暗殺者
飛び出した人影は、全部で五つ。
その内、二つ……ってか、二人が手近にいた護衛の騎士に襲いかかり、瞬く間に昏倒させた。
残りの三人は、脇目も振らずにミレーニアさんに駆け寄る……いや、違うぞ? 人影の視線の先にいるのはミレーニアさんじゃない。その隣のマリーディアナさんだ!
人影がローブと言うかコートと言うか、頭からすっぽりと全身を覆うだぼっとした灰色の衣服の中から、ぎらりとした銀色の輝きを取り出すのが見えた。
しかもその銀色の輝き……短剣の刃には、どろりとした液体のようなものが塗られているようだ。あれ、やっぱり毒だよねっ!?
俺の背後にいたビアンテが、慌てて動き出すのが背中越しに分かった。本当であればビアンテの立ち位置はミレーニアさんの後ろ。つまり、マリーディアナさんのすぐ近くだったはずだ。
灰色の人影たちは、ビアンテがマリーディアナさんから離れている今を好機と捉えたのだろう。だから、このタイミングで動きを見せたのだと思う。
ビアンテはこのアルファロ王国で一番の剣の使い手だ。だが、そのビアンテも距離のある相手に剣を届かせることはできない。
必死にミレーニアさんたちに駆け寄るビアンテだが、人影たちの方が速い。同時に、ビアンテだけじゃなく俺の身体も勝手に動き出しているが、それでもなお、灰色の人影たちの凶刃がマリーディアナさんに届く方が先だろう。
もちろん、この場の最も外側にいた警備の騎士さんたちが、俺たちより早くマリーディアナさんへ近づけることができるわけもなく。
毒に塗れた刃が、マリーディアナさんを害そうとしたその直前。
周囲に轟音が響き渡った。
雷鳴にも似た、大きな音。あまりにも突然に生じたその音に、この場にいたほぼ全員の動きが一瞬止まる。
人間、強い光とか大きな音とかを突然浴びせられると、一瞬だけとはいえつい怯んじゃうからね。
この場にいる者全てが思わず動きを止めてしまった中、数少ない例外の一人だった俺は、ちらりと音の発生源へと視線を送りつつ、凶刃とマリーディアナさんの間に聖剣を割り込ませることに成功した。
俺が動きを止めなかったのは、いつものように俺の身体は俺自身の意思ではなく、聖剣に操られていたからだ。そして、先程の雷鳴のごとき轟音を発したのは他ならぬ香住ちゃんだった。
轟音の正体は銃声である。香住ちゃんが素早くホルスターから引き抜いた拳銃を、両手で保持して撃ち放ったのが先程の轟音の正体だった。
もちろん、香住ちゃんはマリーディアナさんに迫る人影目がけて銃を撃ったのではない。
銃の扱いにかけては一通り説明したが、それでも実際に銃を撃ったことのない人間が、いきなり標的に銃弾を命中させることは難しい。しかも、その標的が動いているとなれば尚更だ。
だから、彼女は銃を空に向けて撃ち放った。いわゆる、威嚇射撃という奴である。
おそらく、この世界の人たちは銃声を間近で聞いたことなんてないだろう。俺だってそんな経験はないもの。そのせいかどうかは不明だが、灰色の人影たちも動きこそ完全に止めはしなかったものの、それでも走る速度がかなり鈍った。
人影たち……おそらく、こいつらは暗殺者って奴らだと思う。俺の勝手な想像だけど、暗殺者って存在は、これまでに様々な訓練を受けた人間だと思う。だけど、そんな暗殺者たちであっても、聞いたこともないような轟音を間近で浴びせられたら、驚愕で身体の動きが鈍ってしまったようだ。
その僅かな行動の遅滞が、状況を逆転させた。ナイスだよ、香住ちゃん! さすがだぜ、香住ちゃん! この僅かな時間で見事な機転を利かせた香住ちゃんに、俺は間違いなく惚れ直したね。
ちなみに、空に向けて銃を撃った香住ちゃんは、その反動と予想以上の大きな音に、「ひゃん」という可愛い悲鳴を上げながら地面に尻餅をついていたりした。
いやー、ホントに香住ちゃんってばラブリー。
毒短剣とマリーディアナさんの間に割り込んだ聖剣が、耳障りな金属音と共に短剣を弾き上げた。
同時に、聖剣の剣身がばちりという音と共に帯電する。
もしかして……これが聖剣の非殺傷モード? このばちばちいっている電気で、スタンガン的な効果で相手を無力化させるってことなのか?
帯電した聖剣が翻り、間近に迫っていた暗殺者の一人に軽く触れた。途端、その暗殺者はびくりと身体を震わせると、そのまま崩れ落ちるように倒れ込む。
あ、やっぱりこれ、スタンガン的な奴だ。当然ながら倒れた暗殺者は死んでいるわけではなく、必死に動こうとしているようだがうまく身体を動かせないみたいだ。
テレビや映画なんかで、スタンガンを押しつけられた相手が気絶する演出をよく見かけるが、実際にスタンガンで気絶することは稀らしい。スタンガンを押し当てられた相手は、感電によるショックで身体が硬直し、身体を思ったように動かせなくなる。
スタンガンを長時間身体に押しつけたりすれば、気絶することもあるらしい。個人の体調や体質なども関係すると思うけど、気絶するほど強烈な電撃だと心臓麻痺とか起こしそうだし。
ほら、あれだ。肘のとある部分を何かにぶつけると、激しい痛みと共に腕が痺れたみたいになるよね。あれと似たような──さらに激しい──電気ショックが全身に広がって動けなくなるのがスタンガンなのだ。
まあ、俺自身スタンガンを実際に受けたことがないので、勝手な想像でしかないけどね。
以前、別の世界で出会ったペンギン騎士を剣の腹の部分で殴ったことあったが、てっきりあれが聖剣の非殺傷モードだとばかり思っていたが、どうやら俺の勘違いだったっぽい。
そんな聖剣の非殺傷モードに関して内心で考えている間も、俺の身体はいつものように勝手に動き、残る二人の暗殺者も感電させることに成功した。
なお、少し離れていた二人に関しては、ビアンテの奴が斬り倒していた。
あー、香住ちゃん。あまりビアンテの方を見ないようにね。あっちは俺と違って、思いっ切り血が噴き出しているから。間違いなくあれ、死んでいると思う。よし、俺もそっちはこれ以上絶対に見ない。うん。
「失礼します、師匠」
俺の方へと歩みよってきたビアンテが、懐から取り出したハンカチのようなものを倒れている暗殺者の口の中に押し込んだ。なるほど、自殺防止ってわけか。きっとこの暗殺者たち、これから拷問とかされて背後関係を吐かされるんだろうな。
王太子の婚約者であるマリーディアナさんを狙った以上、いろいろと複雑な背後関係があるに違いない。まあ、その辺り俺はノータッチのつもりだ。もちろん、香住ちゃんもね。
騎士さんたちも駆け寄ってきて、他の暗殺者たちも口にハンカチを突っ込まれた。その後、捕縛された暗殺者たちはビアンテの指示の下、どこかへと運ばれて行った。
「異国の剣士殿、此度のこと心からお礼を申し上げる。この国……アルファロ王国の王太子としてだけでなく、マリーディアナの婚約者としてもな」
そう言って俺たちに頭を下げたのは、金髪のイケメン。短く刈り込んだ蜂蜜色と、エメラルドのような双眸が特徴的な、精悍なイメージの美形さんだ。
この人はミレーニアさんのお兄さんで、マリーディアナさんの婚約者でもあるクゥトス・タント・アルファロさん。つまり、この国の次の王様になる人だ。
そんな偉い人に頭を下げられて、一般市民でしかない俺と香住ちゃんはそりゃあもう慌てた。大いに慌てたさ。
「あ、いいいいいいや、頭を上げてください、クゥトス様!」
「そ、そうです……いえ、そうでございますですことです……あ、あれ?」
テンパっているせいか、香住ちゃんの言葉遣いがちょっとおかしい。だが、俺も人のことは言えない心境なので突っ込まない。突っ込む余裕がない。
「私のことは、どうかクゥトスと呼んでいただきたい。私にとって貴殿は大恩人だ。可能であれば、貴殿とは今後とも親しくしたいのだよ」
と、頭を上げたクゥトス様……いや、クゥトスさんがにっこりと笑った。イケメンがこんなふうに笑うと、本当に絵になる。
年齢は二十代の前半か中頃ってところかな。上背があって肩幅も広い。きっと、それなりに鍛え込まれた身体をしていると思われる。
今、俺たちがいるのは、お城の中の一室。
さすがに死体が転がっている庭にいつまでもいるわけにはいかなかったので、ミレーニアさんの案内で、この部屋へと通された。
部屋の中にいるのは、俺と香住ちゃん。ミレーニアさんとビアンテ。そして、先程この部屋に現れたクゥトスさん。壁際に数人の侍女さんたちが控えているが、この人たちは数に入れなくてもいいと思う。
なお、突然暗殺者に命を狙われ、目の前で死体を見たマリーディアナさんは、別室で休んでいる。騎士であるビアンテはともかく、ミレーニアさんの顔色も良くはないが、無理をしてこの場にいてくれているようだ。
「恩人である貴殿にこのようなことを言うのはとても心苦しいのだが……今回の件、他国の者である貴殿に詳細は説明できないのだ。察してくれるとありがたい」
「ええ、それは構いません。こちらとしても、あまり頭を突っ込んではいけない話であることは理解していますから」
他国の者だから説明できないとクゥトスさんは言うが、おそらくは今回の関係者以外には内密にするつもりだろうな。
なんせ、王太子の婚約者が命を狙われたのだ。きっと、お家騒動とかそういう類の話に決まっている。俺たちとしてもそんなことに首を突っ込みたくはないから、下手に説明されない方が都合がいいし。
危険なことには近づかない。これ、鉄則。
「重ね重ね、申し訳ない。だが、婚約者の命の恩人に、何も報わぬというわけにもいかないのでな。このような形でしか感謝できないが、是非受け取って欲しい」
クゥトスさんが手を数回叩くと、扉の外に控えていたらしい使用人っぽい人が、何かを掲げるようにして入室してきた。
掲げたお盆のような物の上には、黒くて光沢のある布でできた袋らしき物が載っている。よく見れば、その隣には書状のようなものも。
袋の方は報酬というか褒奨金というか、その手の類のものだと思う。でも、あの書状は何だろう?
「僅かばかりの金額だが、受け取っていただきたい。それから、貴殿らを王国の客人として正式に認めることを、この私が保証する旨をしたためた書状も用意した。異国から来られた貴殿たちの、役に立つことを願うばかりだ」
おお、それはありがたいかも。この国で俺たち、きっと目立つだろうし。王太子なんて立場の人が俺たちの身許を保証してくれるとなれば、この国で過ごしやすくなるだろう。
実を言えば、あまりにも待遇や都合が良すぎる気がしなくもないが……まあ、ここは好意として受け取っておこう。それに、裏に何か別の狙いがあったとしても、俺たちは時間が来れば元の世界に帰っちゃうしね。
お礼をいいつつ、俺は袋と書状を受け取った。袋の方はずしりと重い。一体、いくらぐらい入っているのだろうか。この国の金銭価値って全く分からないから、これがどれぐらいの金額なのか、さっぱり分からないのがアレだけど。
そういや、例の邪竜王の財宝ってどうなったんだろう。あれ、俺の物ってことになっているはずだけど。
後でビアンテかミレーニアさんに聞いてみるか。
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