閑話 傭兵親子



「シゲキとカスミって、一体何者なのかしら?」

 とある日──突然現れたシゲキたちと再会し、再び彼らが去ってから数日後の朝。

 私は朝食の席で、以前より考えていたことをぽつりと呟いた。

「ん? どうしたんだ、突然?」

 私の呟きを聞き留めた父が、読んでいたニュースペーパー──紙は貴重品なのでプラスチックペーパー製──から私へと視線を移した。

 今、父であるブレビスと私は、傭兵団|銀の弾丸《シルバーブリッド》のオフィスビルの最上階にあるリビング、つまり私たち家族だけのプライベートスペースにいる。

 階下には数人の団員もいるが、ここには当然私と父の二人だけ。朝食は家族だけで、というのが、なぜか父の拘りなのである。

「シゲキとカスミの二人が、時間旅行者タイムトラベラー……いわゆる、超能力者エスパーの類だってことは、おまえも知っているだろうが?」

 合成煙草の煙を吐き出しながら、父が言葉を続けた。

「私が言いたいのはそういうことじゃなく……これを見て」

 と、私は衣服の胸元を緩める。

「おいおい、いくら目の前でストリップされても、実の娘じゃ全く興奮しないぜ?」

「こ、このエロバカ親父! とにかくこれを見なさい!」

 煙草を咥えたまま、呆れたように肩を竦めるバカ親父に言葉を叩きつけ、私は自分の首筋を見せつける。

「この前……シゲキたちと一緒に地下下水道で《ビッグフット》と戦った時、私が重傷を負ったことは話したわよね?」

「おう、それならおまえやマークたちから聞いたし、報告書にも目を通した。それがどうした?」

 下水道で《ビッグフット》の奇襲を受けた私は、為す術もなく重傷を負った。いや、それは正確ではない。私が負ったのは重傷ではなく……だ。

 目の前の父ほどの経験キャリアはないものの、私も傭兵である。これまでに数えきれないほどの負傷をしてきたし、同じぐらい負傷した人間を見ている。

 その私が、重傷と致命傷を間違えることはない。実際、《ビッグフット》に首筋を噛み千切られた時、どんどん意識が薄れていきつつ私は自分の死を悟った。

 一瞬で痛みさえ感じられなくなるほどの負傷、血液が身体から流れ出すことによる体温の低下、瞬く間に薄れて闇に飲み込まれていく意識。

 あの時の私は、自分がこのまま死ぬのだと思った。もう二度と目覚めることはないことを自覚した。

 だけど。

 だけど、私は目覚めた。意識が戻った私は、反射的に怪我を負った首筋に触れてみた。そこは確かに私自身の血で汚れていたが、そこにあるはずの傷は既に塞がっていた。後で確認したところ、傷口さえ残っていなかったのだ。



「こいつぁ……いくら何でも、過ぎだろ? 最高級の細胞活性剤セルクリームでも、ここまでキレイに治らねえぞ」

 傷ひとつない私の首筋をじっと凝視しながら、父が呆れたように言葉を零す。

 私も父の言う通りだと思う。

 少しぐらいの傷なら瞬く間に回復させ、ある程度までの怪我なら動ける程度にまで治癒する細胞活性剤という薬がある。私たち傭兵にとって、必需品とも言える医薬品だ。

 だけど、その細胞活性剤も万能ではない。一回分で数十万ドル以上する最上級のものでも、致命傷を瞬く間に癒すことはできない。

 だけど、シゲキたちは致命傷を負った私を救った。あれは一体どのような技術なのだろうか。

「なるほどな……だが、もあいつらの力だとしたら、別に不思議でもなんでもねえと思わないか?」

「確かにそうだけど……」

 自在に時間を飛び越える時間旅行者タイムトラベラーであるシゲキとカスミだ。そんな彼らが、私たちには想像もつかないような未知の力……どんな傷でも癒すサイキック・パワーを持っていたとしても、別に不思議なことではないのかもしれない。

「まあ、あれだ。とりあえず、今はっきりと分かっていることは二つだな」

「二つ?」

 右手の人差し指と中指をぴんと伸ばし、父がにやりと笑う。

「そう。あいつら……シゲキとカスミは、少なくとも俺にとっては娘の恩人であること、そして、あいつらが俺たちの仲間ファミリーであることさ」

 煙草の煙を吐き出しながら、父が楽しげに微笑む。

 普段は厳つい顔ばかりしているが、これで意外と面倒見が良かったり、子供が好きだったりと、穏やかな面も持ち合わせているのだ。

 だからだろうか。《銀の弾丸》の団員たちは、全員がこの父を信頼し、信用している。

 一度「仲間」と認めた者を、父は絶対に見捨てない。そんな父に、団員たちは戦場の中で何度も救われてきたのだ。

 私たち《銀の弾丸》の結束は固い。その結束力は、周囲から畏怖されるほどである。

「死にたくなければ、中途半端な気落ちで《銀の弾丸》にちょっかいをかけるな」

 という言葉が、傭兵の業界ではよく囁かれているぐらいだ。

「まあ、またあいつらが来たら、笑顔で出迎えてやろうじゃねえか」

「そうね。私もそうするわ」

「しっかし、あれは予想外だったよな」

 父は何かを思い出したのか、突然笑い出した。

「いやな? まさかシゲキにあんな可愛い恋人ステディがいたなんてよ? おまえ、想像できたか?」

「それはいくらなんでも、シゲキに対して失礼じゃない? でも……」

 確かに、私も彼にあんな可愛い恋人がいるとは、思ってもみなかった。

 別にシゲキに対して恋愛感情は持っていない。何度も命を助けられ、感謝の気持ちはある。だけど、それとこれとは別だろう。

 た、確かに、命を救ってくれたシゲキに対し、ときめきのようなものは感じたことがあるが……それはあくまでも感謝である。感謝に違いないのだ。

 そもそも、私は年下はタイプじゃない。私の好みの男性のタイプは、年上で頼りがいのある人間なのだから。

 おそらくこれは、姉が弟に対して感じる親愛の情に近いのだろう。もっとも、私には兄弟姉妹はいないけど。



「しかし……うーむ……」

 私が胸中であれこれと考えていると、なぜか父が顔を顰めていた。

 もとから強面の父がそんな顔をすると、幼い子供なら泣き出すぐらいの迫力がある。

「どうしたの?」

「ちょっとばかり、考え事をしていたんだが……」

 真剣な表情で、父が私を見る。

「あいつが……シゲキがお前の怪我を治した技術だけどよ? もしもそれを技術として確立することができたら、どれぐらい儲かるかなーっと……」

「はぁ、呆れた。彼らのあの不思議なパワーが技術として確立するわけがないじゃない。あれは彼らだけが使えるものでしょ? それともあの二人を洗脳でもして、怪我人を治療するだけのロボットにするつもり?」

 もちろん、父がそんなことをするとは思っていない。相手が明確な敵であれば一切情けはかけないが、一度仲間ファミリーと認めた人間を道具扱いするはずがないのは、実の娘である私が一番よく知っている。

「それにあの二人のことだから、どこかに監禁してもいつの間にか消えちゃうわよ?」

「はは、確かにおまえの言う通りだな!」

 煙草を吹かしながら笑う父を見て、私も笑みを浮かべる。

 そうしながら、私にはちょっとだけ思い至ったことがあった。

 それはあの戦いの後……下水道で《ビッグフット》と戦い、私が大怪我をした後のこと。

 戦いが終わって地上に戻り、一通りの手続きを済ませた私は、疲れ切った状態でこのビルの自室へと戻って来た。

 そして戦闘で汚れた衣服を着替え、汗を流すためにシャワーを浴びようとした時、ふと私の嗅覚がある匂いを捉えた。

 それは清々しく爽やかなイメージの匂いで。何となくだが、緑豊かな森林の中にでもいるようなイメージの香り。

 もっとも、私は緑の森林などという貴重な場所に足を踏み入れたことはないのだが。

 現在の地球において、森林地帯は一種の「聖地」である。当然、おいそれと入れる場所ではないのだ。

 一体どこからこの匂いが漂っているのかと思い、嗅覚センサーの感度を上げてその出所を探ってみた。

 そして判明したのは、この清々しい匂いの元は、先程私が脱ぎ捨てたインナーだったことだ。

 作戦中に着ていた、《銀の弾丸》のユニフォームとも言うべきメタリックブルーのジャンプスーツとジャケット。もちろん、その下には更にインナーを着込んでいたわけで。そのインナー──上半身に着ていた方──から、この匂いは出ているみたいだった。

 一体何の匂いだろう? と、記憶のサルベージを試みるも、こんな匂いには全く覚えがない。

 何かの弾みで何かの匂いが移ったのだろう。例えば、カスミが身に着けていた香水の移り香とか。

 と、その時はそれほど深くは考えずにインナーはランドリーに放り込んだのだが、もしかしてあの匂いの素というかその成分が、私の怪我を治したことと何か関係があるのでは……?

 シゲキ、もしくはカスミは、私の怪我を治す時に何らかの薬品を使った? もしそうであれば、その薬品の原料が分かれば私の怪我を治した技術を……薬品として扱うことができれば、父の言う通り莫大な財産を築くことも夢ではないかも……?

 いやいや、それはあまりにも荒唐無稽な考えだろう。そもそも小説ノベル映画ムービィではあるまいし、致命傷を瞬く間に治療する薬などこの世に存在するわけがない。仮に存在するとしたら、それはまさしく「魔法の薬エリクサー」だ。

 やはり、私の怪我を治したのは……いえ、治してくれたのは、シゲキかカスミのサイキック・パワーだろう。

「どうした? えらく難しいことを考え込んでいるようだが……」

 ふと気づけば、父が心配そうに私を見ていた。

「何でもないわ。今頃、シゲキたちはどうしているのかと思ってね」

「そうだなぁ……若い二人のことだから、今頃はベッドの中で仲良くしているんじゃねえか?」

 ひひひ、と卑猥な笑みを浮かべる父。

「その笑い方、すごく気持ち悪いわ」

 と、目を細めて父を冷たく見つめれば、その当人はぎょっとした顔を浮かべ、すぐに誤魔化すように視線を逸らせた。

「……あんなに可愛かった愛しの娘マイドーターが、今ではこんなにパパに冷たいよぅ……」

 小声で何か呟いているようだが、そんな様子もやっぱり気持ち悪かった。







~~作者より~~


 今章はこれにて終了。

 二週間ほど休憩を挟みまして、新章は11月28日より再開します。

 引き続き、よろしくお願いします。

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