森林世界へ
いいいいいいっやっっっっほぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!
香住ちゃんの家からの帰り道。俺は浮かれた。浮かれまくった。
だって、生まれて初めて彼女ができたんだぜ? これで浮かれないわけがないだろ?
にやけ面を止めることができず、ついスキップなんかしたりして。
周囲から少し変な目で見られていたけど、それさえ気にならなかった。
もっとも、後からすっげえ後悔したけどね。なんせ、これからは俺が変なことをすると香住ちゃんにまで迷惑が及ぶかもしれないからな。今後は更に紳士であることを心がけないと。
それはさておき、正直香住ちゃんとのことを誰かに自慢したくて仕方がない! もちろん、自慢する相手は山田とシャイアンだ。あいつら彼女いないし。
トクミツにも報告するつもりだが、あいつは彼女持ちだからな。自慢してもそれほどダメージを与えられないだろう。その点、山田とシャイアンはどれだけのダメージを受けるやら。
今から連中がどんな顔をするか、楽しみだな。うひひ。
あと報告するなら……バイト先の店長かな? でも、あの人はこれまでの俺たちの微妙な関係にも薄々気づいていたっぽいし、今後も俺と香住ちゃんの間に起きるであろういろいろな変化にも目敏く気づくだろうし……うん、店長には報告する必要はないな。
それ以外だと、実家の家族とか? いや、さすがに家族に「彼女ができました」って言うのは恥ずかし過ぎる。よし、こっちも報告しない方向で。
さて、浮かれ過ぎてもいけないよな。まだまだ俺と香住ちゃんの関係は始まったばかりなのだ。これから徐々に進展させていかないと。
焦りは禁物。トクミツも絶対に焦るなって言っていたしな。ここは経験者の助言に従っておくのが吉だね。
そんな浮かれ気分で過ごした一週間。
大学で山田とシャイアンに報告したところ、案の定かなりのダメージを与えることができた。
「ま、まさか、茂樹に先を越されるとは……い、いるんだな、おまえと付き合うような女の子が……」
「い、一体どんな物好きだよ、おまえと付き合うような女の子って……」
などと悔し紛れなことを口走っていたので、以前バイト中にスマホで撮った香住ちゃんとのツーショットを見せてやったら、何も言えずに轟沈した。ざまあみろ。
「へえ、なかなか可愛い子じゃん。大切にしろよ?」
とは、トクミツの談。さすが彼女持ちは余裕の態度だね。もしも山田とシャイアンに彼女ができたら、俺もトクミツのような余裕のある態度で接してやろう。
そんな日が来るといいな、山田にシャイアン。
あと、バイトの方も若干の変化が見られるようになった。
相変わらず店長の好意で、俺と香住ちゃんのシフトが重なることは多い。バックヤードに入った時に、ふと香住ちゃんと目が合ったりすることもあるわけだが……その時の彼女の恥ずかしそうであり嬉しそうであり、でもやっぱり恥ずかしいといった何とも言えない複雑な……いや、可愛い反応! もう、それを見ることができるだけで俺の胸は幸福感で一杯になる。
きっと、俺も香住ちゃんと同じような表情を浮かべているんだろうなぁ。その証拠に、俺たちの反応を見たパートのおばちゃんたちが、あっさりと俺と香住ちゃんの変化を見抜いた。まあ、見る人が見れば丸分かりな反応だったのだろう。
当然、そのおばちゃんからバイト仲間全員へ俺たちのことが知れ渡ったのは言うまでもない。それを聞いたバイト仲間たちは、快く俺たちのことを祝福してくれた。
中には悔しそうな顔をしていた俺と同年代の男連中もいた。どうやら、あいつらも香住ちゃんを秘かに狙っていたらしい。
はっはっはっ、悪いね、チミたち。チミたちの願望は打ち砕かせてもらったよ! この俺が!
と、いくら心の中でだけとはいえ、いつまでも調子に乗っているのは良くないね。
俺は今後、更なる紳士を志すと決めたのだから。
そんなこんなで一週間が経過し、再びやってきた週末。
もちろん、俺と香住ちゃんは異世界へ! これ、実質異世界デートだよね? そうだよね?
いいいいいいっやっっっっほぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!
おっと、いかん、いかん。調子に乗って変な失敗をしないように注意しなければ。
異世界にはどんな危険が潜んでいるか、分からないからね。
さてさて、気を取り直そう。
今日の行き先はエルフたちのいる森林世界。そこでフィーンさんにもう一度会って、エリクサーをもらうのが目的だ。
前回は500ミリリットルのペットボトル一本分をもらったけど、できれば今回は数本分もらいたいところ。
少なくとも、俺と香住ちゃんに一本ずつの二本は欲しい。で、予備にもう一、二本もらえると御の字だね。
おそらく、拒否されることはないと思う。一度しか行ったことないけど、あの世界のエルフたちは気のいい人たちばかりだったし。
あ、エルフだから「人」って表現はおかしいのか? でも、サブカルチャーなどではエルフも「人」の範疇として扱われることが多いので、「人」という表現で間違ってはいないだろう。
もっとも、あの世界のエルフたちは紛れもない植物だけどな。でも、しっかりとした人格もあることだし「人」でいいと思う。
問題は……あの世界のエルフたちが全裸ってことだよなぁ。前もってしっかりと香住ちゃんに説明しておかないと。
ようやく特別な関係になれたのに、変な誤解でその関係が壊れるなんてことになったら、悔やんでも悔やみきれないしね。
そうしているうちに、香住ちゃんが俺の部屋にやって来た。
「おはようございます、茂樹さん。ちょっと早すぎでしたか?」
「そんなことないよ。香住ちゃんならいつ来ても大歓迎さ。何なら、この部屋の合鍵を渡しておこうか? 俺がいなくても、好きな時に部屋に入れるようにさ」
「…………え?」
最初、ぽかんとした表情を浮かべた香住ちゃん。だけど、その顔はあっという間に真っ赤になった。
あああああああああああっ!! お、俺、何を言っちゃってんのっ!?
これじゃあまるで、俺がいない時に掃除とか洗濯とかして欲しいって言っているようなものじゃね? そ、それって、いわゆるひとつの通い妻的な?
い、いやいやいや、そりゃ確かにそうなったらいいなーとか、将来的には同棲とかも夢だなーとか思ったりもしたけど、まだそんなこと言い出すタイミングじゃないよねっ!?
付き合い始めてまだ一週間しか経ってないし、合鍵を渡すのはやっぱり早いよねっ!? 将来的にはともかくっ!!
…………まあ、通い妻ってのは俺の考え過ぎかもしれないけどさ。
「あ、あああああの、そ、そんなに深い意味はな、なくてね? た、単に、香住ちゃんならいつ来てもらってもいいよ、って意味であり……」
「そ、そうなんですか……あ、ああああ、ありがとうございます……?」
二人して、必死に笑いって誤魔化す俺たち。これもまた、似た者同士ってことなのかなぁ?
………………スペアキー、余裕あったっけ?
現在、俺はアパートの部屋の出入り口の扉に背中を預けて、空を見上げている。
うん、今日もいい天気だ。絶好の異世界日和だと思う。「異世界日和」なんて言葉はきっと辞書に載っていないだろうけど。それに、こちらの天気がいくら良くても、異世界へ行けば間違いなく天気は変化するだろうし。
で、どうして俺が部屋の外で空を見上げているのかと言えば、理由は極めて簡単。
今、部屋の中では香住ちゃんが着替えているからだ。
《
ジャケットだけならちょっと派手めなだけで問題ないかもしれないが、ツナギと一緒となるとさすがに目立ちすぎる。
町中でツナギを着ている人なんて、そうそういるものじゃない。いるとすれば、ツーリングに行くライダーぐらいかな?
そんなわけで、家を出る時は普段着──もちろん、ちょっとオシャレめなやつ──だった香住ちゃんは、持参したツナギとジャケットに着替えているわけだ。
俺? 俺は彼女が来る前に着替え済みです。
こういう時って、何となくだけど煙草をくゆらせると絵になるかなぁ、なんて思ったり。けど、俺は煙草吸わないし。もっとも、まだ十九歳になったばかりなので、煙草は吸えないけど。
そんなことを考えていると、背中の扉が遠慮がちに叩かれた。
「もう大丈夫?」
「はい、もういいですよ」
ちょっとだけ扉を開けて、着替えを終えた香住ちゃんが顔を覗かせた。
うんうん、そんな仕草もやっぱり可愛いね。うんうん。
着替えを終えた香住ちゃんは、予定通り《銀の弾丸》のツナギとジャケット姿。そして、左腰にはすっかり彼女の愛剣となった長剣が佩かれている。
とはいえ、俺の聖剣のように専用の剣帯があるわけでもないので、ツナギの腰の部分にベルトを巻いて、そこに差し込んでいるだけだ。
なお、そのベルトは腰の後ろにSMGのホルスターを装備するためのものである。香住ちゃんは長剣と小剣だけではなく、SMGも異世界へ持っていくつもりらしい。
でも、ちょっとだけ不格好だね、これ。もちろん、本人には言わないけどさ。
どこかで剣帯とか売っているかな? 今度、ネットで探してみるか。いくらインターネットでも、剣帯はさすがに売っていないかもしれないけど。
そしてジャケットで見えないけど、ツナギの両肩からはサスペンダーが回されていて、そこにはSMGの予備マガジンや、閃光手榴弾なども装備されている。
もちろんこれらの火器類は、前回の近未来世界で手に入れたものなのは言うまでもない。
かく言う俺もまた、腰の聖剣以外には左脇に拳銃を装備しているし、腰のベルトには予備マガジンが四つほど装着されている。
なお、前回訪れた近未来世界で、予備の弾丸も買い込んである。箱入り──1箱100発入り──で、四箱ほど。
これらはバラ弾なので、必要に応じてマガジンにセットする必要がある。つまり、使用したマガジンは回収しないといけないってことだ。
映画やコミックなどでは、使用済みのマガジンはそのまま放り捨てられることが多いけど、現実はそんなに甘くはないのだ。リサイクルは大事なのである。
さあ、準備は整った! いよいよ、異世界へ出発だ!
「じゃあ、行こうか、香住ちゃん」
「はい、茂樹さん。いつでもいいですよ」
俺の言葉ににっこりと笑って応じる香住ちゃん。何があっても、彼女だけは絶対に守らないとな。
改めて胸の中で決意を固めながら、俺は聖剣の宝珠をぐっと押し込んだ。
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