広がる選択肢



 大学やバイトなどをこなしつつ、再び週末がやってきた。

 もちろん、今週も香住ちゃんと一緒に異世界へ行くのである。

 バイトと言えば、最近は香住ちゃんとシフトが重なることが多い。どうやら、店長が気を利かせてくれているらしい。

 大好きです、店長! 一生付いていきます!

 あ、一生は言い過ぎか。俺もそのうちしっかりと就職するつもりだからね。さすがに一生フリーターはごめんである。

 就職と言えば、幸田の爺さんとかそのお孫さんとかが就職の時に口を利いてくれないものだろうか? あの二人が係わっている会社、大企業だし。しかも、爺さんは前の社長で、お孫さんは次期社長になることが既に決まっているらしいし。

 そんな二人の口利きなら、内定も間違いなしだろう。

 うん、分かっている。さすがにそれは調子が良すぎるってことぐらいは。いくらなんでも、ちょっと顔見知り程度の間柄でそんなことを期待する方がおかしい。

 しかし、いろいろと就職も厳しい昨今である。活用できるものは何でも活用しないと。縁故でもなんでもいいから。

 できる限り、あの二人の前では変な失敗はしないように気をつけておこう。うん。



 さて、それよりも今は異世界である。

 そろそろ九時になるし、香住ちゃんが俺の部屋に来る頃だ。

 彼女が来る前に、もう一度聖剣の充電と設定を確認しておこう。

 今回も異世界での滞在時間は八時間。十時ぐらいに異世界に出発するなら、丁度いい時間に帰って来られるだろう。

 うん、充電もばっちりだし、時間の設定も間違いない。もちろん、同行者の欄には香住ちゃんの名前が記入されている。

「よしよし、設定間違いはない…………あれ?」

 聖剣を接続したノートパソコンのモニターを見ていた俺は、とあることに気づいた。

「設定画面の『目的地』欄が……変化している……?」

 そうなのだ。

 それまでブランクのまま文字を入力することさえできなかった、設定画面の「目的地」欄。その欄の横に、今は小さな下を向いた三角形が表示されているんだ。

「これってもしかして……プルダウンできたり……?」

 パソコンなどでよく見るアレである。

 試しにその下向き三角形にカーソルを合わせてみれば、思った通りいくつかの選択肢が現れた。

「おお……これって、目的地を自由に選べるようになったってことか!」

 現れた選択肢には「Alfaro Kingdom」、「Silver Bullet」、「The Other」、「Under Ground」、「Elf Forest」、「Penguin Ocean」、「random」の八種類があった。

 「Alfaro Kingdom」は文字通りアルファロ王国。「Silver Bullet」はセレナさんのいる近未来世界、「The Other」は〈鬼〉のいるもう一つの日本、「Under Ground」はグルググたちの地底世界、「Elf Forest」、「Penguin Ocean」もそれぞれエルフたちのいる森林世界と変なペンギン騎士がいた海洋世界のことだろう。

 最後の「random」も文字通り、行き先がランダム選択になるってことに違いない。

「こ、こいつは大発見だ! 香住ちゃんが来たらすぐに知らせないと!」

 しかし、一体何が原因でプルダウンできるようになったのだろう。もしかして、俺の何かがレベルアップしたことで、聖剣の設定画面にも変化が現れたとか?

 理由は分からないが、この発見は嬉しいな。これで、今後は好きな世界に行けるのだからね。



「おおー、本当に設定画面に変化が現れていますね」

 午前九時過ぎ。俺の部屋に来た香住ちゃんに、早速聖剣の設定画面が変化したことを告げ、実際に設定画面を見てもらった。

 楽しそうに、設定画面を見入る香住ちゃん。そんな彼女の横顔を眺めながら、俺はどうしようかと考える。

 そう。

 今日はどの異世界へ行くか、実に悩むところである。なんせ、どの異世界もそれぞれ魅力ある世界ばかりだからだ。

 まあ、あの変なペンギン騎士がいた世界だけは、あのペンギン騎士のインパクトと滞在時間が短かったこともあって、今一つな印象しかないけど。

 それでも、あの世界の海と砂浜が織り成すロケーションは素晴らしかった。ぜひ、香住ちゃんと一緒に海水浴に行きたいところだ。

 その際は、香住ちゃんの水着姿をしっかりと脳裏に焼き付けねばなるまい。うん。

 さすがに今日は水着の用意はしていないので、あの世界は後日だな。

「この中で、香住ちゃんが行ってみたい世界はある?」

「そうですねぇ……どの世界も茂樹さんから話は聞いているので、大体どんな所かは分かりますけど……う~ん、悩むなぁ」

 ははは、やっぱり香住ちゃんも悩むよね。俺だって悩むもの。

 あれこれと考えた結果、今回行くとしたらやはりここかな。まずはいろいろと必要なものを揃えないといけないし。

「香住ちゃんに特に希望がないのなら、俺が決めてもいいかい?」

「もちろん、それで構いません。茂樹さんは、どこか行きたい世界があるんですか?」

「うん。まずは香住ちゃんに必要なものを揃えたいんだ」

「私に必要なもの?」

 自分で自分を指差しながら、きょとんとした顔をする香住ちゃん。相変わらずプリティである。

 俺のパソコンのモニターを覗いていた香住ちゃんの背後から手を伸ばし、俺はマウスを操作する。そして、「目的地」欄横の三角形をクリックし、目的地の候補を表示させた。

「今回俺たちが行く異世界は……ここだよ」



 転移の光が収まった時、俺と香住ちゃんは薄暗い場所にいた。

 前回同様、両手に持っていた靴を履きながら、俺たちは周囲の様子を確かめる。

「ここは……」

「どこかの路地裏……って感じですね」

 薄汚れた壁に囲まれた、狭い空間。香住ちゃんの言う通り、どうやらここは路地裏のようだ。

 えたような臭いとか、アルコール臭や腐敗臭とかが周囲には漂い、地面には様々なゴミが散乱していた。

「し、茂樹さん……っ!! あ、あれ……っ!!」

 香住ちゃんが小さな声で囁きつつ、俺の服の袖を引っ張った。

 驚いた顔をしている彼女が指差す方へと視線を向ければ、そこには地面に倒れ込む人物がいた。

「ま、まさか……し、死んで……っ!?」

 すっかり青ざめた顔の香住ちゃん。俺は香住ちゃんに動かないように指示すると、そろりそろりとその倒れている人影へと近づいた。

 そして、すぐに分かる。この人──中年の男性だ──、死んでなんかいない。ただ酔っ払って寝ているだけだ。

 その人の周囲にはかなりの酒の臭いが充満していたし、近づけば小さなイビキも聞こえた。

「大丈夫だよ、香住ちゃん。どうやら、酔っ払って寝ているだけみたいだ」

「はぁ……良かった……」

 胸を押さえながら、ふぅと息を吐き出す香住ちゃん。そんな彼女の様子に笑みを浮かべながら、俺は改めて周囲を見回した。

 狭い路地裏だが、もちろん通路はある。俺から見て前後に路地裏は続いているので、どちらかへ行けばどこなりと出るだろう。

「この人……どうします?」

「正直、どうしようもないなぁ」

 どこの誰とも知れない人物だ。このままここに放っておくのは確かに心配だが、だからって担いでいくわけにもいかないよな。

 正直、この寝ている人が善人なのか悪人なのかさえ判断できない。しかも、だらしなく地面で寝ている上着の奥に、ホルスターに収まった黒い金属の塊が見え隠れしている。

 うん、あれは間違いなく拳銃だ。確かにこの世界では、拳銃は身近なものだと聞いている。だから拳銃を所持しているから悪人とは限らない。もちろん、善人だという保証もどこにもない。

 この人を担いで移動したとしても、移動の途中であの拳銃で撃たれたり、銃で脅されて金品を巻き上げられたりする可能性はゼロじゃないのだ。香住ちゃんが一緒である以上、危険な可能性は低い方がいいに決まっているからね

「このまま放っておこう」

「……いいんですか、それで……?」

 心配そうに寝ている男性を見ていた香住ちゃんだが、男性が拳銃を所持していることを説明すると、すぐに俺の考えに賛成してくれた。

「よし、まずはこの路地から出よう。そして、あの人たちを探さないと」

 俺が探そうとしている人たち。それは《銀の弾丸シルバーブリット》という名前の傭兵団だ。

 そう。

 俺が今回選んだ異世界は近未来世界。つまり、ここはブレビスさん率いる《銀の弾丸》のみんながいる世界なのだった。



 俺が今回の異世界行にこの近未来世界を選んだ理由。それはこの世界で装備を手に入れるためだ。

 もちろん、その装備は香住ちゃんのためのものである。

 今、俺が着ているような防弾防刃素材の防御服や、その他便利そうな近未来のアイテムを手に入れるのが、今回の目的である。

 そのためにはやはり、この世界にいるブレビスさんやセレナさんたち、《銀の弾丸》と接触するのが一番だろう。

 もしかしたら、その辺にある店舗でも目的の物を買うことができるかもしれない。だけど、不良品を掴まされる可能性もある。俺に近未来アイテムの目利きなんてできるわけがないし。

 その点、《銀の弾丸》から必要な物を買い込めば、その心配はいらないもんね。

 必要なアイテムの代金として、この前アルファロ王国で手に入れた装飾品をいくつか持参したんだ。

 前回は必要最小限のものしか買わなかったけど、今回はあれこれと買い物が楽しめそうだ。

 もちろん、傭兵団である《銀の弾丸》には軍事用品しか備蓄はないだろうけど、それ以外の物はブレビスさんやセレナさんから信頼できる商店を紹介してもらえばいいし。

 最大の問題は、その《銀の弾丸》とどうやってコンタクトを取るか、だよなぁ。

 この世界のネットに接続できる電子機器でもあれば良かったのだが、さすがにそんな便利アイテムは持ち合わせていない。

 以前この世界に来た時ブレビスさんが、「動いているスマホなんて初めて見た」とか言っていたので、当然ながら俺や香住ちゃんのスマホではこの世界のネットには接続できないだろう。

 実際、試してみたけどやっぱり繋がらなかった。

「こうなったら、誰かに聞いてみるしかないな」

「ですね」

 さて、問題は誰に聞けばいいのか、だよね。

 俺、この世界の人って《銀の弾丸》の人たちしか知らないし。あの人たちはみんないい人たちばかりだったけど、この世界の住人が《銀の弾丸》のメンバーたちみたいな人ばかりではあるまい。

 果たして、誰が信用できるのか。それを見極めるのが問題だな。


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