疑問、その2



「シゲキ殿の話を聞くに、その怪物とやらは〈つちやし〉ではあるまいか?」

「私もそうだと思います。でも、〈土肥やし〉はとても大人しい生き物で、他の生き物を襲うことはないはずだけど……」

 俺が遭遇したスライムモドキ。その話をフィーンさんやボンさんに聞かせたところ、あのスライムモドキは〈土肥やし〉と呼ばれる生き物だと分かった。

 何でも、落ち葉などを食べて土を豊かにしてくれるらしい。だから〈土肥やし〉。つまり、地球でいうところのミミズに近いポジションの生き物なんだね、きっと。

 それに、大きさも本来なら俺が遭遇した奴ほど大きくはなく、精々が握り拳程度だそうだ。しかも、大人しい性質らしく他の生物を襲って食べたりはしないのだとか。

 だったら、アレは一体何だったんだ? 実際に俺はあのスライムモドキに襲われたし、トカゲのような生き物があいつに捕食される瞬間だって見た。

 何らかの理由によって突然変異し、性質や食性が変化して他の生物を襲った? もちろん、その可能性もあるだろう。

 だけど、俺にはそうは思えない。その理由は……声だ。

 あの軋むような独特な声を、俺はスライムモドキが湖に没する時に聞いた様な気がする。いや、あれは空耳なんかじゃない。間違いなく実際に聞こえたんだ。

 そしてそれは、近未来世界で遭遇した〈ビッグフット〉の声によく似ていた。

 もしもあの声が〈ビッグフット〉と同種のものであったとしたら、あのスライムモドキと〈ビッグフット〉には何か関連があるということになる。まさか、たまたまあいつらの声が似ていただけ、なんてことはないだろう。

 果たして、スライムモドキと〈ビッグフット〉との間に、どのような関連があるのかは俺には分からない。だけど……おそらくだけど、あいつらが狙っていたのは俺じゃなく、俺の持っているこの聖剣だ。

 つまり。

 あいつらは聖剣にとっての「敵」ということか?

 仮にそうだとすると……今後もあいつらと遭遇することになるかもしれない。



「…………茂樹さん?」

 黙って考え込んでいる俺を心配したのか、香住ちゃんが心配そうに声をかけてくれた。

 ああ、本当にこのは優しいね。そんな娘が俺の彼女なんて……幸せすぎるぜ、こんちくしょう。

 ああ、今のこの気持ちを声に出して叫びたい! もちろん、恥ずかしいからそんなことはしないけど!

「何でもないよ、香住ちゃん。それより、ボンさんたちの練習の方はどう?」

「はい、本当に基本的なことだけ、教えておきました。後は日々の反復練習あるのみですね。次にこの森に来ることがあれば、その時にエルフさんたちの様子を確認して、次の段階へ進もうかと思います」

 なるほど。確かに一日で教えられることなんて、ほとんどないだろうからね。

 となると、近いうちにまたこの世界に来ないといけないな。まあ、もうすぐ夏休みだし、再びこの世界に来る機会もあるだろう。

 ああ、夏休みと言えば例のナイフ作り体験の予約が取れたこと、まだ香住ちゃんに話していなかったな。

 七月の下旬だけど、予約の空きがあったのでそこを押さえたんだ。

 異世界に一緒に来るのもいいけど、現代日本で一緒にどこかに出かけるのも楽しみだね。

 あ、そうだ。

「ボンさん、ちょっといいですか?」

「む、なにかね、シゲキ殿?」

 ボンさんが俺へと振り向く。目鼻のないボンさんの顔だが、彼が俺のことを「見て」いるのははっきりと分かる。

「これ、良かったら受け取ってください。これから森を守るボンさんの助けになると思いますから」

 と、俺はマイナイフをボンさんへと差し出した。

 俺自身が作ったお気に入りのナイフだが、ボンさんに譲るのであれば惜しくはない。

 この森を守りたいというボンさんの気持ちに、俺なりに応えたいしね。俺は香住ちゃんみたいに剣を教えることはできないから、少しでもボンさんの助けになるようにこのナイフを彼に託したいんだ。

 それに、俺が適当に作った木刀モドキじゃ、実際に何らかの敵と戦うことになった時、頼りなさすぎるだろう。

 ナイフの方は、今度香住ちゃんと一緒に作ればいい。その香住ちゃんはと言えば、「いいんですか?」と視線で俺に問いかけている。

 それに黙って頷いて見せれば、香住ちゃんもまた微笑んでくれた。

「ほ、本当に某がいただいてもいいのかね?」

「はい。ボンさんに受け取って欲しいんです」

「…………かたじけない。たとえシゲキ殿とカスミ先生がこの森にいなくても、日々鍛錬を欠かさないことを誓うでござる。この……シゲキ殿からいただいたカタナにかけて!」

 な、なんか思ったより喜んでくれたみたいだ。俺としても嬉しいけど。それからボンさん。それ、刀じゃなくてナイフだからね?

 まあ、あのナイフの素材は日本刀と同じらしいし、製法も日本刀のそれに近いらしいからあながち間違いじゃないけど。

 あのナイフ作りを教えてくれた鍛冶屋さん、先祖は刀鍛冶だったらしく、その製法を今でも受け継いでいるそうなんだ。

 江戸時代が終わり、明治、大正、昭和と時代が移り変わるに従って、刀ではなく日用品を扱う「村の鍛冶屋」になっていったらしい。世の中から刀が消えていくのに合わせて、多くの刀鍛冶が取り扱う「商品」を変えていった時代だったのだろう。

「じゃあ、私からはこれを」

 と香住ちゃんが自分のバッグから取り出したのは、黒い紐だった。

「ロープの代用品にはなりませんけど、何かを縛ったりするのに使えるかなと思って、バッグの中に入れておいたんです」

 ちろっと舌を出しつつ、補足を加える香住ちゃん。くぅ、そんな仕草も可愛いぜ。

 香住ちゃんはナイフの鞘のベルト通しに紐を通し、その紐をボンさんの腰──に該当する部分──に結びつけた。

「こうしておけば、ナイフの持ち運びに便利ですよ」

「何から何まで……本当にかたじけない」

 ボンさんが、またもやずぼっと頭を地面に突っ込ませた。いやー、何というか……ボンさんがどんどん可愛くなっていくなぁ。香住ちゃんとは違った方向だけど。



 その後、フィーンさんに森の中を本格的に調べてもらうことを提案した。

 この前の白いイモムシといい、今回のスライムモドキ……いや、〈土肥やし〉といい、この森で何かが起きているかもしれないからだ。

「分かりました。森の全ての種族にこのことを通達し、おかしなことがないか注意してもらいます」

 フィーンさんを始めとしたエルフたちは、俺の提案を快く受け入れてくれた。自分たちが暮らす森に係わることだから、他人事じゃないもんな。

「某も同胞たちから話を聞いてみよう」

 とボンさんも協力を申し出てくれた。そう言えば、ボンさんたちマンドラゴラは、同族同士の特殊なネットワークがあるんだっけか。彼らがどんな方法で連絡を取り合っているのかは知らないが、マンドラゴラたちのネットワークは情報を集めるのに役立ってくれそうだ。

「機会を見つけて、近いうちにまたこの森へ来ます」

「では、それまでに森の様子を検めておくわね」

「皆さん、今日教えたことをしっかりと毎日繰り返してくださいね。基礎の積み重ねはどんなことでも一番大切ですから」

 香住ちゃんの言葉に、彼女の教え子となったエルフたちが真面目な表情で頷いている。どうやら、彼女はエルフたちから完全に師匠と認められたみたいだ。

 腕時計で時間を確認すれば、そろそろタイムリミットだ。間もなく携帯のアラームも鳴るだろう。

 あ、もう一つ、フィーンさんたちに調べてもらっておこう。

「え? シゲキのその剣について調べればいいの?」

 そう。アルファロ王国で俺の聖剣が、「神剣カーリオン」として伝承に残っていたように、この世界でも俺の剣のことが何か伝わっているかもしれない。実はこの前行った近未来世界でも、セレナさんに聖剣について調べてもらうように頼んでおいたんだ。

 先日の〈ビッグフット〉に、今日遭遇した〈土肥やし〉……これらの異世界でも普通ではないと思われる存在たちは、おそらく俺の聖剣の「敵」だと思う。

 これから先、再び「敵」と遭遇する可能性もあるだろう。なら、聖剣について調べれば、「敵」のことも何か分かるかもしれない。

 現代日本でも、ちょっと調べてみるか。まあ、ただの大学生である俺にできることなんて、ネットで検索してみることしかできないけど。

 それに、この聖剣をネットオークションで落札した時、「カーリオン」というキーワードで調べてみたけど、それらしい情報はヒットしなかったんだよな……ん?

 そ、そうだ! 俺の住んでいる現代日本ではだめでも、他の日本でネット検索したら何か引っかかるかもしれないじゃないか!

 もう一つの日本。そう、みずのいるあの日本なら、何か分かるかもしれない。特にあの世界は、剣が重要な意味を持っているようだし。行って調べてみる価値はありそうだ。

 だけど、ちょっと不安な要素もあるにはあるよな。

 瑞樹の話によれば、あの世界の怪物である〈鬼〉は、どんな攻撃も受け付けないそうだ。だけど、そんな〈鬼〉を俺の聖剣は一刀両断にした。

 もしもあの世界に俺の聖剣に関する情報があるのなら、〈鬼〉を斬る剣としてそれなりに有名になっていると思うんだ。だけど、そのことは誰も知らないみたいだった。

 もしかして、〈鬼〉に対する有効な武器として、一般には知らされていないのかも。例えば、各国の上層部だけが知っている情報として、〈鬼〉を倒せる武器は存在しているとか……?

 もしもそうであれば、いくらネットで調べても何も分からないかもしれない。でも、何らかのヒントぐらいは掴めるかもしれないじゃないか。

 よし、次の目的地は決まったな。

 次に行く異世界は、〈鬼〉のいるもう一つの日本だ。



 でもその前に、香住ちゃんとナイフ作りに行かないとね。


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