番外編 異世界の英雄5
俺たちが泊まっている宿と、太守様の屋敷はそれほど離れていない。だから、夜でもはっきりと分かった。
大守様の屋敷が完全に破壊され、所々から火の手が上がっているのが。
「い、一体何が……?」
「おい、シゲキ! あれを見ろ!」
俺の隣にいたガムスが、屋敷のあった方を指差した。
「あ、あれは……魔獣か?」
「どうやらそのようだ」
「ってことは、太守様のお屋敷がぶっ壊れちゃったのは、魔獣の仕業ってことね?」
ガムスだけじゃない。クラインさん、ホラミダさん、スカーロさんたちもまた、太守様の屋敷のあった場所を見つめていた。
いや、彼らが見ているのは屋敷のあった場所じゃない。その周囲の空中だ。そこに、無数の魔獣らしき影が見えている。
やや距離があることと、月明かりしかない夜の闇の中では、どんな魔獣がいるのかまでは分からないけど、翼を持つ魔獣なのは間違いないようだ。
どうやら、闇に紛れた魔獣たちの襲撃ってところか。しかも、相手は空を飛べる魔獣たちだ。それなら、この街の城壁も全く役に立たないのも道理だね。
「く……あ、兄貴っ!!」
お兄さんである大守様のことが心配なのだろう。衛兵のデリサカさんが屋敷のあった方へと駆け出した。
もちろん、俺だって大守様が心配だ。一度しか会ったことのない人だけど、あの大守様がいい人だったのは間違いない。
それに、どんな大怪我をしていても、生きてさえいれば何とかなる。俺にはエリクサーがあるのだから。
先行したデリサカさんの背中を追い、俺たちもまた駆け出した。だが、どれだけも行かない内に、屋敷のあった周囲をふらふらしていた魔獣たちが、俺たち目がけて急降下してきた。
「来やがったぞ! おまえら、抜かるなよ!」
「誰に言っていやがるか、〈斬没刃星〉! 俺様に命令すんじゃねえ!」
「左様。拙者に命令できるのは、我が主と認めた〈大断斬波〉様のみ」
「あら、ワタシは別に気にしないわよ? ワタシにできることがあれば、遠慮なく言ってね?」
あー、もう。これだから実力主義の傭兵たちは……まあ、スカーロさんだけは協調性もある人みたいだけど。
「あ、あのー、そんなこと言い合っている場合じゃないと思いますけど」
魔獣たちはすぐそこまで来ている。味方同士で言い争っている場合じゃないよね、みなさん?
「おう、〈大断斬波〉の兄さんの言う通りだな!」
「は! 〈大断斬波〉様のご指示に従いまする」
「うふふ。さすがは〈大断斬波〉ちゃんね。しっかりしているわ」
って、この人たちは……ま、まあいい。言うこと聞いてくれるのなら、それでいいや、もう。
「ともかく、ここはガムスの指示に従ってください。ガムスの言葉は俺の言葉。いいですね?」
「おう、俺に全て任せろ、兄弟!」
「ち、仕方ねえな。〈大断斬波〉の兄さんがそう言うなら、〈斬没刃星〉に従うか」
「は、ご命令、しかと聞きましてございます!」
「うふん、任せて!」
四人の傭兵たちがそれぞれ得物を構える。
ガムスは大剣、クラインさんは両手斧、ホラミダさんは小振りの剣を両手に一振りずつ、そして、スカーロさんは巨大な戦槌。
もちろん俺は聖剣を構え、迫る魔獣たちを迎え撃った。
ガムスたち四人の傭兵は、さすがに手練として有名なだけあって、迫る魔獣たちを次々に斬り伏せていく。
だけど、周囲が暗いのはかなり分が悪い。太守様の屋敷から火の手が上がっているものの、その光はここまでほとんど届いていない。
傭兵たちは何とか魔獣を倒しているが、それでも不利なのは間違いなかった。
あ、そうだ!
俺はとあることを思い出し、背負っていたリュックを慌てて下ろす。
ガムスたちを俺が──聖剣先生が──ぶちのめした後、彼らの手当てをするためにエリクサーの入ったリュックを、泊まる予定だった部屋から持ってきておいて良かった。この緊急時にリュックを持ち出すことができたのだから。
それで実は、この中にとある物が入れてあるんだ。
俺はリュックの中からそれを取り出す。
俺が取り出したのは、ちょっと大きめの拳銃のようなもの。実はこれ、携帯用の照明弾なのである。
もちろん、近未来世界でセレナさんから購入したものだ。俺だけなら暗視ゴーグルで視界を確保できるけど、ガムスたちの視界までカバーするにはこっちを使った方がいいだろう。
携帯用だけあって照明弾の効果範囲も狭いし、持続時間も長くはない。だけど、あるとないのでは大違いってものだ。
俺は照明弾の銃口を真上へと向け、
ぽん、という気の抜けた音に次いで、ひゅるるるるという音が続く。そして、夜空に青白い光の花が咲いた。
途端、周囲の闇が駆逐される。
「し、シゲキ……お、おまえがこれをやったのか……?」
「こ、これは……小さな太陽……?」
「おお、我が主はこのような奇蹟まで……」
「さ、さすがにびっくりしたわね……まさか、小さな太陽を生み出すなんて……」
突然周囲が明るくなり、呆然とする傭兵たち。
いや、小さな太陽なんかじゃないですから。でも、この世界の人たちには、そう感じられるのだろう。それに、今は詳しい説明をしている暇はないし。
「今の内です! この光はそれほど長くは保ちませんから、早目に魔獣を!」
充分な視界さえ確保できれば、ガムスたちは魔獣に後れを取ることもない。実際、先程よりも更に勢いよく彼らは魔獣を倒していく。
「俺は先に行ったデリサカさんを追います!」
「おう、ここは任せろ、兄弟! その代わり、後でゆっくりと楽しもうぜ」
俺に向かって男臭い笑みを浮かべるガムス。
「絶対に嫌だ! そもそも、俺には女性の恋人がいるんだよ!」
「そんなこと、俺は気にしないぜ?」
「俺が気にするんだ!」
まったく、ガムスの奴はこの非常時に何を言うのやら。だが、それでも充分信頼に足る男でもある。
だからこの場は彼に任せて、俺は一人先行したデリサカさんの後を追うことにしよう。
途端、俺の身体が急加速する。もちろん、聖剣の仕業だ。更には、いつものように見えない足場を空中に作り出し、他の家々を飛び越えて太守様の屋敷まで一直線に駆け抜ける。
これなら、すぐにデリサカさんに追いつけるだろう。
空中を駆けながら、俺は暗視ゴーグルを装着する。よし、これで夜の闇も問題なしだ。
いや、問題がありました。
空を駆ける俺の前に、一体の魔獣が立ち塞がったのだ。
あ、今、俺たちがいるのは空中だから、「立ち塞がる」は不的確か? って、そんなことはどうでもいい。
「くくく、まさか、空を飛ぶ人間がいるとは思わなかったぜ。どうやら、おまえが〈大断斬波〉とかいう人間で間違いなさそうだ」
空中で聖剣を構える俺の視線の先で、その魔獣がにぃと口角を吊り上げて牙を見せつけた。
「そして……そいつが噂のカーリオンだな?」
魔獣の視線が、俺が持つ聖剣に向けられる。こいつ、俺の聖剣のことを知っているっぽいぞ。
俺の目の前にいる魔獣……それは、身長2.5メートルほどの直立するアライグマみたいな奴だった。
ふさふさとした横縞のある丸っぽい尻尾に、どこか愛嬌のある顔つき。その鋭い爪や牙さえ見えていなければ、いっそ可愛いと言えるだろう。
それにさ?
その、片手に持ったピンク色の番傘みたいなモノは何なの? その番傘っぽいモノを、アライグマ魔獣はくるくると器用に回転させている。
もしかして、傘を回転させて空を飛んでいる? だとしたら、かなりファンシーな光景なんだけど……いや、手にしたピンクの傘を回転させて空を飛ぶアライグマ……実際にファンシーだ。
「丁度いい。俺ぁ貴様を探していたのよ! 《熊》を討ったという貴様をな! 貴様はこの俺、《狸》様がぶっ殺してやるぜ!」
た、《狸》ぃ? こいつ、クマじゃなくてタヌキなの? アライグマは一見タヌキに似ているけど、生物的には決してタヌキの仲間じゃないはずだけど?
それに、名前に「クマ」と付いているものの、クマの仲間でもないはずだ。
哺乳網食肉アライグマ科アライグマ属。それがアライグマの分類である。
まあ、それはあくまで俺のいる世界でのこと。この異世界では、アライグマはタヌキの仲間なのかも知れない。
それに、《狸》って魔獣は確か、《魔獣王》配下の幹部だったはず。同じ幹部である《熊》の敵討ちに来たってことだろうか。
さすが幹部。今更だけど、人間の言葉を話している。いや、人間の言葉じゃないのかも。ただ単に、聖剣が俺でも分かるように翻訳してくれているだけだろう。
ともかく、ここは俺が相手をしないといけないかな。《熊》を倒したのは俺……じゃなくて聖剣先生だし。
デリサカさんやガムスたちのことは気がかりだが、ここで敵の幹部を足止めできるのは好都合かもしれない。
そんなわけで、聖剣先生、いつものように頼みます!
俺の心の声に、聖剣が応えてくれる。
《狸》目がけて、俺の身体が撃ち出された矢のように空を駆けたのだ。
「へへ、速ええな、おい!」
瞬く間に迫る俺を見て、《狸》がにやりと笑う。どうでもいいけど、妙に人間臭い表情をするな、この魔獣。
《狸》まであと数歩。その時、《狸》が動いた。
《狸》の身体から、何かが噴き出すようにして飛び出し、そして奴の周囲をひらひらと舞う。
こ、これは…………花びら? それも、桜の花びらそっくりのピンク色の可憐なイメージの花びらだ。
「かかか! 食いな、【花弁舞血陣】!」
か、かべんぶけつじんっ!? なにそれ、妙に格好いいぞっ!?
この世界って、傭兵の二つ名だけじゃなく、魔獣の技までこんな感じなのっ!?
って、今はそんなことを考えている時じゃないっ!!
《狸》から噴き出した無数の花弁が、俺目がけて殺到する。いや、俺の方から花弁の群れに突っ込んでしまった形だ。
舞い踊る花弁が、俺の頬に触れる。途端、頬に奔る鋭い痛み。まるで、髭を剃っていて誤ってカミソリで切った時のような痛みに、思わず俺は顔を顰めた。
そして、《狸》目がけて突進していた俺の身体が、急に進行方向を変えた。俺から見て右へと横滑りするように移動し、《狸》の周囲を舞う花びらの群れから抜け出す。
「ほう、なかなか勘がいいな、〈大断斬波〉。先程の勢いで俺の【花弁舞血陣】に突っ込めば、瞬く間に全身切り刻まれただろうになぁ」
ひらひらと舞う花弁に囲まれて、《狸》が勝ち誇ったように言う。
どうやら、あの【花弁血舞陣】とかいう技は、攻性防御結界とでもいうべきもののようだ。
奴を攻撃しようと近づけば、たちまちあの花弁に切り刻まれるってわけか。
ってことは、近づかなければいいんじゃね?
「おい、おまえ。今、近づかなければいいとか考えただろ?」
う、うぇ? よ、読まれた?
「俺の【花弁血舞陣】を見た奴は、皆そう考えンだよ。だが……こいつぁそんなに甘え技じゃねえぞ?」
再びにやりと笑う《狸》。途端、奴の周囲を舞っていた花弁が、一斉に俺目がけて吹き寄せてきた。どうやら、花弁を自在に操れるみたいだ。
相手は無数の花びらの群れ。いくら聖剣でも、あの数を斬り捨てるのはさすがに無理じゃ……あ、あれ?
心配する俺をよそに、聖剣は自身をばちばちと帯電させ、その雷を投網を広げるように広範囲に放った。
あ、そういや、聖剣はこんなこともできたっけ。確か、瑞樹たちのいる世界でも使ったよね。
空中に広がった電撃は、まさに投網だった。押し寄せる花弁が一気に雷の投網に捕らわれ、瞬く間に焼き尽くされていく。
「な……なんだとぉっ!?」
その円らな目を更に大きく見開き、《狸》が驚きを露にする。
「な……な、何なのだ、その剣はっ!? 雷を放つ剣など、聞いたこともないぞっ!!」
そりゃあ、聞いたこともないだろうね。だって、俺と聖剣は異世界から来たんだから。この世界の人間や魔獣が、知っているわけがない。
まあ、そもそも普通の剣は、電撃なんて放たないけど。
呆然と俺の見つめる《狸》。その隙だらけの体勢を、聖剣先生が見逃すはずがない。
俺の足が見えない足場を力強く蹴り、《狸》の背後に回り込む。同時に、銀閃が奔り抜け、《狸》の首がすぽーんと飛んだ。
《熊》といい《狸》といい、見事に首を落としているけど……もしかして聖剣先生、どこか機嫌が悪いのかな?
《狸》を倒し、これでデリサカさんの後を追えると思った時だった。
「〈大断斬波〉ちゃんっ!! 大変なのよっ!! すぐにこっちに戻って来てっ!!」
地上から大声で俺を呼ぶ、スカーロさんがいた。
「どうかしたんですか?」
「ガムスちゃんが……ガムスちゃんが大変なのよぉっ!!」
ガムス……? ガムスがどうかしたのだろうか? ま、まさか……?
何か嫌な予感がして、俺はすぐに地上に降りた。そして、俺を見上げていたスカーロさんと共に、泊まっていた宿屋の方へ大急ぎで逆戻りする。
太守様やデリサカさんのことも気になるが、スカーロさんがここまで慌てている以上、ガムスの身に何か重大なことが起きたのだろう。
そして、宿屋の前の通りの真ん中で。
血溜まりの中で横たわる、ガムスの姿を俺は見るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます