再びエルフの森



 転移の光が消滅すると同時に、俺は周囲をゆっくりと見回した。

 俺……いや、俺と香住ちゃんを取り巻くように、周りには鬱蒼とした木々が密生している。

「……ここが……エルフたちの住む森なんですね?」

「ああ。問題なく転移できていれば、ね」

 前回、近未来世界へ行った時も、設定した通りに転移できた。今回も問題なく転移できていると思う。

 とはいえ、周囲は見渡す限り木、木、木。森の中なのは間違いないが、果たしてここがフィーンさんたちエルフのいる森なのか……そこまでは分からない。

「とにかく、ここがエルフたちのいる森だと信じて、少し移動しようか。ここで突っ立っていても、エルフたちに出会えるわけじゃないしね」

「そうですね」

 にっこりと微笑んだ香住ちゃんと、肩を並べて森の中を歩き出す。

 うん、今までもこうして列んで歩いたことはあるけど、これまでより二人の距離が近い気がするぞ。うん。だって、今にも二人の肩が触れ合いそうなぐらいで……おっと、いかん、いかん。以前この森──ここがエルフたちの住む森ならば──で、慢心したがために大怪我をしたんだ。浮かれていないで、周囲に注意しないとな。

 そうやって辺りを警戒しつつ、森の中を歩くことしばらく。そんな俺たちを突然呼び止める声がした。

「おお、覚えのある気配がしたかと思えば、シゲキ殿ではござらぬか! 久しぶりでござるな!」

 という声が聞こえてくると同時に、突然足元の地面がぼこりと隆起した。

「きゃ……!」

 いきなりだったので、驚いた香住ちゃんが数歩後退し、腰に佩いた剣の柄に手をかける。おっと、大丈夫だよ、香住ちゃん。だってこの人は……

「こちらこそ、お久しぶりです、ボンさん」

「うむ、達者そうであるな」

 土の中から這い出してきたのは、俺の腰ほどもある根っ子みたいな生き物。大雑把に人の形をしたその根っ子こそが、この世界の友人の一人であるマンドラゴラのボンさんだ。

「む、そちらの御仁は……シゲキ殿と同族の方でござるか? これは初めてお目にかかる。それがし、マンドラゴラのボンと申す。以後、よしなに」

 そう言いながら、ひょいっと頭を下げるボンさん。相変わらず、その体には目も耳もないけど、俺たちのことはしっかりと見えているし、聞こえているようだ。

 それに、相変わらずと言えばボンさんの侍言葉。うん、何とも懐かしく思えるな。

「あ、えっと……こちらこそ、よろしくお願いします。私、森下香住といいます。香住と呼んでください」

「おお、カスミ殿と言うのだな。うむ、心得た。某のこともボンと呼んでくだされ」

 ボンさんが差し出した根っ子の一部……人間で言えば手に当たる部分を、香住ちゃんが笑顔で握り返している。どうやら、こっちでも握手の習慣があるらしい。

「して、本日はどのような要件でこの森に来られたのだ?」

「実はですね。先日、エルフのフィーンさんからもらったエルフの妙薬を使いきってしまって……できれば、その補充をお願いしようかと思いまして」

「なるほど、なるほど。エルフたちの妙薬はよく効くからな。であれば、シゲキ殿たちさえよければ、某がエルフたちの集落へとないしてしんぜよう」

 もちろん、俺と香住ちゃんにボンさんの申し出を断る理由はない。

 俺たちは、小さなボンさんの歩幅に合わせて、ゆっくりと森の中を歩いていった。



「う………わぁ……」

 その光景を見て、香住ちゃんが真っ赤になった顔を両手で覆った。でも、しっかりと指の間からその光景を見ている辺り、エルフに対する興味が羞恥を上回っているらしい。

「し、茂樹さんから聞いてはいたけど……ほ、本当にこの世界のエルフたちは全裸なんだ……」

 森の中の開けた空間。あちこちに泉が湧き出しているその場所に、たくさんのエルフたちがいた。

 うっすらと緑がかった白い肌に、綺麗なグラデーションを描く緑の髪。そして、頭部で揺れる花々。

 そして、男性も女性も皆、全裸。うん、間違いなく、ここは俺が知るエルフたちの集落だ。

「シゲキ!」

 そして、集落の奥から見知ったエルフの女性が駆け寄ってきた。もちろん、フィーンさんである。

「また来てくれたのね!」

「はい、以前約束した通り、厚かましくもまた来ちゃいました」

 俺の前まで走ってきたフィーンさんは、その勢いを止めることなくそのまま俺へと抱き着いて来た。

 ちょ……ちょおおおおおおおおおおっ!? ちょ、ちょっと待ってくだされ、フィーン殿っ!!

 って、あまりに予想外のことに、思わずボンさんみたいな口調になってしまった。

 ほ、ほら、俺としてはこうして抱き締められることは嬉しいんだけど、今の俺には……ね? 俺の横で、何やらむっすりと俺を睨んでいらっしゃるマイハニーがいることだしっ!!

 でも、フィーンさんの身体、相変わらず植物なのに温かくて柔らかいな……って、そんなことはどうでもいいからっ!!

 もちろん、フィーンさんはただ俺との再会を喜んでくれているだけだろう。なんせ、この世界のエルフたちは植物で、繁殖する際にはポリネーターの力を借りるわけだし。

 だから、変な下心とかありませんので。あくまでも、これは挨拶なので。

 ですから、そんな冷めた目で俺を見るのは止めてください、香住ちゃん。

 と、俺は心の中でマイハニーに土下座するのだった。



 フィーンさんと無事に再会した俺は、早速この森を訪れた理由を彼女に話した。

「それぐらいなら、簡単よ。あなたには、この前それだけのことをしてもらったのですもの」

 俺の申し出を快く受け入れてくれたフィーンさん。しかも彼女だけではなく、この集落にいる全てのエルフが俺の申し出を受け入れてくれた。

 エルフたちは俺からナイフを借り受けると、自らの腕を傷つけてそこから体液を滴らせる。

「これがエリクサー……エルフの体液……」

 きらきらとした瞳で、ペットボトルに溜まっていくエルフの体液──樹液?──を見つめる香住ちゃん。

 エルフたちが全裸でいることにすっかり慣れたのか、最初の時のように顔を赤くすることもない。それとも、羞恥心を忘れるほどエリクサーに意識を集中させているだけかもしれない。

 だけど、男性のエルフにはあまり近付かないように。いや、別に大した意味はないよ? 単なる俺の独占欲だ。悪いか。

 だって、エルフはやっぱり美形揃いなんだよ。この世界のエルフたちには、恋愛とか結婚とかいった意識や感覚がないことは知っているけど、やはり感情はそう簡単には割りきれない。

 そうやって俺がつまらないことを心の中で呟いているうちに、たくさんのエルフたちが協力してくれて、必要なだけのエリクサーが集まった。

 500ミリリットルのペットボトル四本分。それを俺と香住ちゃんが二本ずつ分けて所持する。

 エルフたちから少しずつ体液を分けてもらい、これだけの量を集めることができた。

 ちなみに、エルフたちも体液を失い過ぎると、命を落とすことがあるらしい。それを事前に聞いていたので、一人あたりから提供してもらう体液の量は控えめにしておいた。

 実際には十数リットル単位で体液を失わないと、そのような危険はないそうだが、それでも危険を避けるに越したことはないからね。

 それに、我も我もと体液の提供を申し出てくれるエルフがたくさんいて、一人あたり僅かな量を提供してもらうだけで十分足りたのだ。

 用意してきたペットボトルもそれほど多くないし。仮に大量の体液を分けてもらったとしても、エリクサーの品質というか薬効がいつまで保つのかも分からない。

 であれば、必要な分だけをもらうに留めるべきだろう。それに、エリクサーがなくなったらまたこの世界に来ればいいだけのことだしね。

「ありがとうございます、皆さん。おかげで助かりました」

「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」

 俺と香住ちゃんは揃ってエルフたちに頭を下げる。ホント、この世界のエルフたちはいい人たちばっかりだ。

「私たちの体液が必要になれば、いつでも言ってくださいね」

 エルフを代表して、フィーンさんがそう言ってくれた。



 さて、この世界へ来て、早々に目的を達成してしまったな。

 いつものように、この世界の滞在時間は八時間に設定されている。つまり、まだまだこの世界にいられるってわけだ。

 これから何をしようかな? エルフたちに交じって、泉に足を浸してゆっくりと森林浴ってのも悪くはない。それとも、帰還時間までのんびりとこの森の中を散策するのもいいかも。前回はあの白いイモムシのような怪物を探したり戦ったりしたので、ゆっくりとこの森の中を見て回る暇がなかったんだよね。

 俺たちが住む日本にはいないような動物とか昆虫とか、是非見てみたい。もちろん、採集して持ち帰るわけにはいかないけど、じっくりと観察するぐらいなら許されるはず。

 もっとも、あの白いイモムシだけは勘弁だけど。あれにはもう二度と出会いたくないぐらいだ。

 まあ、何をするにしても、まずは香住ちゃんと相談だ。場合によっては、フィーンさんたちエルフに何か頼みごとをしないといけないかもだし。

 そう思って香住ちゃんへと振り返る直前、俺の太股辺りを何かがぽんぽんと叩いた。

 ん? 何だ?

「シゲキ殿。貴殿の用事はこれで終わったでござるかな?」

 何かと思えば、ボンさんだった。彼は俺たちがエリクサーを集めている間も、この場に留まっていてくれたみたいだ。

「……実はな、シゲキ殿。伝説のオークを打ち倒した貴殿に、折り入って頼みがあるのだ」

「頼み……ですか? そりゃあ、俺にできることなら喜んで頼まれますけど……そんなに改まって一体何を頼みたいんですか?」

「じ、実は……」

 ボンさんは何やらもじもじとしている。見た目が根っ子なボンさんがそんな仕草をすると、何というかこう、小動物的な可愛さがあるなぁ。

 見れば、香住ちゃんも目を輝かせてボンさんを見つめている。彼女もまた、可愛いもの好きのようだ。

 それはともかく、俺はボンさんのことを大切な友人だと思っている。確かに姿こそ人間からはちょっとかけ離れているかもしれないが、礼儀正しく義理固いボンさんに、俺はかなり好感を抱いている。もちろん、あくまでも友人として、だぞ。今の俺の心は香住ちゃん一色だからな!

 そんなボンさんの頼みとあれば、可能な限り最大限の協力しよう。うん。

「………………実はな、シゲキ殿。シゲキ殿の剣を、某に教えていただけないものだろうか……?」

 え、えっと……ど、どうしよう、これ?



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