秘薬



【ま、間違いない……っ!! こ、これはバルババンに間違いない……っ!!】

 興奮が抑えきれない、って感じの学者さん。

 いや、興奮しているのは学者さんだけじゃない。俺もまた、心臓がすっげえどきどきしている。

 だって、香住ちゃんが取り出した透明な石。あれって──。

「これ、昨日行った森林世界で、ボンさんからもらったんです。剣道を教えてもらうお礼にって」

 ああ、やっぱり、この石はボンさんからもらったものだったか!

 かく言う俺もまた、以前にボンさんから同じ石をもらっているしね。その石、今も俺の部屋に飾ってあります。

「以前に茂樹さんに同じ石をあげたら、茂樹さんが喜んで受け取ってくれたからって、ボンさんは私にも同じ石をくれたんです」

 どうやら香住ちゃん、ボンさんからもらった石をジャケットのポケットに入れたままにしていたらしい。ポケットから取り出すのを、すっかり忘れていたとか。

 まあ、何にしろ結果オーライってやつじゃね?

「それで、この石……えっと、バルババンでしたっけ? これで、ジョバルガンの病気が治るんですか?」

【ああ、治るとも! ジョバルガンだけじゃなく、同じ病に苦しむ同胞たちもまた、救うことができるだろう!】

 香住ちゃんが取り出した透明な石──こっちの世界でいうところのバルババンは、5センチぐらいの大きさである。だが、これだけの大きさのバルババンは、この地底世界ではまず見つからないぐらいの大きさらしい。

 こっちで見つかるバルババンは、大きくても1センチに満たないぐらいだ、と学者さんが説明してくれた。

 学者さんが興奮しているのは、バルババンが見つかったというだけではなく、これだけ大きなバルババンは前代未聞だったから、ってのもあるみたいだね。

【これだけ大きなバルババンであれば、ガスガガトンに苦しむ同胞たち全てに、特効薬であるヘキキキンスを届けることができる! カスミ殿と言ったな? 是非、このバルババンを譲ってくれないかっ!? もちろん、私に……いや、我らグルググにできることであれば、どんな形であろうとも謝礼をしよう! 是非……是非、病に苦しむ我が同胞のためにっ!!】

【カスミ。私からもお願いする。我らを助けるため、このバルババンを譲ってもらえないだろうか?】

 ジョバルガンと学者さんが、並んで触角をぺたっと地面に触れさせた。

 きっと、あれって俺たちでいうところの「土下座」に相当するんだと思う。

「もちろん、この石はグルググさんたちにお譲りします。でも、謝礼とかはいいですからね」

 にっこりと微笑みながら、香住ちゃんが彼らの願いを快諾する。うん、さすがは香住ちゃんだ。

 でも正直なところ、このボンさんからもらった石、俺たちにはほとんど無価値だからね。ただ、ボンさんの気持ちが篭もっているから、大切ってだけで。

 だけど、これで病に苦しむグルググたちを救えるというなら、きっとボンさんも喜んで使ってくれと言うと思う。

 何なら、明日またこの世界に来ようか? もちろん、俺がもらったボンさんの石を持ってね。



 バルババン発見! しかも、これまで見たこともないほどの大きさ!

 というニュースは、瞬く間に地底都市テラルルル中に広まった。

 当然、このテラルルルの女王支配者である、ズムズムズさんの耳にも、そのニュースは入ることになる。

 香住ちゃんが学者さんにバルババンを譲った一時間後には、ズムズムズさんの使者が俺たちの所を訪れ、ズムズムズさんが俺と香住ちゃんを王宮に招いていると告げられた。

 いやー、情報伝達が早いな。たった一時間で、女王様の耳にもう届いたんだ。

 それだけ、グルググたちが社会性を重視しているということなのだろうね。

 もちろん、俺と香住ちゃんにズムズムズさんからの招待を断る理由はなく、使者さんと一緒に王宮を訪れることにした。

 ちなみに、ジョバルガンは例のガスガガトンという病気治療のため、他の患者が集められているエリアへと向かった。そこで、他の患者たちと一緒に、ヘキキキンスという特効薬を投薬されるのだろう。

 しかし、「ヘキキキンス」とか「ガスガガトン」とか、何とも発音しにくいよね。

 グルググたちは光の点滅で「会話」しているからそれほど苦にもならないだろうが、俺たちにはこれが結構難しい。何度も舌を噛みそうになったのは、ここだけの秘密だ。

 それはともかく、俺と香住ちゃんは王宮へとやって来た。

 俺は前に来たことがあるけど、香住ちゃんは初めてということでちょっと緊張しているっぽい。

「グルググたちは、それほど身分についてうるさく言わないから、緊張しなくても大丈夫だよ?」

「そ、そう言われても……あ、相手はこの都市の女王様なんですよ? 緊張するなって方が無理です……っ!!」

「大丈夫だよ。ズムズムズさんは気さくな方だから。それに、王族ということなら、以前にミレーニアさんにも会っているじゃない?」

「そ、それとこれとはまた別ですよぉ」

 王宮の通路を歩きながら、俺と香住ちゃんは小声で会話する。

 もちろん、歩いているのは俺たちだけじゃない。俺たちを呼びに来た使者さんが、先導役を務めてくれている。

 俺たちの会話は当然聞こえているのだろうが、グルググたちには単なる「音」でしかないからか、特に咎められることもなかった。

 それとも、これぐらいの会話なら別に問題にならないのかも。先程も言ったけど、グルググたちは礼儀作法にはそれほど拘らないみたいだしね。

 グルググの社会は、言ってみればズムズムズさんを頂点にした、一つの「家族」だからだろうか。それゆえに、礼儀作法にはうるさくないのかも。

 もっとも、仮にグルググたちに礼儀作法を重視する習慣があったのなら、礼儀はともかく作法の方はちょっと困ったことになっただろう。

 なんせ、人間とグルググとでは体の構造が大きく違うので、グルググの作法を真似ろと言われても無理なことも多いと思う。

 さて、それよりも、だ。

 俺たちの前に、巨大な扉が現れた。グルググたちの建築物には、基本的に扉というものがない。でも、さすがにここだけは違った。なんせ、この扉の向こうはいわゆる「謁見の間」だからね。

 巨大な両開きの扉が開いていく。そして、その向こうには以前見たのと同じ光景が広がっていた。

【久しいな、シゲキよ。そして……改めて感謝する、シゲキの同族の方よ。君のおかげで、病に苦しむ我らが同胞たちは救われるであろう】

 広い「謁見の間」には、数多くのグルググたちが集まっていた。そして、「謁見の間」の最奥には、一際大きな体をした二体のグルググに挟まれる格好で、ちょっと白っぽい外殻のグルググがいる。あの人こそ、この地底都市テラルルルの支配者である〈頭〉にして、この街に暮らす全てのグルググの母ともいうべき存在である、ズムズムズさんだ。

【我らはまた、シゲキに助けられたことになるな。これは再び、君にジョバルを授けなくてはならないだろう】

 ズムズムズさんがそう言うと、周囲にいたグルググたちが一斉に触手をぴこぴこと光らせた。

【一人で二つ以上のジョバルを授かるとは……】

【こ、これは歴史的な偉業であるな!】

【しかも、その偉業を成し遂げたのが異世界からの客人とは……いやはや、何とも興味深い!】

 どうやら、複数のジョバルを授かるってことは、彼らの歴史の中ではこれまでになかったことらしい。

 それぐらい、ジョバルを授かるってこと自体が極めて珍しく、また、名誉ってことなんだね。

 でも、今回は俺の手柄じゃないから。

「ズムズムズさん。そのジョバルは俺ではなく、こちらの女性にお渡し願えますか?」

【うむ、そうだったな。今回、バルババンをもたらせてくれたのは、そちらの者であったか。では、今回のジョバルはそちらの……確か、カスミという名であったかな? カスミに授けることとしよう】

 ズムズムズさんがそう宣言すると、再びグルググたちが触手を光らせた。

「あ、あの……茂樹さん? 先程から皆さんが言っている、ジョバルって何ですか?」

「ジョバルっていうのは、いわゆる勲章のことだよ。ただ、ジョバルを授かるってことは、この世界ではとても名誉なことらしいんだ。ジョバルガンなんて、ジョバルを授かったからそれまでの名前を捨てて『ジョバルガン』って名前に改名したほどらしいよ」

「そ、そんな大層なもの、私がもらってもいいんでしょうか……?」

「うん、今回は間違いなく香住ちゃんのお手柄だからね。遠慮なくもらうといいよ。ちなみに、俺も以前にもらったし」

 俺と香住ちゃんの会話を、ズムズムズさんを始めとしたグルググたちが、興味深そうに見つめていた。

【シゲキ、君たちはそうやって身体から音を発することによって、同族と意思の伝達をするのかね? ふむ、はやり君たちは何とも興味深い生き物よな】

 ズムズムズさんがそんなことを言い出した。

 ああ、そうか。以前は俺一人だけだったから、特に気にならなかったのだろう。

 以前この世界に来た時、俺としては普通に声に出して話していたのだが、同時に聖剣の柄頭が光って「通訳」してくれていた。

 だけど、さすがに俺と香住ちゃんの会話までは聖剣も「通訳」しない。グルググたちから見れば、俺たちは身体から音を発してコミュニケーションを取っているように見えるようだ。

 おそらくだけど、俺たちをここまで案内してくれた使者さんも、ズムズムズさんと同じようなことを胸中で思っていたのだろう。さすがに女王様の使者を務めるだけあって、余計なことは口にしなかったに違いない。

 って、グルググたちは最初から「口」にはしないか。



 その後、一時間ほどで準備は整った。

 準備というのは、もちろん香住ちゃんへのジョバルの授与式のことである。

 もっとも、グルググたちは形式に拘ったりしないので、主な準備は授けるジョバル本体の用意である。

 手の平サイズの素材不明のプレート──金属っぽいけど、どんな金属か全く不明──に、びっしりと文字か模様のようなものが刻まれている。

 俺が授かった時もそうだったけど、これはグルググたちの文字であり、今回の香住ちゃんの功績が記されている。

【我が授ける、三つ目のジョバルだ。受け取ってもらえるか?】

「はい。喜んでお受けいたします」

 香住ちゃんがズムズムズさんから──正確には、彼女の傍に控えている側近から──、ジョバルを受け取る。

 その瞬間、「謁見の間」は眩しいほどの光の洪水に飲み込まれた。

 もちろん、グルググたちの触手が発する光である。

 その眩しいほどの光の中、俺は一人拍手していた。当然ながら、グルググたちには拍手をするという風習はない。だから、俺は一人拍手をすることで、香住ちゃんを称えたのだ。

【シゲキと同じく、カスミもジョバルを授かったのだな】

 不意に俺に近づいてきた一体のグルググが、触手をゆっくりと回しながらそう言った。

 あ、あれ?

「じょ、ジョバルガン? 病気の方はもういいのか?」

 そう。俺の傍に来たのは、まぎれもなくジョバルガンだった。外殻に刻まれたあの傷、見間違うわけがない。それに、外殻の色も以前に見たような色に戻っている。

【カスミがもたらしてくれたバルババンで、数多くのヘキキキンスを作ることができた。その結果、私を含めたガスガガトンに苦しんでいた多くの同胞が救われたのだ。カスミはまさに我らの救世主だ】

 うんうん、香住ちゃんが誉められると、まるで我がことのように嬉しい。

 しかし、異世界で手に入れた物が別の世界で役に立つとか、グルググじゃないけど興味深いよね。

 今後、他にも異世界の物が別の世界で有用だ、なんてことがあるかもしれない。これからは、どこでどんな物を手に入れたのか、しっかりとチェックしておこう。



 こうして、二回目の地底世界への来訪は、実に平和的に終わった。

 病気に苦しんでいた数多くのグルググたちも救えたし、香住ちゃんもテラルルルで客人として認められたし、いいことずくめだった。

 あ。

 そういや、今回は例の敵らしき連中、姿を見せなかったな。

 さすがに、そうそう毎回毎回襲われるのもアレなので、時にはこんな穏やかな異世界行があってもいいと思う。

 さて、夏休みもまだまだ残っているし、次はどの世界へ行こうかな?



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