黒いナニか




 俺の目の前には、巨大なゴカイと巨大なエイがいる。

 この世界では、「砂浜の悪鬼」に「浅瀬の邪鬼」と呼ばれているらしい巨大怪物……いやもう、巨大怪獣と言ってもいいだろう。

 その二体の巨大怪獣たちから聞こえてきた、あの「敵」らしい声。

 やっぱり、あの黒い霧みたいな奴が、この怪獣たちに取り憑いているのかな?

 でも、あの黒い霧が連中の本体で、他の生物に取り憑いているってのは、あくまでも俺の推測でしかないし……まあ何にしろ、今はこの怪獣どもを倒すしかないわけで。

 さあ、あいぼう。今まで以上に慎重に行こう。たとえ怪獣たちにあの黒い霧が憑いていようが、俺とおまえが組めば大丈夫だよな?

 それに、相手があの「敵」ってことは、狙いは俺と聖剣だろう。なら、ある意味で香住ちゃんたちは安全ってことでもある。

 と、なれば、俺たちがやることは一つだ。

 さあて、怪獣退治といこうじゃないか。



 怪獣どもが、俺の左右へと移動する。

 どうやら、挟み撃ちにするつもりらしい。

 びったんびったんと薄っぺらい体を必死に動かし、左手側からエイが突進してくる。

 同時に、右手側からはゴカイが迫る。

 エイが足元を狙って噛みついてきて、ゴカイが頭上からその巨大な頭部を振り落とす。

 実に巧みに連携しているな。だけど、俺と聖剣はおまえら以上なんだよ。

 全てを聖剣に任せているので、「俺と聖剣」は微妙に間違っているかもしれないけどね。

 それはともかく、再び見えない足場を作り出して、上空へと駆け上がる俺……じゃなくて、俺の身体。

 聖剣はまず、ゴカイの方から狙うようだ。まあ、ゴカイには電撃で多少はダメージが入っているからね。弱った方から倒すのは戦いの鉄則というものだし。

 頭上から迫るゴカイの頭部に向かって、迎え撃つかのように宙を駆ける俺。ゴカイのあのぐねぐねと蠢く醜悪な口がどんどん近くなってくる。

 そのゴカイの口が、俺を丸飲みにしようとした瞬間。俺の身体はゴカイの頭部横をぎりぎりで駆け抜け、交差の瞬間にその巨大な頭部を斬りつけた。

 柔らかい物を斬り裂く感覚が、聖剣を通して俺の手に伝わってくる。

 頭部を深々と斬り裂かれたゴカイが、激しくその巨体を暴れさせる。よしよし、かなりのダメージが入ったようだ。

 砂浜の上で、苦しげにぐねぐねと蠢く巨大なゴカイ。その姿は……うん、正直、かなりグロい。できれば、そちらを見たくないぐらいに。

 とはいえ、敵から視線を逸らすわけにはいかないので、気持ち悪いのをぐっと我慢して蠢くゴカイを見る。と同時に、もう一体の敵であるエイへの警戒も怠るわけにはいかない。

 あ、あれ?

 エイがどこにいるのかと思い、周囲を見回してみるが……そのエイの姿がどこにもない。

 もしかして、ゴカイと戦っている間に海の中に逃げ込んだのか? いくら巨大なエイとはいえ、海の中に潜られたらさすがに探しようがない。

 暴れ続けているゴカイを警戒しつつ、素早く周囲を見回す。だが、やはりエイの姿は見当たらない。

 まあ、別に絶対に倒さないといけない相手でもないし、逃げたなら逃げたで全く構わないけど……と、そんなことを考えていた時。

 僅かに、足元が揺れた気がした。

 そのことを不審に思うよりも早く、俺の身体が再び上空へと駆け上がる。

 そして、先程まで俺がいた場所が突然割れたように爆発した。

 いや、爆発したわけじゃない。どうやら砂の中に身を潜めていたらしいエイが、足元から俺を襲ったのだ。

 おそらく、俺とゴカイが空中で戦っている間に、砂の中に潜ったのだろう。確かに、あの平たい体は砂にも潜りやすいよな。

 砂中からの奇襲に失敗したエイが、その体のあちこちに生えている棘を上空の俺に向けて撃ち出してくる。

 だけど、そんなものを食らう俺……じゃなかった、聖剣先生ではない。透明な足場を消して、再び地面へと落下して棘の掃射を回避する。

 そして。

 俺の下の砂浜には、いまだにもがいているゴカイがいた。

 上空から落下する勢いを味方にして、下へと向けられた聖剣の切っ先が、そのままゴカイの頭を貫いたのだった。



 おそらく、先程俺たちが上空へと逃げたのは二つの目的があったのだろう。

 一つは、もちろん砂中からの奇襲を回避するため。

 そしてもう一つは、苦しげにもがき続けているゴカイにトドメを刺すため。

 上空に逃げた際、しっかりと計算してゴカイの真上へと移動したのだと思う。さすがは俺の聖剣だ。このちゃっかりさんめ。

 そして、いくら巨体を誇る大ゴカイとはいえ、頭を貫かれては生きていられないようだ。

 しばらくはじったんばったんと砂浜でのたうち回っていたが、その動きもやがて緩慢になっていき、そのうち完全に動かなくなった。

 よし、これで一体撃破だ。残るは巨大エイのみ。

 そのエイはといえば……お、いたいた。

 大体10メートルほど向こうで、何故かエイは身動きせずにじっとしていた。

 ん? どうしたんだ? もしかして、陸に揚がったことで呼吸困難に陥ったとかかな?

 怪獣なみの巨大エイとはいえ、魚類は魚類だろう。となれば、長時間陸で活動できるわけでもあるまい。

 どことなく、力を失ってぐてっとしているっぽいし……これ、本当に呼吸困難でお亡くなりになったんじゃ……?

 ゆっくりとエイに近寄ってみる。もちろん、警戒は緩めないぞ。いつでも攻撃できるように、聖剣をしっかりと構えているし。

 そして、遂に剣の間合いまで近づいた。それでも、エイは動く様子はない。

 俺はそろーっと腕を伸ばし、聖剣の切っ先でつんつんとエイをつついてみる。それでも、やっぱりエイは動かない。

「ん? これって……」

 剣が届く所まで近づいたことで、俺はとあることに気づいた。それは、エイの表皮が妙にしわしわになっていることだ。

 まるで、干物になったかのように、水分を失ってかさかさした感じ。エイだけに、ちょっとだけ美味しそうだなと思ってしまった。

 そんな馬鹿なことを考えている間も、エイの身体はどんどん水分を失ってかさかさになっていく。これ、干物というよりはミイラのような……?

 ちらりと先程倒したゴカイの方を見れば、こちらもいつの間にかしおしおのしわしわになっていた。

 うーん、ここはあくまでも異世界だし、この世界の生物たちは死ぬとこうなるのかもしれないぞ。でも、死ぬと即ミイラみたいになるのは、ちょっと無理があるような……?

 剣を構えたまま、思わず首を傾げる。

 その時だった。ミイラみたいになったゴカイとエイに、更なる変化が現れたのは。



 最初にその変化が現れたのは、先に倒したゴカイの方だった。

 横たわった巨大ゴカイの胴体の一部に、突然ぼこっと穴が空いたのだ。

 直径30センチから40センチほどの大きさの、真っ黒な穴。その穴の向こうには何も見えない。ゴカイの体内らしきものも見えなければ、ゴカイの体の向こう側の景色もだ。

 それに、血液などの体液も、そこから溢れ出す様子がない。いくら死体とはいえ、死んで間もないのだ。生きている時のように勢いよく体液が噴き出すようなことはなくても、少しぐらいは体液が流れ出てもいいはずだ。

 だけど、体液らしきものは全く出てこない。

 あれは……ゴカイの体に空いたあれは、本当に穴なのか……? いや、正確に言えば、「ゴカイの体に空いた穴」なのか?

 そんなことを考えつつエイの方にも目を向ければ、エイの体にもゴカイと同じような穴が空いていた。

 もちろん、こちらも血液などが溢れ出てくる様子はないっぽい。

 嫌な予感をひしひしと感じる。そして、その予感は当たっていた。

 ゴカイとエイの体にぽっかりと空いた黒い穴から、穴と同じく真っ黒なモノがもぞもぞと這い出してきたのだ。

 あ……あれは、何だ……?

 何となく……本当に何の根拠もない全くの直感だが……あの黒いモノが、俺には例の黒い霧と同じモノに思えて仕方がない。

 聖剣を握る両手に汗が溢れ、背中を冷たいものが流れ落ちていく。

 俺はじりじりとゆっくり後退し、二つの黒いモノが同時に視界に収まる地点まで移動する。

 その黒いモノだが、形としては一番似ているのはイモムシだろうか?

 大きさとしては、俺の腕半分ぐらい。大体、30センチぐらいの大きさの真っ黒なイモムシが、ゴカイとエイの体に空いた穴からそれぞれ一体ずつ這い出してきたのだ。

 そして。

 そして、その黒いイモムシは、かりかりと齧り出したんだ。自分が出てきた、ゴカイとエイの体を。




 見る見るうちに、ゴカイとエイの巨大な体がなくなっていく。

 イモムシの体は体長30センチ、その太さは15センチぐらい。とてもじゃないが、あの小さな体にゴカイとエイの巨体が収まりきるはずがない。

 それなのに、ゴカイとエイの体は黒いイモムシに食い尽くされてしまった。

 あ、あのイモムシ……見たままの存在じゃないよな、間違いなく。

 それに……やはり、黒いイモムシは黒い霧と関係があるんじゃないかと俺は思う。

 姿形は違えども、その雰囲気というか気配というか、そんなものが同じに思えるのだ。

 いまだ、俺は全身で冷たい汗を流し続けている。手の中の聖剣もまた、その切っ先をぴたりとイモムシに向けて微動だにしない。それどころか、聖剣がすごく緊張しているのが保持する腕を通してひしひしと伝わってくる。

 聖剣がこんな調子になるなんて、初めてだ。それだけ、あのイモムシが危険な存在だってことなのだろう。

「茂樹さんっ!!」

 背後から香住ちゃんの声が聞こえ、砂を踏むいくつかの足音がする。おそらく、香住ちゃんだけじゃなくイノとアル、そしてロクホプも俺の傍へと近づいているのだろう。

「な、何なんですか、あの黒いイモムシみたいなのは……?」

「俺にも分からない。だけど……あのイモムシは、例の黒い霧と関係していると思う」

 イモムシたちから目を逸らすことなく、俺は香住ちゃんの質問に答えた。

「え? あ、あの黒い霧とですか?」

 あくまでも推測だけど、間違いないだろう。先程「例の声」も聞こえていたし。

 ちなみに、香住ちゃんには「例の声」は聞こえないらしい。それは瑞樹たちの世界で無数の黒い霧と遭遇した後、確認したことだ。

 俺には聞こえる「声」が、香住ちゃんには聞こえないのはなぜだろう?──と、今はそれは置いておこう。

「おい、ロクホプ」

「な、何だ、人間?」

「あの黒いイモムシみたいな生き物……知っているか?」

「い、いや、あのような面妖な生き物は初めて見るな……」

 どうやら、ロクホプもあのイモムシは知らないようだ。

 ちらりとイノとアルを見れば、相変わらず真っ青な顔で震えている。

 だけど、香住ちゃんにしがみつくのはどうかと思うぞ。一応、年下とはいえ男の子なんだからさ。

 それに、今は水着の上にパーカーを羽織っただけの香住ちゃんに、しっかりとしがみつくのは止めて欲しい。切実に。

「し、しかし、ひ弱なはずの人間が砂浜の悪鬼と浅瀬の邪鬼を倒すとは……」

 ロクホプがぶつぶつと何か言っているが、無視しておこう。うん。

 それよりも、今は黒いイモムシを何とかしないと。

 何とかしないといけないって、嫌な予感がしまくりなんだ。

 そのイモムシはというと、今は砂を食べていた。

 宿っていた(?)ゴカイとエイを完全に食べ終えたイモムシたちは今、周囲の砂を食べている。

 それもすごい勢いで、だ。

 イモムシの周囲から、どんどん砂がなくなっていく。いや、砂だけじゃない。砂に混じっている貝殻や石、打ち揚げられた漂着物なども何でもおかまいなしに食べている。

 と、そのイモムシたちが、不意に食べるのを止めた。

 そして、ぐりん、とその頭──らしき部位──を、俺の方へと向けたのだ。

 同時に、またあの声が聞こえる。


──タマゴ、タマゴ

──ミツケタ、ミツケタ

──タマゴ、ミツケタラ……タベル

──タマゴ、タベル


 え、えっと……タマゴってのは、俺の聖剣のことだよな?

 以前に遭遇した黒い霧たちも、そんなことを言っていたし。ってことはなに? あいつらが今まで襲いかかって来た理由って、俺の聖剣を食べるためだったの?

 じっと俺を……いや、聖剣を見つめる黒いイモムシたち。

 そして、そのイモムシたちの声は更に続いていた。


──タマゴ、タマゴ

──タマゴ、ミツケタ

──タマゴ、タマゴ

──タマゴ ミツケタ


















──セカイ ノ タマゴ ミツケタ



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