狩鬼伝説



「え、えっと……つまり、こういうことですか?」

 みずの部屋の中。この世界の香住ちゃん──香住ちゃんと区別するため、以後は「かすみちゃん」と呼ぶ──は眉を寄せた。

「こちらの茂樹さんは、実は瑞樹さんの従兄妹さんではなく、異世界から……他の日本から来た瑞樹さん本人だと?」

「ええ、そうなのよ。ごめんなさいね、嘘をついていて。でも、正直に話しても信じてもらえないって思ったから……」

 かすみちゃんの言葉に、瑞樹が申し訳なさそうに答える。彼女の言う通り、普通であれば「異世界から来ました」なんて言われても、はいそうですかと納得するわけがない。

 その辺りはかすみちゃんも分かってくれたようだ。

「確かに瑞樹さんの言う通りですよね。でも……見せられたら、もう信じるしかないじゃないですか」

 かすみちゃんの目は、もう一人の自分──香住ちゃんへと向けられた。

 これまた彼女の言う通り、自分と全く同じ姿をした存在が目の前にいるのだから、「もう一つの日本」を信じないわけにはいかないだろう。

 でもなぜか、香住ちゃんを見るかすみちゃんの目が、ちょっと険しいのが謎だ。はて?

 今、俺たちは瑞樹の部屋で、フローリングの床に四人分のクッションを置き、そこに座り込んで話している。

 本日、瑞樹はかすみちゃんと一緒に買い物に行く予定だったそうだ。だけど、駅で瑞樹が忘れ物──財布を忘れたらしい。おまえは某国民的アニメの主人公か?──に気づき、部屋まで取りに戻ってきたそうだ。

 そして、そこで俺たちと鉢合わせをしたってわけだな。

「しかし、良かったのか? 二人で出かける予定だったんだろ?」

「もう、別にいいわよ。それほど重要な買い物でもないし。本当にごめんね、香住。この埋め合わせは次のバイトの休みに絶対するから」

 と、瑞樹はかすみちゃんに向かって手を合わせた。

「い、いえ、瑞樹さんが謝ることじゃ……そ、それに、私もまた茂樹さんに会えて嬉しいですし……まあ、余計なモノまでくっついて来たのは、さすがに驚きましたけど?」

 じっとりとした目で、かすみちゃんは香住ちゃんを見ながら言う。

 あ、あれ? こ、これってどういう状況?

「まあ、私もさすがにびっくりしたわね。まさか、茂樹が『向こう』の香住と付き合い始めていた、なんてねー」

 苦笑しながらそう言った瑞樹は、ぽんぽんとかすみちゃんの肩を叩いた。

 一方、香住ちゃんもまた、目を細めてかすみちゃんを見ていた。なぜか、俺の腕を抱き抱えながら。

 いや、これもう、「見ている」というより「睨んでいる」ってレベルじゃね?

 何か、小さな声で「うー」とか唸っているし。まるで、子犬が見知らぬ何かを威嚇しているみたいだ。

 まあ、俺って犬を飼った経験なんてないけどさ。ウチは母親が動物ダメな人だったから、犬だけじゃなく猫も飼えなかったんだ。飼えたのは精々カブトムシとかクワガタとかぐらい。

 俺や弟、そして妹は何度も犬か猫を飼いたいって両親に訴えたものだが、母親が犬や猫が近くへ寄ってくるだけで悲鳴を上げるレベルだったから、とてもじゃないが犬猫を飼うなんて無理だった。

 だからいつの日か、結婚したら一戸建てを買って、そこで犬を飼いながら暮らすのが秘かな夢なんだ。そのためには、結婚相手は動物好きな女性でないとな。

 …………か、香住ちゃんって、動物好きかな? こ、今度さりげなく聞いてみよう。うん。



「それで? 突然茂樹たちが『こっち』に来た理由は何なの? まさか、そっちの香住と付き合い始めた報告に来ただけじゃないわよね?」

 自分で淹れたコーヒー──俺たちの分もしっかりと淹れてくれた──を飲みながら、瑞樹が聞いてきた。

「ああ、それなんだけどさ……」

 俺はこの世界へ来た目的を瑞樹とかすみちゃんに説明する。ついでに、聖剣がレベルアップ(?)したことで、転移する目的地を選べるようになったことも。

「聖剣カーリオンねぇ……かすみ、聞いたことある?」

「いえ、私は聞いたことないですね。やっぱり瑞樹さんも?」

「ええ、私も聞いたことないわね。しかも、聖剣の能力がレベルアップ? 本当に不思議な剣よね、それ。でも……聖剣じゃないけど、『かりおにの太刀』の伝説なら聞いたことあるわよ」

「有名ですよね、『狩鬼の太刀』、もしくは『狩鬼伝説』」

 二人が言う「狩鬼伝説」とは、この世界のどこかには〈鬼〉を斬ることができる刃物が存在する、というものらしい。

 こちらの世界に棲息する、謎の怪物〈鬼〉。〈鬼〉は決して倒すことができない。それこそ、銃で撃とうが剣で斬ろうが、〈鬼〉は一切のダメージを受けない。

 うん、それは前にこっちに来た時に聞いたよな。でも、そんな〈鬼〉を斬ることができる刃物──西洋剣だったり、日本刀だったり、もしくは小さなナイフだったりと形状は国や地域によって様々──が、この世界のどこかに存在している、という伝説だ。

 いわく、どこかの国家が秘かに管理している。

 いわく、古くから続く名家がこっそりと継承している。

 いわく、どこそこの神社や神殿が、極秘に祀っている。

 などなど、世界各地で似たような伝説がいくつもあるらしい。中には、社会の裏側には「狩鬼」を所持した集団が存在し、秘かに〈鬼〉を退治して回っているという伝説もあるそうだ。

 ちなみに、そんな集団を題材にした映画やコミックが、こちらの世界では昔からたくさんあって人気もあるらしい。

 そして、とあるトンデモな説の中には、〈鬼〉が刃物を恐れるのはその刃物がもしかしたら「狩鬼」かもしれないと考えるから、なんてものまであるとか。

 まあ、分からなくもないかな。人類にとって〈鬼〉は天敵とも言うべき存在だ。そんな存在を退治することができるとしたら、と誰しも考えてしまうのだろう。

 そして、そんな願望から「狩鬼伝説」は生まれたのではないだろうか。〈鬼〉に対する、かすかな希望として。

 もちろん、実際に「狩鬼」を見た者はいない。

 本当に伝説だけの存在なのか、それともどこかにひっそりと存在しているのか……それは誰にも分からないだろう。

「この前……茂樹さんが私を〈鬼〉から救ってくれた時、茂樹さんの剣こそが伝説の『狩鬼』じゃないかって私も思いましたから。でも、違ったんですね」

「ある意味、茂樹の聖剣は『狩鬼』以上よね」

 二人が言うように、俺の聖剣は〈鬼〉さえ斬ることができる。今まで散々不思議パワーを披露してくれた聖剣先生なので、今更俺には特別なこととは思えない。だけど、瑞樹やかすみちゃんには違ったのだろう。

「もちろん、茂樹さんの剣のことは誰にも言っていませんから、安心してください! もしも茂樹さんが本当に『狩鬼』の所有者だったりしたら、誰かにそのことを話すと迷惑になるかも、って思いましたから!」

 ずいっと身を乗り出して、かすみちゃんが力説する。

 あ、あのね、かすみちゃん。あまり身を乗り出し過ぎると、そ、その……襟元からその、む、胸の谷間が覗けてしまいましてよ?

 うむ、それなりに深そうな谷間だ。ってことはだ? 同一存在である香住ちゃんも、このくらいの「深度」があるってことだよね? こ、これは期待してもいいのか……? でも、俺と瑞樹の例もあるから、全てが全て一致しているとは限らないよな。で、でも、やっぱり期待しちゃう。男の子ですから。

 い、いやいやいや、俺は紳士! 紳士なのだ! 俺は理性のディスクブレーキをフル稼働させて、何とかかすみちゃんの胸元から視線を逸らす。

 でも、俺の視線がどこを向いているか、香住ちゃんはしっかりと気づいていました。頬を不満そうに膨らませながら、俺の腕を抓り上げてます。結構痛いです。ごめんなさい。

 そして、そんな香住ちゃんをかすみちゃんが忌々しそうに見つめている。対して、瑞樹はと言えば、呆れつつも微笑ましそうにかすみちゃんを見ていた。

 何となくだけど、香住ちゃんとかすみちゃんはウマが合わないっぽい。同一の存在だからだろうか? ほら、同族嫌悪とかそんな感じで。

「まあ、ダメモトでもいいから、一度カーリオンって銘の剣について調べてみよう。もしかすると、何か手がかりがあるかもしれないし」

「それもそうね。じゃあ……手分けして調べましょうか」

「え? 瑞樹も手伝ってくれるのか?」

「他ならぬ……ってか、他人ではない茂樹のことだし、予定が変わって今日は暇になっちゃったしね。それに、私もその聖剣には少なからず興味あるし」

「はいはい! 私も! 私も、茂樹さんのお手伝いします!」

 元気に手を上げながら、かすみちゃんが主張する。そして、そんなかすみちゃんを再び「うー」と唸りながら睨み付ける香住ちゃん。

 ホント、どうしちゃったんだろう? 香住ちゃんって、誰とでも仲良くなれるタイプだと思っていたけど。

 やっぱり、自分自身が相手だといろいろと勝手が違うのかな?



 いろいろと相談した結果、俺たちは二手に分かれることにした。

 俺とかすみちゃんが図書館で聖剣に関して調べ、瑞樹と香住ちゃんがこの部屋に残ってインターネットで調べてみる。

「どうして私が残るんですか?」

 俺と別行動になると決まった香住ちゃんが、不満そうに瑞樹を睨む。

「仕方ないでしょ? こっちの世界にはあなたではない『香住』がいるんだもの。もしも外でこっちの香住の知り合いと出会ったらどうするの? こっちの香住の知り合いが全て、あなたが知っている人間とは限らないわよ?」

「そ、そりゃあそうですけど……だ、だからって……」

 またもや「うーっ」と唸りながら、もう一人の自分──かすみちゃんをじっとりと見つめる香住ちゃん。

 そのかすみちゃんはと言えば、なぜかとっても上機嫌だ。今だって、香住ちゃんの視線など気にもしないでにこにこしている。

「さあ、早く行きましょうよ、茂樹さん! あ、図書館の場所は分かりますか? やっぱり、向こうでも同じ場所にあるんでしょうか? 歩きながら、向こうのことをいろいろと教えてくださいね?」

 え、えーっと、これ……お、俺のうぬぼれじゃなければ、かすみちゃんって俺のこと……あ、あれ? そ、そうなの?

 で、でも、俺には香住ちゃんが……け、けど、香住ちゃんとかすみちゃんはある意味同一人物なので、これって浮気にはならない……のか?

 って、そんなわけあるか! 駄目だ! 駄目だ! 駄目だ! 俺は香住ちゃん一筋!

 そりゃあね? 確かに異世界へ行く度に、奇麗なお姫様とか魅力的なお姉様とかに出会ってときめいたりもしたよ? でも、それは恋愛とは違う……と思う。ただ単に、あこがれただけだ……と思う。うん、我ながら断言できないのが情けない。

 そ、そうだ。そうだよ。そもそも、俺って複数の女の子と付き合えるほど器用じゃないし。女の子と付き合うのなら、やっぱり一人に限定したい。

 よ、よし! かすみちゃんの気持ちは嬉しいけど、やっぱり俺は香住ちゃんが好きなんだ。図書館で調べものをする時は、かすみちゃんとの距離感に注意しよう。

 間違っても、必要以上にかすみちゃんとは触れ合わない方向で、ひとつ。

 だから、安心してくれ、香住ちゃん!

 そう決心して香住ちゃんの顔を見ようとした時、無慈悲にもばたんと玄関の扉が閉められた。

「さ、行きましょう、茂樹さん!」

 と、ぐいぐいと俺の手を取って引っ張るかすみちゃん。

 うう、大丈夫かな、俺? このままかすみちゃんのペースに流されないように注意しよう。



 しかし、こっちにも〈鬼〉を狩る剣の伝説があったなんてね。

 しかも、その伝説の名前が「狩鬼」ときた。

 「狩鬼」か。「狩鬼」ねぇ…………………………なんとなく、「狩鬼」と「カーリオン」って言葉の響きが似てね?

 「狩鬼」、「カリオニ」、「カーリオニ」、「カーリオン」……ほら、似てないか?

 「狩鬼」の伝説や伝承の大元が、実は「聖剣カーリオン」だったなんてことは………………まさかね?



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