閑話 王族たち
「その話は本当であるか?」
「はい、父上……いえ、国王陛下。居合わせた騎士や侍女たちの話によると、間違いないそうです」
アルファロ王国の王城の一室。王城の主である国王の私室で、国王フリード・タント・アルファロと王太子であるクゥトス・タント・アルファロは、側近や使用人を全て退出させた二人きりの状態で言葉を交わしていた。
「私が聞いたところによると、男の方は雷光を操り、女の方は雷鳴を操ったそうです」
「雷光と雷鳴か。共に雷に関係するものよな」
「はい。古来より、天より落ちる雷は神々の意思の顕れとされています。その雷に関係する雷光と雷鳴を操るということは、やはりあの二人は神々、もしくはその眷属であると考えるのが妥当かと」
突然このアルファロ王国の王城に現れた、年若い二人の男女。
その内の男性の方は、かつて国王の娘であり王太子の妹であるこの国の第二王女を、邪悪な竜より救い出した人物だという。
他ならぬ王女本人がそう言ったのだから間違いあるまい。そして、邪悪な竜を倒したと斃したと言われていたこの国で最強と謳われる騎士までもが、その人物を師と仰いでいるのだ。
「しかも彼……シゲキ殿が身に帯びていた衣装は、とても人の手で作り出せるとは思えないような輝きを放っておりました。あれほどまでに光り輝く布は、やはり神々かそれに類する者の手によって作り出されたとしか」
クゥトス本人は、その男性に心より感謝している。彼の婚約者や妹が暗殺者に襲われた際、その暗殺者を瞬く間に倒して救い出してくれたのだから。
そして実際に言葉を交わして、その男性や連れの女性──どうやら夫婦らしい──が、とても好ましい人物であると判断した。
だが、それだけで彼らの処遇を決めることはできない。フリードもクゥトスも、国を預かる立場であり、個人の感情だけでは判断できないのだ。
「儂とて、娘の恩人には感謝の念を抱いておる。だが我らの立場上、それだけで彼らを信用するわけにはいかんな」
「はい、陛下のおっしゃる通りかと」
「とはいえ、できればその二人……我が国に迎え入れたいものだ。雷を自在に操る人物たちともなれば、隣接する諸外国に対する外交の策の一つとなる」
自国に神々かそれに類する者が存在しているとなれば、様々な場面で有利に使える札となる。たとえ本人たちがその場にいなくても、いることを匂わせるだけでも十分効果があるのだ。
言ってみれば、現代の地球における核兵器の所有問題のようなものである。
「何なら、ミレーニアを嫁にやってもいい。どうやらミレーニア本人もそのシゲキなる人物には好感を抱いているようだしな。聞けば既に夫人がいるそうだが、神々が複数の妻を有するのは珍しくもあるまい」
アルファロ王国に伝わる様々な神話において、登場する神々は複数の妻を有する場合が多い。それゆえか、アルファロ王国の王族や貴族、もしくは裕福な商人などは、複数の妻を娶る場合がほとんどであった。
もしもこの話を茂樹が聞けば目を丸くするかもしれないが、世界が違えば当然文化も違う。日本の文化や常識をこの国に持ち込む方が間違いと言ってもいいだろう。
「ですが、陛下。実はシゲキ殿とその奥方は、今日の夕方までしかこの国に滞在できないとのことです」
「な、なんと! それはなにゆえか?」
「そこまでは私にも分かりかねますが……これは単なる私の推測なのですが、やはり神々やその眷属が地上に現界するには、何らかの厳しい条件があるのではないでしょうか」
「なるほど、それは考えられるな。神々は容易に地上へと手を伸ばすわけにはいかないということであろう。もしもそんなことが可能であれば、この世にはもっと神々の奇蹟や天罰が溢れていようからな」
椅子に深々と腰を下ろし、息子の言葉に納得するフリード。
「ではせめて、この国にいる間は最大のもてなしと配慮を。次にもこの国を訪れたくなると例の二人が思ってくれるようにな。少なくとも、他国に腰を落ち着けられるようなことだけは避けねばならん」
「御意」
「して、その雷光を操るという剣士殿……確か、シゲキ殿という名であったか。彼はそれほど剣の腕に優れるのか?」
「先程、ビアンテがシゲキ殿から指導を受けたとか。かなりの数の兵士や騎士たちがその様子を見ていたようですが、ビアンテが完全に子供扱いされていたそうですよ」
「なんと……我が国では誰も敵わぬビアンテが……か」
アルファロ王国で最強は誰かと問われれば、誰もがビアンテ・レパードだと答えるだろう。そのビアンテが完全に手も足もでないほど、剣の腕に優れる人物。いや、もはや人間を超越していると言っても過言ではない。やはり、その人物は神々かその眷属に違いないとフリードは考えた。
「そのシゲキ殿とやら、剣神か軍神、もしくはその眷属ということであろうや」
「おそらくはそうかと。もっとも、本人に尋ねても答えてはくれないでしょうが」
「よい。下手な探りを入れて気分を害されるよりは、ごく自然に接するが良かろうて。くれぐれも、その二人には過ぎた扱いをするでないぞ。もちろん、だからと言って無礼や横暴な態度は絶対にしてはならん。城にいる全ての者たちにこのことを通達せよ」
「はい、心得ております。私も彼のことはあくまでも友として接しようかと」
「うむ、それでよい」
もしも件の人物たちが特別扱いを望むのであれば、最初からそう言い出すだろう。もしくは、それらしい態度を示すはずだ。だが、報告によるとそのような態度はまるで見受けられない。ならば、過剰に丁寧すぎる扱いは逆効果にもなりかねない。
「できれば、儂もシゲキ殿と剣を交えてみたいものよの」
「お年を考えてください、陛下。せめて、シゲキ殿が剣を振るう姿を見るだけに留めますよう。次に彼らが我が国を訪れた際には、その機会を設けるようにしましょう。実を言えば、私も彼の剣を見てみたいのですよ」
「む、むぅ……つまらんのぉ。だが、それでよしとするか」
フリードもクゥトスも、ビアンテには及ばないものの手練の戦士である。特にフリードは今でこそ老いのために往年の実力を発揮できないが、若き頃はビアンテ以上の戦士と言われたものである。
そんな二人が、ビアンテ以上の実力を持つと思われる茂樹に興味が湧かないわけがなかった。
その後も、国王と王太子は例の二人についてあれこれと話し合う。
すでに国王と王太子という立場を飛び越えて、ただの父親と息子の会話になっていたが、そこは二人の仲が良好であるゆえだろう。
「して、儂としては早く孫の顔が見たいのだがな?」
「何を言っているのですか、父上は。婚約者はいてもまだ結婚もしていませんよ、私は」
「なに、おまえの子でなくともよいわ。ミレーニアがシゲキ殿の子を身籠ってくれるといいんじゃがなぁ」
「そうすると、我が王族に神々の血が混じることになりますな」
「うむうむ。神々の血を受け継ぐ一族……何ともカックイイ響きじゃの! これは是非ともミレーニアにはがんばってもらわねば!」
「私とマリーディアナの間に男児が生まれ、ミレーニアとシゲキ殿の間に女児が生まれた場合、将来的にその二人を結婚させることができましたら、直系王族が神々の血を受け継ぐことになりますぞ」
酒を飲んだわけでもないのに、妄想的な願望を垂れ流す国王と王太子。ある意味、この国の将来に危険が迫っているのかもしれない。いや、それだけこの国が平和ということだろう。
どこぞの黒竜のような存在は、余りにもイレギュラー過ぎるのだ。
一方その頃。
「カスミ様……よ、よろしければ、わたくしたちと少しお話をしませんか?」
震えそうになる声を必死に抑え押込み、笑顔を浮かべてそう言ったのは、アルファロ王国の第二王女であるミレーニア・タント・アルファロであった。
アルファロ王国の騎士であるビアンテに案内されて、この城の宝物庫へと向かおうとしていた茂樹と香住を呼び止めたのだ。
「別の部屋で休んでいるマリーディアナの様子も気になりますし、彼女のお見舞いを兼ねて一緒に女同士でお喋りいたしませんか? わたくし、カスミ様ともっと仲良くなりたいのです」
「え、えっと……」
どうしたものかと茂樹を振り返る香住。そんな香住に、茂樹は優しげに微笑みながら頷いて見せる。
そんな二人の仲睦まじい態度が見えない針となってミレーニアの胸にちくりと小さな痛みをもたらすが、ミレーニアは必死にそれをひた隠しにする。
「姫様、先程あのようなことがあったばかりです。警護の騎士はいつもより多く配置致しますので、ご安心を」
「はい、カスミ様もいらっしゃいますしね」
ビアンテは手近にいた騎士を呼び寄せると、あれこれと指示を出す。今、この部屋の中にはミレーニアたち四人しかいないが、部屋の外には十人近い騎士が控えていた。
つい先程、王女と王太子の婚約者が暗殺者に狙われたのだから、彼女たちを警護する騎士の数はいつもより増員されている。
「では、私はシゲキ師匠を宝物庫へと案内してきます」
「邪竜王の財宝は、シゲキ様のもの。シゲキ様が望まれる物がありましたら、遠慮なくお持ちくださいね」
ミレーニアの言葉に茂樹は笑顔で頷き、彼はビアンテと共に部屋から出て行った。
「では。わたくしたちも参りましょう」
部屋の外にいた騎士に先導され、ミレーニアと香住はマリーディアナが休んでいる部屋へと向かった。
「大丈夫ですか?」
寝台の上で上半身を起こしたマリーディアナを見て、香住が痛ましそうな表情を浮かべて問う。
「ありがとうございます、カスミ様。私なら、もう大丈夫です。ミレーニアにも心配かけちゃったわね」
くすりと微笑むマリーディアナに、ミレーニアもほっと安堵の息を吐いた。
将来の義姉であり親友でもあるマリーディアナが無事で本当に良かったと、今更ながらミレーニアはそう思う。
「マリーが無事だったのも、シゲキ様とカスミ様のおかげです。本当にありがとうございました」
「い、いえ、私はただ、拳銃で威嚇射撃をしただけで……それに、初めて拳銃を撃ったので、予想以上の反動の凄さに驚いて腰を抜かしちゃいましたし」
えへへと照れ笑いを浮かべる香住と、彼女の言葉の意味が全く分からず首を傾げるミレーニア。同じように、マリーディアナも香住の言っていることがよく分からないようだ。
「ケンジュウ? それって、神語か何かでしょうか?」
「おそらく、そうだと思うわ。だって、そんな言葉聞いたこともないもの」
「えっと……拳銃というのはこれのことです」
香住はホルスターから拳銃を抜くと二人に見せた。その際、暴発を防ぐためにマガジンを引き抜き、藥室からも弾丸を抜いておく。
「まあ……これが雷鳴を呼ぶ神器なのですね」
「なるほど、この神器の銘がケンジュウというのね。あの時、カスミ様が呼び寄せたものすごい雷鳴……今でも耳の奥に響いているような気がするわ」
雷鳴じゃなくて銃声なんだけど、と香住は内心で思う。だが、ここは竜が実在するファンタジー世界だ。そんな世界の住人に、銃声とは何であるか上手く説明する自信がない香住は、そのまま雷鳴ということにしておこうと判断した。
「ねえ、カスミ様。できれば、カスミ様やシゲキ様が暮らしていらっしゃる神々の国のことを聞かせてくださいませんか?」
「え、えっと……別に私たちが暮らしているのは、神の国とかそんな大層な世界じゃないですけど……それでも良ければ」
どうして神の国なんて言葉が出てくるのか、と心の中で疑問に思いつつも、香住は現在の日本のことをミレーニアとマリーディアナに話していく。
ミレーニアとマリーディアナにとって日本の話は、たとえ神の国ではなくてもやはり想像もつかないものばかりだった。
先程まで落ち込んだ気分だったマリーディアナも、今ではすっかり元気だ。元々、気丈な性格なのだろう。
そうして楽しく香住の話を聞いていたミレーニアが、不意に真面目な表情を浮かべる。
「どうかしましたか、ミレーニア様?」
「あ、あの、カスミ様……驚かないで聞いて欲しいのですけど……」
真剣な表情で、でもなぜか頬を赤くして。
ミレーニアは意を決したように、震えながらも口を開いた。
「…………か、カスミ様は……シゲキ様が複数の妻を娶ることに関して……ど、どう思われますか……?」
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