閑話 帝国の滅亡と二人の英雄




 これは、ちょっとだけ未来のお話──




 小高い丘から見下ろせば、巨大な王宮が見えた。

 青白く輝く石材を用いた、海を背にした巨大で壮麗な王宮である。それは正にこの国──ペンギーナル帝国の象徴と言えよう。

 その帝国の象徴たる王宮を、二人の男性が無言で見下ろしていた。

「…………とうとう、ここまで来たな」

「ああ……とうとうここまで来たぜ」

 二人の脳裏には、今日この時までに味わった艱難辛苦が甦る。

 食べる物も碌になく、常に空腹を抱えていた幼年時代。食べる物と言えば、萎びかけた野菜や野山で採れる木の実ばかり。

 この国、ペンギーナル帝国において、彼ら人間は被差別階級である。

 痩せた土地に追いやられ、いくら畑を耕そうともまともに野菜も採れない。

 河川で魚を獲ることも許されていない。帝国の河川や湖沼、そして海に棲息する魚はすべてペンギーナ族のものとされているからだ。時には、海には近付くだけで殺される場合もある。

 また、武器になりそうな農具や猟具の所持さえ認められず、野山の獣を獲ることも難しい。よしんば落とし穴などを活用して上手く捕まえたとしても、ペンギーナ族に知れれば全て接収されてしまう。

 当然、人間たちがペンギーナ族に対して、友好的な気持ちを持つはずがなく。

 だが種族の力の差は大きく、人間ではペンギーナ族に抗うことは難しい。

 過去、何人もの人間が、ペンギーナ族打倒を掲げて立ち上がったが、そのことごとくがペンギーナ族の前に破れ去った。

 そんな繰り返しを重ねるうちに、人間たちからペンギーナ族に抗う気持ちが徐々に消えていった。

 だが。

 だが、それでもペンギーナ族に立ち向かう者はいた。いや、「者たち」は確かにいたのだ。

 少年と呼べる時期にとある人物たちと出会った二人の男たちが、ペンギーナ族に対する反攻の狼煙を上げた時。

 その時こそが、長く続いたペンギーナル帝国の終焉への幕開けであり、人間たちによる新たな国作りの始まりであった。

 『草の民解放団』。

 それが、二人の男たち──後の世に建国の英雄と呼ばれる者たちが作り上げた、帝国を斬り崩す刃の名前であった。



「覚えているか? あの日のことを?」

「当然だろ? 忘れるわけがない。あの人と……いや、あの人たちと出逢ったあの日のことを、俺は絶対に忘れないさ」

 小高い丘の上に立ち、眼下に広がるペンギーナル帝国の帝都を見下ろす二人の男性が、そっと目を閉じた。

 今、二人の瞼の内側には、「あの日」のことが鮮明に映し出されていた。

 ペンギーナル帝国最強の騎士を、まるで子供のようにあしらった一人の男性。

 そして、その男性のパートナーであり、凶悪で醜悪だった謎の魔獣を一刀両断にした一人の女性。

 彼と彼女との出逢いこそが、二人の男性の運命を変えたのだ。

 まだ少年と言っていい頃に目の当たりにした、彼と彼女が振るった剣の輝きは、今でもはっきりと思い出せる。

 その日から、彼らは必死に鍛錬を積み重ねた。

 最初はただ単に棒切れを振り回していただけだった。だが、その棒切れの振り回しは、徐々に形になっていく。

 脳裏に浮かび上がるのは、彼らが憧れる男女が剣を振るう姿。その姿に少しでも近づくように、彼らは毎日必死に棒切れを振った。

 最初は細い枯れ枝を振り回すのが精々だった。彼らが尊敬するあの二人に持たせてもらった剣を、当時は持ち上げることさえできなかったのだから。

 だが、毎日必死に棒切れを振り回している内に、徐々にその棒切れは長く太く、そして堅い物へと交換されていった。

 やがて、少年は青年となる。

 彼らが大人と認められるようになった時、遂に彼らは立ち上がった。

 たった二人の革命団、『草の民解放団』が、この時産声を上げたのだ。

 この世界の人間たちは、武器の所持を認められていない。それどころか、武器となりそうな農具や猟具でさえ、手にすることを認められていないのだ。

 もちろんそれは、ペンギーナ族が人間たちに力をつけさせないようにさせているからである。満足に食べる物を得ることもできず、武器となりそうな物を持つことを許さなければ、人間もペンギーナ族に反抗しようとは思わないだろうから。そう考えての政策であった。

 そのような状況の中で立ち上がった二人の青年には、当然満足な武具はなかった。あるのは石ころや棒切れといった、武器と呼べるか微妙な物ばかり。

 それでも、青年たちは立ち上がったのだ。脳裏に刻まれた憧れの人たちのように強くなりたいと願った想いが、青年たちを駆り立てた。

 石ころと棒切れといった、武器とも呼べない武器を手に、彼らは立ち上がったのである。

 そんな彼らが最初に狙ったのは、一人で行動していたペンギーナ族の兵士だった。

 どうしてその兵士が単独で行動していたのか、そんなことは彼らにはどうでもいい。下級と思しき兵士がたった一人でいる。これ以上ない好機に、彼らの闘志は燃え上がった。

 結果、二人は勝利を掴み取った。ぎりぎりの勝利ではあったが、勝利は勝利である。

 毎日繰り返された彼らなりの鍛錬は、しっかりと実を結んでいたのだ。今や彼らの身体的能力は、ペンギーナ族に勝るとも劣らない域に到達していたのである。

 倒した兵士から武器や鎧──海獣の骨や皮革から作られたもの──、そして所持していた食料を奪うことも忘れない。

 満足な食料もなく、武具を手に入れる伝手のない二人にとって、敵から奪える物資は極めて貴重だ。

 その後も勝利を積み重ね、物資を奪っていく青年たち。

 いつしか、彼らの噂を聞きつけた者たちが、彼らの下に集まり出した。

 こうして、たった二人から始まった小さな革命団は、少しずつ、だが確実に大きくなっていったのである。



「ここまで来るのに、本当にいろいろなことがあったな」

「ああ、時にはペンギーナル帝国の大軍に囲まれ、死を覚悟したこともあったな」

 反抗の目が大きくなれば、当然ペンギーナル帝国も黙っているわけがない。

 革命団『草の民解放団』の名声が高まれば高まるほど、ペンギーナル帝国の武力行使はどんどん苛烈になっていった。

 時には敗走したこともある。時には全滅の危機に瀕したこともある。

 だが、それでも『草の民解放団』は決して諦めなかった。いや、『草の民解放団』を率いる二人の青年は、決して諦めなかったのである。

 二人の脳裏には、いつも彼と彼女の姿があった。あの人たちに負けられない。あの人たちに恥ずかしい姿は見せられない。その想いがある限り、二人の青年は決して挫けなかったのだ。

 彼らの下に人が集まり、支持が集まる。その中には、ペンギーナ族に武具を供給していた奴隷の職人もいた。

 ペンギーナ族は、その体の構造ゆえか、物を作り出すことが苦手だ。だからペンギーナ族は、彼らが使う日常品や武具などを人間の奴隷に作らせている。

 主であるペンギーナ族が討たれ、奴隷から解放された職人たちの一部が『草の民解放団』に協力を申し出たのは、ある意味で自然な流れと言えるだろう。

 こうして、『草の民解放団』は地盤を固めていった。併せて、その規模は更に大きくなっていく。

「だが……俺たちはここまで来た」

「ああ。もう少しだ。もう少しで、あの人たちと交わした約束を果たすことができる」


──うん、分かったよ! 俺たち、絶対に兄ちゃんや姉ちゃんたちみたいに強くなってみせるからな!

──お、俺なんか、兄ちゃんや姉ちゃんよりも、ずっとずっと強くなるぜ!


 そしていつか、ペンギーナ帝国を倒してみせる。

 あの時は言葉にできなかった思い。だが、それが果たされるのはすぐそこなのだ。

 再び二人が目を開いた時、そこには確かな闘志が宿っていた。

「あの人たちとの約束を果たしにいくぜ、アル」

「ああ。今日こそあの人たち……シゲキとカスミと交わした約束を果たそうぜ、イノ」

 二人は真っ直ぐに帝都を見つめたまま、互いの拳と拳を打ち合わせた。

 そして、二人──イノとアルは振り返る。

 彼らの背後に控えていた軍勢──『草の民解放団』の戦士たちへと。

 イノとアルが同時に手にしていた剣を高々と掲げると、大気を震わせる大声が湧き上がった。

 声はイノとアルの名を叫び続ける。その声に応えて、イノとアルが『草の民解放団』の戦士たちに語りかける。

「時は来た! いよいよ、ペンギーナル帝国の帝都を落とす!」

「旗を掲げろ! 俺たちの旗を……『草の民解放団』の旗を!」

 イノの声に戦士たちは拳を突き上げ、アルの声にいくつもの旗が翻った。

 彼らの旗に描かれているのは、青と白で塗り分けられた帆と、それを支える支柱を図案化したもの。

「今更だが、あれって一体何だろうな?」

「さあな? だが、シゲキとカスミの持ち物だ。きっととんでもない物に違いないぜ」

 イノとアルが彼と彼女と出会った時、彼らはイノとアルがみたこともない物をたくさん持っていた。

 その中でも、砂浜に突き立てられ、大きく青と白の帆を広げて日陰を作り出していた物が、イノとアルには一番印象深かった。

 だから彼らは、自分たち『草の民解放団』の旗印にそれ──ビーチパラソル──を選んだのである。

「ひょっとしたら、あれはシゲキとカスミの旗だったのかもな」

「ああ、ありえるな。あれ、でかくて目立っていたからなぁ」

 いくつも翻る彼らの旗を満足そうに眺めたイノとアルは、続けて丘の下へと目を向ける。

 そこにはペンギーナル帝国の軍勢が隊列を組み、『草の民解放団』を待ち構えていた。

「帝国軍を率いるのは、おそらくロクホプ将軍だろうな」

「初めてロクホプ将軍を見た時は……って、当時は将軍ではなかったが、とても恐ろしく感じたのを今でもはっきり覚えているぜ。だが……今は全然恐くないよな」

「あの時、ロクホプ将軍はシゲキに完敗したんだ。そのロクホプ将軍に、俺たちが敗けるわけにはいかないぜ?」

「当然だ。俺たちはいつか、シゲキもカスミも超えるんだからな!」

 互いに一度頷き合い、彼らは勢いよく駆け出した。

 その背後に従うのは、『草の民解放団』の戦士たち。その数は今や、数千に及ぶに至っている。

 こうして、帝都郊外の草原において、帝国軍と『草の民解放団』の運命を賭けた戦いが幕を開けたのだった。



 数百年の歴史を誇ったペンギーナル帝国。

 その帝国も、遂に終焉の時を迎えた。

 帝国の喉元に刃を突きつけ、その息の根を止めたのは、二人の英雄。

 帝国という名の一つの歴史が潰え、そして、新たな国の歴史が始まる。

 その新たな歴史には二人の英雄の名前が刻まれ、いつまでも語り継がれていくのだった。




 これは、ちょっとだけ未来のお話。

 不思議な聖剣の持ち主とそのパートナーさえ知らない、ほんの少しだけ未来の物語である。


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