている。もちろん、俺もそれは大歓迎なので文句なんてありません。
窓の外が暗くなった辺りで、香住ちゃんのご両親が帰宅する。そうなると、当然「夕食を食べていけ」となるわけで……もちろん、最初にそんなことを言いだすのは信之さんであり、夕食後の将棋が目当てなのだろう。
折角なので、夕食はご馳走になることに。その後の将棋も三回ほど対戦してお暇することにした。
なお、勝敗は一勝二敗で今日は信之さんの勝ち越し。いやいや、本気で指しましたよ? 別に信之さんに花を持たせようとかしていませんよ?
あ、そうそう。
実家に帰ったお土産は、しっかりと買ってきた。当初に考えていた物よりも、ちょっとだけ高額な奴をね。
森下家を後にして、俺はゆっくりと下宿に向かって歩く。
からからとキャリーバッグを引っ張りながら、俺はタオルで厳重に梱包した聖剣へと視線を向けた。
もうすぐ、この聖剣についての話を店長から聞くことができる。
一体、この聖剣は何なのだろう? 店長が言うには、この聖剣は「世界の卵」らしいけど、それってどういう意味なんだ?
「世界の卵」に「世界は大きな樹のようなもの」という店長の言葉は、俺にはよく理解できない。
だけど……「世界」という言葉から、それなりにスケールの大きな話になるんじゃないか、という予想はできた。それに、あの黒い霧のような連中のこともあるし。
一体、店長からどのような話が聞けるのか。
期待半分怖さ半分の思いを抱きながら、俺は月の光が照らす夜の町を歩いていった。
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