番外編 異世界の英雄2




「俺はおまえの強さに……《熊》さえ一刀で斬り伏せたその強さに惚れたんだ! いや、本音を言えば、出会った時から惹かれていたのかもしれないな! それぐらい、おまえの強さは際立っている。俺、昔っから強い男に弱いんだよ」

 俺の隣を歩きながら、俺を口説きつづけている一人の男。

 そう、男だ。今まさに俺を口説いているのは男なのだった。

 この異世界へ来た時、たまたま野盗に襲われていて、一緒に野盗を退治した男。

 そして、次の町まで一緒に旅することになった男でもある。

「なあ、いいだろ、シゲキ? 今夜はたっぷりと可愛がってやるからよ? あ、それともあれか? 俺を可愛がってくれてもいいんだぜ? 俺は誰にでも尻を貸す軽い男じゃないが、おまえになら喜んで尻を差し出すぜ?」

 もうやだ。

 別にこの男──ガムス自身は悪い奴ではなさそうだが、俺、そっちの趣味に付き合うつもりはないから。

 それとも、この世界では同性愛がおおっぴらにまかり通っているのだろうか?

 俺が暮らす日本だって、古来より男色の気配が強い風俗の国だった。実際、戦国時代において、衆道や稚児趣味が武将の嗜みだったのはそれなりに有名であろう。

 更には江戸時代、江戸城に大奥ができた経緯というのが、時の将軍徳川家光が男が好き過ぎて女性に全く興味がなく、このままでは世継ぎがヤバいんじゃね? と焦った乳母の春日局が、家光に少しでも女性に興味を持ってもらおうと国中の美女を江戸城に集めたのがその発祥、なんて説もあるぐらいだし。

 美女をたくさん集めれば、一人ぐらいは家光も興味を示すだろうと春日局は考えたのだそうな。

 その結果、家光のお眼鏡に適った女性がいたのだろうね。徳川幕府はそれ以後も続いたのだから。

 それとも世継ぎのためにと、家光は興味もないのに女性を無理に抱いたのかもしれないけど。

 ともかく、俺は他人の性的嗜好をどうこう言うつもりはないし、同性愛だからって差別するつもりもない。

 だが、自分自身がそのターゲットとなれば、話は別である! 断じて、俺は同性愛者ではないのだから! ないのだから!

 何が悲しゅうて、まだ女性経験もないのに男性経験を積まねばならないのか。

 どうせ抱くのなら、男よりも女性がいいに決まっているし、当然その相手は香住ちゃんがいいに決まっている!

 もしかしてこれ、香住ちゃんに黙って異世界に来た罰でも当たったのかしらん?

 だとしたらごめんよ、香住ちゃん! 俺が悪かった! 二度と君を置いて異世界に来たりしないから! だからお願い! 俺の貞操を守ってくれ!

 ここにいない恋人に祈りつつ、俺は大地に刻まれた街道を歩く。

 隣でいまだに俺に向かって、熱い言葉を囁き続けるガムスと一緒に。




 実は今回の異世界行、いつもと違う点があるのである。

 何と今回、日帰りではないのだ!

 いつもは香住ちゃんの門限の関係で、異世界へ行ってもその日のうちに帰って来ていた。

 だけど、今回は俺一人ということで、異世界で泊まってみることにしたのだ。

 前々から、異世界で日を跨いでみたいと思っていたんだよね。

 異世界の夜ってどんな感じだろう、とか、異世界の夜明けはどんなのかな、とか考えていたのである。

 そこで今回、異世界での滞在時間を三日に設定してみました。

 以前は滞在時間の最長は四十八時間……つまり二日だったけど、いつの間にか三日まで最長時間が伸びていたのだ。

 聖剣の設定はこっそりと変化している時があるからね。何がトリガーになって変化するのか、いまだによく分からないけど。

 で、香住ちゃんが二泊三日で家族旅行に行くのに合わせて、俺も異世界で二泊三日の小旅行としゃれ込んだわけである。

 だけどさ。

 まさか、こんなおかしな道連れができるなんて、想像さえしていなかったよ。

 どこかで適当に撒いてしまおうか? なんて考えもしたけど、これがなかなか難しい。ガムスは歴戦の傭兵だけあって、妙に気配に鋭いのだ。

 俺がさりげなく彼から離れようとすると、すぐに気づいてしまう。

 ではスマホを使って聖剣の設定を変え、今日中に元の世界へ帰ろうかと考えたのだが、こんな時に限って部屋にスマホを忘れてきてしまった。そのため、事前に設定した三日間の滞在時間は変更できなかったり。

 とまあ、何とかガムスを撒こうと努力すること十数回。結局、ガムスと別れることなく目的地──トーラムの街まで来てしまった。

「ってなわけで、ここがトーラムの街だ。どうだ、シゲキ? なかなか大きな街だろう?」

 今、俺たちがいるのはトーラムの正門の前である。これから街に入るための検問があるんだって。

 検問ってことは……大丈夫かな、俺? 身分証明になるような物、何も持っていないけど。

 その点をガムスに聞けば、ガムスの紹介があれば問題ないそうだ。

 今、このトーラムでは大きな問題を抱えているらしい。なんでも、この近くの山岳地帯に強大な力を持つ魔獣が棲み着いたそうなのだ。

 で、その魔獣──《じゅうおう》と呼ばれているらしい──の配下の魔物たちが、時折このトーラムへと押し寄せて来るという。

 既に何度も襲撃を受け、兵士や住民にかなりの被害が出ているとかで、この街を治める支配者は《魔獣王》とその配下たちを討ち取るために大量の傭兵を呼び集めているとのことだった。

 で、そんな一人がガムスってわけで。

 そのガムスと一緒に検問待ちの列に並びながら、俺は周囲を見回してみる。

 確かに列に並んでいるのは、ガムスの同業者が多いみたいだ。思い思いの武装をした、厳つい男たちが大勢いる。それ以外だと商人らしき風体の人たちもいるかな。

 で、そんな傭兵やら商人やらが、じろじろと無遠慮に俺を見ている。まあ、仕方ないよね。俺が着ている《銀の弾丸》のジャケット、めちゃくちゃ目立つから。

 だけど、変に絡んでくるような者はいない。どうやら、ガムスは傭兵たちから一目置かれているようで、そのガムスの連れである俺に絡むような者はいないようだった。

 突き刺さる視線をあえて無視して、俺は更に周囲を見てみる。

 街をぐるりと囲むのは、頑丈そうな石造りの城壁。その城壁の所々が無惨に崩れていて、作業者らしき人たちが忙しそうに補修している。あれ、魔獣襲撃の痕跡かな?

 ちなみに、このトーラムの街はどこの国にも属さない独立都市、もしくは都市国家のような立場にあるらしい。

 友好的な近隣諸国に援軍を要請してはいるらしいが、どの国も《魔獣王》とその配下を恐れて軍を派遣してくれない。そこで、傭兵を集めて《魔獣王》に対抗しようとしているそうなのだ。

 もちろん、この街にも軍隊はあるがそれほど規模は大きくないとのこと。だから、傭兵を集めて少しでも軍備を増強させようとしているわけだ。

「ん? おお、ガムスじゃないか!」

「おお、久しぶりだな、おっさん」

「おまえが来てくれるとは心強いな!」

「ははは、この街では何度も稼がせてもらったからな。この街がなくなるのは俺も困るってもんだからよ」

 正門の警備についていた衛兵さんが、ガムスに気づいて楽しそうに言葉を交わす。どうやら以前からの顔見知りのようだ。

「最近、この街は何度も《熊》の襲撃を受けているせいで、街の住民がすっかり怯えていてなぁ。だが、おまえが来てくれたのならもう大丈夫だろう! おまえなら《熊》だって倒せるだろうからな!」

 ん? 《熊》? それって、ついさっき俺が倒したあのキメラみたいな魔獣のこと?

 あの魔獣、そんなに恐ろしい魔物だったんだ。聖剣がいとも簡単にずんばらりんとやっちゃったから、それほど怖いって思わなかったけど。

 衛兵さんの話を聞いたガムスが、不意ににやりと笑う。そして、肩から担いでいた布袋をどさりと地面に下ろした。

 そうそう、ガムスの奴、《熊》と戦った後からこの街に来るまで、この大きな布袋を担いで来たんだよね。で、俺はあの布袋の中身を知っている。あの袋の中には、実はアレが入っているんだよ。

 ガムスはにやにやとした笑いを浮かべながら、袋の中身を地面にごろりと転がした。布袋から転がり出た物を見て、衛兵さんや周囲の傭兵たちが途端にざわりと騒ぎ出す。

「お、おい、ガムス! こ、こいつは《熊》の首じゃないか……っ!!」

「そうとも。正真正銘、《熊》の首さ」

「な、なんてこった……お、おまえ……《熊》を討ったのかっ!?」

 目を見開いて驚いている衛兵さん。いや、驚いているのは衛兵さんだけじゃない。検問の順番待ちをしていた傭兵や商人たちまで、驚いているようだ。

 ガムスは騒然とする周囲を満足そうに見回した後、突然びしっと俺を指差した。

「《熊》を討ち取ったのは俺じゃない! ここにいる、俺の親友にして兄弟分であるこの男……〈だいたんざん〉のシゲキだっ!! 俺はシゲキが《熊》の首を落とす瞬間をはっきりと見たからなっ!!」

 途端、周囲から大歓声が沸き起こる。先程のざわめきなど問題にもならない、正真正銘の大歓声。

 ってか、ガムスっ!! 〈大断斬波〉って何だよ、〈大断斬波〉ってっ!? 勝手に人に変な二つ名をつけないでいただきたいっ!!

 そうガムスに言ったのだが、全く聞こえていないようだ。周囲の大歓声にかき消されてしまっている。

「シ・ゲ・キっ!!  シ・ゲ・キっ!!  シ・ゲ・キっ!!」

「〈大・断・斬・波〉! 〈大・断・斬・波〉! 〈大・断・斬・波〉!」

「シ・ゲ・キっ!!  シ・ゲ・キっ!!  シ・ゲ・キっ!!」

「〈大・断・斬・波〉! 〈大・断・斬・波〉! 〈大・断・斬・波〉!」

 まるで、人気女性アイドルを前にした熱心なファンのように、周囲の人々は俺の名前を連呼する。

 おい、ガムス…………これ、どう収拾つけるつもりなんだ?



 《熊》が討ち取られた、という話は瞬く間にトーラムの街中に広まった。

 それだけ、この街の人々は《熊》に苦しんでいたってことなのだろう。

 実際、先程見た崩れた城壁も、やはり《熊》とその配下の魔物たちの仕業らしい。そんな状況下で、人々をずっと苦しめ怯えさせていた《熊》が倒されたと聞けば、誰もが喜び浮かれてしまうのも無理はないのかもしれない。

 そのためなのか、俺は街に無条件で入れてもらえた。本来なら街に入る時に税金が必要となるのだが、それさえ免除という厚遇ぶり。

 ガムスと話していた衛兵さんがそう決めたのだが、どうやらあの衛兵さん、ただの門番じゃないっぽいね。ただの門番に税の免除を決める権限なんてないだろうし。

 で、街に入った俺たちはと言うと、行く先々で歓声と共に迎えられた。

 皆さん、《熊》を討ち取った人間を一目見てみたかったそうで、どこに行っても街の人たちは俺の名前を連呼して大歓迎してくれました。しかし、本名の方はともかく、ガムスが勝手につけた二つ名を連呼するのは止めて欲しい。切実に。

 〈大断斬波〉って恥ずかし過ぎだろ! どこから出てきたんだよ、こんな恥ずかしい単語!

「何言ってやがんだ? おまえほど腕の立つ奴に、二つ名がない方がおかしいだろ? だから、俺がおまえに相応しくてカッコイイ二つ名をつけてやったんじゃねえか。感謝してもらいたいもんだぜ」

 とまあ、当の本人は気にもしていない。それどころか、俺よりも〈大断斬波〉という二つ名を気に入っている様子。

 俺たちがいるのは、このトーラムの街でも最上級の宿屋である。

 《熊》を討った英雄一行を安宿に泊まらせるわけにはいかないと、先程の衛兵さんが手配してくれたのである。

 もちろん、宿泊費は衛兵さん……というか、この街の支配者さん持ちらしい。

 なお、ここでは街の支配者さんは「太守様」と呼ばれているそうだ。だから、俺も今後はそれに倣って「太守様」と呼ぶことにする。

 え? そんな機会があるのかって?

 それがありそうなんだよ。

 だって今、俺たちの目の前にいるのは……

「我が兄からの言葉を伝えます。太守である我が兄、ストレイ・フィナウ・トーラムが、《熊》を見事に討ち果たした者たちと会いたいと申しております。貴殿たちの都合さえ良ければ、明日の朝、迎えの馬車を寄越そうと思う次第ですが……いかがでしょう?」

 と、畏まった態度で俺たちにそう告げたのは、例の衛兵さんだった。

 ほらね? 太守様のことを呼ぶ機会がありそうでしょ?

 しかしこの衛兵さん、太守様の弟だったんだな。

 太守様の弟なんて立場の人が、どうして正門で衛兵なんてしていたのやら。

 何にしろ、俺たちにこのお誘いを断るだけの理由がない以上、大守様と面会する他ないわけで。

 はぁ。

 太守様なんて立場の人と会うなんて、緊張で今から胃が痛くなってきたよ。







~~ 作者より ~~


 親戚で不幸があり、先週は執筆が進みませんでした。

 申し訳ありませんが、一週だけ休みを挟んで次回は7月3日に更新します。


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