妙薬 ──エリクサー──




 俺の舌が、フィーンさんのやや緑のかかった肌の上を這う。

「ん……あぁ……は……」

 舌が彼女の肌を舐め上げる度、フィーンさんがくすぐったそうな声を出す。

 俺の舌は彼女の胸元、二つある丘の麓の辺りをゆっくりと這った。

 舌の上に感じるのは、仄かな甘み。あと、舌先には浅く抉られた溝のような感触もある。

 俺は唇を直接彼女の肌に触れさせ、その溝から溢れる甘い液体を吸い上げる。

「ふぁぁ……し、シゲキ……そ、そんなにしたら、わ、私……あぁ……」

 細く柔らかなフィーンさんの身体が、ふるふると小さく震える。そして、間近にある俺の身体を抱き締めるように腕を回した。

「い、いや……そ、そこ……く、くすぐったいわ……」

 彼女の声に拒否の色はない。それに気をよくした俺は、更に大胆にフィーンさんの肌をちろちろと舐め上げる。

「だ、だからくすぐったいって……も、もう……あ、あん……」

 えー、冒頭からアレではあるが、勘違いしないでいただきたい。

 これ、治療行為ですから。



 オークとの戦闘が終わり、安心したフィーンさんに力一杯抱き締められた俺。

 その際にフィーンさんが腕を回したのは、偶然にも腕の骨折箇所だった。そこを力一杯抱き締められた俺は、大きな悲鳴を上げた。そりゃあもう、恰好悪いとかみっともないとか考える余裕もなく。

 これに驚いたのはフィーンさんだ。彼女たちエルフには骨がない──それでいてどうやって身体を支えているのか不思議である──うえに、痛覚もほとんどないらしい。

 そんなフィーンさんからしてみれば、突然俺が悲鳴を上げてもその理由が理解できず、大層驚いたそうだ。

 その後、俺の記憶に残っているいい加減な医学知識を交えつつ怪我のことを説明し、何とか理解してくれたフィーンさん。

 そのフィーンさんが、突然こんなことを言い出したのだ。

「では、シゲキのその剣を、ちょっとだけ貸してくれませんか?」

「は? この聖剣を……? 別にいいですよ」

 フィーンさんが聖剣を盗むとは思えない俺は、軽い気持ちで了承した。まあ、その直後に後悔するんだけど。

 俺から聖剣を受け取ったフィーンさんは、くるりと手の中で聖剣を反転、逆手で聖剣を持った。そして次の瞬間、聖剣の切っ先を自分の胸元へと突き刺したのだ。

 突き刺したのは、左胸の膨らみが始める辺り。人間で言えば心臓のある辺りだ。

 そんな場所へ剣を突き立てたフィーンさんは、顔色を変えることなく聖剣で自分の胸を下に向かって斬り裂いた。

「ふぃ、フィーンさんっ!! な、何するんですかっ!?」

 慌てて止めさせようとする俺に、彼女はにっこりと微笑んだ。

「私なら大丈夫ですよ。さあ、どうぞ」

 と、フィーンさんは俺に聖剣を返しながら胸を張るように突き出した。

「…………は?」

「さあ、どうぞ。遠慮なさらずに」

 自らの胸を指差しながら、にこやかにそう言うフィーンさん。

 は? どういうこと? も、もしかして、自由にしていいの? 触ったり、舐めたり? どこを? 何を? 決まっている。胸だ。フィーンさんの、形よい膨らみを見せる、至高の存在を、だ。

「え……えっと……い、いい……んです……か……?」

 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。誰の? 説明するまでもない。

 当然ながら、こんなことは生まれて初めてだ。そりゃあ赤ん坊の頃に母親のものを吸いまくったのだろうが、それをカウントに含める奴がどこにいる?

 そんな場違いなことを考えながら、俺は目の前にあるフィーンさんの胸をまじまじと見た。

 左胸の裾野から鳩尾にかけて、傷が走っている。傷そのものはそれほど深いものではなさそうで、血も出ていない。だが、血の代わりに透明な液体が滲み出していた。

 あれ? この世界のエルフって植物だから、血なんて流れていないのか? もしかして、あの透明な液体が血みたいなもの? ってか、樹液?

 まじまじとフィーンさんの身体を間近で見る。

 細く華奢な身体と、やや緑が混じった白い肌。髪は綺麗な緑色で、瞳も宝石のようなエメラルドグリーン。小顔で顎のラインはシャープ。耳はいわゆる「エルフ耳」という奴で、笹の葉のような形をしていた。

 はっきり言って……いや、どう言い回そうが、彼女は美人だ。そんな美人なフィーンさんが、その胸を突き出すようにしながら、「どうぞ、ご遠慮なさらずに」とか言っているんだぜ?

 これで遠慮したら、逆に彼女に失礼なのではないだろうか?

 俺はおずおずと彼女に近づくと、そっとフィーンさんの胸に触れてみた。すると彼女はくすぐったそうに身を捩る。

「あ、あの……そうではなくてですね……」

 困った顔で、じっと俺を見つめるフィーンさん。

「シゲキには触れたり塗ったりするだけでは効果がないと思われるので、口から体内に入れた方がいいのでは?」

「へ? く、口……?」

 そ、それって……や、やっぱり吸えと……? で、でも、いきなりそんなことしちゃってもいいのか……? お、俺ってその辺りの経験がまるっきりないから、よ、よく分からないけど……い、いきなり女性の胸を吸ったり舐めたりしてもいいものか……?

 で、でも、フィーンさん自身がいいって言ってくれるのだし……こ、ここはいっちゃうか?

 よ……よし、いっちゃえ!

 俺は舌を伸ばし、そっとフィーンさんの肌に触れさせた。

 もちろん、いきなり胸に舌を這わせるのは避けた。いくらフィーンさんの胸の頂に小さな果実はないとはいえ、女性の胸そのものに突然舌を這わせるのは避けるべきと判断したのだ。はいそこ、へたれとか言わないように。

 胸のふくらみを避けた俺の舌は、胸の裾野辺りに触れた。丁度、先程フィーンさんが自分で自分を傷つけた辺りだ。

 傷口に舌を触れさせるとよくないかもしれないので、傷口に触れないように注意しながら舌を這わせる。

 ゆっくりと、ゆっくりと。なんせ女性の肌に舌を這わせるなんて初めての経験なので、自分に焦るなと言い聞かせながら。

 意外と言うと失礼かもしれないが、フィーンさんの肌はさらりとしていた。

「あ、あの……シゲキ? そんな所を舐めていても意味がないのでは?」

「は、はい?」

 不思議そうな顔のフィーンさんが、じっと俺を覗き込んでいた。

「私の身体から出た液体を口にしないと、怪我は治らないじゃないですか」

 は?

 どゆこと?



 結論から言うと、エルフの身体から流れ出る液体は、どんな怪我や病気も治すことができる妙薬とのことだった。

 この森の中で生きる種族たちは、怪我をするとエルフの元を訪れ、「妙薬」を分けてもらって怪我を癒やすらしい。

 そうすると、怪我があっという間に治るのだそうだ。この森の種族たちは、エルフたちと同様に口からものを飲食しないので、怪我をした箇所に直接塗り込むのだろう。

 擦り傷や切り傷なら直接患部に塗り込めばいいのだが、俺の怪我は骨折である。なので、骨折を治すにはやはり経口摂取が一番とのこと。

 フィーンさんによると、森の動物が怪我をした時に、エルフの「妙薬」を舐めさせて治療するとのことだった。エルフや他の種族たちにとって、この森に暮らす動物たちは仲間であり、動物たちが怪我をしたり病気になったりした時は、エルフたちが「妙薬」を与えるのだとか。

 そんなわけで、腕を怪我した俺に対してフィーンさんは、自らの「妙薬」を提供してくれたのである。

 フィーンさんに言われた通り、俺は彼女の身体に走る溝をゆっくりと舐めた。いや、俺が舐めたのは彼女の身体から滲み出る「妙薬」の方だ。

 ちょっととろみのあるエルフの「妙薬」。それを舐めた途端、口の中に甘い香りが広がった。

 俺がこれまでに知る、どんな甘みとも違う味わい。そんな未知の味覚をもっとゆっくりと味わいたいところだが、くすぐったそうに身を捩りつつフィーンさんが説明してくれたところによると、自身の「妙薬」の効果で傷口がすぐに塞がってしまうらしい。

 俺としてはもっともっとこうしていたいが、そうはいかない。でも、どれぐらいの量を舐め取れば、骨折が治るのだろうか?

 しばらく「妙薬」を舐めたところで、左腕を動かしてみる。

 おお? い、痛くないぞ? さっきまで少し動かしただけで痛みが走った左腕が、少し乱暴に動かしても全く痛くない!

 さすがは異世界というべきか、さすがはエルフというべきか。

 こうして、俺の怪我は問題なく治ったのである。

 もしかしてこのことを見越して、聖剣は俺に少しきつめのお仕置きをしたのかなぁ。

 なあ、そうなのか、あいぼう

 そう尋ねても、相変わらず俺の聖剣は何も言わない。ホント、照れ屋さんなんだから。



 俺の怪我が治った後、オークを退治したことをトレントの長老さんや、アルラウネたちに報告した。もちろん、長老さんたちの所に戻る時にも「妖精の輪」を利用させてもらったのは言うまでもない。

 長老さんやアルラウネたちは俺にいたく感謝し、何かお礼をと言ってくれた。

 よくあるパターンであれば、ここは俺が倒したオークの素材を要求するところだが、生憎と俺は魔物の解体方法なんて知らない。そして、植物系であるエルフやトレントたちこの森の種族たちもまた、動物や魔獣の解体なんてしたことがないためにその方法を知らないという。

 小物かつ小市民である俺は、お礼を辞退するということは考えなかった。だって勿体ないし。もらえるものはしっかりともらっておかないとね。

 悩んだ末、俺が思いついたのは例のエルフの「妙薬だ」。今後、俺が出かける異世界で今回のような怪我をする可能性は十分にある。その時、「妙薬」があれば安心だ。

 エルフの集落に戻り、「妙薬」が欲しいと申し出たところ、フィーンさんを始めとしたエルフたちも快く承知してくれた。

 俺は飲料水として持ち込んでいたペットボトルのお茶の中身を捨てて、そこにエルフたちから手分けてもらった「妙薬」を入れる。もちろん、森の泉の水でペットボトルは綺麗に洗ってからだ。

 この時既にフィーンさんの怪我は傷跡さえなくなっていて、新たに傷口を作らねばならなかったことが、ちょっと心苦しかった。

 ちなみに、エルフたちは手足を失ってもしばらくすると生えてくるらしい。さすがは植物だ。再生能力が高い。

 マイナイフを用いてエルフたちの腕に傷を入れさせてもらい、そこから溢れる「妙薬」をペットボトルに溜めていく。

 でもこれ、品質というか薬効というか、どれぐらい保つのかな? 一応、帰ったら念のために冷蔵庫に入れておいた方がいいかもしれないな。

 こうして、ちょっとキツめの教訓を俺の身体と胸に刻みつけ、最後に思いがけない貴重な薬品も手に入れつつ、一つの事件が終わりを告げたのだった。


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