聖剣の銘
「相変わらず見事な剣捌き……さすがはシゲキ師匠でございます。しかも、三人もの暗殺者を一瞬の内に殺すことなく無力化するとは……このビアンテ、改めて師匠の凄さに感服致しました」
憧憬の篭もった眼差しで俺を見ながら、ビアンテが言う。そこに、以前のような傲慢さは全く見られない。やっぱり、人間的にも成長したみたいだ。
別に師匠ぶるつもりはないけど、それでも見知った人間が成長している姿を見るのは、嬉しいものだね。
「私は実際にシゲキ殿の活躍を見たわけではないが、あの場にいた騎士たちがしきりに噂していたぞ。目にも止まらぬ速さで剣を振るい、暗殺者三人を瞬く間に倒してしまったとな。しかも、誰一人として殺すことなく、無傷で捕えるとは……どうだ、ビアンテ? 王国最強と言われる貴様でも、同じことをするのはやはり難しいか?」
「はい、クゥトス殿下。生死を問わずであれば、三人を相手取ることはできます。ですが、殺すことなく捕えるのは極めて難しいか、と」
そう答えたビアンテに、なぜか満足そうに頷くクゥトスさん。その隣では、ミレーニアさんがきらきらした瞳で俺を見つめていた。
「改めて、わたくしも感服いたしました! マリーディアナを守らんと立ち塞がった、あの時のシゲキ様の凛々しいお姿。それに、雷光のような輝きを纏った美しい剣……光り輝くその衣裳と合わせて、神々しいばかりでした!」
いや、神々しいは言い過ぎですから!
でも、さっきまでに比べると、ちょっとだけミレーニアさんの顔色が良くなっている。あまり調子が悪いようなら、エルフ印のエリクサーを使おうかとか考えていたけど、その必要はなさそうだ。
それに、ミレーニアさんが調子悪そうなのは、肉体的なものではなく精神的なものだろうし。いくらエリクサーでも、精神的なダメージまでは回復しないだろう。多分。
「実はな、シゲキ殿。貴殿のことは以前より妹やビアンテから聞かされていたのだが、実在するとは思っていなかったのだ。二人から聞いたところによると、貴公はたった一人で邪竜王を倒したそうではないか? しかも、その後は邪竜王を倒した名誉も、邪竜王の財宝も放り出して姿を消してしまった。やはり、何か理由があってのことなのか? 普通であれば……いや、この国の人間であれば、そのようなことは絶対と言っていいほどしないものなのだ」
鋭く探るような視線で俺を見るクゥトスさん。まあ、王太子なんて立場の人からすれば、俺たちは相当胡散臭いだろうからなぁ。あれこれ探りたくなる気持ちは分かる。
でも、俺も香住ちゃんも善良なる日本人ですから。
「え、えっと、その……こちらも事情があって詳しいことは言えないのですが、俺たちがこの国にいられるのは時間的な制限があるんです。そのせいで前回も突然帰ることになったわけでして。それで今回もやっぱりその制限はありまして……えっと、あとどれくらいだろう?」
隣に座る香住ちゃんに尋ねれば、彼女は手首を裏返して腕時計で時間を確認してくれた。
「そうですね……私と
あれ? 今、俺のこと「茂樹さん」って呼んだよね?
あ、そうか。今の俺たちは夫婦ってことになっているから……そっちの方が自然だもんね。
でも、香住ちゃんから名前で呼ばれるのって、何だか嬉しいな。できれば今後も継続して欲しいぞ。
「ふむ……正直、貴殿らの言うことはよく理解できんが……察するに、あと一日ぐらいしかこの国にはいられないということかね?」
「いえ、半日……夜になるまで、ぐらいですかね?」
この世界の時間の流れを知らないから何とも言えないが、仮にこっちの一日が二十四時間だとする──以前にこっちに来た時、日暮れまでの体感時間にあまり違和感がなかった──ならば、あと六時間と言えば日没までぐらいだろう。
庭にいた時にちらりと見たところ、太陽は大体真上にあったはずだ。だとすると、日暮れまであと五、六時間ぐらいだと思う。
どんなに長くとも、明日の夜明けまでには元の世界に戻るはずだ。
「なんと、そんなに短いのか……」
「そ、そんな……折角、こうして再びお会いできましたのに……」
「では、その残された時間で、是非、私に剣の手ほどきを!」
残念そうに眉を寄せるクゥトスさんに、うるうると悲しげに瞳を潤ませるミレーニアさん。そして、どこまでも前向きなビアンテ。
ビアンテだけは平常運転って感じだな。なぜか、こいつのこんな調子に親しみを感じ始める俺であった。
その後、少しばかり俺たちと話したクゥトスさんは、仕事があるとかで部屋を後にした。
王太子ともなると、あれこれ忙しいんだろうな、きっと。それに、別室で休んでいる婚約者さんのことも気になっていると思う。
クゥトスさんは部屋から出る直前に、ミレーニアさんからその点をからかわれていた。どうやら、二人は仲のいい兄妹らしい。
俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんとビアンテは、その後もいろいろな話をした。特に俺がいなくなってから、どうやってミレーニアさんとビアンテが邪竜王の城からアルファロ王国に帰還したのかとか、邪竜王はビアンテが倒したことになっていることとか、あれこれと教えてくれた。
いや、俺も気になっていたんだよ。突然俺がいなくなった後、ミレーニアさんとビアンテは無事にアルファロ王国へ帰ることができたかどうかさ。
あ、そういえば、気になっていることがもう一つあったぞ。
「あ、あの……こんなことを聞いていいものかどうか分からないけど……邪竜王の財宝ってどうなりましたか?」
あの財宝、一応は俺のものってことになっているはずだ。でも、表向きはビアンテが邪竜王を倒したことになっているのなら、あの財宝もビアンテのものになったのだろうか?
「あの財宝であれば、わたくしとビアンテが共同で管理しておりますわ」
「まことに申しわけない話なのですが、邪竜王は私が倒したことにされてしまったので、あの財宝も私のものということになっております。ですが、あれはあくまでも師匠のもの。ミレーニア殿下と相談の上、いつか師匠が再びお戻りになる時までしっかりと保管することにしました。何でしたら、今回あの財宝を全てお持ち帰りになられますか?」
俺の質問に、ミレーニアさんとビアンテが答えてくれた。
いや、確かに持って帰りたいのは山々だが、さすがにあれだけの量の財宝は持ち帰ることができないよ。
ってか、どうやってあれだけの財宝を邪竜王の城からここまで持って来たんだ? この国にはグリフォンを駆る騎士たちがいたはずだから、その騎士たちが何度も往復して運んだのだろうか? それとも、運搬に適したマジックアイテム的な物があるのかもしれないな。
「そうだな……少しぐらいは持ち帰ろうかと思うけど、さすがに全部は無理だよ。何なら、残していく分は二人のものにしてもいいけど?」
「いえ、あの財宝はシゲキ様のものですから。いつかシゲキ様が必要とされる時が来るまで、わたくしたちで責任を持ってお預かりしておきます」
「姫様のおっしゃる通りですぞ、師匠!」
どれだけの価値があるか分からない邪竜王の財宝だが、実際は使い道がほとんどない。現代の日本に持ち帰っても、金貨なんて向こうじゃ使えないし、売り捌くことも難しいだろうから、文字通り「宝の持ち腐れ」になりそうだ。
それぐらいなら、こちらの世界でミレーニアさんとビアンテに有効活用してもらった方がいいと思ったのだが、どうやら二人は受け取ってくれそうにないな。
ということで宝石や装飾品、それに武具なんかを中心に適当に見繕っていくつか持ち帰ることにしよう。特に宝石や装飾品は、香住ちゃんが気に入った物があればそのままプレゼントしてもいいな。
結局、邪竜王の財宝はこのまま二人に管理を任せることにした。
ただし、何らかの理由であの財宝が必要になった場合は、遠慮なく使っていいとも言っておいた。例えば天災などで被害を受けた地域の復興とか、突然資金が必要になる場合はあると思うんだ。
今回俺が持ち帰るのは、やはり宝石や装飾品類を中心に選ぶことにした。その方が、他の異世界へ行った時の資金にできそうだからだ。
「後は……財宝の中に、剣や短剣もあったよな? それらもいくつか持ち帰ろうか」
「剣類を……ですか? しかし、師匠は既にそのようにご立派な剣をお持ちではないですか?」
ビアンテの視線が、俺の聖剣へと向けられる。そこには確かに憧憬の色があった。
「確かにそうだけど、念のためというか、予備の武器としてね」
すみません、嘘です。はい。
ただ単に、観賞用に部屋に飾ろうと思っただけです。邪竜王の財宝の中にあった刀剣類は、宝石などで装飾された物が多かったからね。
実はずっと前から、あんな装飾剣を壁に飾ったらいいだろうなとか思っていたんだ。
最初はこの聖剣をそうするつもりで購入したけど、これが「本物」であると分かった以上、容易く目に付く場所に置くつもりにはなれない。
それ以外にも、香住ちゃんが気に入るような剣もあると思う。刀剣好きな彼女のことだから、装飾品よりもそっちをプレゼントした方が喜ぶかもしれないしね。
「もちろん、あれは全てシゲキ様のものですから、お好きなようになさってください」
「剣を選ぶのであれば、師匠には及ばずとも私も何か助言できるかと。こう見えても騎士の端くれですから。しかし……」
ビアンテの視線が、再び俺の聖剣へと向けられた。
「……見れば見るほど美しい剣です。まさに師匠が持つに相応しい名剣かと思います」
「ビアンテの言う通りです。先程庭でわたくしもこの目で見ましたが、シゲキ様の剣にまるで雷光が纏わり付いたかのように輝いて……武術に疎く、剣に対する知識も浅いわたくしでも、その剣がさぞ名のある名剣であろうことはよく分かりますわ」
「それだけの名剣ともなれば、さぞ高名な剣かと推測致します。よろしければ、その剣の銘を教えていただけませんか?」
ミレーニアさんとビアンテにそう言われて、俺はとあることを思い出した。
それは初めてこの世界へ来た時……つまりは俺が初めて異世界へ転移した時でもあるのだが、そこで出会った巨大な黒竜、すなわち邪竜王──何か名前を名乗っていたはずだけど、すっかり忘れた──が、俺の聖剣を知っていたっぽいことを言っていたはずだ。
だとしたら、ミレーニアさんやビアンテもこの剣について何か知っているかもしれない。そう思った俺は、二人にこの剣の銘……名前を告げてみることにした。
「この剣の名前はカーリオンというんだ。もしかして、聞いたことがあるかな?」
と、俺が聖剣の名前を口にした途端。
目の前にいるミレーニアさんとビアンテが、これまで見たこともないほどの驚きを露にした。
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