ペンギンの騎士
「ペンギーナル帝国騎士、ロクホプ・ペンペーが貴様ら下等種をこの場で断罪してくれよう」
なんだろう、この既視感。以前にも、こんなことがあったような……あ、そうか。俺が初めて異世界へ行った時、どこかの騎士に似たようなことを言われたんだ。
もしかして異世界の騎士って、どこもこんな奴ばっかりなのか?
俺がげんなりと過去を振り返っている横で、香住ちゃんはきらきらとした目で剣を構える巨大ペンギンを見つめていた。
「わぁ……さすがは異世界ですねぇ。こんな大きなペンギンがいて、しかも喋っているなんて!」
どうやら、聖剣の翻訳機能は同行者である彼女にも有効のようだ。
良かったね、香住ちゃん。これで今後は英語のヒアリングはばっちりだよ。
って、今はそれどころじゃない。
「ここは貴様ら人間どもが立ち入ってよい場所ではない。貴様ら下等種は下等種らしく、神聖なる海より離れた場所で、意味のない雑草でも育てておればよいのだ」
ふふん、と言わんばかりに、目の前のペンギン──ロクホプとかいう名前だっけ?──が、手……というか羽で、目の上の黄色い飾り羽をなで上げた。
あれ、人間でいえば前髪を掻き上げているのと同じ仕草なのかね? 正直、ペンギンがそんな仕草をしても、迫力や恐さよりも可愛さが増すだけだけど。
この世界のペンギンの羽は、俺たちが知るペンギンの羽よりもずっと長く器用で、頭に触れたり物を持ったりできるみたいだ。
実際、目の前のロクホプも羽でびしりと剣を構えているし。剣先にブレが見られないところから、かなりの使い手であるのは間違いあるまい。
ま、素人に相手の力量を見極めるなんてできないから、俺の判断には何の説得力もないけどな。
「とはいえ、俺様も慈悲の心がないわけではない。聞くところによると、貴様ら下等種たちは──」
ロクホプがその赤い瞳でじろりと俺たちを見つめ、同じく赤い嘴の根元をきゅっと吊り上げる。
へえ、この世界のペンギンは表情豊かだな。俺たちの世界の鳥類には、あんなことはできないし。
そんなことを考えていると、ロクホプはとんでもないことを言い出した。
「──他人の前で着ている物を脱ぐことは、大層な屈辱だと聞く」
そして、ロクホプは再びにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべる。いや、ペンギンの意地の悪そうな笑みって想像つかないかもしれないけど、実際に目の前にあるのだから仕方ない。
「今すぐ着ている物を全て脱ぎ捨て、この場でひれ伏して謝罪し懇願せよ! さすれば、貴様らの罪を許すと同時に、特別に俺様直属の奴隷にしてやろう。どうだ? 貴様ら下等種にしてみれば、悪い話ではあるまい?」
えっと……何を言っているのだろうか、このペンギンは。
思わず、俺は隣の香住ちゃんと顔を見合わせる。って、香住ちゃん、顔真っ赤! なぜに!? いやいや、こんな所で裸になるなんて選択肢は選ばないよ!
「ふ、なぜに衣服などというものを着たがるのか、我ら高尚なるペンギーナ族には理解できない感情だな」
……まあ、ペンギンは服、着ないもんな。実際、目の前のロクホプも服らしいものは着ていないし。でも、剣を身に着けるために剣帯は使うみたいだけどさ。
「その屈辱を自ら選び、ただちにひれ伏せ! 俺様の言葉を拒否するのであれば、この場で斬り捨てるのみよ!」
きらん、と奴が構える剣が太陽の光を反射した。
はあ、と自然と溜め息が出た。
目の前で剣を構えるペンギン。そして、心配そうに俺を見つめる香住ちゃん。
仕方ない。ここで香住ちゃんを裸にさせるわけにはいかないしな。
もちろん、俺も男の子なので彼女の裸に興味がないわけじゃないが、さすがにこんなシチュエーションは却下だ。
理想を言うならば、もっとムーディな雰囲気の中、ゆっくりと愛を語らいつつ気分を盛り上げたいところだよな。
さて、そんな未来の願望よりも、まずは目の前のペンギンだ。
俺としては手荒なことはしたくないけど、香住ちゃんを危険に晒すわけにはいかない。自衛すべき時はしっかりと。でないと、後で後悔するかもしれないから。
俺は手にしていた聖剣を構える。今回は急な転移で鞘さえ持って来ていないから、抜き身のまま持ち歩いていたんだ。
「む、き、貴様っ!! 人間族でありながら剣を所持するとは……ペンギーナ族以外の種族は剣を所持してはならん、という我が帝国の法律を知らんのかっ!?」
いや、最初っから剣を持っていたよ、俺。見てなかったのか、このペンギン?
それに、そんな法律知るわけないだろ? そもそも、ペンギーナル帝国なんて初めて聞いたし。
俺はロクホプの言葉を無視し、無言で剣先を奴へ向けた。
「ほう……よく見れば、素晴らしい剣ではないか」
ロクホプが、聖剣を凝視しながら言う。
「下等なる人間が持つには過ぎた剣だな、それは。よし、貴様を斬り捨て、その剣を我が物としてやろう。貴様のような下等種に使われるより、俺様のような騎士に使われる方が剣も喜ぶというもの」
勝手に言ってろ。悪いけど、十万円もしたこの聖剣、そう簡単に渡せないぜ。もちろん、値段だけの問題じゃないけどな。
「我が剣の……餌食となれ、下等種!」
剣を構えたロクホプが、だん、と音を立てて砂浜を蹴った。
同時に、香住ちゃんが怯えて後ろに下がる。いくら剣道で鍛えているとはいえ、本物の剣を持った奴が突っ込んで来たんだ。そういう反応を示して当然だな。
それに、彼女が離れていてくれた方が俺としてもありがたい。聖剣を振り回して、香住ちゃんに当てるわけにはいかないからね。
ロクホプの剣は、真っ直ぐに俺の喉へと伸びて来る。だが、その速度は決して速くはない。
奴の刺突を、俺は聖剣で受け止めることもなく、身体を捻って易々と回避する。
俺に攻撃を回避されたロクホプは、たたらを踏むようにして留まり、驚愕の表情を浮かべながら俺へと振り返った。
「ば、馬鹿な……に、人間ごときが……下等種である人間ごときが、俺様の必殺の突きを躱すなど……」
いや、今の攻撃、そんなに鋭くなかったぞ?
確かに聖剣を持った俺……じゃなくて、聖剣に使われた俺はかなり強いと思うが、今は俺の意思だけでも回避できたし。
うーん、何か、変な感じだな。
「ふん、まぐれだ。まぐれに決まっている! これを受けてみろ!」
ロクホプは剣を頭上に高々と掲げるように構え、俺の脳天目がけて振り下ろす。
しかし、その太刀筋はやはり速くはない。少なくとも、以前に戦った弟子入り志願のどこぞの騎士に比べると、雲泥と言っていいぐらいの差がある。
再び、俺はロクホプの振り下ろしを回避する。奴の剣は俺の身体を捉えることなく、砂を大量に巻き上げただけだった。
「そ、そんな……い、一度ならず二度までも……き、貴様は一体何者だっ!? 本当に人間なのかっ!?」
驚きに震えながら俺を見つめるロクホプ。
いや、これって俺が強いんじゃなくて、おまえが弱すぎるだけだろ。
間違いないと思う。
俺の目の前で驚いている巨大ペンギン。こいつ、ペンギーナル帝国の騎士とか言っていたけど、それほど強くはないみたいだ。
この世界がどんな世界かまだよく分からないが、もしこのペンギンが世界でも屈指の騎士であると言うのであれば、この世界の住人は総じてそれほど強くはないということになる。
そして、このペンギン──ペンギーナ族だっけ?──に下等種と呼ばれるこの世界の人間って、一体どれだけ弱い存在なのだろうか。
直接この世界の人間を見たわけじゃないから、判断しきれないけどさ。
しかし、さすがは異世界だ。一筋縄じゃいかないな。いろいろな意味で。
「こ、これは何かの間違いだ! 帝国最強と謳われた、この俺様が人間に……っ!!」
きっと俺を睨むロクホプ。あ、こいつってこの世界じゃ最強の一角なのか。やっぱり、世界そのものが違うと、いろいろと違うんだな。
「うおおおおおおおおおおおっ!! 負けんっ!! 俺様は負けんっ!! ペンギーナル帝国騎士の誇りにかけてっ!!」
気勢を発しながら、ぶんぶんと剣を振り回すロクホプ。だが、それでも俺でさえ簡単に回避できるものばかりだ。
もしかして、これっていつの間にか俺が強くなっているってことは……いや、ないな。それはない。
確かに聖剣を使うことで多少は身体も鍛えられただろうが、わずか数回異世界へ行っただけで強くなれるはずがない。
「こ、こんなはずは……下等な人間に……こ、こんなはずは……っ!!」
相変わらず、ロクホプは下等、下等と俺たちを見下す。でも、なぜかそれほど腹も立たないんだよな。やっぱり、相手がペンギンだからかな。何をするにしても可愛いが先に立っちゃって、全く怒りが湧いてこない。
「水野さんっ!! 大丈夫ですかっ!?」
背後から、心配そうな香住ちゃんの声が聞こえてきた。
ロクホプがそれほど脅威ではないとはいえ、さすがによそ見するような余裕はない。あくまでも、俺は戦いに関しては素人だからさ。
だから、俺は片手をふらふらと振ることで香住ちゃんに応えた。これで「心配いらないよ」と、伝わればいいけど。
「こ、こんなはずは……こ、この俺様が……帝国最強のこの俺様が下等種に……っ!!」
あー、うん、それはもういいから。そういや、どこぞの王国最強の天鷲騎士も、似たようなことを言っていたよな。あいつ、今頃何しているんだろう? 第二王女様に迷惑をかけていないといいけど。
つい過去のことに思いを馳せさせた、次の瞬間。
俺の右腕が勝手に動き、聖剣がロクホプの頭部を見事に捉えた。
げいん、って痛々しい音を立てながら。
あ、やべ。今のやばいやつじゃね? 何か、すっげえ痛そうな音したぞ?
ちなみに、今の一撃は剣の刃を立てたものではなく、剣の腹というか刀身というか、剣の平らな部分で殴りつけたのだ。
頭を殴られた衝撃からか、砂浜に頭を突っ込んで動かなくなったロクホプ。俺が恐る恐る奴の様子を窺うと、ぴくぴくと奴の体が小さく震えていた。
ああ、良かった。生きていたよ。やっぱり、相手が竜とかグリズリーとかならともかく、見た目が可愛いだけのペンギンを殺すのはさすがにちょっと、ね。
そういやパソコンの設定画面で、聖剣の非殺傷モードをオンにしておいたっけ。その影響があってか、ロクホプをずんばらりんすることはなかったようだ。
「み、水野さん……怪我はありませんか?」
声をかけながら、俺に近づいて来た香住ちゃん。彼女も砂浜に頭を突っ込んでいるロクホプを見て、生きていることを確認してほっとしたようだった。
さて、どうしよう? なりゆきと勢いと自衛のためとはいえ、この国……ペンギーナ帝国ではそれなりの地位にあるっぽい人物──ペンギンだけど──を気絶させちゃったんだ。これってやっぱりまずいよね?
「……どうしよう? 逃げたいけど、逃げ込む所もないしなぁ」
「そうですねぇ。とりあえず、このペンギンさんの手当てをしませんか?」
顔を見合わせて相談する俺と香住ちゃん。あ、ロクホプの手当てをするって発想はなかったよ。さすがは香住ちゃん、優しいね。
とりあえず、俺たちは砂に頭を突っ込んだ巨大ペンギンを、引っ張り出すところから始めるのだった。
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