聖剣と建国王



 驚きの表情を浮かべたまま硬直してしまったミレーニアさんとビアンテ。

 そんな二人を前にして、俺は思わず香住ちゃんと顔を見合わせた。

「お二人とも……どうかしちゃったんでしょうか?」

「さ、さあ? でも、何となくこの剣について知っているっぽいな」

 俺はミレーニアさんたちに見せるために手にしたままの聖剣に、ちらりと視線を送る。

 鞘に収まった俺の聖剣は、相変わらず何も語らない。これがアニメとかラノベとかによくあるパターンなら、あれこれと喋ってくれたりするのにな。

「し、師匠……師匠のお言葉を疑うわけではありませんが……そ、その剣は……本当にカーリオンという銘なのですか?」

「そうだけど? もしかして、何か知っているのか?」

「し、知っているもなにも! 『神剣カーリオン』と言えば、我がアルファロ王国の建国に深く関わる伝説の剣のことです!」

 物静かなミレーニアさんには珍しく、大きく身を乗り出して力説する。

 二人の話によれば二百年ほど前、今の王都のある一帯はとある邪悪な魔獣が支配していた土地だったらしい。

 その魔獣を一人の戦士が打ち倒した。そして、その戦士はこの地に建国を宣言、それが後のアルファロ王国となるわけだ。

 その戦士──アルファロ王国の初代国王が問題の魔獣と戦った際に、一人の協力者がいたそうだ。その協力者は初代国王の親友とも双子の弟とも言われているが、その正体についてはよく分かっていない。ただ一つだけ分かっているのは、その協力者が極めて腕の立つ剣士であり、その剣士が持っていた剣こそ──

「──神剣カーリオン。我が国に伝わる伝承ではそう呼ばれております」

「初代国王陛下がこの国を建国すると、その剣士はどこへともなく去っていった、と我が国の歴史には記されておりますね」

 な、なるほど……確かにミレーニアさんとビアンテが驚くわけだ。

 俺の聖剣とその神剣が同じ剣だという保証はないが、建国の伝承に登場する剣と同じ銘の剣が目の前にあるわけだからね。

 しかも、突然現れた神剣と同じ銘の剣を携えた剣士──つまり俺のこと──が、王女を攫った邪悪な竜を倒している。それって、建国の際のエピソードとどことなく似ていなくもない。

 なお、今のアルファロ王国の国王様、つまりミレーニアさんやクゥトスさんのお父さんは、八代目の国王らしい。

 この国の人たちの平均寿命がいくつかは知らないけど、平均寿命を五十年と仮定して、その五十年の内の三十年を玉座に就いていたとすれば……二百年で八代目ってのは大体の計算も合うと思う。



「これは王家の口伝なのですが、その神剣は雷を纏い、雷光を放ったとされています」

 うわ。ますます俺の聖剣と一緒じゃないか。

 もしかして、その建国王と一緒に邪悪な魔獣と戦ったのって……俺より前の聖剣の持ち主だったりして。

 おそらくだけど、俺よりも前にもこの聖剣の持ち主はいたと思う。で、その以前の持ち主が、俺と同じように時間限定で異世界へ転移していたとしたら……二百年前にこの国の建国王に協力し、その後どこへともなく去って行ったというのも納得できる。

「そうか……それで邪竜王もこの剣のことを知っていたんだな」

「どういうことですか?」

 隣で一緒に話を聞いていた香住ちゃんが、俺の呟きに質問する。

「実はね。俺が以前にこのせか……じゃない、この国に来た時に出会った竜が、この剣のことを知っているっぽい素振りを見せていたんだ」

「じゃあ、やっぱりその剣が……?」

「多分、この剣の以前の持ち主が、アルファロ王国の初代国王様に協力したんだろうね」

 もしかしたら、俺がこれまでに行った他の世界でも、探したらこの剣にまつわる伝説があったりして。

 うーん、ちょっと興味あるな。もしもまた他の世界に行けたら、可能な範囲で探してみようか。

 と、香住ちゃんと話している俺を、ミレーニアさんとビアンテが先程以上にきらっきらとした目で見つめていた。どしたの?

「も、もしや……シゲキ様こそが伝説に謳われる、我が先祖である建国王に協力した謎の剣士様では……?」

「師匠の冴え渡る剣の腕を以てすれば、どのような魔獣であろうとも倒すことができましょうからな!」

 いやいや、それはちょっとおかしいでしょ?

 その話、二百年前の話だよね? 俺、そんな年寄りに見える? そもそも人間が二百年も生きられるわけがないから。

 キミたち、俺を何だと思っているのかね?



 さて。

 現在、俺はビアンテと一緒にアルファロ王国の宝物庫に来ています。

 理由はもちろん、邪竜王の財宝の一部を受け取るため。ビアンテたちが持ち帰った邪竜王の財宝は、ミレーニアさんの意見でここに保管されているそうなんだ。

 ちなみに、香住ちゃんはミレーニアさんと一緒に別行動中。

 最初は香住ちゃんも俺と一緒に宝物庫に来る予定だったが、ミレーニアさんに誘われたのである。何でも、女性は女性で楽しみましょうとのこと。

 おそらくは今頃、マリーディアナさんの気晴らしも兼ねて、改めてお茶会でもやっているのだと思う。

 香住ちゃんと離れるのはちょっと心配だが、王女様であるミレーニアさんや王太子の婚約者であるマリーディアナさんが一緒なんだ。それほど心配することもないだろう。

 あ、いや。改めて考えてみれば、ミレーニアさんやマリーディアナさんが一緒だからこそ危険かもしれないぞ。数時間前に、マリーディアナさんを狙った暗殺者が現れたぐらいだし。

 う、うわ、何か凄く香住ちゃんのことが心配になってきちゃったよ。

 思わず宝物庫を飛び出そうとした時、俺を呼ぶビアンテの声がした。

「師匠、これなどどうでしょうか? 小振りな剣なので、奥方様でも扱いやすいと思います」

 ビアンテが俺に見せたのは、いわゆるショートソードという奴だ。

 全長40センチから45センチほどで、刃の部分が30センチぐらい。確かに女性が取り回すには丁度いい大きさで、装飾なども控え目だし香住ちゃんが護身用に持つには丁度いいかもしれない。

 だけど……彼女の場合、もうちょっと大きな剣の方が喜ぶと思う。剣道有段者の彼女は、竹刀や木刀を扱い慣れているだろうし。でもまあ、このショートソードも貰っておこうか。この大きさならそれほど荷物にもならないからね。

 ビアンテにそのことを伝えながら、俺は目に留まった一振りの長剣を取り上げた。

 柄や鍔、鞘すべてが金色のぴかぴか。あちこちに大小様々、色とりどりの宝石が嵌め込まれ、細かな彫金細工がこれでもかと施された、もの凄く派手な剣だ。

 こういう剣って、実戦用ではなく儀式とか式典とかの時に使う儀礼用って奴だろうな。でも、部屋に飾るならこれぐらい派手なやつの方が見栄えがいいかも。

 確かにちょっと派手すぎて悪趣味かもしれないが、ただ単に部屋の装飾にするだけだしこれぐらいの方がいいよね。

 一人暮らしとはいえ、時には大学の友人が遊びに来ることもあるし、実家の家族が訪ねてくることもある。そんな時に、この剣を飾っておいて自慢してやるつもりなのだ。

 剣類の他にも、宝石や装飾品を適当に選び、ポケットに入れる。宝石や装飾品の価値なんて俺には分からないし、仮に分かったとしても異世界へ行けば当然価値は変わるだろう。

 それでも、極力値段が高そうな物を選んでおこう。

 一通り持ち帰る物を選別した俺は、改めて宝物庫の中を見回した。

 当然ながら、ここにはアルファロ王国の宝が収められている。もちろんここに立ち入ることに関しては、王女であるミレーニアさんと王太子であるクゥトスさんの許可を貰ったので、俺がここにいること自体は何の問題もない。

 だけど、今も宝物庫の入り口で警備を担当している騎士さんたちが、ちらちらと俺の方を見ている。

 彼らにしてみれば、俺なんて不審者だから気になるのは仕方ないよな。でも、やっぱりそんな視線に晒され続けるのはちょっとアレだから、早々に貰うものを貰ったら退散するとしよう。

 香住ちゃんのことも気になることだし。

 結局、ビアンテに目利きをしてもらいつつ、長剣を二本──例のぴかぴかの装飾剣と、実用的な剣を一本ずつ──と、先程のショートソード、そしていくつかの宝石と装飾品を持って行くことにした。

 特に実用的な長剣の方は、ビアンテもかなりの業物だと太鼓判を押していたぐらいなので、きっと香住ちゃんも喜んでくれると思う。

「本当に、これだけでよろしいのですか?」

 もっと持って行ってもいいと言うビアンテだが、本当にこれ以上貰っても逆に困るから。

「では……私と手合わせをお願い致します、師匠」

 何とも嬉しそうにそう言うビアンテ。まあ、いいか。初めて出会った頃なら彼の頼みごとなど聞くつもりにもならなかっただろうが、今のビアンテはそれほど嫌いじゃない。

 しかし、随分と変わったよね、こいつも。

 だから、俺はビアンテの望みを叶えてやることにした。さて、いっちょ稽古をつけてやろうかね。

 もっとも、ビアンテに稽古をつけるのは俺じゃなくて聖剣だけどさ。

 お願いしますぜ、聖剣の先生。ひとつこいつを揉んでやってください。

 どぅれー、と、ここで聖剣が返事するとおもしろかったんだけど、相変わらずシャイな聖剣先生は何も言いません。

 先導するビアンテに続いて宝物庫を出ようとした時。

 ふと、何かが俺の視界を掠めた。

 一体何だろ? と思って宝物庫の中を改めて見回した時。

 それは、そこにあったんだ。

「え……? ど、どうしてこんなものがここに……?」

 それは20センチほどの大きさの、円筒形をした容器だった。素材は本来透明なのだろうが、経年のためかかなり燻んでいる。

 だけど、俺はその容器をとてもよく知っていた。いや、俺だけじゃない。ここに香住ちゃんがいたら、彼女も俺と同じことを思っただろう。

 なぜなら。

「……ペットボトル? こ、これ、ペットボトルだよな?」

 宝物庫の壁に設置された棚。その最上段に恭しく飾られたそれは、どう見ても空のペットボトルだったのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ────とある暗い場所。

 じっとりとした腐敗臭の漂う、冷たく暗い石造りの部屋の中。

 部屋の前にある薄暗い通路とその部屋を隔てるのは、錆の浮いた鉄格子。

 そんな劣悪な環境の中に、一人の人物が冷たい床の上に横たわっていた。

 全ての衣服を奪われ、寒さに身を震わせるその人物。その全身には無数の傷がある。それも、鞭で打たれたようなミミズ腫れが。

 その人物は、とある高貴な身分の女性を白昼堂々暗殺しようとしたが失敗し、死ぬこともできずに捕えられたのだ。その後、背後関係を調べるために拷問にかけられた。全身に刻まれた傷は、その拷問によるものである。

 だが、どのような拷問にも、その人物は口を割ることはなかった。結局取り調べる側が疲れ果て、一時の休憩のためにこの部屋──地下牢へと放り込まれた。

 衣服もない身体から、冷たい石畳が容赦なく体温を奪っていく。これもまた、拷問の一環なのである。

 がたがたと震えながら、床に横たわるその人物。それでも、その人物は拷問に屈するつもりはなかった。

 幼い頃より、暗殺者として鍛え上げられた。過酷な修練の中には、このような拷問に耐えるためのものもあった。

 修練に耐えきれず、命を落とした者も数多い。そんな過酷な過去を生き抜いたその人物には、その人物なりの矜持があった。

 それに、たとえ口を割ったとしても、その人物の命は助からない。将来の王妃を暗殺しようとしたのだ。極刑以外の処置はないだろう。

 ならば、最後まで口を閉じておく。それがその人物の最後に残された矜持だった。

 だが、寒さは容赦なくその人物から体温と体力を奪っていく。このままでは遠からず命を落とすだろう。

 がたがたと震える身体を自ら抱き締めながら、その人物はそれでもいいかと思っていた。

 暗殺者の末路などこんなものだ、と。

 そして、身体の震えはどんどん大きくなっていく。遂には陸に打ち上げられた魚のようにびたんびたんと床を転げ回るまでになった。

 さすがに、これは異常だとその人物も思い始めた。まるで自分の身体が自分のものではないかのような、不自然な動き。

 これまで恐怖というものを感じたことがなかったその人物の心に、じわりじわりと何かが湧き上がる。

──い、一体、これはどうしたというのだっ!? 私の身体に何が起こっている?──

 その時、その人物の脳裏を何かが駆け抜けた。

 どうして自分──と仲間たち──は、白昼堂々と標的を狙ったのか。

 どうしてわざわざ警備が厳重な時に、標的を狙ったのか。

 人の気配のない地下牢の中で、その人物は床の上で不自然な踊りを続けながら、自ら起こした行動が理解できなかった。

 そもそも──。

 一体、自分たちは、あの標的を狙うように依頼された?

 今更ながら浮かぶいくつもの疑問。その疑問に愕然とした時、それまで踊り続けていた不自然な踊りが突然止まった。そして、同時にその人物の意識は二度と晴れることのない闇の中へと飲み込まれていた。



 地下牢の床の上で、動かなくなった人物の身体から、黒い霞のようなモノがじわりじわりと溢れ出してくる。

 その溢れ出した黒いモノは、空中で朧気ながらも人のような形を取る。

 そして。

「……セカイ……タマゴ……マダ………………ミジュク。キヒヒっ」

 まるでガラスを引っ掻いたような耳障りな呟きを残し、黒いモノは空気に溶け込むようにして消え去った。

 後に残されたものは。

 冷たい石の床の上に転がる、からからに干からびた「人間のようなモノ」だけだった。



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