収穫少なく




 聖剣の敵と思しき影に襲われた公園から、俺たちは瑞樹の部屋へと戻ってきた。

 途中、誰かに見られるのではないかと心中穏やかではなかったよ。なぜなら、俺たちが戦った影響で、戦場となった公園が大変なことになってしまったからだ。

 主に、聖剣が放った雷が原因で。そりゃあ、あれだけ派手に電撃をぶっ放せば、周囲に影響が出るってものだよね。

 音こそ何らかの理由──遮音結界的な何かだと思われる──で周囲に響かなかったものの、ばちばちどかーんとかなり派手に雷光が走りまくったのだ。

 公園の片隅にあった僅かな遊具たちは、そのほとんどが壊れてしまった。

 鉄棒がねじ曲がっていたり、滑り台が半分ほど吹き飛んでいたり……一体、ここで何があったんだと、絶対に問題になるだろう。

 だから、俺たちは可及的速やかに移動中なのである。幸い、移動途中で誰かに遭遇することはなかった。いやー、良かった、良かった。

 公園を管理している方々、そして近隣住民の皆さん、本当にごめんなさい。

 本当なら何らかの責任を負うべきなんだろうが、いかんせん、公園を破壊した理由と手段を説明することができない。

 謎の黒い影に襲われたので、不思議な聖剣で雷を放って撃退しました。

 って、誰が信じると思う? いくらこの世界に〈鬼〉がいるとしても、そんな話を信じる者はまずいないだろう。

 下手すると幻覚を見るようなヤバいクスリを集団でやっていたのでは、と疑われかねない。

 てなわけで、俺たちはすたこらさっさと公園から逃げ出したのだ。

 本当、スミマセンっした!



 何とか無事に瑞樹の部屋まで辿り着き、安堵の息を吐き出した。

「な……何とかここまで帰って来られたな……」

 瑞樹が淹れてくれたコーヒーを全員で飲みつつ、俺たちはぐったりとしていた。

「でも、よく誰にも見つかりませんでしたよね……」

 半分以上呆れているっぽい表情でそう言うのは、こっちの世界のかすみちゃんだ。

「もしかして、何らかの認識障害っぽいものでも働いていたのでは……?」

 かすみちゃんの言葉に頷きつつも、そんな疑問を述べるのは俺の世界の香住ちゃん──もとい、香住ちゃんだ。

 ここ、重要! いや、最重要!

 それはともかく、香住ちゃんの言うこともあながち間違っていないのではないだろうか。

 その認識障害っぽい何かを行なっていたのが、あの影なのか、それとも俺の聖剣なのかは分からないけど。

「でも、あれだけの影に囲まれて、私達よく無事だったわよね……」

 影たちに囲まれた時の光景を思い出したのか、瑞樹が自分の肩を掴むようにしてぶるりと震えた。

 確かに、俺もあの時はかなり恐かったからなぁ。瑞樹も相当恐い思いをしたに違いない。

「でも、あの数を殲滅しちゃった茂樹さんたちも、相当アレですよねぇ」

「確かに。私はあなたたちが本当に雷神じゃないかって思えたもの」

 いや、だからね、瑞樹にかすみちゃん。俺と香住ちゃんは、本当にただの人間ですよ?

 ただ、この聖剣が普通じゃないだけだってば。

「実のところ、それほど無事でもないんですよねぇ……」

 そう言いながら、香住ちゃんは自分の身体を見ていた。

 あの影の攻撃を、全て躱したり防いだりすることはさすがに無理だった。よって、俺も香住ちゃんも掠り傷程度の負傷はしているのだ。

 ついでに、今俺たちが着ている衣服も相当傷ついていた。夏場ということもあって、俺たちは皆薄着だったからね。

 香住ちゃんが着ている淡いグリーンのTシャツなど、所々が裂けてその下の肌が覗いていたりする。

 正直、目のやり場に困るほどだ。

「とにかく、まずは二人の傷の手当てをしないとね」

 そう言いながら瑞樹は立ち上がる。おそらく、救急箱を取りに行くつもりだろう。だけど、その必要はない。

「待ってくれ、瑞樹。傷の手当てには普通の薬ではなく、俺たちが持っているエリクサーを使うから」

「え、エリクサー? そ、そんな物まで持っているの?」

「エリクサーですかっ!? 見せてくださいっ!!」

 呆れている様子の瑞樹はともかく、かすみちゃんの食いつきが凄い。

 さすが、住んでいる世界は違っても、香住ちゃんと同じ人物なんだね。



 香住ちゃん、俺の順番で浴室を借り、エリクサーを使って傷の手当てを行なう。

 とはいえ、今回はペットボトルの中身を全部使うこともない。傷口にちょろっとエリクサーをかければそれで大丈夫だろう。多分。

 浴室を借りたのはもちろん、瑞樹たちの前で服を脱ぐわけにもいかないからだ。

 まあ、俺なら瑞樹やかすみちゃんの前で上半身ぐらいなら脱いでも平気だが、香住ちゃんは俺の前で服を脱ぐわけにはいかないしね。

 また香住ちゃんは、結構傷ついてしまったTシャツの代わりに、瑞樹から服を借りていた。

 俺は傷ついた服のままでも大丈夫だ。俺たちの世界へ戻っても、いつも通り俺の部屋に戻るだろうから。でも、そこから更に自宅へ帰らなければならない香住ちゃんは、傷だらけの服で町を歩くわけにもいかないだろう。

 実はここだけの話、香住ちゃんには俺の服を貸そうと思っていたのだが、その目論見はあえなく潰されてしまった。残念。

「ありがとうございます、瑞樹さん。この服は、次にこっちに来る時に返しますね」

「気にしないで。それ、安物だから別に返さなくてもいいくらいよ」

 そうだ、そうだ。俺の秘かな目論見を潰してくれた瑞樹の服など、返さなくてもいいからね。って、服に八つ当たりしても仕方ないか。

「それで、図書館では聖剣に関する手掛かりはあったの?」

 瑞樹に尋ねられ、俺とかすみちゃんは思わず互いに見つめ合う。

 確かに、図書館には俺の聖剣に似た剣の伝説があった。でも、あれは俺の聖剣とは違うと思うんだ。

 それでも一応、俺は図書館で見つけたとある神話について、瑞樹と香住ちゃんに説明する。

「……ふぅん、世界の中心に突き立つ『そうの剣』ねぇ……初めて聞いたわね、そんな神話は」

「でも、その本に書かれていた『始創の剣』は、雷を放って〈鬼〉を滅したって書かれていましたよね? それって今日の茂樹さんたちと同じでは……?」

 確かに、今日の戦闘で俺の聖剣は雷を放って影を倒した。

 でも、影と〈鬼〉って全くの別物だよね? だったら、やはり俺の聖剣とは違うと思うけどな。

 そもそも、「始創の剣」は世界の中心に突き立っているんだろ? だったら、どうやって〈鬼〉を滅っすることができたのか?

 「始創の剣」が突き立っている場所に〈鬼〉が現れたので、剣が雷を放って〈鬼〉を倒したのかな?

 まあ、神話なんてそんなものと言えばそんなものだし、あまり深く考えることもないだろう。



 その後、俺たちの会話の内容は、いつしかそれぞれの世界のことへと移っていった。

 二つの「日本」の違いや共通点、双方の生活や家族のこと……俺と瑞樹、香住ちゃんとかすみちゃんは、やはり共通する点が多かった。

 そりゃそうだ。だって、お互い同じ「存在」なのだから。

 気づけば、初対面の時はぎすぎすしていた二人の「香住」ちゃんたちは、随分と仲良くなっていた。端から見ると、まるで双子の姉妹のようである。

 何となくだけど……心当たりならあるかな? やっぱり、俺がかすみちゃんに対してはっきりとした「態度」を示したからではないだろうか。

 うーん……それはちょっと自惚れが過ぎるかも? まあ、何はともあれ、仲良くするに越したことはないよね。

 しかし、当初の目的である、聖剣についての手掛かりはほとんどなかったな。あえて言うなら、あの影……聖剣にとっての「敵」をはっきりと認識できたことぐらいか。

 そう言えば、あの影は聖剣のことを「タマゴ」とか言っていたよな。あれも謎だ。

 何か、手掛かりを求めて来てみれば、逆に謎が増えた気分だよ。

 俺がこれまでに行ったことがあり、そしてまだ再訪していない世界と言えば、巨大ダンゴムシ……じゃない、グルググたちのいる地底世界と、ペンギン騎士がいた海洋世界の二つだ。

 この際だから、どちらの世界にも一度は行ってみて、聖剣に関する手掛かりを探してみよう。

 でも、地底世界はグルググたちとは良好な関係を結べているからいいとしても、海洋世界の方は……正直、あのペンギン騎士が俺の話を聞いてくれるとは思えない。

 だけど、あの海洋世界ってロケーションは最高なんだよね。

 青く澄んだ奇麗な海に、どこまでも続く白い砂浜。思い出しただけでも、まるで映画のワンシーンのような光景だった。

 あんな奇麗な場所で、香住ちゃんと二人っきりの海水浴……うん、それはそれでありだな!

 聖剣の手掛かりはなくても、一度は行く価値がある! その際、あの変なペンギン騎士に出会わないように祈るばかりだ。



 などなど、瑞樹の部屋で過ごしているうちに、俺たちが帰還する時間が迫ってきた。

 いつものように、帰還時間を知らせるスマホのアラームが鳴る。

「また、いつでも来ていいからね?」

「茂樹さんと……もう一人の私にまた会えるのが楽しみです」

 俺と香住ちゃんは、瑞樹とかすみちゃんとそれぞれ握手を交わす。

「あ、そうだ。もしもの時のために、これを渡しておくよ」

 俺が瑞希に差し出したのは、エリクサーが入ったペットボトルである。

 ひょっとすると、今後この二人もあの影に狙われるかもしれない。もちろん、そうだと決まったわけではないが、念のために瑞樹たちにもエリクサーを分けておこうと思ったんだ。

 俺と香住ちゃんは、瑞樹とかすみちゃんにそれぞれ一本ずつ、エリクサーが入ったペットボトルを渡す。

「いいの? これって、凄く貴重なものじゃ……」

「大丈夫だよ。この前、ちょっと多めに分けてもらったから。まだ、家に残っているんだ」

 実際、俺の部屋の冷蔵庫の中には、エリクサーが入ったペットボトルがまだ二本残っている。それに、なくなったらまたもらいに行けばいいだけだ。

 別に、全裸エルフたちに会いにいく口実を作りたいわけではない。決して。

「そういうことなら……遠慮なくもらっておくわ」

「うわぁ……エリクサーだぁ……」

 きらきらとした目をエリクサーの入ったペットボトルへと注ぐかすみちゃんと、そんな彼女の様子に苦笑を浮かべる瑞樹。

 いや、本当に分かりやすいね、かすみちゃんは。



 こうして。

 俺たちの「もう一つの日本」を訪れる旅は終わりを告げた。

 さしたる収穫はなかったし、脅威にも曝されたが、それでも有意義な一日だったと俺は思う。

 さて、次はどちらの世界に行こうかな?

 そこで、聖剣に関する何らかの情報を得られるといいのだが。



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