スライムモドキ




 聖剣が最初にじぶんで斬りかからずに拳銃を撃ったのは、おそらく確認するためだろう。

 今、俺の目の前にいるスライムのような不定形生物に、物理的なダメージが有効かどうか。そして、自身の刀身を溶かされるかどうか、も。

 さすがは俺の聖剣。抜け目がないね。いくら聖剣が無敵であろうとも、金属さえ溶かしてしまうような敵は相性が悪すぎる。

 多分、あのスライムモドキに直接斬りかかれば、聖剣の刀身だって溶かされてしまうのではないだろうか。少なくとも、石や鉛玉は瞬く間に溶かされたし。

 となると……あれ? この状況、やっぱりかなりピンチなんじゃね?

 物理攻撃が無効でも、俺の聖剣には電撃能力がある。実際、今もぱりぱりと刀身に雷が走っているけど……これ、離れた相手に放電できるのかな?

 触れた相手にしか放電できないとしたらアウトなんだけど……石や拳銃の弾丸とは違って、この不思議な聖剣の刀身ならあのスライムモドキに触れても短時間なら耐えられるかもしれないし、全く溶かされないかもしれない。

 だけど、それを実際に試してみる気は全くない。この聖剣は俺にとって大切な相棒であり、10万円もした高額なシロモノだ。あ、この際、値段はどうでもいいか。

 とにかく、あのスライムモドキには直接触れないようにしないと。

 ってか、そもそもあのスライムモドキは一体何なんだ? あんな怪物がいるなんて、フィーンさんやボンさんは何も言っていなかったぞ。

 もしもフィーンさんたちがこいつの存在を知っていれば、俺に何か言ってくれるはずだし、彼女たちも知らない未知の怪物ということだろうか?

 この前の巨大イモムシといい、このスライムモドキといい、この森に何か異変でも起きているのだろうか? 一度、フィーンさんたちに徹底的に調べてもらった方がいいかもしれないな。

 それに、この怪物をエルフの集落に近づかせないようにする必要もある。ここからエルフの集落までそれほど離れていないので、これ以上近づけてエルフたちに危害が及ばないように注意しよう。

 だが、先程撃った銃声を聞きつけて、誰かがこちらに来るかもしれない。少なくとも、香住ちゃんなら来てしまうだろう。この森の中で銃声を放つことができるのって、俺ぐらいだろうし。

 よし、香住ちゃんがここに来るまでに、何とかしてこいつを片付けよう。もちろん、協力してくれるよな、あいぼう

 ちらりと手にした聖剣へと視線を向けると、俺に応えるかのようにきらりとその刀身が輝いた。



 日本のゲームやサブカルチャーでは、スライムというモンスターは最下級の雑魚として描かれる場合が多い。

 だが海外のRPGなどでは、正しい対処をしないと倒せない厄介なモンスターとして登場することの方がほとんどのようだ。

 例えば、炎や熱じゃないとダメージを受けないとか、逆に冷気だけが影響を与えるとか。

 それ以外の攻撃を加えても、全くダメージが与えらない。それどころか、有効な手段以外の攻撃を加えると、いくつかの小型スライムに分裂して更に手に負えなくなるなんて場合もあるぐらいだ。

 果たして、目の前のスライムモドキはどのような特性を持っているのか。物理的なダメージは受け付けないのは分かったけど、電撃は大丈夫だろうか?

 試してみるしかないってのが現状だけど……電撃で攻撃したら、分裂したりしないよな?

 他には……ああ、基本的に物理攻撃は無効でも、弱点である「核」さえ破壊できれば、そのまま倒せるなんてパターンもあるか。

 どれ、奴にその「核」はあるかな?

 俺は改めてスライムモドキを見る。巨大な体は透き通った灰色。常時周囲から枯れ葉やら石ころやらを体内に取り込み、しゅわしゅわと消化吸収している。

 あ、今、俺の腕の半分ほどの大きさのトカゲっぽい生物が奴に捕えられ、あっと言う間に溶かされた。

 うん、結構グロかったな。生き物が悶え苦しみながら溶けていく様子……正直、二度と見たくはない光景だ。

 それよりも「核」だ。奴に「核」は…………うん、ないみたいだな。少なくとも、俺に見える範囲でそれっぽい物は見当たらない。

 どうやら、このスライムモドキは「核」を有するタイプじゃないっぽい。もしかすると「核」はあっても、簡単には見えないように偽装されているかもしれないけど。

 どちらにしろ、現状ではいよいよ電撃を試してみるしかないわけだが……まあ、他に手段はないわけだし、やるしかないな。

 では、せんせい! ひとつ、強力なをお見舞いしてやってください!

 俺が心の中で聖剣にそう告げた途端、その刀身から紫紺の輝きがスライムモドキに向けて迸った。



 空気を切り裂いて、眩い雷光が走り抜ける。

 同時に、周囲にはコピー機を使った時のような独特な臭いが漂う。これって、オゾン臭っていうんだっけ? 雷が落ちた後などにも、こんな臭いがするとか聞いたことがある。

 そして放たれた電撃は、狙い違うことなくスライムモドキへと命中した。

 いやいや、聖剣の電撃が離れた相手にも放電できて良かった! もしも触れた相手にしか放電できないなら、聖剣が傷つくことを覚悟しなければいけないところだったよ。

 電撃を受けて、スライムモドキが苦しそうに身を捩る。おお、効いているっぽいぞ! このまま連続で電撃を放てば、あのスライムモドキも倒せそうだ。

 問題は、聖剣の魔力……じゃなかった、充電してある電気があいつを倒せるまで保つかどうかだ。

 それに、俺たちが元の世界に帰るのにも、電力は必要だろうし。

 しかし、今更だけど電気が異世界転移のエネルギーって本当に不思議だね。もしかすると聖剣の内部で、電気を魔力とかの不思議エネルギーに変換されていたりして。

 とにかく、俺と香住ちゃんが帰還するために最低限の電気を残して、残りは全部放電しても構わない。だから……やっちゃえ、聖剣先生!

 そんな俺の心の声に応えてくれたのか、聖剣から再び眩い輝きが放たれる。

 放たれた電撃が、スライムモドキを打ち据える。うん、間違いなく効いている。だけど、それは致命的な一撃ではないようだ。苦しげに身を捩るスライムモドキが、体の一部を触手のように俺へと伸ばしてきた。

 確かに電撃はスライムモドキにダメージを与えているようだが、それでも反撃できるだけの余力はあるようだ。

 後何回、電撃を浴びせればあいつを倒せる? あいつを倒せるまで、聖剣に蓄えられた電気は保つのか?

 一応、前回香住ちゃんに言われてモバイルバッテリーは一つだけ持ってきている。だけど、そのバッテリー分の電気を使っても、あいつを倒せるかどうかは未知数だ。そもそも、戦闘中にのんびりと充電なんてできないだろうし。

 そんなことを考えている間にも、触手は俺へと迫る。気づけば、触手の数は四本ほどに増えていた。その触手たちを、俺は……いや、聖剣に操られた俺の身体は全て回避する。

 いつものように、聖剣で弾いたり受け流したりはしない。この触手だって奴の体の一部だ。触れたら溶かされる可能性は高い。

 だから、聖剣も回避ばかりのようだ。あ、俺を捉え損ねた触手が手近にあった樹に当り、見る間にその樹が溶かされていく。

 うん、やっぱり触れたら駄目なやつだ、あれ。

 鞭のような触手たちが俺へと迫る。それらを回避しつつ、聖剣は電撃を飛ばして反撃する。だが、効いてはいるものの一向にスライムモドキが弱る様子はない。

 だけど……何となくだけど、何度も電撃を受けた奴の体が、若干小さくなっているような……?

 もしかしてこれ、電撃を受けたことで体内の水分が失われたとか? ほら、電気分解の要領で。もちろん、あてずっぽうというか、単なる思いつきだから確信は全然ないけど。

 だけど体の水分を奪うことで奴を倒せるのであれば、それを利用するものありかも。例えば、ナメクジに塩をかけるみたいな感じで。あれ、浸透圧が関係しているんだっけ?

 もちろん、このスライムモドキを倒せるほどの塩なんて持ち合わせていない。だけど、必ずしも塩が必要というわけじゃない。スライムモドキの体の水分より、濃度が高い液体があればいいのだから。

 濃度の異なった二種類の液体を半透膜を挟んで隣り合わせに置くと、お互いに同じ濃度になろうとするからね。その作用を利用すれば、電撃を使わなくてもあのスライムモドキを倒すことができるかもしれない。

 この場合の問題は、浸透圧の作用がこの異世界でも生じるかどうかだ。異世界である以上、俺たちの世界とはいろいろと違っている点があっても不思議じゃない。ってか、違いがあると考えた方が妥当だろう。

 だけど、聖剣に充電してある電気に限りがある以上、いろいろと試してみる価値はあるだろう。この世界では俺が知る浸透圧とは別の現象が起きるのだとしても、試してみないことには始まらないからな。

 俺は自分の意思で、この場から走り出した。目的地は……先程この森の中を歩いていた時に見つけたあそこだ。

 あそこで、ちょっと試してみよう。



 俺の意思を読み取ったのか、走る速度が一気に増した。どうやら、聖剣がサポートしてくれているらしい。

 走りながら背後を見れば、スライムモドキが追ってくる。俺のことを完全にロックオンしたっぽい。そして、背後から俺に迫る触手の鞭。だが、奴の触手も射程距離に制限があるようで、走る俺を捉えることはできなかった。

 よしよし、いいぞ。このまま、あいつをもっと俺に引きつけよう。そうすれば、エルフの集落からも引き離せる。

 一応、スライムモドキとの距離はある程度一定に保っておく。俺を見失ったスライムモドキが、エルフの集落の方に行かないように。そして、奴の触手が届くか届かないかというぎりぎりの距離も。

 どこか奇妙な鬼ごっこを続けることしばらく。俺の目に、木々の向こうにきらきらと煌めく輝きが見えてきた。

 どうやら、目的地に到着したようだ。

 そう。

 俺の目指した場所。それは森の散策中に見つけた湖だ。

 最後に背後をちらりと見やり、スライムモドキがしっかりとついて来ていることを確認。後は、あいつが見た目通りの存在であればいいのだが……。まあ、それはやってみれば分かるよな。

「よし行け、聖剣! このまま湖のを突っ走れ!」

 手の中の聖剣に、声に出して告げる。その声に応えてくれたのか、走る速度が更に上がる。

 そして俺は……いや、俺たちは森を抜けた。目の前に広がるのは銀に輝く湖面。吹き抜ける風を受けて、湖面は緩やかに波立っている。

 その湖面を、俺はそのまま全速力で駆ける。もちろん聖剣の不思議パワーで、空中に足場を作りながらだ。

 俺の身体は、湖の上を疾走する。まるで、目に見えない透明な橋を渡るかのように。

 そして、湖上をある程度まで走ったところで停止し、背後へと振り返る。

 俺を追ってきたスライムモドキは、湖へと突進する。

 だが、既に見えない足場はない。おそらくだけど、今立っている俺の足の下にあるだけだろう。

 そうなると──どうなる?

 当然、スライムモドキは湖に没する。この湖は最初こそは遠浅なのだが、すぐに切り立ったになっている。つまり、急に水深が深くなるのだ。

 どうして俺がそれを知っているのかと言うと、ちょっとだけ湖に入ってみたから。靴を脱ぎ、ズボンの裾を捲り上げてね。

 正直なことを言うと、もう少しでこのカケアガリに嵌り込み、全身ずぶ濡れになるところだったのは俺だけの秘密である。

 異世界の未知な湖に入ろうなんて、危険なことだと分かっている。分かっているけど……気持ち良さそうだったんだ! 実際、湖の水は冷たくてとても気持ち良かったよ!

 それはともかく、湖のカケアガリにスライムモドキはずっぽりと嵌った。警戒することもなく、ただひたすら俺を追いかけてきたのだ。当然の結果と言えるだろう。

 どうやらこのスライムモドキ、見た目通りそれほど知能は高くはないようだ。周囲を警戒することもなく、ただ本能……食欲に引かれて俺を追いかけてきたみたいだな。

 だから、湖の深みに嵌った。しかもこの湖は──実は塩湖だったりする。

 先程湖に少し入った時……というか、深みに嵌りそうになった時に、ちょっとだけ飛沫が口に入ったんだ。その時、かなり塩辛い味がした。

 もちろん、すぐに吐き出したさ。それに、この湖に溶け込んでいるのが塩とは限らない。でも、この湖の水が濃度的にかなり高い何らかの溶液なのは間違いないだろう。

 そんな濃度の高い溶液にスライムモドキが落ちれば……そう、これが俺の狙いだ。

 浸透圧。果たしてこの世界でも作用するか疑問だったが、どうやら杞憂だったみたいだね。

 湖に嵌り込んだスライムモドキの体が見る見る小さくなっていく。浸透圧の作用で、奴の体内の水分が、高濃度な周囲の溶液へと移動しているからだ。

 俺が見つめる先、どんどんと小さくなっていくスライムモドキ。その大きさがある程度まで小さくなった時、奴の体はゆっくりと湖の底へと沈んでいった。

 これでスライムモドキが死んだのかは、俺には分からない。だが、無力化できたのはまちがいないだろう。

 だけど。

 だけど、奴が沈んでいく時、俺は何かが軋むような音を聞いた。それはまるであざ笑うかのようにも聞こえて──そう、キシシっ、と俺を笑ったような気がしたんだ。

 しかもその声は、この前近未来世界で遭遇した変異体、〈ビッグフット〉の声にとてもよく似ていた……ような気がする。

「…………まさか、あの〈ビッグフット〉とスライムモドキに何か関係が……?」

 俺の呟きは、湖面を渡る風に飲まれて誰にも聞こえずに消えていった。



 エルフの集落に戻る途中、俺を探しに来た香住ちゃんと出会った。

 やはり銃声を聞いて、心配になって探しに来てくれたようだ。

 当然、何があったのかを問われたわけだが……はい、全部素直に話しました。下手に隠して後でバレるより、自分から正直に話した方が罪が軽くなると思ったんだ。

 でも。

「…………茂樹さん? 私、何度も危険なことはしないでくださいって言いましたよね? それなのに、茂樹さんはまた一人で危ないことをして……馬鹿ですか、あなたはっ!? 人の言うことが理解できないんですかっ!?」

 と、目尻に涙を浮かべながら怒られてしまった。はい、全部俺が悪いです。

 結構キツい言葉で叱られたが、それも俺を心配してくれるからだからね。ここは何も言い返せませんです。

 だから、俺は誠心誠意謝った。それぐらいしか、俺にできることはないから。

 涙を浮かべつつ、怒りを滲ませた目でじっと俺を見つめていた香住ちゃん。だけど、ふっと俺に近づくとそのまま俺の身体を抱き締めた。抱き締めてくれた。

「…………茂樹さんが無事で……本当に……良かった……ぁ……」

 うん、ごめん。本当にごめん、香住ちゃん。

 心の中で何度も謝りつつ、俺もまた彼女を力一杯抱き締めた。

 香住ちゃんの身体はとても柔らかく、そして、温かかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る