ご先祖様
それが店長の本名であり、フルネームだ。
日英のクォーターであり、両親は俺がバイトしているコンビニの親会社のお偉いさん。実際に「館山グループ」と言えば、日本人なら誰でも一度は聞いたことがある大企業だろう。
主幹企業は、いわゆるインターネット産業だ。それ以外にも、デパートや運送系の会社などを幾つも傘下に収めている巨大企業。それが館山グループなのである。
つまり店長は、そんな大企業の「社長令嬢」でもあるわけだ。以前、親に見合いを仕込まれたと怒っていたことがあったけど、店長の立場を考えればそんなこともあると俺は思う。
なお、店長のお母さん──日英のハーフ──が館山家の人間であり、お父さんは婿養子だそうな。
で、だ。
その店長が、なぜか俺の実家にいる。しかも、右の手首には革製らしきリストバンドを装着し、そこからは細くて長い鎖が伸びている。先程俺の頭上を通過したのは、その鎖だったみたいだ。
以前、日本刀を見に行った博物館で、一緒に展示されていた「
手の中に握り込んで隠した分銅付きの鎖を、相手に向かって投げつけるようにして使うらしい。その用途から、「忍者武器」とも呼ばれているとかいないとか。
ひょっとすると、店長が手首に巻き付けているあの鎖も、そんな「万力鎖」の類なのかもしれない。
余談だがこの「万力鎖」、岐阜県の大垣市が発祥の地で、創始者の
ひょっとして、店長はそういう類の武術を嗜んでいるのだろうか?
と、俺が店長を見つめながらそんなことを考えていると、その店長が首を傾げながら俺に問いかけた。
「ところで、水野くん。ご家族をこのままにしておいてもいいのかな? 特に弟さん、午前中とはいえ炎天下の庭先で倒れたままなんだが?」
あ!
そ、そう言えばそうだった!
俺は慌てて窓の向こうで倒れている弟をリビングへと運び込む。
リビングで気を失っている母親と妹を椅子に座らせ、弟はソファの上に寝転ばせておく。
結構な重労働だったけど、店長が手伝ってくれたのでそれほど時間をかけることもなく、それらの仕事を終えることができた。
そして、俺は改めて店長を見る。
「うん、ここではあれだね。少し、場所を変えようか」
と、店長は俺を見てにこやかに微笑んだ。
俺の実家から少し離れたファミレスで、俺は店長から話を聞くことにした。
これまでに家族で何度も訪れたことのあるこのファミレスに、まさか店長と来る日が来ようとは。さすがに予想さえしていなかったよ。
俺はドリンクバーから注いできたアイスコーヒーを飲みながら、改めて店長を見てみる。
英文ロゴの入ったグレーのTシャツに、サンドウォッシュのジーンズ。実にラフな格好で、店長によく似合っていると思う。
そして、店長は手首に巻いた細くて長い鎖を、何やら弄りながらぶつぶつと言っている。
「……ご先祖の手記に書かれていた記述よりも、伝導率が悪い気がするな。まだまだ、改良の余地があるということか……」
え、えっと……? う、うん、どうやら、俺にはよく分からないことのようだ。
そもそも、あの鎖は何だ? さっきはちらっとしか見えなかったけど、まるで蛇のように空中を自在に移動していたような気がするぞ。
その鎖自体、見たところ特に変なものじゃない。金色の極細の鎖で、ペンダントなどに使われていても違和感ないだろう。
あれ? よく見たら、鎖の先には重りみたいな物が付いているな。円錐形のきらきらした水晶みたいな奴だ。
と、じっと店長の手元に注いでいた視線を上げると、店長がにっこりと笑いながら俺を見ていた。
「さて……まずは何から話したものかな? 水野くんも、いろいろと聞きたいことや疑問に思っていることがあるだろうし」
はい、そりゃあもう、あれこれありますとも。でも、俺だって何から聞けばいいのか全く分からないぐらいなんだよね。
「では……そうだな、まずは私のことから話そうか。実は私は……正確には私の母方の家系が、いわゆる魔術師と呼ばれる者の流れを汲む家系なんだ」
は、はい?
い、いきなり店長がとんでもないことを言い出したぞ?
こ、この店長……俺の知っている店長に間違いないよね?
え、えっとね?
店長から聞いたことを纏めると、つまり彼女は「魔術師の末裔」なのだそうな。
で、店長の数代前のご先祖様──店長の曾祖母に当たる──が、それはそれはすっげぇ魔術師だったらしい。
時間と空間を自在に飛び越え、異なる世界や異なる時間軸を気ままに旅する人だったとのこと。
店長自身、そのご先祖様に実際に出会っているという。何でも、店長が幼かった頃に突然ふらっと目の前に現れ、店長に自分たちの関係を説明し、様々な魔術を披露してくれたのだとか。
まだ幼かった店長は、そのご先祖様に憧れた。そして、いつかご先祖様のような魔術師になると誓い、以来様々な努力を積み重ねて来たそうだ。
そのご先祖様とやらは、幼かった店長に一冊の手記を残したという。その手記を基に、店長はこれまで様々な修練を自身に課して来たとのことだった。
その結果、店長も魔術を使えるようになったんだとか。突然俺の家に店長が現れたのも、その魔術──《瞬間転移》──を使った結果らしい。
とはいえ、まだまだそのご先祖様には遠く及ばないらしく、今でも修行中だと店長は言っていた。実際、店長はまだ異世界へは行けないんだって。
で、店長が手首に巻いていたリストバンドと鎖もまた、ご先祖様が残した手記にあった武器らしい。何でもご先祖様も愛用した武器らしく、その武器を店長が自分なりに再現したものだそうだが、こちらもまだまだ「本物」には及ばないそうだ。
いやはや、普通であれば信じられない話ばかりだろう。でも……俺には店長の話を信じられる理由がある。
その理由とは、俺のすぐ身近に存在する不思議な存在。
そう。
俺の聖剣。あの聖剣もまた、普通で考えれば信じられない存在だからね。
聖剣は店長のご先祖様のように時間を飛び越えたりはできないが、異世界へは行くことができる。ならば、時間と空間を自在に行き来できる「魔術師」がいても不思議じゃない。
ひょっとして、俺の聖剣を作ったのって、店長のご先祖様だったりして。いやいや、十分あり得なくね? だって、時間と空間を自在に行き来するようなとんでもない人が、そう何人もいるとは思えないし、そんな人であれば、俺の聖剣のような不思議な剣を作ることだってできるに違いない。
その辺りのこと、店長に聞いてみたら分かるかな?
ってか、店長に聖剣のこと、話しちゃってもいいだろうか? 店長ならいいよね、きっと。
「あ、あの、店長? ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……?」
「私に聞きたいこと? それって、君の聖剣のことかい? それとも、君が異世界で遭遇する黒い影たち……先程まで、君のご家族に憑依していた連中のことかい?」
って、おいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!
て、店長、俺の聖剣のこと、どうして知っているのっ!? そ、それにあの黒い影みたいな連中のことも知ってたのっ!?
え? え? 今、店長は俺の家族にあの黒い影が憑依していたとか言わなかった? それで俺の家族が突然俺に襲いかかってきたわけ?
そっかぁ。納得だ。俺の家族たちが突然おかしくなったわけでも、俺のことを刺したりぶん殴ったりしたいほど嫌っているわけでもなかったんだ。いや、安心した。
いや、今はそれどころじゃないだろ、俺っ!!
今は店長が俺の聖剣や黒い影たちのことを知っている方が重要だろ!
「ん? どうしたんだい、水野くん? すっごくおもしろい顔しているよ?」
ほっといてくださいっ!! 俺がそんな顔をしているのは、間違いなく店長のせいですからね!
「ど、どうして店長が、俺の聖剣のことを知っているんですか……?」
「どうしてって……あの聖剣を作って……いや、調整しているのはボクだからね。知っていて当然だろ?」
は、はいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?
い、今、店長は何て言ったっ!?
俺の聞き間違いじゃなければ、店長が俺の聖剣を調整しているって……お、俺の聖剣の設定が時々変化するのって、店長の仕業だったってことっ!?
「て、店長……店長って、一体何者なんですか……?」
「私かい? 私は魔術師の末裔にして、その技術を受け継ぐ者。そして、君のバイト先のコンビニの店長。それだけだよ」
「い、いや、それだけって…………」
それ、全然「それだけ」じゃないよね?
店長に関してもいろいろと聞きたいことはあるが、今は俺が一番聞きたいことを優先しよう。
俺の最も聞きたいこと。それはもちろん──
「俺の……俺がネットで買ったあの聖剣は、一体何なんですか? どうして、異世界へ行けるようなとんでもない剣が、ネットオークションなんかに出品されていたんですか?」
「まず、あの聖剣がネットオークションに出品されていた理由だけど、それは君とあの聖剣を出会わせるためさ。オークションの仕切りや落札額に関しては、私は直接関わっていないけど、ご先祖様の伝手や実家のコネを使って、君たちを出会わせるべくして出会わせたのさ」
え、えええええええええええええっ!?
つ、つまり、あのネットオークションからして、既に仕込みだったわけっ!?
た、確かに大企業でありネット通販にも関わっている館山グループなら、ネットオークションぐらい企画できるだろうけど、まさか俺と聖剣を巡り合わせるためだけに、ネットオークションを運営していたってわけじゃないよね? そこまではやらないよね?
「そして、あの聖剣が何なのかだが……そうだね、一言で言えば……」
ひ、一言で言えば……?
「あれは、『世界の卵』なのさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます