新たな友と別れの時と
【此度の件、君は本当によくやってくれた。もしも君という稀なる客人が居合わせなければ、我らが同胞にどのような被害が及んだことか。グッダングの毒に犯されてなお、命を取り留めた同胞たちもゆっくりとだが回復へと向かっているので、安心してくれたまえ。以上のことを鑑み、そして、群れを率いる〈頭〉として、君には感謝と共にジョバンを授けたい。受け取ってもらえるだろうか?】
口上を述べたズムズムズさんの隣に控えていた一際大きなグルググが、もぞもぞと俺へと近寄ってきた。そのグルググの触角には、小さな金属のプレートがある。おそらく、あのプレートがズムズムズさんの言う「ジョバン」とやらだろう。
俺の前まで来たグルググが、無言のままそのプレートを差し出し、俺は遠慮なくそれを受け取った。
「もちろん、喜んで受け取らせていただきます」
【おお、受け取ってくれるか】
ズムズムズさんの触角が凄い勢いでぐるぐると回転する。あれ、どんな感情の表れなんだろう? 状況からすると、多分喜んでいるとは思うけど。
そんな疑問を覚えながらも、俺は受け取った金属プレートへと視線を落とす。
手の平サイズの素材不明のプレート。表面には細かな模様か字のようなものが、びっしりと刻まれている。
おそらくだけど、これってグルググたちにとっては勲章的なサムシングじゃないかな? だとしたら、勲章をもらって悪い気はしないのでここはありがたくもらっておこう。
ほら、やっぱりもらえる物は何でももらっておかないとね?
後で説明してもらったところによると、やっぱりこのジョバンって奴は勲章らしい。しかも、これを授かることは、グルググにとってはとても名誉なことなのだとか。
びっしりと刻まれた模様のようなものは、〈頭〉であるズムズムズさんの直筆──直彫り?──で、今回の俺の活躍が称えてあるそうだ。
ちなみに、これまでズムズムズさんがジョバンを与えたのは、群れの中でも最強の〈甲〉であるジョバルガンのみ。なんでも、ジョバルガンは過去には別の個体名があったのだが、ジョバンを授かった時に今のジョバルガン──グルググたちの言葉で「ジョバンを授かりし者」という意味──に改名したのだとか。
このジョバンを授かるということは、名前を変えちゃうぐらい名誉ことってことか。
これ、絶対になくさないように注意しよう。うん。
その後は、ズムズムズさんやジョバルガンを始めとした、グルググたちと楽しく会話する。
謁見の間には、かなりの数のグルググたちが集まっていた。彼らは今回の俺の活躍を称えてくれる。
グルググたちの不思議な生活の様子を聞き、そして俺の世界のことを話す。そんなことをしていると、あっと言う間に時間が過ぎていった。
なんせ、ここは地下都市なので明るさによる時間経過が全く分からない。だが、それでも時間は過ぎていく中、ポケットの中に入れてあるスマホが、ぶるぶると震動しながら軽快なメロディを奏でた。
実は、アラームをセットしておいたんだ。セットしておいた時刻は、午後七時三十分。予想されている元の世界への帰還時間が、近づいていることを知らせるためである。
推定では、俺が帰還するまであと三十分から一時間ぐらいか。もっとも、予定通りの時間に帰還するとは限らないので、今すぐにでも元の世界へと帰ってしまうかもしれない。
【どうかしたのかね、シゲキ? それに、その見慣れぬ物は何かね? できれば説明して欲しいものだな】
じっと手の中のスマホを見つめていた俺に、ジョバルガンが「声」をかけてくれた。
何か、頭の中で彼の「声」が響くのにも、すっかり慣れちゃったな。
「これは俺の世界の道具だよ。いろいろなことに使えるけど、今は時間を知るためにちょっと細工をしておいたんだ」
【ほう、それは興味深い。察するに、先程の音で時間が来たことを知らせるのだな?】
「ははは、さすがはジョバルガン。その通りだよ。実は……」
俺はジョバルガンやズムズムズさんたちに、そろそろこの世界から立ち去らねばならないことを告げた。
途端、どことなく寂しそうな仕草をしだすグルググたち。知り合ってまだ一日と経っていないのに、そんな仕草をしてくれることが嬉しい。
もっとも、本当に彼らが寂しいと思っていてくれるなら、だけど。
【そうか……シゲキは旅人だから、行ってしまうのも仕方ない。だが、是非またこの都に来てくれ】
「うん、俺もまたここに来たいよ。新しい友達もできたことだしね」
【そう言えば、先程もシゲキはそんなことを言っていたな。ところで、その「トモダチ」とは一体何だね?】
へ? 友達を知らないの? って、グルググたちは言ってみれば群れ全体で一つの生物とも言えるわけで、他の仲間たちは全員家族みたいなものだ。だから、友達という概念がないのかもしれないな。
「友達っていうのはね、ジョバルガン。家族……君たちでいう同胞ではないけど、同胞と同じぐらい大切な存在のことだよ」
【お、おお……で、では、シゲキは我をその「トモダチ」と思ってくれているのか?】
ジョバルガンの触角が、これまでで一番激しく明滅している。もしかして、感動してくれているのかな? だったら、俺としても嬉しいな。
「もちろん。一緒にグッダングと戦った仲間じゃないか」
【承知した。では、我も君を「トモダチ」と認めよう】
俺が突き出した拳と、ジョバルガンが差し出した触角が軽く触れ合う。
この世界に来て、俺はいろいろな物をもらった。謎の鉱石の塊だったり、名誉ある勲章だったり。
だけど、頼もしい友達を得ることができたのが、今回手に入れた最大の宝物かもしれないな。まあ、見た目は完璧ダンゴムシだけど、逆に異世界らしくていいじゃないか。
ズムズムズさんの前を辞し、俺はジョバルガンの家に戻った。
グッタングとの戦いへ行っている間に、荷物は彼の家に届けておいてもらっていた。それを取りに戻る必要があったんだ。
ジョバルガンの家に戻り、リュックの中身を点検して忘れ物がないことを確認する。よし、こっちに来た時に持ってきた物は、基本的に全部あるな。
一部の食料はズムズムズさんに進呈したのでなくなっているが、代わりに例の真っ黒な謎鉱石がリュックの中に入っている。おかげで、こっちに来た時よりもリュックの中身は遥かに重い。
腕時計で時間を確認すれば、既に午後八時を越えていた。そろそろ、いつ帰還しても不思議ではない時間帯だ。
【……そろそろかね?】
「ああ、そろそろだと思う。俺が旅立つ具体的な時間は、実は俺にも分かっていないんだ」
二度とこの世界に来ることができないわけではないだろうが、果たしていつここに再び来られるかは分からない。
しかも、これまでの経験から何の予兆もなく帰還は成されると思うので、いつここから旅立ってもいいようにジョバルガンと別れを惜しんでおこう。
「この世界に来て早々にいろいろあったけど、珍しい体験ができて楽しかったよ。ま、二百体を超えるムカデの怪物は勘弁だけどね」
【うむ、あのような襲撃は滅多にない。我も初めての体験だったな】
と、俺とジョバルガンは笑い合う。あれ? ジョバルガンが笑っているのって、もしかして初めてじゃね?
てっきりグルググたちには感情の起伏がないと思っていたけど、そうではないのかもしれないな。
「いつ俺が消えるか分からないから、今言っておくよ。楽しかったよ、ジョバルガン。できたら、また君と会いたい」
【うむ、それには同意である。我も君と再び会いたいな、「トモダチ」よ】
うわ、ジョバルガンが俺のことを友達って言ってくれたよ! な、なんか、すっげえ嬉しいぞ、これ!
確かに俺を「友達と認める」とは言っていたけど、こうして面と向かって言われるとすっげえ照れ臭くて、同時にすっげえ嬉しい。
考えてみれば、仲間同士でも普段は「俺たち友達だよね?」とか言い合わないもんな。
それに、ジョバルガンのような人間ではない……と言ったら彼に失礼だけど、「ヒト」の認識から大きく外れた者と親しくなるのこそ、異世界へ来る最大の醍醐味だよな。
ブレビスさんやセレナさんたち《銀の弾丸》といい、ジョバルガンを始めとしたグルググたちといい、俺って本当に運がいいよな。訪れる先の異世界で、いい人たちとばかり巡り会っているのだから。
もちろん、ミレーニアさんとか瑞樹とかもいい友人だと思っている。あれ? 王女様に友人は失礼かな? でも、心の中でそう思うぐらいはいいよね?
瑞樹に至っては、もう何年も付き合っている親友のような感覚だ。そりゃあ彼女は俺自身でもあるのだから、長年の付き合いがあるようなものだよな。
まあ、ビアンテはちょっとあれだったけどさ。あいつもあいつで、根っから悪い奴じゃないと思うし。
できれば、これからもそんな出会いが続くといいな。
っと、いけない。まだ見ぬ新しい異世界よりも、今は目の前にいる不思議だけど気のいい友人が優先だ。
そう思って改めてジョバルガンへと目を向けた時。
そこに、彼はいなかった。俺の目の前にあるのは、すっかり見慣れた俺の部屋で。
「…………そっか。帰って来ちゃったんだな……」
何か、ジョバルガンに悪いことしちゃったかなぁ? 最後に他事考えている内に帰還したなんて、ちょっとバツが悪いな。
「今度ジョバルガンに会ったら、しっかりと謝っておこう」
そのためにも、もう一度あの世界へ行かないと。地下に広がる広大な都市と、その都市で暮す不思議なダンゴムシたちの世界へ。
俺はリュックを漁り、ズムズムズさんからもらった鉱石の塊を取り出す。テレビをちょっとずらして、そこに黒い鉱石を置いてみた。
うん、なかなかいいカンジじゃね? ちょっとした鉱物オブジェみたいで、割と部屋の雰囲気にマッチしていると思う。
その鉱石の横に、ジョバンも置いておこう。鉱石とジョバンを並べると、何となく美術品みたいだ。
もしも、誰かにこの鉱石とジョバンが何かと聞かれたら、正直に話してみようか。地下世界のダンゴムシからもらった食事と勲章だって。
ま、誰も信じないだろうけど、それはそれでいいじゃないか。この鉱石とジョバンの価値を、俺だけは分かっているのだから。
後日、やっぱり激しい筋肉痛に見舞われた俺は、改めて身体を鍛えることを一人誓うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます