閑話 女の戦い?
「…………か、カスミ様は……シゲキ様が複数の妻を娶ることに関して……ど、どう思われますか……?」
顔を真っ赤にしながら。だけど、その双眸には確かな決意を秘めて。
彼女……ミレーニアさんは私にそう尋ねた。
分かっている。この異世界へ来た時、ミレーニアさんが水野さんを見たその瞬間から、彼女が水野さんにどのような想いを抱いているのか、はっきりと分かってしまった。
彼女が水野さんに向ける想い。それは間違いなく、私と同じものだから。
きっと今の私は、凄く恐い顔をしていると思う。いや、もしかすると私が浮かべている表情は恐怖かもしれない。
自分自身のことだというのに、自分が今、どのような
それぐらい、私は混乱していた。
ミレーニアさん……水野さんが異世界で初めて出会った、正真正銘のお姫様。
悪い竜に囚われていたところを、水野さんによって助け出されたとか。それって、王道中の王道ファンタジーじゃない? そして、ミレーニアさんの気持ちもまた、王道まっしぐらに水野さんへと傾いたみたいだ。
陽の光にきらきらと輝く奇麗な金髪に、エメラルドのような瞳。顔立ちもモロに美少女といった、まさに絵に描いたようなお姫様。それが彼女だ。
こんな奇麗な女性に告白されたら、果たして水野さんの気持ちは……?
そう考えた瞬間、私はその場に座り込みそうになった。
震え出しそうな両足を、歯を食いしばって全力で押さえ込む。
この世界に来た時、私と水野さんは夫婦ということにした。そうした方が、私が安全になるからという
そう、表向きだ。本当のことを言えば、私は警戒していたのだ。水野さんから聞いていた、この国のお姫様のことを……ミレーニアさんのことを。
何となくだけど、予感はあった。まだ会ったこともないミレーニアさんが、水野さんにどのような想いを抱いているのか。そして、当のミレーニアさんを一目見た時、その予感が正しかったことを私は悟った。
ああ、良かった。本当に良かった。水野さんと夫婦という設定にしておいて正解だった。
もしも私と水野さんの関係が、ただの友人やバイト仲間であるという本来のものであれば、間違いなくミレーニアさんは水野さんに積極的な行動に出ただろう。
敵は強大だ。私にはない武器をたくさん持っている。そんな強敵に対抗するには、ちょっとぐらい汚い手であろうとも私は躊躇いなく使うつもりだ。
その時……ミレーニアさんを見た時、私はそう決意した。
その後、いろいろなことが──突然暗殺者が現れたり、ミレーニアさんのお兄さんである、この国の王太子様が現れたり──あった後、私はミレーニアさんや、彼女の友人であり王太子様の婚約者でもあるマリーディアナさんと、一緒にお茶をすることになるのだが……その時、ミレーニアさんに言われたのが例の言葉だった。
「…………か、カスミ様は……シゲキ様が複数の妻を娶ることに関して……ど、どう思われますか……?」
必死の思いで、それでも何とかそれだけを言葉にすることができました。
わたくしのその問いを聞いた途端、目の前の女性……シゲキ様の奥様であるカスミ様の顔から、すぅと表情が抜け落ちました。
いえ、表情が全くなくなったわけではありません。僅かではありますが、その
カスミ様が僅かに見せているあの表情は、怒りのようでもあり、何かを怖れているようでもあり……目の前で見ているわたくしにもよく分かりません。
やはり、わたくしの不躾な問いにご立腹されたのでしょうか。ですが、神話に語られる神々は複数の妻を娶るのが常識。であれば神、もしくはその眷属であろうシゲキ様が、カスミ様以外の妻を娶ることに問題はないと思うのですが……?
それとも、このわたくし自身に問題があるのかもしれません。一国の王女とはいえ、わたくしはただの人間。神やその眷属であるシゲキ様に嫁ぐには、ただの人間では格が劣るのかもしれません。
おそらくカスミ様は、わたくしのような人間が思い上がったことに怒りを感じられたのでしょう。
「……申しわけありません。わたくし如きがシゲキ様の妻になろうなど、思い上がっておりました。何卒、お怒りを鎮めくださいませ」
わたくしはその場で跪き、謝罪をした。
「申しわけありません、カスミ様。全てはシゲキ様を慕うミレーニアの想いが強すぎたのです。彼女は決して、軽々しい想いで先程のようなことを言ったのではありません。それだけは、彼女の……ミレーニアの友として、この私も断言致します」
謝罪のために跪いたわたくしの隣で、マリーもまたわたくし同様に跪いて頭を垂れてくれました。
「あ、あの……と、とにかく、お二人とも頭を上げてください……っ!! 身分のあるお二人に頭を下げられたら、私も困りますから……っ!!」
先程のほとんど表情のない顔から一変して、カスミ様があたふたとした調子でわたくしたちにそう言われました。
「え、えっとですね……」
カスミ様の言葉に従って立ち上がり、改めて椅子に腰を下ろしたわたくしたちに、どこか困った様子でカスミ様が口を開きました。
「ミレーニアさんの気持ちはよく分かりました。それで正直なことを言いますと、ミレーニアさんが茂樹さんに嫁ぐかどうか……私にとやかく言う資格はないんです」
詳しいことは言えませんが、と更に言葉を続けたカスミ様。
「ただ、私たちの国……私と茂樹さんが暮らしている国は、複数の伴侶を持つことを禁じられています。そして、それが当然だと私も茂樹さんも考えていますので……おそらく、茂樹さんが複数の妻を持つことに同意するとは思えません」
そう言った時のカスミ様の表情は、それまでの無表情に近いものでもなく、あたふたしたものでもなく。
凛々しいと言えるほど、何らかの決意を秘めたきっぱりとしたものだった。
異世界から現代日本へと帰ってきた私と水野……いえ、茂樹さん。
そう、茂樹さんだ。強大な
それに、いきなり茂樹さんとの距離を一気に詰めるのも、何となく恥ずかしいし。ま、まずはこれぐらいでいいと思う。多分。
それはともかく、結構時間が経っていたこともあり、私は早々に茂樹さんの部屋をお暇することにした。
その帰り際に、彼の名前を改めて「茂樹さん」と呼んでみた。う、うひゃー、口にすると凄く恥ずかしい! 異世界で「茂樹さん」と呼んでいた時は、こんなに恥ずかしいとは思わなかったのに!
で、でも、一度名前で呼んでしまった以上、もう後戻りはできない。これからは意識して彼のことは名前で呼ぼう。
と、とにかく、王道プリンセスのミレーニアさんが、茂樹さんの第二の妻になりたいと意思表示した以上、私も引き下がるわけにはいかない。そう、引き下がるわけにはいかないのだ。
春の日溜まりのような、そこにいるだけでほっとするような場所。それが茂樹さんの隣である。一緒に異世界へ行くようになったことで、それを以前より更に強く感じるようになった。
負けない。相手が誰であろうが、茂樹さんの隣に立つ権利は絶対に譲れない。
た、確かに私もまだ正式に彼のそ、その……こ、恋人というわけではないけど……そ、それでも、私が彼に一番近い場所にいるのは間違いない……………………はず。多分。きっと。
多少なりともアドバンテージのあるこの状況を活用し、可能な限り少しでも彼に近づいておこう。
彼の部屋から帰る間際、私は夕陽が赤く世界を染める中でそう誓った。
なお、異世界の竜が持っていたという財宝の一部──とっても奇麗なペンダントを、茂樹さんからプレゼントされた。
正直、高校生が身に着けるにはちょっと派手で、見るからに高額そうなそのペンダント。最初こそ受け取ることを辞退しようとしたものの、本物の竜が所持していたと聞かされた途端、興味が勝って受け取ってしまった。
ごめんなさい、茂樹さん。こんな物欲的な私を嫌わないでください。
え、こっちの長剣と短剣ももらっていいんですか? はい、もちろん遠慮なくいただきます!
突然、目の前から消えてしまわれたシゲキ様とカスミ様。
聞いたこともない音楽が突然流れた後、しばらく会話をした後、ふいに掻き消すように姿を消されたお二人。
やはり、あのお二人は神々かそれに近しい存在のようです。突然消えるなど、人間にはできるわけがありませんから。
どのような仕組みで突然消え失せたのか、わたくしなどに理解できるわけがありません。ですが、シゲキ様もカスミ様も、また我がアルファロ王国へ来てくださると約束してくださいました。
「遠からず、また師匠と奥方様には会えますよ」
「わたくしもそう思います、ビアンテ」
次にお会いする時までに更に剣の腕を上げねば──と、意気込むビアンテに心の中で呆れつつ、私は再びシゲキ様とお会いする日を楽しみに待つことにします。
ですが。
ですが、シゲキ様に奥様がおられようとは、思いもしませんでした。どうやら父も兄もシゲキ様が実在すると分かった以上、わたくしを彼に嫁つがせようとするでしょう。
アルファロ王国にとっても、王女を嫁がせるだけの価値がシゲキ様にはあるのですから。もちろん、シゲキ様を他国に渡さないようにするため、わたくしという「鎖」で縛り付けようという意図もあるのでしょうが、それぐらいは王族や貴族であれば当然考えること。
たとえ、そのような意図の下でシゲキ様に嫁ぐことになったとしても、わたくしとしては大歓迎なのですが……。
「……まさか、本物の神の国が、複数の伴侶を持つことを禁じているなんて……人間の間で語られる神話と実際の神の国とでは、やはり大きく異なるということなのでしょうね……」
「何かおっしゃいましたか、姫様?」
「いえ、何でもありません」
ですが……神の国では駄目でも、このアルファロ王国でなら問題はありません。シゲキ様がこの国に来てくださる時に、わたくしはあの方の妻として隣に立てばいいのですから。
どうやらカスミ様はわたくしのことを警戒されているご様子。既にシゲキ様の妻である彼女からすれば、それは当然のことでしょう。
ですが、わたくしは諦めません。必ずやシゲキ様の隣に立ってみせます。
ちょっとした宣戦布告の意味も含めて、カスミ様には意識して親しげに接してみました。その時の彼女の様子から、カスミ様もわたくしの意図に気づいているのでしょう。
ええ、これはわたくしとカスミ様の女としての戦いです。負けるわけにはいかないのです。
さすがにカスミ様を蹴落として、とまでは考えておりませんが、シゲキ様の寵を得るためにこれから更に努力しなければなりません。
うふふ。
ミレーニア・タント・アルファロの名に懸けて、この戦いに必ずや勝利してみせます!
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