再会
土曜日の午前九時過ぎ。
マイエンジェル香住ちゃんが、再び俺の部屋を訪れた。
「わぁ……恰好いいですね、そのジャケット!」
玄関で出迎えた俺が着ているジャケットを見て、香住ちゃんが目を輝かせた。
できれば、そこはジャケットじゃなくて俺本人が恰好いいって言って欲しかったが、まあ、多くは望むまい。香住ちゃんに悪い印象を与えなかっただけでよしとしよう。
もちろん、俺が今着ているのは《
ジャケットの下にも同じく《銀の弾丸》の特製ツナギ。俺もこの青銀のジャケットとツナギは恰好いいと思う。
腰には剣帯に吊られた聖剣と、いつものマイナイフ。
「あ、それが水野さんが自分で鍛えたっていうナイフですね?」
もちろん、俺はこのナイフのことも香住ちゃんに話してある。その話をした時、香住ちゃんも鍛造に興味を持ったみたいだった。
「見せてください!」
俺に向かってにぱって微笑みながら、手を伸ばす香住ちゃん。うん、やっぱり可愛いな。
「いいけど、まずは上がって。さすがに玄関先で刃物を出すわけにはいかないからね」
「あ、そうですね。ごめんなさい」
ちろっと舌を覗かせた香住ちゃんが、「お邪魔しまーす」と一言告げてから俺の部屋へと入って来た。
キッチンでコーヒーを淹れ、香住ちゃんに差し出す。
「あ、ありがとうございます」
にっこりと微笑む香住ちゃんだが、その視線はすぐに自分が手にしている俺のナイフへと戻された。どうやら、相当気に入ったみたいだ。
「いいですね、このナイフ。武骨一辺倒なのが実用的で……この、鍛造の際に叩いたでこぼこした跡が残っているのもまた……」
香住ちゃんは嬉しそうに視線をナイフへと注ぐ。
俺が自分で鍛えたナイフは、装飾などは皆無だ。ただただ、一片の鉄の板を叩いてナイフに仕上げただけで、ハンドルも板状の部分に紐を巻いただけだし。
「相当気に入ったみたいだね、そのナイフ」
「はい! できれば、私もこんなナイフが作りたいです!」
「じゃあ……香住ちゃんさえ良ければ、今度一緒にナイフを作りに行く? 予約は俺の方で入れておくから」
俺がこのナイフを作ったとある観光施設は、今俺が住んでいる場所からだと電車で二時間ぐらいで行ける。香住ちゃんと二人でちょっとした日帰り旅行気分で出かけるには、丁度いい距離かもしれない。
それに、俺も久しぶりにあそこに行ってみたいしな。
というのも、その観光施設が最近テレビのとある情報番組で取り上げられていたのを見たからだ。
俺に鍛造指導してくれた鍛冶屋さん、元気そうだったな。テレビを見ていたら、またあの鍛冶屋さんに会いたくなったんだ。
もっとも、向こうは俺のことなんて覚えていないかもしれないけど。たくさんの観光客を相手にする以上、いちいち一人ずつ覚えている暇なんてないだろうし。それでもいいから、俺はあの鍛冶屋さんにもう一度会ってみたい。
「え? 本当ですか? うわぁ、楽しみだなぁ!」
俺の話を聞いた香住ちゃんは楽しそうだ。どうやら、彼女も乗り気みたいだ。
もうすぐ夏休みだし、休み中の計画の一つとして予定を立てておこう。
でも、今は夏休みの予定よりも重要なことがある。
「でも、今日のところは異世界だ」
「はい!」
俺は改めて装備を確認する。
いつものように、水や食料、その他のものを詰め込んだリュックサックに、ホルスターに収まった拳銃。
もちろん、森林世界のエルフたちからもらったエリクサーも忘れない。
「これが、この前言っていた拳銃ですか……」
香住ちゃんが、テーブルの上に置かれた拳銃に興味津々な視線を向けている。
この拳銃、今回は彼女が所持する予定だ。もちろん香住ちゃんは拳銃など撃ったことも触ったこともないだろうが、それでも護身用に持っていてもらおう。
使い方は、今から教えればいいしね。
「じゃあ、基本的なことから教えようか」
「はい、お願いします」
きっちりと膝を揃えて俺の前で座る香住ちゃんに、セレナさんから教わったことを詳しくレクチャーしていく。もちろん、実際に撃ってみるようなことはしないけど。
一通り拳銃の扱いを俺から聞いた香住ちゃんは、ホルスターに収まった拳銃を装備した。
今日の彼女の格好は、動きやすさを重視したもの。
程よく色褪せたデニムのジャケットと、同じ色合いのパンツ。ジャケットの下には黒い長袖のシャツを着ていて、その上からホルスターを装備し、更にその上にジャケットを羽織り直す。
こういう活動的なファッションは、香住ちゃんにすごく似合うと思う。もちろん、ガーリーな格好もすっげえ可愛いけど。
なお、本日の香住ちゃんは、小さなバッグを背負っている。きっと、彼女なりに異世界へいくために必要と思われる物を持って来たのだろう。
そして、そんな彼女の傍らには細長い布袋。その長さからして、もしかするとあの中に木刀でも入っているのかもしれない。
今日のことは事前にあれこれと決めていた。バイトが終った後に改めて落ち合って、食事しながら相談したんだ。
あ、そうそう。バイトと言えば、例の豊田はあの後すぐにバイトを辞めたらしい。
「豊田くん、何かすごく慌てた様子でバイトを辞めたいって言ってきたけど……キミ、豊田くんに何かした?」
とか店長が言っていた。失敬な。俺は何もしていないぞ。あいつにプレッシャーをかけたのは、幸田の爺さんとそのお孫さんだ。
その幸田の爺さんは、あれからもいつものようにコンビニに顔を出してくれる。当然、愛犬のアンジュも一緒に。
お孫さんの方も、一度だけ来店したな。きっと、豊田とかその後のことを気にかけてくれたのだと思う。
豊田がバイトを辞めたことを告げると、彼は安心したように微笑んでいた。
なお、お孫さんが来店した時、一緒にシフトに入っていたパートのおばちゃんたちが騒然となった。芸能人もかくやな爽やか系イケメンが颯爽と現れたのだから、おばちゃんたちの気持ちも分からなくもない。
「ねえねえ、さっきのお兄さん、水野くんの知り合い? もしかして、モデルさんとか、芸能人とか? 今度いつ来るの? もし芸能人だったら、サインもらえるかしら?」
と、パートのおばちゃんたちの間で大好評だ。むぅ、イケメン恐るべし。
「さて、そろそろ異世界に行こうか」
「そうですね。折角早起きしたのに、のんびりしていたら時間が勿体ないですもんね」
いやー俺としては、こうして俺の部屋で香住ちゃんと一緒にいる今の時間を、勿体ないとは思わないけど。でも、今日の目的は異世界へ行くことだしね。
「異世界での滞在時間は、約八時間でしたっけ?」
「うん、今からだと……こっちに戻ってくるのは午後の六時頃だね」
門限のある香住ちゃんの都合に合わせて、本日の異世界での滞在時間は八時間に設定した。今が十時ちょっと前だから、六時頃に戻る予定だ。
「じゃあ、行くよ?」
「はい! うわー、すっごく楽しみだなぁ!」
わくわくした表情の香住ちゃんを愛でながら、俺は聖剣の宝玉をぐっと押し込んだ。
同時に、俺の部屋の中に白い光が満ちる。
そしてその白光が消え去った時、俺の目の前には見慣れた俺の部屋ではなく、どこかの庭園といった感じの光景が広がっていた。
「……っと、どうやら上手く転移できたみたいだ」
「ここ、どこでしょう? 水野さんの知っている世界ですか?」
「うーん、ちょっと分からないなぁ……」
周囲をぐるりと見回せば、目に入るのはよく手入れされている庭園風の風景。色とりどりの花が咲き乱れ、何種類もの花の香りが漂っているが、決して不快に感じられることはない。
おそらく見た目だけではなく、香りに関してもしっかりと考えて植えられているんだな。
それに、植え込みの向こうに大きな石造りらしい建物も見える。
「あれ、お城ですかね?」
「ここからだと距離が近すぎて、全貌が見えないから断言できないけど俺も城……それも西洋風の城だと思うな」
俺たちは靴を履きながら、互いに感じたことを話し合う。
転移する時は部屋の中だったから、靴は履かずに手に持った状態で転移したんだ。そのため、こうして改めて靴を履いているというわけだ。
しかし、西洋風の城か。もしかしたらここはミレーニアさんの国、アルファロ王国かもしれない。だとしたら、この近くにミレーニアさんがいるかも。
「とりあえず、ここで突っ立っていても仕方ない。適当に歩こうか」
「そうですね。でも……衛兵とかに見つかったら、不審者として捕まったりしないでしょうか?」
ああ、その可能性はあるな。仮にここがアルファロ王国だとしても、ミレーニアさんに会うより先に他の誰かと出会うかもしれない。
まあ、ミレーニアさんでなくても、この際ビアンテでもいいや。まずは俺の身柄を保証してくれる人と出会えることを祈ろう。
もちろん、それはここがアルファロ王国であればの話だ。全く見ず知らずの、新しい世界に来た可能性だってあるし。
とにかく、俺と香住ちゃんは慎重に移動することにした。聖剣は相変わらず非殺傷モードにしてある。もしも衛兵とかに見つかって難癖つけられた場合、衛兵を聖剣でぶん殴ってでも逃げることを考えないと。俺たちが何を言おうが向こうが信じてくれるという保証はない。相手側からしてみれば、今の俺たちって不審者以外の何者でもないもんな。
それに、今日は俺だけではなく香住ちゃんも一緒なんだ。何があっても彼女の安全だけは確保しないといけない。そのためなら、少しぐらいは乱暴な手段を取ることも必要となるだろう。
そんな状況に追い込まれないように祈るばかりだ。
内心でそんな覚悟を決めた俺は、香住ちゃんと共に花が咲き乱れる庭園の中をゆっくりと歩き出した。
庭園の中には小路のようなものがあった。おそらくは、この庭園を鑑賞するための順路のようなものだろう。
その小路に沿ってしばらく歩いていると、大きなアーチのようなものが出現する。
「このアーチが、庭園の出入り口でしょうか……?」
「うん、きっとここが庭園とその向こうの境目なんだろうね」
「でも、この庭園とかこのアーチとか……相当手間暇かけてありそうですよ? やっぱりここ、かなり偉い人が暮らす場所じゃないですか?」
うん、それには俺も同意だ。どう見てもこの庭園、人の手と時間を惜しみなく注ぎ込んである。
目の前にあるアーチも、相当凝った作りだ。左右に植えた木の枝が、巧みに絡み合ってアーチを形成しており、その枝の上には何本もの蔓草が纏わり付き、所々に可憐な花を咲かせていた。
これだけの庭園を維持管理できるのは、それなりの地位にある人だけだと思う。
もっとも、ここが何かのアトラクションパークでなければ、の話だけど。
俺は慎重にアーチへと近づき、そこから首だけ出してアーチの向こう側を覗いてみる。
アーチの向こうは開けた場所で、ちょっとした中庭って感じだ。
ん? 向こうに人がいるぞ。
「あっちの方に人がいる。それも結構な人数みたいだ」
俺は首を引っ込めて、背後にいる香住ちゃんにそう告げた。
「どんな人たちです?」
俺は香住ちゃんの質問に答えるため、もう一度アーチから顔を出す。
「遠目だからいまいち判断できないけど……中庭っぽい場所にテーブルと椅子があって、そこで何人かの女の人たちがお茶を飲んでいるっぽい。その近くにいるのは……侍女さんか何かな? 揃いの制服みたいなのを着ている。で、その更に外側に……護衛の騎士か兵士っぽい人たちが数人いるな」
くそ、こんなことなら双眼鏡を持ってくれば良かった。よし、今後は双眼鏡も異世界グッズの中にいれておこう。
俺が頭の片隅でそんなことを考えていた時。
不意に俺の身体が勝手に動いて、香住ちゃんを突き飛ばした。
「へっ!?」
思わず間抜けな声を出す俺。だが次の瞬間、俺の頭部目がけて銀色の閃光が襲いかかって来た。
「…………っ!!」
驚くより先に、俺の身体が勝手に動いて腰から聖剣を抜き放ち、襲い来る銀閃を受け止めた。
自ら放った一撃を受け止められ、その男──突然襲って来たのは男だった──はにやりと口元を吊り上げた。
そして、男は連続して俺に斬りかかってくる。
速く重い連続攻撃。そのことごとくを俺は……いや、聖剣は受け止めていく。
そうやって相手の攻撃を防ぎながら、男が剣を引いた僅かな隙を突いて俺の手元から聖剣が迸る。
聖剣の切っ先が男の喉元数センチの所でぴたりと止まり、隙を突かれた男は剣を構えたまま動きを止めた。
「────っ!!」
男が息を呑むのが、俺にも伝わってくる。男が鋭い視線を俺に向けて……なぜか、その直後にぶわわわっと涙を溢れさせた。
「……はい?」
なぜに、突然泣くの? と、呆然とする俺。そんな俺を置いてきぼりにして、男は手にしていた剣を放り捨てると、俺の前で片膝を突く。
「このビアンテ・レパード、この日を……再び師匠と
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