番外編 異世界の英雄3




「何? 《熊》が討たれただと?」

「おいおい、《熊》の奴、まさか人間にやられたってのか? かぁー、あいつも情けねぇ奴だな、おい?」

 腕で……いや、前脚で鼻面を押えるようにして呆れる《狸》を横目で見ながら、《蛙》は先程報告を上げた《竜》に向き直る。

「して、その人間……《熊》を倒した人間とは、どのような者なのだ?」

 鋭い《蛙》の視線を向けられて、この場に会している三体の中で最も巨体だが、最も立場が低く気も弱い《竜》が、やや上目遣いで《蛙》と《狸》を交互に見比べる。

「そ、それが……我が眷属の中で変化の術に長けたモノたち数名を、人間に化けさせて奴らの『巣』に忍び込ませているのだが……どうも、流れ者のようで正体が掴めんのだ……」

「ち、使えねぇ連中だな、おまえの手下は? で、全く何も分かっていねぇのか?」

 語気を荒める《狸》に、《竜》は巨体を竦ませながら報告を続けた。

「げ、現在分かっていることと言えば、その人間が〈だいたんざん〉と呼ばれていることと、その人間が持つ剣が『カーリオン』という銘だということぐらいで……」

「『カーリオン』? 聞いたこともない銘の剣だな? どんなナマクラだ、その剣は?」

「ふむ……儂も『カーリオン』などという銘の剣はとんと聞いたことがない。間違いないのか、その銘に?」

「う、うむ……我が配下の報告では確かに『カーリオン』と……今、トーラムとかいう人間どもの『巣』の中では、《熊》を討った〈大断斬波〉とその人間が持つ剣『カーリオン』の話ばかりがされておるらしい」

「ふ、いいじゃねえか。おもしろくなって来やがった。『カーリオン』だが何だか知らないが、《熊》を倒したってその人間はこの俺が……《魔獣王》様配下の《四獣王》が一体、この《狸》様がぶっ殺してやるよ」

 と、《狸》が牙を剥き出しにしてにやりと笑った。


□ □ □ □ □


「ほうほう、これが昨日から巷で噂になっておる名剣、カーリオンであるか」

 今、俺の目の前で、俺の愛剣であるところの聖剣カーリオンを手にして、目を輝かせているのはこのトーラムの街の太守様、ストレイ・フィナウ・トーラムさんその人である。

 太めの体格に豊かな髭、そして、人の良さそうな雰囲気。

 太守というより気のいい商人のおっちゃんみたいな印象の人だが、間違いなくこの街で一番偉い人なのだ。

「うむ、目の保養をさせてもらった。この剣は素晴らしい名剣であるな。《熊》の首を一刀のもとに斬り落としたことといい、もしや謂れのある神剣であろうや?」

「い、いえ、この剣は神剣などではありませんが……」

「ふむ……よいよい、そういうことにしておこうかのぅ」

 太守様は俺が着ている《銀の弾丸》のジャケットやツナギをちらちらと見ながら、何かに納得したように頷いている。なぜ?

 それから執事っぽい人の手を介して、聖剣が太守様から俺へと返された。

 今日、朝早くからガムスと一緒に太守様に面会し、自分たちの名前を名乗った後、《熊》を討ったことに対するお誉めの言葉と報奨金をいただいたのだ。

 で、その後に太守様が俺の剣を見てみたいと言い出して……今に至るのである。

 昨日、俺の二つ名として定着してしまった〈大断斬波〉と一緒に、聖剣の銘であるカーリオンも街の人々に知れ渡ってしまった。

 もちろん、広めた張本人はガムスである。《熊》を倒してからこのトーラムの街に到着するまでに、俺の剣に銘はあるかと聞かれたので「この剣の銘はカーリオンだよ」と軽く答えてしまったのだが……それが間違いだったね。うん。

「自分の二つ名や得物の銘が有名になるのは、傭兵にとっては重要なことなんだぜ? 有名になればなるほど、雇われた時の給金が上がるし、仕事が向こうから来るようになるからな」

と、ガムスの弁。

 まあ、彼の言う通り、傭兵にとって二つ名や自分が使う武器の銘が有名になれば、雇われた時の待遇が違ってきたり、名指しで仕事の依頼が来たりするというのは理解できる。

 現代日本においても、無名の新人よりも著名なベテランの方が、どのようなジャンルの仕事でも報酬がいいものだろうから。

 それに、戦国武将がどのような名刀を愛用していたのかは、今でもしっかりと資料が残っている場合も多い。

 やはり、名立たる名将や戦士と名剣名刀とは切っても切れない縁があるってわけだ。

 だから、ガムスが親切心から俺の二つ名と聖剣の銘を広めてくれたことは理解できる。できるけど……俺は傭兵じゃないから! だから、別に有名にならなくてもいいんだよ!

 と、そんなことを考えながら、俺は返却された聖剣を、跪いた姿勢のまま傍らの床に横たえる。

 実は太守様に聖剣を見せた時、「この剣もーらった」とか太守様が言い出したらどうしよう、と秘かに心配していたのは俺だけの秘密である。

 まあ、前もってガムスからこの街の太守様は善良で気のいい人だとは聞かされていたから、素直に太守様に聖剣を預けたわけだけど。

 それでも、こうして手元に聖剣が戻って一安心だ。万が一、太守様が聖剣を取り上げようとしたら、俺は脇下にある拳銃を乱射してでも取り戻すつもりだった。けど、そんなことをすることもなかったようだ。

 噂通り、大守様は人格者だったようです。

「して……〈大断斬波〉と〈斬没刃星〉よ。そちらに我輩から頼みがあるのだが……聞いてはもらえぬか?」

 あ、あの……太守様? で、できればその二つ名で俺を呼ぶのは止めてください。切実にお願いします。



 結局、太守様の頼みとやらは受けることになった。

 だって、俺が何か言うよりも先に、ガムスの奴が受けるって言っちゃったんだよ。

 どうも太守様は俺とガムスが二人で一組の傭兵と思っているようで、ガムスが受ける以上俺も受けると思い込んだらしい。

 何か、すごく嬉しそうというか、安心しきっている顔の大守様を見ていると、俺だけ受けないなんて言えなくて……うう、意志の弱い自分が憎い。

「して、大守様。そのご依頼というのは?」

 跪いた姿勢のまま、ガムスが問う。

 ガムスの奴、案外こういう偉い人との対面には慣れているのか、堂に入った姿である。

「うむ……そなたらに頼みたいのは他でもない。《熊》と同格と言われておる魔獣……《蛙》と《狸》、《竜》……そして、それらの魔獣を統べる《魔獣王》を討って欲しいのだ」

 全ては領民が安らかに暮らせるように、と太守様は続けた。

 このトーラムの街から北西に行ったところにある山岳地帯に、《魔獣王》と名乗る凶悪強大な魔獣が棲んでいるらしい。で、その《魔獣王》の配下の中でも特に力のある四体の魔獣……それが《熊》、《狸》、《蛙》、《竜》と呼ばれる魔獣たちだそうだ。

 《魔獣王》率いる四体の幹部魔獣たちは、それぞれ配下を指揮して彼らの領域から一番近い人間の集落……つまり、このトーラムの街を何度も襲撃してきている。

 襲撃の理由は色々だろう。魔獣だって生き物である以上、食料を必要とするだろうし、人間に対して何らかの敵対心みたいなものがあるのかもしれない。

 ともかく、この街はこれまでに何度も魔獣の襲撃を受けて来た。これまでは強固な城壁に守られて何とか魔獣を撃退できていたが、その城壁も何度も襲撃を受けることで段々とガタがき始めていたらしい。

 そして遂に、前回の襲撃で城壁の一部が破壊されてしまった。

 現在、大急ぎで修復しているが、魔獣たちはいつ再び襲来するか分からない。

 そこで、大守様は考えた。次の襲撃を受け止めきれないなら、こちらから討って出よう、と。

 で、現在。この街は大量の傭兵を集めているってわけだ。

「無論、魔獣討伐はそなたら二人だけに依頼するものではない。そなたらと同格の傭兵を数名、同行させるつもりである」

「我らと同格……ですか? して、その傭兵たちとは?」

「そなたもおそらく見知っていようて。〈ひっふらすとう〉クライン、〈ほむら〉スカーロ、そして〈あいあんかつだん〉ホラミダ……この三名である」

「ほう、あの三人が……」

 どうやら、ガムスは太守様が今名前を上げた傭兵たちを知っているっぽい。同じ傭兵なのだから、知っていても当然と言えば当然だよね。

 しかし、この世界の傭兵たちって……こんな変に厳つい二つ名ばっかりなの?

「彼ら三名に加え〈斬没刃星〉、そして突如現れた凄腕の傭兵、〈大断斬波〉が加われば、必ずや《魔獣王》とその配下の魔獣たちを討ち果たせよう!」

 と、大守様は目をきらきらと輝かせて俺たちを見た。

 う、うわー……これ、断るに断れない流れだよね……どうしよ?



「しっかし、まさかおっさんが太守様の弟だったとはなぁ」

「まあ、弟とは言っても俺は妾の子で平民だからな。兄貴……太守様は子供の頃から俺に色々とよくしてくださったし、俺としては弟じゃなくてあくまでも家臣のつもりだよ」

 太守様の屋敷から、昨日から泊まっている最高級の宿へと戻ってきた俺たち。

 太守様の屋敷は、屋敷というよりはちょっと大きめの家って感じで、それほど大きな物じゃなかった。内装も派手さは全くなく、実用性重視だったし。この辺り、あの人の良さそうな大守様の人柄が表れていると思うな。

 で、そんな屋敷では俺たちを泊めるには失礼だろうと、こうしてこの街で一等級の宿を再び手配してくれたってわけだ。

「兄貴はあんな感じの人だからよ……少しでも兄貴の力になりたくて、俺は衛兵なんてやっているのさ」

 門番の衛兵さん……太守様の腹違いの弟さんは、デリサカさんと言うらしい。

 俺とガムス、そしてデリサカさんは、高級宿の一階に併設されている酒場で、酒と食事を楽しんでいる最中である。

 デリサカさん、俺たちの面倒を見るように太守様から言われたらしく、こうして宿でも俺たちに付き合ってくれているんだ。

 ここで提供された食事は、正直ちょっと味気ない。全体的に薄味で、調味料もあまり使っていないみたいだ。

 いろいろと物に溢れている現代日本と比べてはいけないのだろう。ここで提供される料理は、当然ながら最高レベルの食事だが、やはり日本の料理に比べるとその……あれだよね?

 この場合は、美味い不味いではなく、ただ単に俺の口に合わないだけってことなのだろう。うん。

「で? 〈破月出焔〉と〈火駈振刀〉、そして〈逢闇喝断〉もこの宿に来るのか?」

「ああ、あの三人もこの宿に泊まる予定だ。で、明日の早朝より〈魔獣王〉を討つために……おっと、来たようだな」

 デリサカさんが、宿の入り口へと目を向ける。そこには、武装した三人のごつい男たちの姿が。

 あれが〈破月出焔〉、〈火駈振刀〉、〈逢闇喝断〉の三人の傭兵か。

 さて、どんな人たちなんだろうね?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る