地底世界の歴史と難病




【この地底世界は、小さな空洞と巨大な塔から始まった、と言われている。地底世界の祖とも言うべき空洞と、その空洞を支える塔だな。その小さな空洞と塔を中心に、我々グルググは少しずつ地下の世界を広げ、今に至るのだ。そして、その塔は今もどこかに存在し、地底世界を支える柱の役目を果たしていると伝わっておるな】

 漆黒の外殻を持ったグルググが、その触手をゆっくりと上下に振りながら「語る」。

 彼は、ズムズムズさんが治める一族の中の歴史学者のような、もしくは語り部のような存在らしい。

 永く続く一族の歴史を、石板に刻みつつ自分自身でもその内容を記憶していく。そして、いつしか自身の後継者が現れた時、先達より受け継いできた歴史を刻んだ石板と、自身の記憶を伝えるのだそうだ。

 もちろん、俺と香住ちゃんがこの学者さんの家を訪れ、そして話を聞いているのはジョバルガンが彼を紹介してくれたからだ。

 学者さんも以前の俺の活躍を聞き及んでいたらしく、喜んでこの世界の歴史を教えてくれた。

 しかし、地底世界を支える柱となった塔か。何か、すごく興味をそそられるな。

 きっと、その塔の中はダンジョンになっていて、最上階にはとんでもない財宝が眠っていたりするんだな。

 ……まあ、俺の勝手な想像だけどさ。

 おっと、いけない。俺が変なことを考えている間も、学者さんの話は続いているんだった。

【────して、その始まりの塔はこう呼ばれておる。「ガリアンの塔」……と】

 「ガリアンの塔」ねぇ。うーん、何となく、「ガリアン」と「カーリオン」って似ているような、似ていないような……似ていると思えば、なんでも似ているように感じてしまうのかもしれない。

 しかも、この世界でも「世界の始まり」に由来する何かが、俺の聖剣とよく似た名前なのは、偶然とは思えない。

 「始創の剣」、「世界樹」、そして「世界を支える塔」……こうしてみると、ミレーニアさんのいる世界だけ、ちょっと毛色が違うっぽいよね。

 あの世界では、俺の聖剣と同じ名前の剣の伝承が残されていて、国の興りにこそ関係するものの、世界そのものには関わりがないみたいだし……やっぱり、ミレーニアさんの世界の伝承と、他の世界の伝承は違うものなのだろうか?

 しかし話は変わるけど、どの世界でも「世界の始まり」の伝説はあるものなんだね。

 俺たちの世界だって、それぞれの宗教で「世界の始まり」に触れているものは多いし。特にキリスト教の「天地創造」は、誰でも一度くらいは耳にしたことがあると思う。

【ところで、ジョバルガンよ。このように出歩いて、体の方は大丈夫なのかね?】

 ん? どういう意味だ? ジョバルガンって、脱皮直後だからちょっと体調が悪いんじゃないの?



「…………え?」

 思わず、白っぽくなったジョバルガンの外殻をまじまじと見つめてしまった。

 ちらりと横目で香住ちゃんの様子を見れば、彼女もまた両手で口元を押さえつつ、俺と同じようにジョバルガンを見ている。

「…………びょ、病気……?」

【左様。ジョバルガンは、ガスガガトンという病に侵されておる。聞かされておらんのか?】

 学者のグルググが、ぴこぴこと触覚を揺らしながら俺たちとジョバルガンを何度も見比べた。

【ジョバルガン。友に嘘を言うのは感心しないぞ】

【……すまん、シゲキ。君を心配させたくなかったのだ……】

 学者さんにそう言われ、ジョバルガンの触角が力なくへんにょりと項垂れた。

 ここ十日ほど前に、ジョバルガンは自分の体の異変に気づいたそうだ。

 外殻が白っぽく変化し、体の自由が徐々に利かなくなっていく。しかも、このガスガガトンという病は、俺たちでいうところの癌に相当するぐらい命に関わるような重篤な病気だそうだ。

「そ、それで、その病気の治療方法は……? な、何かあるんだよな……?」

 グルググたちの知能は、俺たち人間よりも高いぐらいだ。だったら、癌に相当するような難病でも、その治療方法ぐらい見つけていても不思議じゃない。

 俺は僅かでも希望を見出そうと、思わずジョバルガンに詰め寄った。

【……無論、この病にもヘキキキンスと呼ばれる特効薬が存在する。だが……その薬の原材料は極めて稀少で、このテラルルルでも今は備蓄がないぐらいなのだ……】

 聞けば、現在この地底都市テラルルルでは、ガスガガトンが流行の兆しを見せているらしい。

 癌に相当するような病気と言っても、その性質まで癌と同じではないみたいだ。癌と違って流行するみたいだし。

 でも、流行するってことは感染するってことだよね? だったら、まずは感染源を何とかするべきじゃ?

 そのことを尋ねれば、既に感染源は明らかとのこと。しかもそれは、俺にも深く関わる感染源だった。

「え? グッタングの体液……?」

【前回の戦いの際、ガスガガトンの病原菌を媒介した個体がいたようなのだ。これまで、グッタングがガスガガトンの病原菌を運んだという記録はないため、油断していたのだよ】

 何でも、ガスガガトンという病気を発症しているのが、前回のグッタングと戦った戦士たちに限られているそうだ。そこから、グッタングがその病原菌を持ち込んだのでは、と考えられているらしい。

 なお、そのガスガガトンという病気は、初期症状では外殻が白っぽく変化し、体がちょっと痺れるような自覚症状があるそうだ。

 そして、白っぽくなった外殻が、徐々に濁った緑色を帯びていくという。外殻が緑っぽく変化したら、他のグルググたちにも感染するようになるらしく、感染したグルググたちは一定のエリアに集められ、そこから出られなくなるらしい。

 ただ、初期症状で治まる場合もあるらしく、この時期には他者に感染することもないそうだ。だから、ジョバルガンも隔離エリアに収容されることなく、自宅にいることができたわけだ。

 初期症状を過ぎて、外殻が緑っぽく変化し出したら、もう自然治癒は望めない。後はゆっくりと身体機能が衰えていき、やがては死に至る。ガスガガトンとはそんな恐ろしい病気なのだという。

 と、ここまで話を聞いて、俺は自分が心配になった。なんせ俺もグッタングとの戦いの場にいたし、何体ものグッタングを聖剣で斬り伏せたし……ま、まあ、人間には感染しない病気なのかもしれないしね。

 後で、念のためにエリクサーを飲んでおこう……って、エリクサーがあるじゃん!

「し、茂樹さん! エリクサーって、ジョバルガンさんの病気に効くかも!」

 どうやら、香住ちゃんも俺と同じことを思いついたらしい。

 俺は慌てて背負っていたリュックの中から、透明な液体が入ったペットボトルを取り出した。



 結論から言えば。

 エリクサーは効果ありませんでした。

 エルフ印のエリクサーも病には効果がないのか、それともグルググが俺たちとは生物として違いすぎるためその効果が及ばないのか……理由は不明だが、俺が持っていたペットボトル一本分のエリクサーをジョバルガンに飲んでもらったのだが、外殻の色に変化は見られなかった。

 もしかして量が足りない? だったら、香住ちゃんの分も……と思って香住ちゃんからエリクサーの入ったペットボトルを受け取ったところで、ジョバルガンが待ったをかけた。

【君たちの気持ちはとても嬉しい。だが、その薬は君たちにとっても貴重なものだろう? だったら、私はそれを受け取るわけにはいかない】

 触手をゆっくりと上下に振りながら、ジョバルガンが言う。

「確かにこれは俺たちにとっても大切な薬だよ。だけど、これでジョバルガンの病気が治るのなら、使い果たしても惜しくはないさ。それに、元の世界に戻ればまだストックはあるし……」

 そう言う俺の隣で、香住ちゃんも必死に頷いている。だけど、心のどこかではジョバルガンの病気にエリクサーは効果がないことを認めていた。

 これまで、エリクサーは瞬く間にその効果を発揮した。だが、今回ジョバルガンの外殻に変化は全く見られない。

 やはり、このガスガガトンという病気に、エリクサーは無力なのだろう。

「で、では、その何とかいう特効薬の原料は……どのようなものなんですか?」

 ヘキキキンスとかいうガスガガトンの特効薬。だけど、その原材料が不足しているという。だったら、俺がその原材料を探し出す……のは無理かもしれないけど、それでもそれがどのような物なのかぐらいは知りたい。

 ジョバルガンのため、そして彼と同じ病を発症したグルググたちのため、俺にできることなら何でもする所存である。

【うむ……ヘキキキンスの原料は、バルババンと呼ばれる鉱物なのだが……確か、我が家にもバルババンに関する資料があったはずだ】

 学者さんが、壁に設置された書棚を物色する。書棚とは言っても、この世界には俺たちに馴染みのあるような書物はなく、代わりにあるのは石板だけど。

 しばらく書棚の前をうろうろしていた学者さんが、とある石板を持って俺たちの所へと戻って来た。

【これだ、これだ。ここにバルババンに関することが記されているぞ】

 そう言いつつ、学者さんが俺に石板を差し出した。

 う、うん……石板に彫り込まれた文字、読めないんだよね。会話こそ聖剣が翻訳してくれるけど、さすがに文字までは翻訳してくれないのだ。

「ん?」

 文字が読めないことに困りつつ、それでも石板を眺めていると。

 そこに、何かのイラストらしき図が彫り込まれていることに気づいた。おそらく、これがバルババンという鉱物なのだろう。

 もちろん、石板に刻まれたものだから色なんてない。だけど……だけど、俺はそのイラストが妙にひっかかった。

 どこかで……そう、どこかでこんな鉱物を見たことがあるような……。

「あ!」

 俺と一緒に石板を覗いていた香住ちゃんが、突然声を上げた。

「も、もしかして……これのことじゃ……」

 そう言いつつ、香住ちゃんが《銀の弾丸》特製のジャケットのポケットから、掌にすっぽりと収まるほどの透明な石を取り出した。

 あ、あれ? この石って確か…………。

【そ、それは……!】

【ま、まさか……も、もっとよく見せてくれ!】

 ジョバルガンが触手をぴんと横に広げ、香住ちゃんが取り出した透明な石を、学者さんはひったくるようにして奪い、じっくりとその石を観察する。

 そして。

【ま、間違いない……っ!! こ、これは……これは、間違いなくバルババンだ……っ!!】

 学者さんの触手が、まるで万歳をするように上へと振り上げられた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る