したくなかった再会




 イノとアルの話を聞くに、ペンギーナ族はこの世界の人間のことを、侮蔑の意味を含めて「くさたみ」、もしくは単純に「くさ」と呼ぶことがあるらしい。

 その理由は、この世界の人間たちが雑草を育てて食べているから、だそうだ。

 いや、育てて食べているのは雑草じゃなくて、野菜だろうと思う。だけど基本肉食……魚しか食べないペンギンからすれば、レタスもキャベツも人参も大根も、全部雑草に思えるのかもしれない。

 そして、その草の民には人権らしきものは一切ないっぽい。ペンギンたちが気まぐれに暴力を振るっても、反抗することさえ許されないぐらいに。もしも逆らおうものなら、その場で殺されることもあるという。

「そんなペンギーナ族を打ち倒すため、俺たち『草の民解放団』は立ち上がったんだ!」

「そうだ! 俺たちでペンギーナル帝国を倒し、草の民の……いや、人間の国を作るんだ!」

 と、威勢のいい声を上げるイノとアル。

 うーん、志は立派だと思うけど、果たして彼らにペンギン帝国……ペンギーナル帝国が倒せるだろうか? そして、その「草の民解放団」とやらは、どれだけの規模の組織なのだろうか?

 組織の規模次第では、本当にペンギーナル帝国を打倒できるかもしれないけどさ。

 そもそも、侮蔑の意味で呼ばれている「草の民」という名称を、組織の名前に含めるのはいかがなものだろう?

「それで、おまえたちはここで何しているんだ?」

「おまえたち、やっぱりペンギーナ族の奴隷なのか? もしかして、ペンギーナ族から何か命令されているとか?」

 立て続けにあれこれと質問してくるイノとアル。ってか、質問したいのはこっちもなんだよね。

「俺たちがここにいるのは、別にペンギーナ族とは関係ないよ。それに、俺たちは奴隷じゃないし」

「え? おまえら、ペンギーナ族の奴隷じゃないの?」

「だったら、どうして人間が立ち入ることのできないここにいるんだよ?」

「そ、そうだよ! イノの言う通りだ! おまえら、見たこともない格好しているし、初めて見るものばかり持っているし……それに、剣だって持っているじゃないか! 人間が剣を持つことは禁じられていることぐらい、おまえらだって知っているだろう!」

 イノとアルが俺たちを見る目が鋭くなる。どうやら、俺たちをペンギーナ族の奴隷というか、手下だと思っているらしい。

 彼らは傍らに放り出していた棒切れを拾い上げ、その先を俺たちへと向けた。

「人間のくせに、ペンギーナ族に従う裏切り者め!」

「お、俺たちが……『草の民解放団』が、おまえら裏切り者をやっつけてやる!」

 あー、うん。こいつら、こっちの話を聞く気、全くないね。




 ぎん、という音がした。

 反射的に音がした方を見ると、イノとアルが目を丸くしている。

 あれ? どうかしたのかな?

 更によく見れば、彼らが持っていた棒切れが、随分と短くなっていた。

 と、ぽとりぽとりと何かが続けて足元に落ちる。今度はそちらへ目を向ければ、落ちたのは斬り飛ばされたと思しき棒切れの先端部分。

 もう一度イノとアルを見れば、彼らはがたがたと震えながら俺を見ていた。

 ん? あれ? どうしたんだ、二人とも?

 この時になって、俺はようやく気づいた。

 どうやら、俺……いや聖剣が、イノたちが持っていた棒切れの先端を斬り飛ばしたらしい。

 あまりの早業──俺自身、自分の身体が動いたことに気づかなかった──に、イノとアルが今更ながらに腰を抜かして座り込む。

「あ、あ………あ…………」

「あばばばばばば……っ!!」

 砂浜に尻を着けたまま、ばたばたと後ろに下がっていく二人。顔色なんて青を通り越して白くなっている。

 いや、あのな? 貫頭衣みたいな服しか着ていないおまえたちが、そんな格好をすると……そのな? 裾の中が丸見えになっちゃうんだよ?

 しかも、この世界の人たちには下着を着ける習慣がないのか、それとも金銭的な問題で下着を着ける余裕さえないのか知らないけれど、こいつらの貫頭衣の下、何も着ていやしない。

 つまり、腰を抜かしてそのままばたばたと後ろに下がると……下半身のアレやコレが全部丸見えになっちゃうわけで。

 香住ちゃんなんか、小さな悲鳴を上げてその場に踞っているし。

 まあ、まだナニも生えそろっていない少年たちなので、そのことには触れないでおいてあげよう。うん。

「もう一度言うが、俺たちはペンギーナ族とは関係ない。分かったか?」

 聖剣を鞘に収めつつ、俺はイノとアルに告げた。告げられた二人は、顔面蒼白なままかくかくと何度も頷いているけど……そんな弱腰で、革命団の団員とか務まるのかね?

 しかし、威嚇とはいえ──威嚇だと思う──、年端もいかない少年たちにここまでするとは。もしかして、聖剣先生は大層ご立腹でいらっしゃる? 理由は俺たちが奴隷と勘違いされたから?

 まあ、聖剣にだってムシの居所が悪い時があるのかもしれないね。



 イノとアルを何とか落ち着かせ、改めて話を聞いてみた。

 いや、聞いてみてびっくりした、が正しいかもしれない。

「え?」

「は?」

 俺と香住ちゃんが、そろってぽかんとする。

 だって、仕方ないって。イノたちの話を聞いたら、誰だって俺たちと同じ思いをすると思う。

「だから、『草の民解放団』は、俺とアルの二人きり……なんです」

 二人きりって……『草の民解放団』って、革命団とかいったレベルじゃなくて、単なる子供の遊びレベルってこと?

「だ、だけど、ペンギーナル帝国をいつか打ち倒すって思いは本当です!」

「そ、そうです! オイラたちは……確かにまだ二人だけど、いつかもっともっと『草の民解放団』を大きくして、絶対にペンギーナル帝国を倒すつもりなんです!」

 なぜか自発的に俺たちの前で正座したイルとアルが、必死に熱弁を振るう。

 だけど、正座したまま熱弁を振るっても、迫力も説得力もないぞ。

「このせか……じゃない、君たちにも集落ぐらいはあるだろう? その集落では、ペンギーナ族に抗おうって大人はいないのか?」

「き、聞いた話では以前にいたそうですけど……その人たちは、ペンギーナ族に殺されたって……」

「集落の大人たちは、ペンギーナ族に怯えきっちゃっているんです! だ、だから、オイラたちが……」

 なるほど。これまでに、ペンギーナ族の支配から抜け出そうとした人たちは、いたことはいたようだ。まあ、それも当然だろう。

 でも、そんな歴代の反抗勢力は、ことごとくペンギーナ族に潰されてきたのだと思う。

 そんなことを繰り返していけば、やがて人間たちからはペンギーナ族に抗おうって気力が徐々になくなっていく。そして、今に至っては完全に支配されているってわけだ。

「そ、そもそも、俺たち人間とペンギーナ族では、種族的にもペンギーナ族の方が強いから……」

 うーん、そんなに強かったかな、あのペンギンって。

 以前に出会ったペンギン騎士は、帝国の中でも最強の一角とか言っていた気がするけど……正直、そんなに強いとは思えなかった。なんせ、聖剣の力を使わない俺でも、ペンギン騎士の剣を躱せたぐらいだし。

 もしかして、世界が違うことで重力にも差が生じ、人体を構成する筋力や骨格が根本的に違うとか……そんな設定の古いSF小説がなかったっけ?

 もちろん、具体的な理由は分からないけど、異世界人である俺たちと、ペンギーナ族を含めたこの世界の人々では、何かが決定的に違うのかもしれない。



「それで? 君たちがここにいる理由はなんだ? ここは人間が立ち入ってはいけない場所なんだろう?」

 この海岸は……いや、全ての海岸そのものがペンギーナ族固有の領土らしい。そして、海岸に人間が近づくことは許されていない。

 どうしてそんなことになっているのか、理由までは分からない。ひょっとすると、人間に魚を獲らせないためかもね。

 ペンギーナ族にとって、魚は主食だ。その主食を彼らが言うところの「下等な」人間に獲られることは、絶対に許せないのかもしれない。

 あのペンギン騎士を見る限りだと、結構傲慢そうだったしね、ペンギーナ族。まあ、あのペンギン騎士が特別なのかもしれないけど、イノたちの話を聞くにあいつだけが特別ってわけではなさそうだ。

「そ、それが……」

「じ、実は、ペンギーナ族の中でも特に高名な騎士がここに来るという噂を聞いたんで……そ、それでオイラたち、その騎士を倒してやろうと……」

 いや、それは無茶だろ? 騎士を相手に、そんな枯れ枝みたいな棒切れで戦いを挑もうなんて。

 ん?

 あれ?

 ペンギーナ族の中でも、特に高名な騎士?

 何となく、記憶にひっかかるものがあるような……。

 ふと隣を見れば、香住ちゃんも何か言いたそうにしている。

「茂樹さん、もしかして、その騎士って……」

「あ、やっぱり香住ちゃんもそう思う?」

 思わず無言で見つめ合う俺と香住ちゃん。どうやら、同じことに思い至ったようだ。

 そして、その時だった。どこかで聞き覚えのある声がしたのは。

「貴様ら! 卑しい草どもがどうしてここにいるっ!? ここは我ら栄えあるペンギーナ族だけが立ち入ることができる、神聖なる海岸だぞっ!!」

 思わずそちらを見れば、そこにいたのはもちろん眉毛のような黄色の飾り羽が特徴的な「ヤツ」だ。

 150センチほどの身長の巨大なイワトビペンギン。

「このペンギーナル帝国騎士、ロクホプ・ペンペー様が、貴様ら下等種たる人間をこの場で断罪してくれよう」

 そうそう、確かそんな名前だったな。

 だけど、今回は前回とはちょっと違うところもある。

 それは、前回はロクホプが一体── 一人と数えるべきか? ──だけだったのに対し、今回は取り巻きがいることだ。

 見た目はフンボルトペンギンによく似たペンギーナ族が、六人ほどロクホプの周囲にいる。とはいえ、身長はロクホプよりも低く、140センチ弱ほどか。

 更には、ロクホプが乗っている生物……騎士と名乗るだけあって、騎乗しているのはまあ分かるけど……なぜにその生物がヤドカリなのだろう?

 軽自動車ぐらいの大きさのヤドカリに、ロクホプは乗っているのだ。

「巨大なヤドカリに乗るペンギン……ある意味、ファンシーな光景ですね」

 と、香住ちゃんが呟いた。確かに、ファンシーではあるな。

「下等な草の民どもめが! 無断で海に近づいた罰、その身で受けるがいい!」

 ヤドカリに乗ったロクホプが、腰の剣を抜いた。同時に、取り巻きらしきフンボルトペンギンたちもまた、それぞれ抜刀する。

 さて、この状況、どうしようか。とりあえず、あの騎士を倒そうとしていたイノとアルに聞いてみよう。

「なあ、二人とも。狙っていた騎士が現れたけど……予定通り戦いを挑む?」

「む、無理です……っ!! や、やっぱり騎士様は恐いです……っ!!」

「そ、それに、従士もあんなにたくさんいるし……」

 再び腰を抜かし、がたがたと震える二人。

 そんな二人に溜め息を吐きつつ、俺はロクホプへと視線を戻した。

 とりあえず、話しかけてみようか。まずは何事も平和的なアプローチからだからね。

 まあ、話かけても無駄な気がしなくもないけどさ。




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