エルフは植物
エルフ。
ある意味、それはとても有名な存在だろう。
指輪を火山に捨てるために旅をする某物語や、その前作ともいうべき冒険譚に登場したことで、それまでのエルフのイメージを一新してしまったと言われている。
それまでのエルフと言えば、イタズラ好きの小妖精、といったイメージだったらしい。
いわゆるピクシーのような小さな妖精で、見た目も醜いとされる場合が多かったとか。
そのエルフだが、先述した物語の作者が神々しい種族と描写したことで、全く新しい姿を得ることになった。
人間よりも遥かに美しく、妖精だったり精霊だったり、果ては神の末裔だったりもするエルフ。
一般的には知能と敏捷性、そして器用さなどは人間より優れる反面、筋力や耐久力といった肉体的な能力は人間に劣るという設定が定番かな。
細身で長身、そして何より特徴的なのが、その長く尖った耳だろう。最近では「エルフ耳」なんて言葉もあるほどだし。
日本のサブカルチャーでは、なぜか巨乳として描かれる場合が多いが、本来は慎ましい胸の持ち主であったはずである。もちろん、俺はそちらを支持します。もっとも、俺自身は別に貧乳派というわけではない。念のため明言しておこう。
登場する作品によっては、亜人だったり妖精だったり魔族だったりと、様々な設定を与えられるエルフたち。
だけど、植物の一種であるとした作品は、あまり多くはないと思う。いやまあ、聞いたことはあるので、皆無ではないみたいだが。
しっかし、そんなレアな植物エルフに出会った俺って、運がいいのか悪いのか。
どっちだと思う?
とりあえず、俺はフィーンさんに勧められるまま、靴と靴下を脱いで泉に足を浸してみた。
冷たい水が凄く気持ちいい。特に森の中を一時間以上歩いた、今の俺の足には。
そんな俺と同じように、フィーンさんも俺の隣で足を泉に浸している。
いくら相手が植物──に近い存在──とはいえ、こんな至近距離で裸のお姉さんがいると、どうしてもどきどきしてしまう。これ、男の悲しい
そうしながら、俺はフィーンさんからここのエルフたちのことを聞いた。
やはり彼女たちが植物だという俺の想像は当たっていたようだ。彼女たちエルフは、日の光と綺麗な水さえあれば生きて行けるという。
なるほど、植物だから光合成しているってわけか。となれば、衣服は光合成の邪魔だよな。だから衣服を着る習慣がないのかも。
それに多少の雨は彼女たちにとって、まさに天からの恵み。この集落に家屋がないのはそれが理由だろう。とはいえ、どしゃ振りの雨や嵐の時などは、近くの森の中に避難するそうだけど。
また、泉の水には森から染み出る様々な養分が含まれているので、特に肥料のようなものも必要ないらしい。
「つまり、ここで暮している以上、フィーンさんたちに特に必要なものはないってわけですか」
「はい、その通りです。太陽の光と森の恵みを受けるだけで、我々エルフは生きていけますから」
ものを所有する風習がなく、雨風を凌ぐ必要もない。だから家が必要となることもなく、太陽の光と泉の水は常に豊富にあるので、誰かが占有するという発想もない。
それが、この世界のエルフの基本的なものの考え方らしい。
あと、彼女たちは正確には無性ではないようだ。エルフたちは文字通りの
エルフたちの頭にある花こそが、人間でいうところの生殖器であり、男性のエルフと女性のエルフは、ポリネーター──ミツバチなどのような花粉の運び屋──を介することで、子孫を残す。まあ、子孫と言っても種らしいけどさ。
受粉すると女性の頭の花が枯れ、そこに新しい種が実る。種が実った後、花は再び咲くのだそうだ。
ただし、一人の女性が生涯で残せる種は一個だけらしい。花は何度も咲くけど、結実するのは限られているみたいだ。
更に不思議なことに、一個の種から複数のエルフが生まれてくるらしい。一体、どういう仕組みなんだろう?
さすがは異世界、不思議に事欠かないな。
「しかも、種が新たなエルフとなって目覚めるには、相当長い年月が必要となります。具体的には、日が沈んで暗くなり、再び日が昇って明るくなることを四万回ほど繰り返さないと、新たなエルフは生まれてこないのです」
え、えっと……つまり、暗くなって再び明るくなるのが一日ってことだから、四万日って……百年以上っ!? 種を植えてから百年経たないと、エルフは生まれてこないってことかっ!?
うわぁ、話を聞くだけで気が遠くなりそうだ。
ちなみに、種がエルフとなった時、大体フィーンさんと同じぐらいの年齢の姿で現れるらしい。そして、死ぬ……というか枯れるまで、外見的な変化は見られないとのこと。
なるほど、道理でこの集落に老人や子供の姿がないわけだ。ってか、この世界のエルフには、そもそも老人とか子供とかが存在しないのだ。
なお、当然ながら種がエルフへと成長した時、そのエルフは土の中から現れる。
やっぱり、どこまでも植物なんだね、この世界のエルフは。
「それで、フィーンさんたちはあの場所で何を?」
森の中で、偶然出会った俺とフィーンさんたち。狩りや採集を必要としないエルフたちが、集落から離れた所にいたことを俺は疑問に感じていた。
だって、ここにいれば何の問題もなく暮せるのなら、歩いて一時間もかかるような場所まで行く必要はないよね?
「私たちは、交流のある他種族の方たちとの会合の帰りだったのです」
なるほど、ここのエルフたちにも交流のある他種族はいるってわけか。となると、やっぱりその次が気になるよね?
「どんな種族と交流があるんです?」
「エントとかドリアード、アルラウネとかマンドラゴラの方たちですね、私たちと交流があるのは」
……はい、全部植物系でした。ってか、この森には植物系の種族しかいないのか? そういや、俺……ってか、人間を見たのは初めてっぽかったな。
やっぱりこの世界には人間は存在しないのか? いや、存在しているとしても、この森から遠く離れた場所で生活しているのかも。
そもそも、この森がどれだけ広いのかさえ、俺には分からないわけだし。
それより他種族との会合って、何か問題でも生じたのかな? それとも、定期的に会合が開かれているのかも? よし、聞いてみよう。
「それが……どうやらこの森に、最近になって見知らぬ存在が入り込んだようでして……その存在に気づいたとあるマンドラゴラの方から、注意するようにとの通達があったのです」
この森に住む知的種族たちは、緩やかに連携しているらしい。そして、外敵などを発見した場合は、速やかに他の種族にもそのことが伝えられる。いつの頃からか、そんなシステムができ上がっていたそうなのだ。
ちなみに海外の伝承などでは、アルラウネとマンドラゴラは言語が違うだけの同一存在らしいが、この世界では全く別の種族らしい。
アルラウネは花の妖精のような種族で、花弁の中に少女が佇んでいるような姿をしており、マンドラゴラは人の形をした歩き回る根っ子のような外観だそうだ。
それよりも、その見知らぬ存在ってのがちょっと気になるな。
「その見知らぬ存在ってのは、やっぱり外敵なんですかね?」
「どうでしょう? 見知らぬからと言って、外敵と決めつけるのは早いのではないですか? ほら、シゲキのような存在もいることですし」
と、にっこりと微笑むフィーンさん。
あれ? もしかして、最初に彼女たちと出会った時、俺ってその「見知らぬ存在」だって思われていたのかも。
それであんなに警戒していたのかな? 樹の陰から胡散臭そうに俺のこと見ていたもんな。
あと、どうやらフィーンさんたちって、相当穏やかな性格みたいだ。俺のことをすんなりと集落に案内したことといい、あまり他人を疑ったりしなさそうだし。ってか、他人と争うってこと自体、考えもしないみたいだよなぁ。
それも、この世界のエルフのスタンダードなのだろう。
となると、他の種族が見かけたという「見知らぬ存在」ってのが気になるな。もしかすると、エルフやこの森の他の種族たちにとって脅威となるかもしれないし。
フィーンさんやエルフたちを見るに、争いごとには向いていないっぽい。きっと、他の種族も似たり寄ったりだろう。
となると、ここは俺の出番……いや、聖剣の出番かもしれないぞ。
……もしかして、
でも、俺が行く異世界の先々で必ず何らかの問題が発生しているのって、偶然にしては重なりすぎじゃないか?
何らかの試練を俺、もしくは聖剣に課すことが、この異世界行の本当の目的だったり……案外、ありそうじゃね?
まあ、いいや。そんなこと考えても、どうせ分かるわけがない。だったら、今の俺にできることをしよう。
フィーンさんには少しとはいえ世話になったんだ。この森に現れたっていう「見知らぬ存在」を探す手伝いぐらいしたっていいじゃないか。
そしてもし、それが本当に危険な存在だったら……その時は、これまで通りに聖剣の力を貸りて、さくっと退治してしまおう。
そう決心した俺は、フィーンさんにこの森に現れたという「見知らぬ存在」を探すことに、協力することを申し出たのであった。
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