第4章
疑問
異世界から……アルファロ王国から帰還した後。
香住ちゃんは異世界へ行けたことをすごく喜んでくれた。満面の笑みで、全身から楽しいオーラを溢れさせていたっけ。
あれだけ喜んでもらえたのなら、異世界へ連れて行った甲斐があるというものだよ。
だけど自分の家に帰る際、何かを思い出したかのように俺のことをじっと見つめていたけど……あれってどういう意味なんだろう?
何となくだけど、頬も赤かったような……玄関先でちょっと逆光になっていたから、よく見えなかったんだよね。でも、俺の見間違いじゃなければ、確かに彼女の顔は赤かったと思う。
決して、夕日の赤さが彼女の顔の色を変化させていたわけじゃないぞ。うん。
それに何か小声で呟いていたような気もする。「ミレーニアさんが……」とか、「第二の……」とか聞こえたような気もするけど、確かなことは分からない。でも、俺の聞き間違いではないと思う。
そんなことを考えている俺は今、一人で風呂に入っているところなのである。
もちろん、俺の部屋にある小さな風呂で、温かな湯に浸かりながら今日のできごとを思い返しているわけだ。
二度目のアルファロ王国訪問。まあ、一番最初の時は王国に直接行ったのではなく、アルファロ王国のある世界へ行ったって感じだったけど。
今日再び出会ったミレーニアさんとビアンテ。そしてミレーニアさんのお兄さんであるクゥトスさんに、そのクゥトスさんの婚約者であるマリーディアナさん。
思えば、いろいろな人たちに出会ったものだ。
そういや、国王様であるミレーニアさんのお父さんには会わなかったな。一国の王様だし、そうそう簡単に会えるわけがないよな、普通。
まあ、王様なんて偉い人と顔を合わせても、緊張して上手く喋る自信がないけど。
そういや、クゥトスさんとはごく普通に話せたな。あの人だって将来の王様だけど、俺にとっては「アルファロ王国の王太子殿下」というよりも、「ミレーニアさんのお兄さん」って印象の方が強いからかもしれない。
それを言ったらミレーニアさんだってお姫様だけど、彼女も親しい友人って感じだもんな。今日改めてそう思ったよ。
後は、お土産代わりにもらってきた、邪竜王の財宝の一部。
予定通り、実用的な長剣と小剣、そして装飾品の一つ──青い宝石が使われたネックレス──を香住ちゃんに進呈した。
装飾品を見た時、すごく驚いていたっけ。
「こ、こんな高価そうなネックレス、もらうわけにはいきませんよっ!!」
と、あたふたしながら遠慮していた。でも、長剣と小剣の時には違う反応だった。
「え? ほ、本当にこの剣たち、もらっちゃっていいんですかっ!?」
と、凄く嬉しそうに受け取ってくれた。やっぱり、彼女は装飾品よりも剣の方が良かったみたいだ。
なお、最終的には装飾品も彼女に押し付けた。彼女にあげた分以上に俺の手元にまだ残っていること、そして何より、そのネックレスが竜が蓄えていた財宝の一部だと分かった瞬間、彼女の表情が明らかに変化した。
そこまでファンタジーが好きなのか。まあ、そんなところも可愛いけどさ。
「ど、ドラゴンが持っていた財宝……やっぱり、私も宝物庫に行くべきだったかも……」
とか呟いていたけど……そういや、その直後あたりから俺のことをちらちらと見ていたな、香住ちゃん。
まあ、いいや。何かあれば香住ちゃんの方から言ってくれるだろう。きっと。
それから金ぴかの宝飾剣は、さっそく部屋の壁に飾りました。部屋の中が一気に華やかになった気がする。
くれぐれも、壁の一部だけ場違いに派手になったとか言わないように。
「……宝物庫と言えば……」
俺は湯船に浸かりながら、宝物庫に収められていた物を思い出した。
そう。宝物庫にあった、あの世界では存在しないはずの物を。
「あれは間違いなく、ペットボトルだったな」
宝物庫に設置されていた、豪華な装飾の施された棚の最上段。まるで最上級の財宝のように置かれていたのは、円筒形で透明な20センチほどの容器……つまりペットボトルだった。
ビアンテにそのペットボトルの由来を聞いたところ、二百年前に現れたという伝説の剣士に由来するものらしい。
「建国王と共に戦ったという剣士が所持していた、どのような怪我でもたちどころに癒す奇跡の神水が入れられていた容器だそうです」
とビアンテは言っていたけど、それってもしかして……エルフ印のエリクサーのことじゃないだろうか?
俺の前の聖剣の持ち主が、俺と同じようにいろいろな異世界へ行っていたとすれば、やっぱり俺と同じようにあのエルフたちの世界へも行ったのかもしれない。
そこでエルフたちと仲良くなり、エリクサーを手に入れていたとすれば……奇跡の神水の正体がエルフのエリクサーである可能性は高いのではないだろうか。
「落としても割れることのない不思議な容器だと聞いております。もっとも、このような貴重な財宝をわざわざ落とした者などおりませんが。アルファロ王国の建国王は、剣士よりその神水を容器ごと譲り受けたと歴史書に記されております」
そう言われて改めてペットボトルを見てみたが、中身は空だった。
二百年の間に使われてなくなったのか、それとも自然と蒸発してしまったのか。
本来なら透明なPET樹脂でできていただろうペットボトルも、経年劣化のためか灰色に燻んでいたし。
しかし、いくらペットボトルでも二百年も保つものだろうか? PET樹脂は酸性やアルカリ性に弱いと聞くが、そういうものに触れる機会がなければ、二百年ぐらいは保つのかもしれない。俺も専門家ではないのでよく分からないし、さすがにあのペットボトルを触らせてくれとは言えなかったし。
もしかすると、触った途端に崩れるかもしれないので、ちょっと恐くて触る勇気はなかったんだ。
「やっぱり、アルファロ王国と聖剣はかなり昔から関係があったってことだよな……あれ? でもペットボトルを使っていたってことは、それほど昔でもないのか?」
ネットで少し調べてみたところ、ペットボトルが発明されたのは1970年代らしい。つまり、今から約五十年前に発明されたわけであり、二百年前には存在しなかったはずである。
ということは俺の前の聖剣の持ち主って、最大に見積もっても今から五十年以内の人ってことだよな? それなのに、どうしてアルファロ王国の二百年前に関与できたんだろう?
もしかして聖剣には、時間さえ飛び越える能力があったりして。
いや、あり得るかも。あの聖剣、結構何でもありだからなぁ。
「…………また一つ、聖剣の謎が増えた気がする……」
俺は誰に言うでもなく、浴室の中で一人呟いた。
翌日。
今日は月曜日なので、俺は朝から大学へ。勤勉な学生である俺は、当然ながら講義をサボったりはしない。
すっかり慣れ親しんだ講堂の雰囲気を感じつつ、俺はいつも友人たちが集まる場所へと向かう。
こういう場所って特に決められているわけじゃないのに、何故か大体同じ場所に集まるものだよな。不思議。
「よう、茂樹」
「お、今日は筋肉痛じゃないのか?」
と、俺のことをにまにまとした笑みで迎えたのは、友人の山田と郷田だ。
大学内ではいつも一緒に行動することが多い友人たちで、今年の四月に出会ったのだが今では旧来の仲のように付き合える気さくな奴らである。
「そうそういつもいつも、筋肉痛になるわけがないだろ?」
「ちぇ、残念。筋肉痛の時の茂樹って、すっげえおもしろいから週明けは楽しみにしていたのに」
「そうそう。生まれたての子牛みたいに足をぷるぷるさせてたもんな。ありゃー笑わせてもらったわ」
「うるせえ! 今度何か奢らせてやるからな!」
はい、実は嘘です。今、俺は久しぶりに筋肉痛に苦しんでいます。
とはいえ、俺の身体も少しは慣れたのか、最初の頃ほど酷くはない。だから、こうして何でもないフリもできるんだ。
さて。
大学の友人であるところの山田のフルネームは、山田
つい最近、俺と山田、そして郷田の三人で道を歩いていたら、突然おまわりさんに声をかけられた。なぜかと内心で首を傾げていると、俺たちと一緒に歩く山田を見て年齢的に不自然だと感じたらしい。
ちなみにそのおまわりさん、山田のことを四十代ぐらいのおじさんだと思ったそうだ。
そりゃあ、四十代のおじさんの両脇を大学生風の二人組が固めていたら、おまわりさんじゃなくても変に思うよな。
そんな老け顔の山田は、一部で「四十の顔を持つ男」と呼ばれている。
もちろん、スパイのようにいくつもの顔を使い分けているのではなく、単純に見た目が四十代だからだ。
で、もう一人の郷田は郷田
なお、俺は特別あだ名では呼ばれていない。うん、別に寂しくなんてないからな。
「そういや、茂樹。おまえって、例のバイト先の後輩と何か進展はあったのか?」
お、いいことを聞いてくれたね、山田くん。実は香住ちゃんとのこと、誰かに話したくて仕方がなかったんだ。
いい機会だから、こいつらに自慢してやろう。俺と香住ちゃんが、確実に距離を縮めていることをな。
「おう、もちろんだぜ! 昨日だって、二人で出かけたからな」
びしっと親指をおっ立ててみせる俺。うん、今の俺、絶対に輝いているね。
「は、出かけたとは言っても、どうせバイト関係か何かなんだろ?」
と、鼻で笑うのはシャイアンだ。おいおい、そんなありがちなオチ、このジェントル茂樹さんがすると思うのかい?
「そんなわけあるか。あえてどこへ行ったとは言わないが、ちょっと二人で遠出したんだぜ?」
うん、二人で異世界へ行ってきましたとは言えないからね。でも、「遠出」と表現しても間違いじゃないだろう。物理的に移動した距離はともかく。
と、そんなことを内心で考えていると、いつも揃っているはずの顔が、一つ足りないことにようやく気づいた。
「あれ? 今日、トクミツは?」
「さあ? あいつのことだから、また寝過ごしたんじゃね?」
トクミツとは、大学でいつも一緒にいる友人の一人である、徳田
以前、香住ちゃんのことでありがたいアドバイスをくれた奴だ。俺たちの仲間内では一番のイケメンであり、女性の知り合いも数多い。で、俺たちの中で唯一の彼女持ちでもある。
「夕べは彼女と一緒だったみたいだから……間違いなく、寝過ごしたんだろうな」
「なるほど。トクミツの奴、またか」
トクミツが寝過ごして講義に遅れたことは、これまでもよくあった。もちろん、彼女のいない俺たちが、彼女持ちであるトクミツのために出席を誤魔化す工作をするわけがなく。
結果、トクミツは遅刻の常習犯として、既に何回かうるさい必修科目の講師から注意を受けていたりする。それでもこうして寝過ごすのだから、ある意味で大物だよな、トクミツは。
とまあ、こんな愉快な連中と一緒に、俺は大学生活を謳歌しているのである。
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