番外編 異世界の英雄9



「先に行く。後から来い」

 俺たちにそう告げたシゲキは、そのまま城壁から空中へと身を踊らせた。

 一瞬ぎょっとするが、奴の身体は地面へ落下することなく、何もない空中を駆けていく。

 しかもかなりの速度で。太陽の光がシゲキが着ている青銀に輝く服に反射して、まるで光の尾を引いているかのようだ。

 見る間に遠ざかっていくその背中を、俺は……いや、俺と〈破月出焔〉、〈火駈振刀〉、そして〈逢闇喝断〉は陶然としたまま見つめた。

 まったく、イカしていやがるぜ、シゲキの奴は! 俺が女だったら、間違いなく欲情で股間を濡らしていただろう。

「おい、〈斬没刃星〉! 俺様たちも兄さんに続くぜ!」

 巨大な戦斧を肩に担ぎ、〈火駈振刀〉が戦意を漲らせている。

「おう……と言いたいところだが、俺たちには他にやることがあるだろう?」

 シゲキと一緒に戦いたいという〈火駈振刀〉の気持ちは理解できるが、そもそも俺たちはシゲキみたいに空を飛べないだろうが。から飛び降りたらどうなるか、考えるまでもないだろうに。

 だから、俺たちは俺たちにできることをしねぇとな。おそらく、シゲキもそれを望んでいることだろうよ。

 先程あいつが言った「後から来い」とは、そういう意味だろう。

「やることだとぉ?」

 ひょいとその太い眉を吊り上げ、〈火駈振刀〉が聞いてくる。

「そうねぇ、〈斬没刃星〉ちゃんの言う通りね」

「まずは《魔獣王》の殺意に怯える兵たちの尻を叩かねば、奴らも我が主と共に戦えまい」

「おお、そういうことか! 分かったぜ!」

 そう。〈破月出焔〉と〈逢闇喝断〉の言う通りだ。

 敵の数は多い。いくらシゲキが強くとも、数の力には勝てないかもしれないからな。

 だからまず、怯えている兵士どもに火を付けねばなるまい。

 闘志という名前の熱い火をな!

「よく聞け、おまえら!」

 俺は声の限りに叫ぶ。

「あれを見ろ! 空を駆けるあの姿を! あれこそが《熊》、《狸》、そして《蛙》を討った我らが英雄、〈大断斬波〉だっ!!」

「人間が空を飛べるわけがねえ! なら、あのお人は何だ? 自在に宙を駆けるあのお人は何者だ?」

 俺に続いて〈火駈振刀〉が叫ぶ。そのでかい図体に見合って、俺よりも声が大きい。城壁に集まっている兵士や傭兵たち全員に、奴の声は届いているだろう。

「あれこそ我が主たる〈大断斬波〉様が、窮地にある我ら人間を救うため、天の神々より遣わされた御使みつかいである何よりの証拠!」

「光輝く服といい、魔獣を易々と斬り裂く名剣といい、彼が神々の御使なのは間違いないわ!」

 〈逢闇喝断〉と〈破月出焔〉も、声を張り上げる。皆、考えていることは同じのようだ。

 実際、あいつは神々の御使でもなければできないことを、いくつもやりやがったからな。しかも、至極あっさりと。

 空を飛んだり、瀕死の怪我を負った俺を瞬く間に癒したり。そもそも、俺があいつと出会った時だって、いきなり何もない所から滲むように現れやがったし。

 その時から、俺はあいつが神々の御使だとずっと思っていた。

 どうやら、そう考えていたのは俺だけじゃなかったようで、〈火駈振刀〉たちやデリサカのおっさんまでもがシゲキの不思議な力を目の当たりにして、あいつが御使だと確信していたらしい。

「怯えるな! 狼狽えるな! 俺たちには神々の御使がついている! 俺たちの勝利は約束されているんだ!」

「闘志を奮い立たせろ、野郎ども! ビビってんじゃねえぞ、コラァっ!!」

「魔獣の体に得物を突き立てろ! 我らには御使の加護がある! 我が主〈大断斬波〉様が、おまえたちを勝利へと導いてくださるだろう!」

「ご覧なさいな! 今また、〈大断斬波〉ちゃんが魔獣を倒したわ!」

 〈破月出焔〉が指差す方へと目を向ければ、シゲキが群がる魔獣をばたばたと斬り捨てていた。

 その光景を見た兵士や傭兵たちの目に、確かに光が宿った。

 そしてまた、シゲキが魔獣を屠る。それに合わせて、誰からともなく歓声が上がり始める。

 その歓声は段々と大きくなり、城壁を揺さぶるほどにまで成長する。

 よし、もういいだろう。今なら魔獣相手に恐れることなく立ち向かえる。

「行くぜ、おまえらっ!! シゲキに……〈大断斬波〉に続けええええええええええええええええっ!!」

 俺の絶叫と共に、トーラムの街の正門が開かれた。

 どうやら、デリサカのおっさんが機会を窺っていたようだな。さすがだぜ、おっさん!

 開かれた城門から、俺たちは鬨の声を上げながら飛び出した。すぐ目の前には魔獣の群れ。

 だが、俺たちに恐れるものはもうない。

 あるのはただ、勝利のみだ!


□ □ □ □ □


 突然視界がピンクに染まった。

 俺がそう思った瞬間、俺の身体は空中で急停止し、そのまま後方へ大きく飛び退いた。

 空中でくるりと一回転し、そのまま見えない足場の上に着地を決める。

 そして改めて前方──《魔獣王》たる巨大キノコを見てみれば、その巨体の周囲がピンク色に染まっていた。

 も、もしかして……あ、あれ、胞子か?

 蛾に鱗粉、竜に炎、そしてキノコに胞子。うん、お約束だね。

 それはともかく、どうやら《魔獣王》は自分の周囲に胞子を撒き散らしたみたいだ。

 聖剣があの胞子に近づくのを躊躇った以上、間違いなく毒性のある胞子なのだろう。

 どのような毒性のものかまでは不明だが……って、おいおい。

 よく見れば、《魔獣王》の周囲の木々が、凄い勢いで萎れていく。間違いなく、あの胞子の仕業だろう。

 どうやらあの胞子、触れるだけでヤバいタイプみたいだ。

 自身の周囲を不毛の大地に変えながら、《魔獣王》はまっすぐにトーラムの街を目指して進んでいる。

 これ、早目に何とかしないと不味いよね?

 《魔獣王》の胞子は《狸》の花びらよりも細かい上に、何よりその散布範囲が広すぎる。聖剣お得意の雷の投網攻撃でも、全てを焼き尽くすことは無理っぽいだろう。

 とにかく、まずは様子見で遠距離攻撃をしてみるか?

 と、俺が思ったように、聖剣もまた同じことを考えていたみたい。聖剣の刀身がいつものように帯電し、そこから電撃が迸った。

 放たれた電撃は胞子の一部を焼きつつ、《魔獣王》に直撃する。

 だが、《魔獣王》の体が大きすぎるのか、その一部をちょっと焦がしただけだった。

 内心、胞子に電撃が引火して粉塵爆発みたいにならないかなーと思っていたけど、野外という開けたフィールドではそれも無理みたいだ。

 むむむ、聖剣の電撃でさえ有効打にならないとは……これ、どうしたらいいの?

 攻略法が見えないまま、《魔獣王》はどんどんとトーラムの街へと近づいている。

 あれだけの巨体が街に入れば、当然大きな被害が発生するだろう。その上、《魔獣王》は胞子を無差別に撒き散らしている。巨体と胞子、その二つがトーラムの街を蹂躙するのは間違いない。

 《魔獣王》が歩く──歩いているのか?──だけで、その巨大な体は全てを押し潰し、胞子は周囲を腐食させていく。

 まさに、《魔獣王》は「歩く災害」と言っていいだろう。もちろん、胞子以外にも何らかの能力を持っていても不思議じゃない。

 と、俺が思った時だった。突然、《魔獣王》の傘の一部──赤く発光している箇所が、一層激しく明滅した。

 そして、そこから俺目がけて、一斉に「赤い何か」が飛び出してくる。

 うわっ!! と思う間もなく、俺の身体は更に上空へと駆け上がった。その足下を、「赤い何か」が猛スピードで通り過ぎていく。

 俺を捉え損ねた数条の赤光は、離れた大地に突き刺さるとそのまま大爆発を巻き起こした。

 う、うわー……何、今の? まるでレーザー光線や爆撃のようだったぞ。

 幸い、方向がトーラムの街からずれていたからいいものの、あれが街に当たったら、城壁なんて一気に吹き飛ばされ、街にも大きな被害が出るだろう。

 ……今後、自分の位置取りにも気をつけないとな。間違っても、トーラムの街を背負うような場所には立たないようにしよう。うん。



「おーい、きょうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

 《魔獣王》が放つ何条もの破壊光線を連続で回避していると、ここ二、三日ですっかり聞き慣れた声が俺の耳に届いた。

 破壊光線を避けながらちらりと声のした方へと目を向ければ、そこにはやはりガムスがいた。

 彼の周囲には、スカーロさんたちもいる。それに、たくさんの兵士や傭兵たちもだ。

 彼らには《魔獣王》の破壊光線の影響は及んでいないし、風向きの関係か胞子もその辺りには届いていないようだ。

 ガムスたちの周りには無数の魔獣の死体が転がっていた。地上からトーラムの街へと迫る《魔獣王》の配下を、彼らは食い止めてくれたのだろう。

 ガムスもスカーロさんたちも、そして兵士たち、傭兵たちも満身創痍って感じだ。それだけの激戦を繰り広げたみたいだ。

「雑魚どもは全部片付けた! 後は親玉だけだぜ、兄弟!」

「兄さん! またさくっと決めちまってくれよな!」

「我が主の華麗なるそのお姿、しかと見届けましょうぞ!」

「〈大断斬波〉ちゃんなら、《魔獣王》だろうが何だろうがぶった斬れるわ!」

 ガムス、クラインさん、ホラミダさん、スカーロさん……みんなが俺を応援してくれている。

 そして、俺を応援してくれているのは四人だけじゃない。

 ガムスたちと一緒に戦った兵士や傭兵、そして、少し離れたトーラムの街の城壁からも、俺の名前──例の恥ずかしい二つ名の方──を連呼するのが聞こえてくる。

 なあ、あいぼう

 ここまで期待されているんだ。それに応えられないようじゃ、やっぱりいろいろと恥ずかしいよな?

 だから……だからここで、すっぱりと決めてしまおうぜ!

 俺なんかじゃ何の力にもなれないけど、俺にできることなら何でもするし、俺の身体を限界まで酷使してくれてもいい。

 ガムスたちの……トーラムの人たちの期待に応えてやろう。

 俺は自分自身を鼓舞するために、俺に視線を向けているガムスたちに向かって、親指を立てながらにやりと笑った。

「任せておけ! 俺が……いや、俺と聖剣カーリオンが、《魔獣王》をぶっ倒してやるからな!」

 途端、大きな歓声が沸き上がった。兵士や傭兵たちが、その場で足を踏み鳴らしながら俺と聖剣の銘を連呼する。

「〈大断斬波〉! 〈大断斬波〉!」

「〈大断斬波〉! 〈大断斬波〉!」

「〈大断斬波〉! 〈大断斬波〉!」

「カーリオン! カーリオン!」

「カーリオン! カーリオン!」

「聖剣! 聖剣! 聖剣!」

「聖剣! 聖剣! 聖剣!」

「聖剣カーリオン! 聖剣カーリオン!」

「聖剣カーリオン! 聖剣カーリオン!」

 その大歓声に応えるように、聖剣の刀身が輝き出す。

 いつものようなばちばちとした帯電ではない、まるで刀身から光が溢れ出すかのように。

 そして、刀身から溢れ出した光は、そのままするすると伸びて刀身の延長のような形へと変化していく。

 そう。

 それはまさに長大な光の刃だった。巨体を誇る《魔獣王》でさえ、一刀両断できそうなほどの長大な光の刃だ。

 そして、俺の身体もまた、いつものように動き出していた。

 光の刃は実体を持たないのか、重量はいつもの聖剣と変わらない。すっかり握り慣れた聖剣を、俺は高速で左から右へと薙ぎ払うように振り抜く。

 そして、返す刀で今度は右から左へ。

 長大な光の刃は易々と《魔獣王》まで届き、周囲に満ちる胞子を斬り裂き、放たれた破壊光線を弾きつつ《魔獣王》の胴体──石突きを三等分に斬り分けた。

 周囲の空気が不気味にうねる。それは、《魔獣王》の声なき苦悶の叫び声だったのか。

 そして。

 左へと振り抜いた聖剣を、今度は頭上で一回転。その勢いを乗せたまま、上から下へと光の刃を一気に振り抜く。

 まるで大地を割るかのような上から下への斬撃は、《魔獣王》の巨体を傘から石突きへと真っ二つ……いや、真にする。

 都合六つに分断された《魔獣王》の体は、どういう理屈か不明だが体のあちこちから光の粒子のようになってじわじわと消滅していく。

 あれだけの巨体だ。六つに分断したとはいえ、相当な量になるだろう。その後の始末がちょっとばかり心配だったのだが、その心配も無用だったみたい。

 さすが異世界の魔獣だ。俺には理解できないことをしてくれるね。

 もしも《魔獣王》が食用とかに有効利用できるならともかく、どう見ても毒がありそうだし。本当に毒があった場合、周囲の土地とかも汚染されたかもしれない。そう考えると、消滅してくれて助かったな。

 し、しかしー……自分でやっておいてアレだけど、何、今の聖剣の攻撃とその威力は?

 まるで昔のロボットアニメのように、長大な光の刃──拳から真っ直ぐに伸びるアレね──で巨大な敵を斬り倒すなんて……いや、確かに自分でも「《魔獣王》をぶっ倒してやる」って言ったけど、ここまであっさりとすんばらりんと行くとは思ってもいなかったよ。

 さすがは俺の聖剣、いつも頼りになるなー。いや、現実逃避しているわけじゃないですよ? ええ、決して。

 しかし、この光の刃って、聖剣の新しい能力なのだろうか?

 既に光も収まり、俺の手の中にある聖剣はいつもの姿に戻っている。

 そんなことを考えながら、いまだに収まらない大歓声を浴びて俺はゆっくりと大地に降り立った。



 と、その時だった。

 突然、俺の視界が切り替わったのは。









~~ 作者より ~~


 いよいよ、次回で番外編もエピローグ。

 本当に10話もかかるとは……(笑)。

 その10話は一週お盆休みを挟み、8月28日に更新します。

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