番外編 異世界の英雄1
唐突であるが実は今回、久しぶりに一人で異世界に行くことになったのだ。
ここのところ、ずっと香住ちゃんが一緒だったからね。
だけど、今日は彼女と一緒ではない。とは言っても、別に俺と香住ちゃんが喧嘩したとか、破局したとかじゃありませんよ?
ただ単に、今回は俺と彼女のスケジュールが合わなかっただけである。
実は香住ちゃん、今朝から二泊三日で家族旅行に出かけたのだ。
今は夏休みの真っ最中。八月もそろそろ中旬に差しかかろうという時期。どうやら香住ちゃんのお父さんである信之さんが、ちょっと早めの夏休みを取れたらしい。
そこで、森下家は家族総出で旅行に出かけることになったわけだ。
行き先は某有名温泉街。どこぞのアニメでは東京が水没して、首都機能が移された場所である。
で、その家族旅行に実は俺も誘われたのだが、さすがにお断りした。いくらなんでも、森下家の家族旅行についていくわけにはいかないよね。
いくら家族ぐるみで親しくさせてもらっているとはいえ、余所様の家族旅行についていくなんて、ちょっと厚かましいというものであろう。
たとえ、一番熱心に俺を誘っていたのが、家長である信之さんであったとしても、だ。
どうやら信之さん、旅行先で俺と将棋を指す気満々だったらしい。相変わらずの将棋好きである。
別に信之さんと将棋を指すのが嫌なわけではないが、それでもさすがに今回はご一緒させてもらうのは辞退した。
ちなみに、香住ちゃんはと言えば──
『絶対に、絶対に、私がいない時に一人で異世界へ行ったら駄目ですからねっ!? 茂樹さんはちょっと目を離すと、すぐに危険なことばかりに巻き込まれるんですからっ!! 絶対、絶対っ!! 一人で異世界に行かないでくださいっ!!』
と、電話の向こうで力説しておられました。
だけど……ごめんよ、香住ちゃん。君と一緒に異世界に行くのも楽しいけど、たまには一人で行ってみたいという気持ちがどうしても抑えられないんだ。
いくらなんでも、そうそう異世界で危険なことばかりに遭遇するわけが……あ、あれ? 俺、異世界へ行って平穏に帰って来たことって、ほんの数回しかないんじゃね?
改めて振り返ってみれば、とんでもない事実に俺は呆然としてしまった。
確かにこれじゃあ、香住ちゃんが「一人では絶対に異世界に行くな」と言うわけだ。
だけど……だけど、今更そんな事実に気づいてもちょっと遅い。
だって俺がその事実に気づいた時は、既に聖剣の宝玉を押し込んだ後だったのだから。
いつものように、転移の光が収まった。
途端、俺に向かって振り下ろされる剣。
「うおおおおおおおっ!?」
慌てて大きく後ろに飛び退く俺。そして、そのすぐ後に俺がいた場所を銀色の光が通り過ぎた。
え、えっと……今更だけど、一体何ごと?
そう思って周囲を見回せば、そこには数人の男たちの姿。
場所は……草原のど真ん中? 周囲には何もなく、だだっ広い草原が広がるばかり。その一部──今、俺がいる場所──だけ、草が生えていないようだが、どうやらここは草原の真ん中を走る街道か何からしい。
で、その街道らしき場所にいる男たちは、揃いも揃って汗くさくて垢染みていて、ついでに胡散臭かった。
ぼろぼろで汚れきった身なりに、手にしているのは見るからに状態の悪そうな剣や槍、斧といった凶器たち。
そんな男たちは、いわゆるところの野盗とか山賊とかいう方々なのであろう。
そんな野盗たちは現在、一人の男を囲んでいた。
いや、訂正。
野盗らしき男たちが囲んでいるのは、「二人」の男だ。
どうやら俺は、野盗たちの囲みのど真ん中に転移しちゃったみたいである。
「な、何モンだ、貴様は……っ!?」
先程俺に剣を振り下ろした男……仮称「野盗A」が、訝しそうな表情で俺に言う。
「見たこともねぇ光り輝くような服を着やがって……」
「と、突然現れやがったし……ま、まさか、神々の使いか何かってんじゃ……」
「野盗A」に続き、仮称「野盗B」と仮称「野盗C」が、腰が引けたようになりながら言葉を発する。
「野盗A、B、C」以外にも野盗たちはいる。そいつらはと言えば、突然現れた俺を恐れてか、じりじりと後退しているようだ。
「なあ、おい、あんた」
そんな中、野盗たちとはちょっと違った印象の声がした。
その声の方に振り向けば、それは野盗たちに囲まれている男だった。
「あんたが何者なのか、俺は知らねぇ。だが、その腰の剣を見るに、それなりの腕の持ち主なんだろ? ここはひとつ、俺と協力してこいつらをぶちのめさないか?」
状況から判断するに、どうやらこの男は野盗たちに襲われていたっぽい。
その男……年齢は俺よりもちょっと上だろうか。西洋人っぽい見かけだから、ちょっと分かりにくいけど。
薄汚れてはいるものの、しっかりとした感じの革鎧に、丈夫そうな革靴。そして、その手には1メートル以上の刃を持つ巨大な両手剣。
見たところ、傭兵か冒険者って感じかな?
実は今回、異世界の行き先を特に決めていないんだ。つまり、ランダムで異世界へと転移したわけなのだ。
ここ最近は行き先を決めてから異世界へ行っていたけど、今日は一人ということもあって、ちょっとばかり冒険してみたのである。
香住ちゃんと一緒の時は、どうしてもこういう冒険は控えちゃうからね。
で、今回俺がやって来た異世界は、これまでに来たことのない場所っぽい。
野盗に冒険者風の男、そして剣や槍などの得物。ここはいわゆる、「剣と魔法のファンタジー世界」じゃなかろうか。
まあ、「剣」はともかく、「魔法」はまだ目にしていないけどさ。
うーん、もしかすると、ここはアルファロ王国のどこかかも知れないけど……まあ、それは後でこの冒険者風の男に聞いてみよう。
とにかく、目の前に野盗がいるんだ。まずはそれを片付けるとしますか。
「ええ、分かりました。ここは共闘といきましょうか」
「お、話が分かるね、あんた。じゃあ……」
男はぎらりとした獣のような笑みを浮かべると、素早く野盗たちへと躍りかかっていった。
「いやー、大した剣の腕だな、あんた」
野盗をあっと言う間に片付けた男は、先程とは打って変わって爽やかな笑みを浮かべていた。
「いくら俺でも、雑魚ばかりとはいえさすがに十人以上相手にするのは辛くてなぁ。いいところに現れてくれたぜ。で…………」
俺を見る男の目が、再び鋭く険しくなる。
「あんたは何者だ? 突然空中から現れたようだが?」
うん、まあ、気になるよね。
さて、どうやって誤魔化そうか。
「俺のことを話す前に、ちょっと聞きたいことがあるのですが……」
「聞きたいことだと?」
巨大な両手剣こそ背中に背負っているが、全く警戒を解いていない様子の男。でも、俺の話は聞いてくれるようだ。
「ここってどこですか? もしかして、アルファロ王国内のどこかだったりします?」
「アルファロ王国? 聞いたこともない国の名前だな」
と、男は肩を竦める。どうやらここはアルファロ王国ではないようだ。
ってことは、ここは初めて訪れるファンタジー風の異世界ってところかな。いや、ファンタジー世界ではなく、ただ単に俺たちの世界よりも文明レベルの低い世界なのかもしれないけど。
「えっと……俺のことはちょっと話せないけど、あなたと敵対するつもりはないです」
「ふん……まあ、いいか。あんたが俺と敵対するつもりがないのなら、俺としても助かるしな。俺も腕に自信はあるが、あんたとやり合うのはちょっとばかり辛いことになりそうだからな」
俺の全身をじろじろと見つめながら男が言う。いや、強いのは俺じゃなくて聖剣です。でも、当然そんなことは言えない。
「ああ、俺はガムス。見たとおり流れの傭兵だ」
ほうほう、この人は冒険者じゃなく傭兵なのか。おっと、名乗られた以上は、こっちも名乗らないとね。
「あ、俺は茂樹って言います」
「ほう、シゲキって言うのか。ではシゲキ。ちょっと俺から提案があるんだがいいか?」
先程よりは少しは警戒心が緩んだ様子の男──ガムス。
「シゲキさえ良ければ、次の街まで一緒に行かないか? 一人で旅していると、こういう連中がちょくちょく現れるんだよ」
と、ガムスは足元で伸びている野盗の一人を蹴飛ばした。
ちなみに、俺が倒した野盗は一人も死んでいないが、ガムスが倒した野盗は全員お亡くなりになっているっぽい。彼が倒した野盗たちの方は極力見ないようにしているので、確証はないのだけど。
まあ、このような野盗に対する態度は、この世界の流儀というか考え方だろうから、俺があれこれと言うことでもないだろう。所詮、俺はこの世界では「異物」でしかないわけだし。
それはともかく、ガムスの提案は実に魅力的だ。ここは俺の知らない世界っぽいし、道案内をしてくれると思えば大助かりだ。
「ええ、いいですよ。その方が俺も助かりますし」
「よし、話は決まりだ! 早速、次の街を目指そうぜ」
ガムスは自分が倒した野賊たちから金目の物を剥ぎ取ると、意気揚々と歩き出した。
「ん? シゲキは盗賊どもから金品を奪わないのか?」
「え、ええ、別に懐具合は悪くないので」
はい、嘘です。たとえ相手が野賊だとしても、他人の金品を奪うことに罪悪感を覚えているだけです。
この世界にはこの世界の常識があるのだろうが、俺にだって俺の常識があるのである。だから俺は、野賊たちを殺さなかったし、金品も奪わないと決めた。
まあ、このままこんな辺鄙な所に転がしておいたら、遠からず野生動物などに襲われるかもしれないが、そこまで俺が関与することもないだろう。
「まあ、いい。おまえが倒した獲物だ。おまえの自由にするさ。それに、こんなチンケな盗賊どもの持ち金なんざ、大した額にもならないしな」
ひょいと肩を竦めたガムスは、そのまま歩き出す。どうやら、自分が仕留めた獲物以外には手を出さないつもりらしい。
「ああ、そうそう」
数歩ほど先を行っていたガムスが、何かを思い出して俺へと振り返った。
「多分シゲキは知らないだろうが、最近この辺りにはちょっと厄介な魔獣が出るんだよ。だから気をつけた方が──」
と、ガムスがそこまで言った時だ。
俺の身体が動き出したのは。
「ち、遅かった……いや、運が悪かったと言った方が正しいか。おそらく偶然近くにいて、盗賊どもの血の臭いを嗅ぎつけやがったな」
背負っていた両手剣を引き抜いて構え、周囲を警戒するガムス。
この辺りは見晴らしのいい草原だ。だが、生えている草の背丈はそれなりにあり、そこに魔獣が潜むことは難しくないだろう。
そして、その俺の予測通り、ガムスが言う「厄介な魔獣」は草の中に潜んでいた。
突如、草むらの中から通り出る巨大な影。
「やはり、《熊》か!」
そう。
草むらから躍り出たのは、赤黒い毛並みの巨大な熊だった。いや、熊によく似た魔獣と言うべきか。
体長は約3メートル、体高は約2メートルといったところか。今は腕──いわゆる前肢──を地につけているが、熊によく似たその体形から後肢で立ち上がることもできるだろう。その時は、全長が4メートル近くにまで及ぶのではないだろうか。
更に脅威なのは、その熊モドキには合計で4本もの前肢があることだ。前肢のすぐ近く……人間で言うところの肩から更に一対の前肢があるのである。
「四つ手熊」と言えば、その姿を想像しやすいかもしれない。
更に、なぜかその顔つきは猫科の猛獣──虎か豹に似ていた。
虎の顔をした、6本の手足を持つ熊……いや、これもう、熊というよりはキメラじゃね?
「気をつけろよ、シゲキ! こいつは口からあらゆる物を腐らせる猛毒の霧を吐──え?」
ガムスの言葉が途中で止まった。同時に、「四つ手熊」の首がごろりと地に転がり、先程まで首のあった箇所から噴水のように血を噴き出しつつ、「四つ手熊」の巨体が大地に沈んだ。
言うまでもなく、俺の身体を操った聖剣先生の仕業である。
「い、いつの間に……」
呆然とした表情のガムスが、倒れた「四つ手熊」と聖剣を抜いたままの俺を何度も見比べる。
「い、いや……シゲキが相当な剣の使い手であることは、先程の盗賊との戦いで知ってはいたが……だが、本当の実力は俺が思っていた以上だったようだな!」
呆然とした表情から一転、嬉々とした表情へと変わったガムス。彼は実に楽しそうに俺に近づくと、俺の肩を何度もばんばんと叩いた。
「参った、参った! シゲキは間違いなくこの俺より強い! この俺が……〈
ざ、〈斬没刃星〉ぁ? そ、そりゃまた凄い通り名だな、おい!
それともこの世界の傭兵は、そういった凄い通り名を名乗るのが普通なのかもしれないけど。
しかし、次に来る衝撃に、〈斬没刃星〉の印象は瞬く間に吹っ飛んだ。
それぐらい、次に来た衝撃が大きかったのだ。
なぜなら。
「そして、俺はおまえに……シゲキに惚れたぜ! なあ、シゲキ? 次の街に着いたら、一緒の宿で一緒の部屋で……二人っきりでゆっくりと……熱い一夜を過ごさないか?」
……
…………
………………
……………………
…………………………
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!
こ、こいつ、「アッチの人」だったのっ!?
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