図書館にて
俺とかすみちゃんは、この町の図書館へ向かう。
図書館の立っている場所自体は、俺の世界と全く変わらない。だけど、その蔵書内容は大きく違った。
まあ、こっちの世界には〈鬼〉なんて怪物がいるし、その〈鬼〉に関する書物がかなりある。それを考えれば、蔵書内容がそれなりに異なるのも当然なことだろう。
「『狩鬼伝説』に関する書籍ですか? でしたら……この辺りですかね?」
図書館の司書さんに『狩鬼伝説』関連の書籍が集められている場所を教えてもらい、俺とかすみちゃんはその場所へと向かう。
やはりこの世界の人々にとって〈鬼〉は関心深い存在なのか、『狩鬼伝説』や〈鬼〉に関する書籍類は、かなりの数が集められており、図書館の中でも分かりやすい場所に収められていた。
「こうして改めて見ると、かなりの数の本がありますねぇ……」
「そうだね……さて、こうして本の背表紙ばかり眺めていても始まらない。とにかく、聖剣に関する手掛かりを探そうか」
俺とかすみちゃんは手分けをして、それらしい本に目を通していく。
もちろん、熟読するような時間はないので、ざっと流して見る程度だ。
瑞樹やかすみちゃんが言った通り、こちらの世界には「狩鬼伝説」がかなりの数存在するみたいだ。
例えば、大江山の酒呑童子退治や、京都一条戻橋で茨城童子の腕を断ったことで有名な名刀、「髭切の太刀」こそが「狩鬼」であるという説や、世界で最も有名な聖剣であると言っても過言ではない、アーサー王伝説に登場する「エクスカリバー」こそが、正真正銘の「狩鬼」であるという説。
他にも世界各地の神話や民話に登場する神剣名刀の類は、そのほとんどが「狩鬼」ではないか、と考える説などもあるらしい。
また、「狩鬼」を用いた〈鬼〉退治を題材にした各種物語は、昔から世界中のどこでも見かけることができるみたい。これまた、当然ながら俺たちの世界には存在しない物語ばかりだ。
だけどさ?
「遠い昔、遥か彼方の銀河系」を舞台にした、世界で最も有名なスペースオペラなSF映画のラスボスが、実は〈鬼〉に憑依されたことでダークサイドに堕ちたって設定はいかがかと思う。
他にも、俺たちの世界で有名な映画や小説などが、〈鬼〉という要素を取り入れているものはかなりあるっぽい。
その辺り、どんなに俺の知っている世界にそっくりでも、ここはあくまでも異世界ってことなんだろうね。
改めてそれを実感した。
「どうですか? 何か聖剣に関して手掛かりはありましたか?」
何冊かの本を読み終えた時、対面に座っているかすみちゃんが尋ねてきた。
「うーん……今のところ、それらしいものは何もないね」
ぱたんと読んでいた本を閉じ、視線を正面に向ける。
あ、あれ?
それまで俺の正面にいたはずのかすみちゃんがいないよ?
と、俺が首を傾げた時。
隣に突然人の気配が。反射的にそちらを振り向けば、なぜか俺の隣に腰を下ろしたかすみちゃんがいた。
「茂樹さん! これ、これ、この本に書かれている剣って、何となく茂樹さんの聖剣に似ている気がしませんか?」
俺の身体に自分の身体を押しつけるように、かすみちゃんが密着してくる。
…………ぐいぐいくるなぁ、こっちのかすみちゃんは。
まあ、正直言えば悪い気はしない。男として、女性から好意を寄せられるのはやっぱり嬉しいからね。それに、別人とはいえ彼女が「香住」ちゃんであることには違いがないし。
でも。
やっぱり、かすみちゃんは香住ちゃんではない。俺としては、そこは譲れないのだ。
たとえ、ぐいぐいと身体を密着させたことで、かすみちゃんの柔らかなアレが俺の腕に押しつけられていようとも。
心の中で自分にそう言い聞かせ、さりげなくかすみちゃんから距離を取る。そして、彼女が手にしている本へと目を向ける。
どれどれ?
ふむふむ。
うーん……。
かすみちゃんが持っている本に書かれている剣は、どこかの神話に登場する剣みたいだ。その剣は雷を放つことで、〈鬼〉を滅することができるらしい。
けど、その剣が世界が誕生する前から存在したとか、どういう意味だろうか。まあ、神話にリアリティを求めても仕方ないのかもしれないけど。
そういや、どこぞの神話かアニメに似たような設定の剣があったっけ。けど、それとも違うみたいだ。
本に書かれている神話によると、その剣が何もない空間に突き刺さったことで、大地が生まれて空が誕生し、海が出現したらしい。
やがて大地には草木や動物が、空には鳥が、海には魚が現れる。
そしてその剣は今も世界の中心に突き立ったまま、その世界を支えている、とその本には書いてあった。
よくある神話と言えばそれまでだ。だけど、俺の聖剣とはやっぱり違わないだろうか? だって、俺の聖剣はこうして俺の手元にあるわけで、世界の中心に突き立っているわけじゃないもんね。
もっとも、ひょっとしたら「この世界の聖剣」は、世界の中心に突き立ったままなのかもしれないけどさ。
ちなみに、その神話には剣の銘は出てこない。ただ、「始創の剣」とだけ表記されていた。
「確かに似通った箇所はあるけど、俺の聖剣とは違うんじゃないかな?」
「うーん、そう言われるとそんな気もしますねぇ」
一緒に本を眺めながら、俺とかすみちゃんは互いの意見を交換し合う。
「でも、興味深いな。こっちの世界の歴史は、やっぱり俺の方とはかなり違うみたいだし」
「〈鬼〉のいない世界ですか……正直、私には想像できませんね」
かすみちゃんの言うことももっともだろう。生まれた時から、この世界は〈鬼〉が身近にいるのだ。その〈鬼〉がいないなんて、逆に考えづらいのだろう。
「でも、一度でいいから行ってみたいですね。その〈鬼〉のいない世界に。ねえ、茂樹さん。私をそっちの世界に連れて行くことってできませんか?」
かすみちゃんは、真剣な表情でじっと俺を見ている。
でも、その身体が微かに震えていることに、俺は気づいていた。
彼女は……かすみちゃんは、今、とても真剣なんだ。
だったら。
だったら、俺もまた、真剣に彼女に向き合わなければいけないだろう。
「わ、私……私、この前会った時から……し、茂樹さんに助けてもらった時から、茂樹さんを……」
「ごめん、かすみちゃん。俺は君の想いには応えられない」
俺は彼女の言葉を遮るように言った。
それを聞いて、かすみちゃんは一瞬だけ目を見開くもすぐに笑顔になる。
「はー、やっぱり駄目かー。上手いこと、向こうの『私』と取って代わってやろうと思ったんだけどなー」
軽い口調でそんなことを言う。だけど、僅かに声が震えている。おそらく、無理に明るく振る舞っているのだろう。
「かすみちゃん……」
「もう、何も言わないでくださいよー。これ以上何か言われると、余計に惨めじゃないですかー」
にっこりと微笑みながら。だけど、目尻に僅かに雫を湛えて。
だから、俺はもうこれ以上は何も言わないことにした。言える立場でもないし。
「あーあ。私も異世界に行ってみたかったなー」
俺から視線を逸らし、そんなことを口にするかすみちゃん。どうやら、こっちの彼女も好奇心が強いタイプらしい。
「もしもこっちにも茂樹さんが手に入れたような聖剣があったら、絶対に手に入れるのになー。確か、その聖剣はネットオークションで手に入れたんですよね?」
「そうだよ。でも、俺が初めてこっちに来た時、早速瑞樹が調べたけど、聖剣はオークションに出品されていなかったみたいだよ」
「あ、やっぱり瑞樹さんがもう調べていたんだ。さすが、瑞樹さん。抜け目な──」
不意に、かすみちゃんの言葉が途切れた。
そのことを疑問に思い、彼女へと目を向ける。
かすみちゃんは、先程のように大きく目を見開いていた。その視線はどうやら図書館の窓の向こうに向けられているようだ。
だけど。
だけど、先程とは明らかに違う点があった。先程は俺の拒絶の言葉に、かすみちゃんは悲しげな表情をしていた。しかし、今、彼女が浮かべているのは恐怖。
そう、恐怖だ。
一体何事かと彼女の視線を追ってみれば──窓の向こうに黒い影のようなモノが浮かんでいた。
何だろ、あれ? あれも〈鬼〉なのかな? でも、〈鬼〉にしてはおかしくないか? あれがもし〈鬼〉であれば、かすみちゃんがこれほどまでに恐がるはずがない。
こっちの世界の人々にとって〈鬼〉は確かに脅威だが、刃物さえ身に帯びていれば恐くはないはずだから。
もちろん、かすみちゃんもしっかりと腰に小太刀のような刃物を差している。
それなのに……どういうことだ?
「あ、あ……あ……」
かすみちゃんの口から、掠れた言葉が漏れ出す。
「……あ、あれ…………な……に……?」
え?
あれって、〈鬼〉じゃないの?
ってことは……
俺は改めて、窓の向こうの黒い影のようなモノを見た。
そして、どうしてかすみちゃんがこんなに怯えているのか、その理由を悟る。
黒い影の頭部らしき場所──朧げながらも、その影みたいなモノは人の形をしている──に黒い影より尚黒い亀裂があったのだ。
その亀裂は、まるで人間が悪意を持って「にぃ」と笑う時にように、その両端が吊り上げられていた。
それを見た俺もまた、心の奥底から恐怖が湧き上がって来るのを感じる。
あれは駄目だ。駄目なやつだ。
あの影のようなモノの正体が何かは分からない。だけど、あれが極めて危険であることを、俺は本能的に理解した。
そう判断した瞬間、俺は反射的にかすみちゃんの手を引いて図書館を飛び出した。
あのままあそこにいたら、きっと大変なことになる。具体的にどう大変になるのかまるで分からないが、その予感に間違いはないだろう。
そして。
そして、かすみちゃんの手を引きながら図書館を飛び出した俺の背中に、影のようなモノの声が届いた。
それなりの距離があるはずなのに、その声は確かに俺の耳に届いたんだ。
──キシシっ!! タマゴ ミツケタ。
~~~作者より~~~
体調を崩しました。
病院で検査したところ、インフルエンザではないようですが、なぜか38度未満の発熱が数日続いています。
申し訳ありませんが、次回の更新は休ませてください。
次は12月26日に更新します。
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