浅瀬の邪鬼
頭上高くから、じっと俺たち──俺とロクホプを見下ろす巨大なゴカイ。
ロクホプが言うには、この巨大ゴカイは「砂浜の悪鬼」という名前らしい。その砂浜の悪鬼が、じっと俺とロクホプを見つめて……いると思う。
ほら、ゴカイって眼がないし。もしかしたら、この世界のゴカイには眼があるのかもしれないが、少なくとも見た目から眼らしきものは見当たらない。
巨大な全身をうねうねと蠢かせ、砂浜の悪鬼が俺たちを見ている。
やっぱり、これ、俺たちを餌だと思っているパターン?
だとしたら是非、俺ではなくロクホプをどうぞ。きっと、そっちの方が美味いから。
そのロクホプはというと、「あばばばば」とか言いながら俺の隣で腰を抜かしている。
おいおい、帝国最強の騎士がそんな様子でいいのか?
ロクホプはあてにならない。となれば、もしもこの巨大ゴカイが襲ってくるようであれば、俺一人で迎え撃つことになりそうだ。
え? 香住ちゃん?
彼女にはイノとアルを守っていてもらわないとね。
もちろん、目の前の巨大ゴカイが、香住ちゃんたちの方へ行かないようにするけどさ。
気づけば、俺は聖剣を構えていた。どうやら聖剣先生もこの砂浜の悪鬼とやらを敵と認定したらしい。
既に刀身にはばちばちと電光が走り、完全に臨戦態勢である。
もの言わぬ砂浜の悪鬼は、ただ、じっと俺たちを見下ろすばかり。だが、その巨体がぶるりと震えたかと思うと、その巨大な頭部をハンマーのように振り下ろしてきた。
おいおい、いきなりだな!
しっかりと警戒していた俺は、その動きに反応できた。素早く横へ飛んで巨大なハンマーの如き一撃をすんなりと躱し……いや、躱そうとした直前。
俺はとあることに気づいてしまった。もしもこのまま俺が回避すれば、腰を抜かしているロクホプはどうなるのか、と。
確かにいけ好かない奴ではあるが、だからと言ってこのまま見殺しにするのも忍びない。そりゃさっきは食べるならロクホプからどうぞ、とか思ったけど、それは決して本心ではないからね。
全く、世話が焼ける帝国最強だ。
俺はロクホプの首の後ろ辺りの羽毛をしっかりと掴むと、海の方へと放り投げた。
まあ、ペンギンだから海に落ちても溺れる心配はないよね。
それより、ペンギンとはいえそれなりに体格のあるロクホプを、片手でよく投げられたよな、俺。
おそらく、聖剣が力を貸してくれたからだと思うけど。
そして、俺がロクホプを放り投げた瞬間、頭上から襲いかかってくる巨大ゴカイの頭部。
回避は間に合わない。となれば、受け止めるしかない!
右手で聖剣の柄を持ち、左手で刀身の腹を支え、俺は降りかかってくる巨大なハンマーを受け止める。
うおおおおおおおおおおおっ!?
両手にがつん、と衝撃が来た! がつん、と!
両腕がじんじんと痺れ、踏ん張った両足が足首まで砂浜にずしんと埋もれる。
それでも、巨大ゴカイの振り下ろしを何とか受け止める。もちろん、聖剣がサポートしてくれたからであり、俺の素の力だけだったら瞬く間に圧し潰されていたのは間違いあるまい。
だが、いつまでもこの圧力には耐えられない。俺でさえそんなことは分かるということは、聖剣だって分かっているはずだ。
その証拠に、受け止めた聖剣がゆっくりと横へと動き出し、のしかかる圧力を受け流していく。
ずん、と受け流された巨大ゴカイの頭が砂浜を穿ち、もうもうと砂煙が舞い上がる。俺は……いや、聖剣は素早く砂浜の悪鬼から距離を取り、そのままゴカイに向けて放電する。
ばちばちと音を立てて電撃が奔り、砂浜の悪鬼へと見事に命中した。
電撃に焼かれて、砂浜の悪鬼がびくんびくんとのたうつ。
おお、電撃は効果的なようだぞ。
よっしゃ、ではもう一発お見舞いしてやろうじゃないか。
そんな俺の思いを読み取ったのか、再び聖剣が放電態勢に入る。だが、まさに放電されるその直前、海の中から何かが飛び出して来た。
「あばばばばばばばばばっ!!」
って、ロクホプっ!? お、おまえ、まだ「あばばばば」とか言っていたのっ!?
そして、海から飛び出してきたロクホプを追うように、別の何かも浜へと揚がってくる。
え、えっと……あれ、ナニ?
これまた巨大な生物だった。横長の平べったい体は、全長六、七メートルといったところか。
ぬめぬめとした体表と、所々に生えている鋭い棘。そして、鞭のように長くしなやかな尻尾。その尻尾の先にも、まるで剣のような棘がある。
これって……もしかしてエイか? ゴカイの次はエイなのか?
「あ、浅瀬の
口……じゃなかった、嘴をぱくぱくさせながら、ロクホプが叫ぶ。
え、えっと……砂浜の悪鬼の次は浅瀬の邪鬼ですか。
この世界の生き物のネーミングって、かなり独特のようだ。
それはともかく、砂浜に上陸した巨大エイは、ばたばたと体をくねらせながらロクホプを追いかける。
あー、ホントにもう。世話が焼ける奴だなぁ。
俺がそう思った時、俺の身体は勝手に動き出した。どうやら、聖剣が俺の思いを汲み取ってくれたっぽい。
素早くロクホプへと接近し、再び奴を掴んで放り投げる。
今度は海ではなく、香住ちゃんたちがいる方へとだ。まさか、次は「草むらの魔鬼」とか出ないよな?
気づけば、ロクホプの取り巻きであるフンボルトペンギンたちの姿はない。それに、ロクホプが乗っていたペガサスという名前の巨大ヤドカリもだ。
おそらく、巨大ゴカイが出た時点でさっさと逃げたのだろう。ペガサスの奴、ヤドカリのくせにちゃっかりしているな。ひょっとしたら、取り巻きのフンボルトたちが連れて行ったのかもしれないけど。
そして、砂浜で暴れる二体の巨大生物。巨大生物が複数現れたら、お互いに戦い合うのが怪獣映画のお約束だが……現実はそう都合よくはいかないようだ。
巨大なゴカイがその全身を完全に露にして、俺へと迫ってくる。
そして同時に、巨大なエイもまた、ばたばたともがくような動きでこれまた俺に近づいてきた。
どうやら、二体とも俺を敵か餌だと認識したようだ。
「茂樹さんっ!!」
後方から聞こえてくる香住ちゃんの声。その声に、俺は振り向くことなく応える。
「俺は大丈夫だから、香住ちゃんはイノとアル……と、ついでにロクホプを頼むよ」
「ああ、もうっ!! どうして茂樹さんはいつもいつも……っ!! 絶対に無理なことはしないでくださいねっ!!」
イノとアル──ついでにロクホプも──という守るべき存在がいるためか、香住ちゃんはこちらへは来ないようだ。よしよし、香住ちゃんまで巨獣決戦に巻き込むわけにはいかないからね。
ほら、今日の香住ちゃんは水着姿だから。今はパーカーを羽織っているけど、その防御力はいつもの《銀の弾丸》のジャケットの比ではない。
戦っている最中にぽろり、とかされちゃうと困るんだ。
ぽろりしちゃった香住ちゃんを、俺だけが見るのなら問題はない……というより大歓迎だが、ここにはほら、俺以外にもイノとアルという少年たちもいるし。ペンギンであるロクホプはともかく、俺以外の男に香住ちゃんのあられもない姿を見せるつもりはないのだよ。
つまり、香住ちゃんが加勢する前に倒さないといけないわけだ。とはいえ、二体もの巨獣相手に、どう戦おうか?
まあ、ぶっちゃけ聖剣先生に任せるしかないわけだけどさ。
さて、ここは慎重に行きますかね。俺も水着しか着てないことだし。
最初に動いたのは巨大エイ……浅瀬の邪鬼だった。
その巨体をぶるぶると震わせたかと思ったら、背中というか、体の表面に生えた鋭い棘を何本も俺に向けて発射したのだ。
おお、まさか、飛び道具で攻撃されるとは! 別に油断していたわけじゃないけど、さすがにちょっと驚いた!
驚きで思わず混乱してしまう俺だったけど、そこは聖剣先生、俺とは全然違いました。
迫る棘を数本纏めて薙ぎ払うと、そのまま「上」に向けて駆け出した。
そう、例の見えない足場を作ってだ。
空に向かうことで棘を回避した俺に、今度は巨大ゴカイ……砂浜の悪鬼が襲いかかってくる。
その巨大……というか、長い体を最大限に伸ばして、上空にいる俺を飲み込もうと口をぐねぐねと蠕動させながら迫る。
う、うわー、正直、蠢いているゴカイの口を直視するのって、かなりグロい。だけど、そんなことを言っている場合じゃない。
俺の身体が急に砂浜目がけて落下する。そおらく、聖剣が足場を消したか何かしたのだろう。
落下したことでゴカイの攻撃を回避できたが、砂浜に落ちた俺を目がけて巨大エイが突進してくる。が、その突進もそれほど速度がないので余裕で躱せた。
やっぱり、エイは海中にいてこそ脅威なのかもしれない。
しかしこいつら……妙に連携が取れてないか?
上空へ逃げた時のゴカイの攻撃といい、今のエイの突進といい、俺の勘違いじゃなければ、妙に連携しているように思えるのだが……?
まさか、この巨獣たちが同時に現れたのは、単なる偶然じゃないのか?
実際、ゴカイもエイも俺だけを狙っている。確かに、エイは最初こそロクホプを狙っていたように見えたけど、あれは単なる偶然で、エイの本当の標的は砂浜にいる俺だったり……?
それに、俺を単なる餌だと思っているのなら、ゴカイとエイで餌を取り合って争っても不思議じゃないだろう。なのに、二体は特に互いを警戒するでもなければ、争うでもない。
それってつまり、ゴカイとエイの間に何らかの意思疎通があるってことじゃないか?
俺がそんな考えに至った時。
俺の耳に、聞き覚えのある声が届いた。
──キシシ!
──キシシ!
あ。
どうやら、目の前のゴカイとエイは、例の「敵」が関係しているっぽいな。
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