世界でたったひとつの



 かっつんかっつんと、ハンマーを振ること約三時間。

 もちろん、適度に休憩を挟みつつだけど、がんばったよ俺!

 今、鍛冶屋の店主さんが電動グラインダーで、俺が作ったナイフに仕上げをしてくれている。

 ナイフをグラインダーで研ぎ、刃を入れるわけだね。こればっかりは素人には無理なので、本職の鍛冶屋さんにお任せだ。

 昔は刃を研ぐのは専門の研ぎ師さんがいたそうだが、今の世の中研ぎ師さんも少なくなっているらしい。研ぎ師や鍛冶師といった伝統ある職業も、時の流れの中に埋もれていってしまうのかもしれない。

「………………」

 一方、香住ちゃんはといえば。

 俺より一足先に完成した自分作製のナイフを、うっとりと見つめている。

 女性の手に合うやや小振りなナイフだが、そのデザインは鋭角的だ。「古刀や新刀よりも新々刀をイメージしてみました」とは香住ちゃんの談。

 日本刀ってのは、作られた時代によって大きく三つに分けられるらしい。

 平安後期から大体江戸時代に入る直前ぐらい、慶長より前の物をとう、慶長以降から幕末までに作られた物がしんとうと呼ばれている。

 そして、幕末や明治元年頃から廃刀令が発せられるまでに作られたのが、しんしんとうと呼ばれる種類である。

 古刀は主に戦乱の時代に用いられたこともあって、より実践的な作りとなっているのに対し、新刀は太平の世にあって、見た目重視というかある種のステイタス的な意味合いが強く出ている。

 そして、幕末から明治という再び激動の時代になったことで、実用的な新々刀が登場するわけだ。

 まあ、この分類はあくまでもざっくりとしたもので、専門家に言わせればもっと詳しい分類になると思う。例えば、平安時代にはじょうとうと呼ばれる物もあったらしい。

 新刀のスタイリッシュさと、古刀の実用的な機能を合わせたのが新々刀である、などとも言われているので、香住ちゃんもその二つを両立させたイメージで新々刀的なナイフを作ったと思われる。

 うん、さすがは香住ちゃん。いいセンスをしているね!

「はい、お兄さん、できたよ」

 おっと、香住ちゃんを見つめている間に、俺のナイフも仕上がったようだ。

 大きさはボンさんにあげた物とほぼ同じ。これぐらいの大きさが、一番俺の手に馴染むと思うんだ。

 ただし、今回は異世界で実用的に使うことも多くなるだろうから、刀身を肉厚で幅も広めにしておいた。やはり、異世界……というか野外で使うには、頑丈さが求められるからね。

 さあ、後は最後の作業だ。

 俺たちが作ったナイフは、本当に鉄片に刃をつけただけという作りなので、グリップ部分に紐を巻き付ける必要がある。

 もちろん、紐の色も選べるぞ。俺は渋い紫を、香住ちゃんは鮮やかな青の紐を選び、鍛冶屋の店主さんやお弟子さんに指導されつつ、グリップに紐を巻き付けていく。

 ただ単に巻き付けるのではなく、しっかりきっちりと隙間のないように巻く。そして、巻いた紐が緩まないように、ぎゅっと力一杯引き締めた後に、紐の端を巻き付けた紐の中へと押し込む。

 これで見た目もばっちり! 武骨ながらも実用的な、世界で一本だけのマイナイフの完成だ!

 俺と香住ちゃんは、ナイフを入れる鞘を選ぶ。こればかりは予め作られていた物の中から、自分で作ったナイフに合うサイズの物を選ぶわけだ。まあ、鞘もしっかりとした革でできているので、これも自作しようと思うと更に数時間はかかるだろう。

 昼過ぎ頃から休憩を挟んで作業したので、そろそろ午後四時も近い。香住ちゃんの門限もあることだし、そろそろ帰路につかなくちゃね。

「今日はありがとうございました」

「すごく楽しかったです! また来ますね!」

 俺と香住ちゃんがそう言うと、店主さんとお弟子さんが笑顔で応えてくれた。

「良かったら、また来てね。この施設、他にも楽しい体験がいっぱいあるしさ」

「何なら、今度は二人の結婚式で使うナイフを作りに来てもいいよ?」

 と、最後にお弟子さんにからかわれたけど。でも、本当にそんなことが実現するといいな。

 顔を赤らめつつも、俺と香住ちゃんは互いに見つめ合い、えへへと笑う。

 施設を後にした俺たちは、バスに乗って最寄り駅へ。そしてここから、俺たちが暮らす町へと戻るわけだ。

「今日は本当に楽しかったですね!」

 帰りの電車の中で、香住ちゃんがそう言ってくれた。

 いや、そう言ってもらえただけで、今日は遠くまで来た甲斐があったってものだよね。

 いつかまた、二人でここへ遊びに来ようと約束しつつ、その日は終わりを告げたのである。

 あ、もちろん、家まで送って行ったぞ。

 その際、また権蔵さんと鉢合わせをして、お茶をご馳走になってしまった。

 しかも、今日は香住ちゃんのご両親も在宅であり、予期せぬご両親との顔合わせに緊張しまくった俺がいましたとさ。



 さて。

 夏休みに入ったとはいえ、そうそう毎日暇というわけでもない。

 バイトだってあるし、夏休み中にやっつけなくちゃいけない課題やレポートもあるしね。

 時には大学の友人たちと遊びに行ったりもするだろうし。

 そうそう、折角夏なのだから、香住ちゃんとプールや海にも行きたいな。

 香住ちゃんの水着姿……想像しただけで興奮ものである! だって男の子だもの!

 海と言えば、あのペンギン騎士のいた世界を思い出すけど、あの世界にはイマイチ行きたいとは思わない。

 どうもあの世界では、人間の地位はかなり低そうだ。そんな世界に行って、支配階級らしきペンギンたちにどんな難癖をつけられるか分かったものじゃない。

 でも、あの世界にも俺の聖剣に関する手掛かりがあるかもしれないしなぁ。最低でももう一度くらいは、あの世界に行く必要があるかもしれない。

 よし、あの世界へ行く時は、忘れずに水着も持って行こう! もちろん、香住ちゃんにも勧めるぞ!

 それよりも、異世界へ行くとしたらもう一つの日本だよね。あの世界で、聖剣に関して調べてみたいし。

 とはいえ、あの世界に行くのもちょっと気がひけるんだ。ほら、あっちの世界にも香住ちゃんがいるから。

 こっちの香住ちゃんと向こうの香住ちゃん、二人が鉢合わせしたらどうなるんだろう?

 こっちの香住ちゃんは、向こうのことを理解しているからいいとしても、向こうの香住ちゃんは俺や聖剣のことをよく知らない。そこへ自分そっくりな人間が現れたら、どんなパニックを起こすか分かったものじゃない。

 向こうの俺──瑞樹に予め連絡を取り、予め向こうの香住ちゃんに説明してもらい、向こうの香住ちゃんに俺たちのことを理解してもらえれば事は簡単だ。だが、この作戦を遂行するには、大きな問題がある。そもそも、作戦の始発点である瑞樹に連絡が取れないから。

 でもまあ、行くだけ行って、何とか向こうの香住ちゃんと遭遇することなくこっちに戻ってくればいいかな?

 具体的には、瑞樹の部屋から一歩も外に出ないとか。買い物とか外で何か調べるひつようがあったら、瑞樹に頼めばいいし。

 でも、折角異世界へ行くんだから、少しは外も見て回りたい。こっちの町と、違う所があるかもしれないしさ。

 うん、やっぱり、次に行くべき異世界はもう一つの日本だね。香住ちゃんの日程もあるだろうし、後で連絡して改めて異世界へ行く日程を決めよう。


□ □ □ □ □


 目の前に鎮座するモニター。

 そのモニターと手元の書類に記されている数字を交互に見つめ、彼女はキーボードの上でその華奢な指を華麗に踊らせ、書類の数字を次々と入力していく。

 と、それまで休むことなく動き続けていた彼女の指が、突然停止した。

 彼女はモニターから目を離し、部屋の片隅へと視線を向ける。そこには、彼女が思った通りのがいた。

「やあ、お帰り。今回はどうだった? 何か問題はあったかい?」

 親しみを込めた笑みを浮かべ、彼女は「ソレ」へと言葉をかけた。

「ふむふむ。ああ、ようやく彼もそのことに気づいたのか。しかし、彼……水野くんはちょっと鈍いところがあるね。ボクなら、すぐに君とスマホが接続できることぐらい思い至るというものだが。え? ああ、気づいたのは香住くんの方か。ははは、やっぱり、水野くんはちょっと鈍いねぇ」

 くくくく、と彼女は楽しげに笑った。そこに嫌味などは一切なく、逆に親しみや慈しみの色が交じっているほどだ。

 だが、彼女のその笑みも突然消え失せた。「ソレ」が続けた言葉の中に、聞き捨てならないものが含まれていたから。

「……そうか。遂に『連中』が動き出したか。しかも、君の存在を正確に把握しているようだし、こちらも何か手を打つ必要がありそうだね」

 彼女は腕を組み、眼鏡の奥の瞳──虎目石のような双眸を鋭く光らせる。

「もしも、『連中』がここを嗅ぎつけたら……うん、少し、防御を固めておくか。ああ、君はすぐに水野くんの元に戻りなさい。『連中』は君の担い手である彼にも注目しているはずだ。彼に危害を加えようとするかもしれない。現に、異世界では君と一緒に襲われたのだろう?」

 その言葉が終わるや否や、「ソレ」は彼女の目の前から一瞬で消え失せた。彼女に言われた通り、担い手の元へと戻ったに違いない。

「ははは、水野くんも随分と気に入られたものだね。だけど、その分『連中』も彼に目を向けるだろう……さて、どうしたものかねぇ? 水野くんだけではなく、香住くんも守らないといけないしね」

 ぎしり、と身体を椅子の背もたれへと預け、彼女はそっと目を閉じた。

 その脳裏で、今後激しくなるであろう敵との攻防を、あれこれと模索しながら。







~~~ 作者より ~~~


 第4章はこれにて終了。

 閑話を2話ほど挟みまして、次章へと入る予定です。

 また章と章の間に、いつものように二週間ほど休憩も入れる予定ですが、引き続きお付き合いいただけると幸いです。


 では、今後ともよろしくお願いします。


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