森の中の調査
この森に紛れ込んだ見知らぬ存在を探すという俺の申し出は、フィーンさんに快く受け入れてもらえた。
早速、俺はフィーンさんと共に捜査に出かけることにした。
ほら、俺がこの世界にいられるのって、あと十時間とちょっとぐらいだし。動くなら早く動かないと。
そんなわけで、俺とフィーンさんはまず、その「見知らぬ存在」を見たという、マンドラゴラと会うことに。
運のいいことに、そのマンドラゴラはエルフの集落の近くにいるそうだ。とは言っても、歩いて一時間以上かかるみたいだけど。
フィーンさんと二人、森の中を歩いてそのマンドラゴラの元に向かう。マンドラゴラは、エルフのように集落を作ることなく単独で暮らしているようだ。だけど、同族同士での交流は盛んに行われており、しっかりとしたネットワークが形成されているらしい。
一体どうやって森の中で同族同士のネットワークが形成されているのか、とても興味深いが今はそれよりも「見知らぬ存在」のことを考えないといけないよな。
森の中をフィーンさんに案内されて歩く。目の前でふりふりと揺れるお尻にどうしても目を奪われてしまうが、あくまでも彼女は植物と心の中で自分に言い聞かせる。ってか、小説などに登場するよくあるパターンのエルフと違って、そもそも性的な行為はできないんじゃないかな。だって、彼女たちの生殖器は頭に咲いている花だしね。
思わず浮かぶ邪な想像は、男の性として仕方がないことだと自己弁護しつつ森の中を歩き、俺とフィーンさんはそのマンドラゴラが住んでいる場所へとやって来たのだった。
「おや、フィーン殿。何用があって某のいる場所へ?」
突然土が盛り上がり、そこから人の形をした根っこのようなものが現れた。
「こんにちは、ボンさん。今日はボンさんに聞きたいことがあって来たの」
大きさは俺の腰ぐらい。大雑把に人の形をした根っこが、マンドラゴラのボンさんの姿だ。
頭らしき場所に、顔の造形といったものは見当たらない。それでも俺たちのことは見えているようだし、声も聞こえているようだ。さすが異世界。暮らしている種族も不思議だ。
フィーンさんは俺を簡単に紹介すると、先日の会合の時の話題であった「見知らぬ存在」について、改めて質問した。
「先日、他の種族の方々にも伝えた通り、某が暮らすこの場所のすぐ近くを、そいつはゆっくりと横切っていったのだよ」
「それは……どんな姿をしていましたか?」
「ふむ……貴殿はシゲキ殿とか申したか? 某が見たものは、白くて大きな生き物だった。だが、あのような生き物を某はこれまで見たことがない故、例える術がないのだよ。申し訳ないな、シゲキ殿」
どうやら、この森に棲む生物とはかなり違った姿をしているみたいだ。この森に棲む生物であれば、「見知らぬ存在」なんて言わないだろうしな。
あと、ボンさんの口調がどういうわけか侍っぽいな。
この森の中にも、狼とか狐とかいった動物はいるそうだ。その他だと兎や野鼠といった小動物、昆虫類もいるらしい。
ただ、熊に該当するような動物は、フィーンさんたちは見たことがないそうだ。もしかすると、ボンさんが見たという謎の生物は熊かそれに類したものかもしれない。
「そう言えば、トレント族の長老殿なら、何か知っているやもしれぬな。長老殿はこの森の中で最も長寿の御仁ゆえ、某たちが知らぬことでも知っているやもしれぬ」
「先日の会合に来ていらしたのは、トレント族の中でも比較的若い方でしたものね」
ボンさんの言葉に、フィーンさんも頷いている。となると、次はそのトレントの長老を訪ねるとするか。
俺とフィーンさんはボンさんに礼を述べ、トレント族たちが暮らすエリアへと向かった。
ボンさんの住み処から更に二時間ほど。そこにトレントたちの集落はあった。
いや、集落と言っても、トレントたちが集まっているだけなので、見た目は群生地っぽい。ほら、トレントって見た目が樹木そっくりなので、どうしても集落というより群生地ってイメージが優先しちゃうんだよ。
「ほぅほぅ、それで、シゲキとか申す者の言う、『クマ』とはどのような生き物なのじゃな?」
目の前に聳えるのは、巨大な一本の樹木……ではなく、トレント族の長老さん。その姿は巨大な杉の木みたいな感じだ。体も太く、その円周と言うか外周は大人が五人ぐらい手を繋がないと囲めないぐらいだ。
「え、えっとその……熊というのはですね……」
俺の拙い表現力では、熊を知らない人に熊を説明するのはちょっと無理があるみたいだ。
ほら、普通は熊って言えば、誰にでも伝わるだろ? でも、根本的に熊を知らない人にいざ言葉だけで説明しようとすると、それって凄く難しいんだって改めて理解したよ。
しまったなぁ。こんなことならセレナさんのいた世界で、デスグリズリーの写真でも撮っておけば良かった。
それでも何とか、俺は長老さんに熊について説明した。いや、長老さんが聡明で助かった。俺の拙い説明でも、理解してくれたみたいだ。
「ふぅむ……そのような生き物は、この森には棲んでおらんじゃろうな。少なくとも、儂は見たことがないわい」
果たして長老さんがどれだけ生きてきたのか不明だが、おそらく数百年は生きていたと思われる。だけど、長老さんは熊を見たことがないという。
「では、やっぱりボンさんが見たのは、シゲキの言う『クマ』とやらなのでしょうか?」
「さて、それはどうかのぅ? ボンが見たのが『クマ』とは限るまい。それ以外の、見知らぬ生き物の可能性もあるぞい」
フィーンさんの言葉を、長老さんは緩やかに否定した。そりゃそうだ。見知らぬ生き物が熊だという保証なんてないもんな。
「どちらにしろ、しばらくは警戒せねばなるまい。もしかすると、伝説に伝わるあの生き物が、この森に戻ってきたのやもしれんからのぉ」
伝説の生き物。長老さんがそう言った途端、フィーンさんの表情が陰りを見せた。
「何ですか、その伝説の生き物って?」
俺が尋ねても、フィーンさんも長老さんも何も答えない。長老さんの表情は分からない……ってか、顔というより木のうろにしか見えないので、俺には長老さんの表情なんて読めない。だけど、フィーンさんの様子から、その伝説の生き物とやらがあまりいい存在でないのは確かみたいだな。
「……この森には一つの伝説があるのだよ。儂が生まれる前より伝わる、古い古い伝説がな……」
重々しい様子で、長老さんが語る。長老さんが生まれる前ってことは、下手をすると千年以上前ってことかも。
「……その伝説には、この森に暮らす種族を恐怖のどん底に落とし込んだ、とある生物が登場するのだ。その生物の名前は、『オーク』だと伝えられておる」
お、オーク? そりゃ確かに、最近のサブカルではエルフとオークはある意味でセットのようなものだけど。まさか、この世界にもオークが存在したなんて。しかも、伝説の生き物らしいし。
でも、エルフが植物だったんだから、もしかしてオークも植物だったりして。ほら、楢の木のことをオークって言うだろ?
トレント族の長老さんから聞いた、この森に伝わる伝説。
それはオークと呼ばれた生物が、この森に棲む動物や植物を食い荒らすというものだった。
下生えの雑草から巨大な樹木、そしてエルフやトレントといったこの森で暮らす種族たちを片っ端から食い荒らしたのが、オークと呼ばれた悪鬼らしい。
その姿はいろいろだ。人間のように二足歩行する生物だったという説もあれば、四足の獣のようだったという説もある。中には足のないイモムシのような姿だったなんて伝説もあるそうだ。
ライオンのような鬣を持っていたとも言われているし、猪のような牙があったなんて説もある。
大きさも、狼ぐらいという説から小山ほどもあったと実に様々。
長老さんも話に聞いただけなので、そのオークが実際にどんな姿をしていたのか知らないらしい。
どこかの洞窟とかに、伝説のオークの壁画とか残されていないかな? なんて考えがちらりと俺の脳裏を掠めたが、この森で暮らす種族は基本的に植物なので、洞窟の中で暮らしたりはしないだろう。よって、壁画も残っていないと思われる。
もしかすると、この森の種族には文字さえなかったりして。いや、案外ありそうだぞ、それ。なんせ植物系ばかりだし。
「それで、ボンさんが見たその生き物って、どれぐらいの大きさだったんですか?」
「ボンさんが言うには、自分よりもかなり大きかったとのことですが、何せボンさん自身が小さな方なので……」
申し訳なさそうに言うフィーンさん。いやいや、あなたは別に悪くありませんとも。
確かに、先程会ったボンさんは小さかった。謎の生き物が彼より大きかったのは間違いないのだろうが、ボンさんの証言だけでは具体的な大きさまではよく分からないな。
「とにかく、しばらくは警戒が必要じゃろうな。ボンの奴が見たという謎の生き物が伝説のオークとは限らんが、無害な存在という保証もないからの」
トレントの長老さんの言葉に、俺とフィーンさんが揃って頷いた。
その時だ。この場に、新たな闖入者が現れたのは。
それは、俺の胸の辺りまでの大きさのある、巨大な真紅の花だ。
花としては、やっぱりバラに似ているだろうか。だけど、バラに似た花弁の中央に、小さな女の子の姿が見える。
おそらく、これがアルラウネという種族なのだろう。
根のように見える器官を器用に動かし、ばたばたとしながらそのアルラウネは俺たちの方へと近づいてきた。
「た、大変です、トレントの長老様! 私たちの集落に、見知らぬ生き物が現れて……っ!!」
涙ながらに叫ぶアルラウネ。
俺とフィーンさんは、思わず互いに顔を見合わせた。
はっきり言って、アルラウネとかトレントとかいった植物系の種族は、足がとても遅い。例外はエルフたちぐらいだろうか。
足……というか、足に該当する器官が根っこのようになっているため、走ることに向いていないんだ。だから、足が遅いのは仕方ないと言えるだろう。
だから、アルラウネが知らせてくれた謎の生物の襲来に、真っ先に対応できるのが俺になるのは、ある意味で自然な流れというものだった。
「おお、チミが行ってくれるのか、シゲキよ」
「わ、私も一緒に行きます! これは私たちの問題なのに、関係のないシゲキにだけ行かせるわけにはいきません!」
謎の生物がアルラウネの集落に現れたと聞いた時、俺はトレントの長老さんに自分が様子を見に行くと告げた。すると長老さんが嬉しそうな声を上げ、フィーンさんは俺と同行すると言い出した。
「儂には分かるんじゃよ、シゲキ。チミには何か特別な力があるな? それも、儂らにはない不思議な力が。チミがこの場に居合わせてくれたのは、儂らにとっては極めて幸運なことなのじゃろうて」
長老さんの視線──って言っても、俺にはただ木のうろにしか見えないが──が、じっと俺に向けられる。
さすがに数百年も生きていると思われる長老さんだ。俺の……ってか、聖剣の不思議な力を感じ取っているようだ。
でも、アルラウネの集落ってどこにあるんだ? ここにアルラウネが来ているってことは、結構近くにあるのかな?
そのことをアルラウネに聞けば、意外な答えが返ってきた。
「私たちの集落の近くには妖精たちが住んでいて、妖精の輪があるのです。妖精たちにお願いして、妖精の輪をここに繋げてもらいました」
なるほど。そう言えば、フィーンさんたちエルフと出会った時に、妖精の輪の話があったっけ。
で、その輪を司る妖精に頼めば、ある程度望んだ所へと繋げてくれるらしい。ある程度というのは、妖精が知っている場所じゃないと輪は繋げないそうなのだ。
そして、一度繋いだ妖精の輪は、しばらく繋がったままになるらしい。
「じゃあ、急がないと!」
「ええ、急ぎましょう!」
俺とフィーンさんは互いに頷き合うと、アルラウネが案内してくれた妖精の輪へと飛び込んだ。
なぁに、俺には聖剣があるからな。相手が本当に伝説のオークだろうと、負けることはないはずだ。
よし、さくっと倒してフィーンさんにいいところを見せてやろう。
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