番外編 異世界の英雄4
今、目の前には、片膝をついて熱い眼差しで俺を見つめる四人の男たちがいる。
その内の一人は、俺がこの世界で最初に出会った傭兵……〈
「なあ、兄弟。俺はお前に惚れたんだ。おまえが望むなら、俺は何だってするぜ? だから……だから、俺のモノになってくれ」
ガムスはワイルドなイメージのイケメンだ。傭兵だけあって上背もあるし、身体も鍛え抜かれて引き締まっている。
こんなイケメンに、こんな情熱的な台詞を吐かれたら……女性であればコロっと彼に靡いてしまうかもしれないね。
「ちょいと待てや、〈斬没刃星〉! 〈
そう言って、ガムスに負けず劣らずの熱い視線を俺に向けるクラインさん。
彼はガムス以上の体格で、禿頭、しかも左の眉の上から目の下にかけて刀傷があるという、盗賊の親分を絵に描いたような男だ。
だけど、このクラインさん。こんな見た目なのに、子供好きで可愛い動物や小物が大好きという、意外な点も持ち合わせているそうだ。
このギャップに、コロっと落ちちゃう女性もいることだろう。
「ふ……お主ら、何を勝手なことを言っているか? こちらの御方……〈大断斬波〉様は拙者が剣を捧げると誓いし御仁。当然、御方の寵愛を受けるのは拙者である!」
と、ちょっと時代がかった物言いをするのは、〈
すらりとした細身の長身。まばゆい金髪は背中の中程まで伸ばされ、一見すると女性のようだ。だが、音もなく敵の背後に近づき、気づけば敵の首を落としているという、まるで凄腕の暗殺者のような戦い方をする猛者らしい。
容貌も中性的な美形だし、この人に見つめられたらそれだけで、コロっとまいっちゃう女性もきっと多いに違いない。
「ふふふ、揃いも揃って馬鹿ばっかりよね。こっちの可愛い坊やは、このアタシのモノってもう決まっているのよ? 横からごちゃごちゃ口を挟まないでくださるかしら?」
と、しなを作りながら妖艶に微笑む、〈
その口調から分かるように、この方はオネエ様みたいだ。
中肉中背で、こう言っちゃアレだけど、他の三人に比べると容姿に特徴があまりない。だけど、その顔にどギツいメイクを施しているので、ある意味他の三人よりも目立っている。
だけどこの人、個人で孤児院を経営して、身寄りのない子供たちをたくさん養っているそうだ。家事も万能で子供たちからも「お母さん」──「お父さん」では決してない──として慕われているって話だし、「気は優しくて力持ち」を地で行く人らしい。
こういう家庭的なところに、コロっとほだされる女性もたくさんいるのではないだろうか。
と、まあ。
どういうわけか、俺はそんな男たちから熱い視線を向けられているのである。
わーい、異世界に来てハーレムができそうだー。
わーい、しかも、ハーレムメンバーはとっても個性的だー。
…………………………………………………………………………………………………全然嬉しくねぇし。
さて。
どうしてこんなことになっているか、その説明をしないといけないだろう。
だがその前に、この世界の傭兵についての解説を少し入れておこう。
一言で言うと、この世界の傭兵たちは、そのほとんどが同性愛者らしい。
あ、いや、同性愛者というと、ちょっと違うかもしれない。もっと正確に言うならば、この世界の傭兵たちは相手が同性でも異性でも大丈夫って人たちが多いそうなんだ。
傭兵の世界が男社会であることは、容易に想像できると思う。中には女性の傭兵もいるそうだが、その数は極めて少ない。
そして、傭兵という仕事は長時間拘束されることがほとんどだ。大体、数週間から数ヶ月で仕事の契約を結ぶ場合が多いという。
となると、その間はほぼ傭兵たちだけで生活することになる。城だとか要塞だとかに集められ、数週間から数ヶ月そこで生活するわけだね。
当然、その期間には戦闘が発生する。相手は敵対する国の軍隊だったり、人里を襲う魔獣だったりと時と場合によって違うが、傭兵たちは戦うために集められるのだから、戦闘が発生するのは当たり前だ。
で、戦いが終われば終わったで、昂ぶった気持ちを収めるために食欲を満たしたり、酒を飲んだり、性欲を吐き出したりするそうなのだが……食欲と酒はともかく性欲の方は、ぶっちゃけ相手がいない場合がほとんどだ。
裕福で大規模な傭兵団ともなれば、専属の娼婦を連れていることもあるそうだが、個人や小規模の傭兵団ではそんな余裕があるわけがない。そして、傭兵の仕事場は町や村から離れていることも少なくなく、頻繁に娼館などに出かけることもできない。
そこでてっとりばやく欲望を吐き出すため男同士で……となっちゃうそうなのだ。
その辺り、日本だって似たようなものだっただろう。戦国時代は言うに及ばず、女人禁制の宗教団体などでは、秘かに同性愛が蔓延っていたらしいし。
で、そんなことが続いているうちに、傭兵たちの間では男同士で……というのが普通になってしまった。とまあ、こういうことらしいのだ。
理解できるような、それでいて理解したくないような、実に複雑な世界である。
更には、この世界……というか、このトーラムの街とその周辺を渡り歩く傭兵たちの間では、「強い男」と公私に亘ってペアを組むというのはある種のステータスでもあるらしい。
強い男に認められた、もしくは強い男と肩を並べている、ということで、傭兵仲間たちからは一目置かれることになるそうだ。
だから、ガムスたちのような通り名を持つほどの傭兵は、強いパートナーを求める。もちろん、誰でもいいわけではなく、自分よりも強いと認めた相手をパートナーとして求めるのが普通であり、時にはその「強い男」絡みで他の傭兵と衝突することもあるとのこと。
そう、今、俺の目の前で起きているように。
…………………………………………………………………………………………………全然嬉しくねぇし。
時間をちょっと巻き戻そうか。
俺とガムス、そして太守様の義弟であり衛兵のデリサカさんが、大守様が手配してくれた最上級の宿で寛いでいた時のこと。
その宿に、三人の傭兵が姿を見せた。
そのこと自体は、問題じゃない。大守様がそう手配したからだし、俺たちもそのことを聞かされている。
問題は……この後に起きたんだよ。
宿の一階に併設されている酒場に姿を見せた三人の傭兵たちは、酒場の中をぐるりと見回すとすぐに俺たちに気づいたようだ。
「おう、〈斬没刃星〉! てめぇ、まだ生きていやがったか!」
「そう言う貴様もな、〈火駈振刀〉! 〈破月出焔〉も〈逢闇喝断〉も元気そうじゃねえか!」
にこやかな笑みを浮かべて、ガムスが三人の傭兵たちに歩み寄る。そして……突然、殴り合いが始まった。
どかん、ばきん、ずがんと、盛大な騒音を撒き散らしながら喧嘩をする四人。誰と誰がコンビを組んでいるというわけではなく、自分以外は全て敵ってな感じで、誰彼構わず殴り合うガムスたち。
思わずその光景を見つめていた俺だったが、ふと我に返った。なぜなら、喧嘩に巻き込まれて、酒場の片隅に飾られていたお高そうな花瓶が割れたのを目撃したからだ。
お、おいおい、この宿屋、この街では最高級って言っていたよね? ってことはあれ、安物のわけがないよね? 一体、いくらぐらいするんだ? もしかして……いや、どう考えても弁償しないとマズいよね?
おろおろと周囲を見回していた俺は、この状況でものんびりと酒を飲み続けているデリサカさんに気づいて、慌てて彼に駆け寄る。
「で、デリサカさんっ!! な、何落ち着いてお酒なんて飲んでいるんですかっ!? 早くガムスたちを止めないと……」
慌てる俺を見ても、デリサカさんは楽しそうに笑うばかり。
「放っておけばいいさ。傭兵ってのは、総じてあんなものさ。相手より自分の方が強いってことを、常に誇示し続けないと舐められると考えている連中だからな。ああ、宿の方には兄貴から予め話は通してあるから安心していいぞ。壊した物の弁償は全て兄貴が引き受けるとさ」
な、なんて器の大きな人物なんだ、太守様は……っ!! 思わず感動する俺をよそに、ガムスたちの喧嘩はまだ続いている。
「あの四人は、傭兵仲間たちの間でも特に名の通った猛者だ。実力もほぼ互角……であれば、今回の仕事で誰が頭目になって他の者を引っ張るのか、ああして決めているってわけさ」
ああ、あの喧嘩は誰が今回の仕事でリーダーになるかを決めているわけか。話し合うよりもまず拳で語るのが、傭兵の流儀ってやつなのかもしれない。
そんな物騒な流儀、俺はご免だけど。
「で、あんたはアレに加わらなくてもいいのか?」
「お、俺は別にいいですよ。誰が代表になっても、その人に従うだけです」
「……傭兵にしちゃ、珍しく穏健なんだな、あんたは」
「俺は傭兵じゃありませんから」
一応、俺が傭兵ではないことを明確にしておかないと。ガムスにしろデリサカさんにしろ、そして大守様にしろ……どうもみんな、俺を傭兵だと思っているっぽい。
確かに、俺は傭兵じゃないと一言も言っていないけど……ってか、話の流れが急すぎて、傭兵じゃないと言っている間もなかった、ってのが正解だけどさ。
しかし、そろそろ喧嘩を止めた方がいいよね。このまま喧嘩を続けると、太守様から依頼された仕事にも影響しそうだし。
さすがにガムスたちは得物を抜かずに素手で殴り合っているが、それでも怪我はしてしまうだろう。
まあ、怪我は俺のエリクサーで治療すればいいけど、これ以上宿屋が破壊されるのはね。いくら大守様が大人物でも、出費が少ないに越したことはないだろう。
よし、いっちょやるか、聖剣! 大守様にかかる負担を少しでも減らすために、ガムスたちの喧嘩を止めよう。
ちらりと腰の
まずはガムス。ホラミダさんに殴りかかろうとしていた彼の腕を取って、その注意を俺に向ける。
「……な、シゲ……」
ガムスが何か言う前に、奴の腹と顎に拳を見舞う。もちろん聖剣先生が俺を操って、である。
電光石火の二連撃を受けて、ガムスが床に倒れ込む。
「な……何者じゃいっ!?」
「あら、なかなか可愛い坊やじゃない?」
「…………」
クラインさん、スカーロさん、ホラミダさんが、突然割り込んだ俺を睨み付ける。
だが、さすがは熟達の傭兵たち。すぐに気持ちを切り替えて俺に殴りかかってきた。
俺から見て、右からクラインさん。そして、左からスカーロさん。特に打ち合わせたわけでもないだろうに、見事な連携で俺に攻撃をしかけてきた。
だけど……聖剣は彼ら以上だった。
まずは右のクラインさん。俺は──俺の身体は──素早く沈み込み、そのまま足払いを放つ。踏み込みに合わせて放たれた足払いは、見事にクラインさんのバランスを崩してみせる。そして、上体が泳いだところへ、伸び上がるようにしてアッパーを放つ。
俺の拳は見事にクラインさんの下顎を捉え、彼の巨体を僅かに宙に浮かせた。
そして、そのまま回し蹴り──の前に、左から迫るスカーロさんへ、カウンターのような裏拳。これがスカーロさんの顔面にまともにめり込んだ。
鼻血を噴き出しつつ上体を仰け反らせるスカーロさん。彼が体勢を整えるより早く、俺は回し蹴りを放っていた。靴を履いた足裏に、クラインさんの鳩尾を捉えた感触が伝わる。そして、回し蹴りをまともに受けたクラインさんの巨体が、スカーロさんに激突しながら後方へと吹き飛んでいく。
ふぅ、と息を吐く間もなく、俺の身体は動き続けている。
今度は素早く背後へと振り返った俺。気づけば、右の人差し指を伸ばして一点を指し示すように腕を伸ばした。
その指先に触れるか触れないかという距離に、ホラミダさんの顔があった。どうやら、こっそりと俺の背後に回り込もうとしていたらしい。
ホラミダさんは驚愕の表情を浮かべながら、目を見開いて俺を見ている。そして。
「…………ま、参り申した……まさか、拙者の動きを完全に読みきっているとは……」
敗北宣言をして、その場に崩れるホラミダさん。
俺が……というか、聖剣が喧嘩に介入してから一分と経っていない。
それだけの短時間で、俺は大暴れしていた四人の傭兵を倒していた。
かしゃん、という何かが割れる音がして、そちらへと目を向ければ。
そこには手にしていたグラスを取り落として、呆然と俺を見るデリサカさんの姿が。
「……あ、あの四人を瞬く間に沈めるとは……」
思わずといった感じで呟くデリサカさん。いや、やったのは俺じゃなくて聖剣ですから。まあ、そんなことは言えないけど。
瞬く間にぶちのめした四人を、俺はエリクサーを使って手当てしていった。
さすがはエルフ印のエリクサー、少量を振りかけてやるだけで傭兵たちの傷は見る間に癒えていった。もっとも、四人は拳で殴り合っていただけだし、打撲ぐらいしか怪我はなかったけどね。
ガムスたちも一流の傭兵、仕事に影響の出るような怪我は互いに避けたのだろう。
唯一気絶していなかったホラミダさんが、ガムスたちの手当てをする俺に何となく熱い視線を向けているような気がするが、きっと気のせいだろう。
と、この時は思っていたさ、俺も。
で、エリクサーのおかげで目覚めたガムスたちが、はっとした表情で俺を見ると……そのまま、その場に跪いたんだ。この時、いつの間にか気絶していなかったホラミダさんもガムスたちと一緒に跪いていたけど、そんなことに気を回している余裕は俺にはなかった。
なぜなら……もう、何も言わなくても分かるだろう?
そう、ガムスたち四人が、俺に対して熱烈な言葉を吐き出し始めたのである。
彼らは自分たち四人を纏めて、しかも一瞬でぶちのめした俺に完全に惚れてしまったらしい。
「さあ、シゲキ! 俺を選んでくれ!」
「いや、選ばれるのは俺様よ!」
「貴様らは勘違いをしている。なぜなら、〈大断斬波〉様は既に拙者を選んでいるのだからな」
「可愛いだけじゃなく、とぉっても強いなんて……オネエさん、もうビンビンよぉっ!」
え、えっと……俺は誰を選ぶのが正解なんでしょう?
じゃなくて!
誰を選んでも駄目じゃん! そもそも、俺には香住ちゃんという立派な恋人がいるわけでだな!
思わずデリサカさんの方を振り向けば、彼はにやにやと笑いながら我関せずとばかりに酒を飲んでいた。
うう、逃げ道はなさそうだし、助けてくれる人もいなさそうだ。
元の世界に戻るタイムリミットはまだまだ先だし……これ、どうしたらいいの?
とにかく、俺に男色の趣味はないことだけは伝えようと思って口を開こうとしたその時。
突然、地面が揺れた。
と言っても、それほど大きな揺れじゃない。地震に慣れ親しんだ日本人の俺にとっては、驚くほどの揺れではなかった。
異世界にも地震があるのかな? と思いながら周囲を見回せば、ガムスたち四人の傭兵とホラミダさんが外へ走り出しているところだった。
もしかして、こっちでは地震は珍しいのだろうか? だから、ガムスたちは地面の揺れに驚いて外へと逃げ出したのかも。
そのように考えて俺も外へ出てみる。ここは地震慣れしたこの俺が、地震の際にはどうしたらいいのかを説明してやろうじゃないか。なんて軽い気持ちでいたんだ。
だが。
だが、先程の揺れは地震なんかじゃなかった。
宿の外に出た俺は、それを痛感する。なぜなら……なぜなら、この街の中央に存在する大守様の屋敷が無惨に破壊され、屋敷の所々から火の手が上がっていたのだから。
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